透明なものは綺麗なものなのだろうか。透明なガラスは綺麗だ。透明感のある美人なんてものもいる。音も透明なものはもてはやされる。年齢の皺を与えられていない声変わり前の少年の声、熟練の演奏者が放つ澄んだ音。
けれど透明には「見えない」という意味もある。透明人間なんかがそうだ。
誰かが昔言った。私の音は透明だという。それはどちらの意味だったのか、今はもうわからない。
結果を残そうとするときに、手を痛めるほど練習するのは逆効果だとわかっていた。それでも必死で練習するしかなかった。怠けているところを見せれば、結果を出せなかったときに、恋愛なんかに現を抜かしているからだと言われてしまうとわかっていた。
けれど練習すればするほど、自分が弾いている音がわからなくなってしまう。瑞希の音はいつも宝石のように輝いていて、多くの人を虜にする。その音の前では私の音は透明なだけだ。綺麗な音かもしれない。でも誰にも気付いてもらえない。
母だって、瑞希がいる時なら、私が誰と付き合おうが何も言わなかっただろう。結果なら瑞希が出してくれる。私は必要ない存在だった。けれど瑞希がいなくなってからも、結局私の音を聞こうとしてくれる人はいない。私の音は透明なまま。そこにあることすら気付いてもらえないものなのだ。
どれだけ練習しても、私は瑞希にはなれない。でも結果を残さなければ、母は純恋と遊んでいたことを責めるだろう。私はそれが許せなかった。あの時間を誰かに貶されたくなかった。結果さえ出せば、少なくともあの時間が無駄ではなかったことは証明できる。そう信じて、前だけを見続けることで私は私を保っていた。
「ごめん、純恋――今はそういう気持ちになれない」
その言葉を発してしまったとき、純恋は少し傷ついたような顔をした。けれど正直な気持ちだった。もう大人なのだから、恋愛くらい親の赦しがなくてもいいとわかっている。そもそもの元凶の瑞希だって、外国で恋人を見つけてきて幸せそうにしているのだ。それでも、母の声を思い出す度に心臓がぎゅっと締めつけられているかのように痛む。この痛みを消すためには、私たちのことを認めさせるしか方法はない。
「練習には行くけど、しばらく個人的に会うのはやめよう」
「しばらくっていつまで?」
「……コンクールで結果が出せたら、もう文句は言えないはずだから」
純恋を突き放す言葉を口にする度に、痛めた手がじんじんと疼いた。この手も早く治さなければ、本番に影響が出てしまう。とはいえ歩みを止めるわけにもいかない。私の透明な音を透明でなくするためなら、それを染めるのは血でも構わない。
その考えが馬鹿げていることもわかっていた。けれど今は――そんな風にしか考えられなかった。