私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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11.カレーにこだわる(飴色)

 ある日、土曜日の練習の後でカレーを作って食べようということになった。練習の後で残れる人たちでご飯を作って食べるというのはよくあることなのだが、今日はいつもと様子が違っていた。

「いや、本格的すぎるでしょ」

 普通、こういう時に作るカレーはじゃがいもだとか玉ねぎだとかにんじんだとかがゴロゴロと入って、市販のカレールーを溶かして作るものだろう。

「ていうか指揮者が練習そっちのけでカレーのこと考えてるのってどうなの?」

「僕はカレーにこだわりたい派なんだよ」

 梨恵と忍は軽口を叩き合いながらひたすら玉ねぎを炒めている。この玉ねぎを飴色になるまで炒める必要があるらしい。忍のこだわりに巻き込まれた梨恵は「飴色って何色よ!」と文句を言いながらも玉ねぎを炒めている。

「第一こういうところに急にこだわる男っていうのは普段料理しないと相場が……」

「僕は休日にまとめて作り置きしておく派なんだ。基本となるものをたくさん作っておいて、平日はそれを加工するのをメインにすれば時短になる」

「そーいや一人暮らしだったか……」

 忍は色々なことにこだわりが強いタイプなのだろう。だからこそ指揮者に向いているのかもしれない。私は並んで玉ねぎを炒めている二人を横目に使った調理器具を洗っていた。大人数で、しかも調理場が広いと色々なことが同時進行できる。でも忍は一人暮らし用の狭いキッチンでもこだわって自炊しているというから、すごいと思う。

「そういえば、遥希って料理できるのかな……」

 私が思わず呟いた言葉を、忍と梨恵の両方が聞きつける。梨恵は玉ねぎを炒める手を止めることなく言った。

「音大生とかってお嬢様だらけだから、そもそも料理したことなさそう」

 偏見に満ちた意見だと思うけれど、遥希の家にお金があるのは間違いないだろう。公立とはいえ姉妹を両方音大に通わせるにはそれなりに金がかかるはずだからだ。そもそもピアノは一般的な習い事のように思われがちだが、極めようとするととてもお金がかかるというのはわかる。

「お嬢様だって料理する人はいるでしょ。こだわるタイプだったりして」

 これは忍の予想。けれど結局本人に聞かなければわからないだろう。

「そういやピアノやってる人ってボウリングとか行かないって聞いたけど本当?」

 梨恵が尋ねる。聞きながらも忍に玉ねぎの色を確認していた。彼によるともう少し、だそうだ。

「樹里はめちゃくちゃボーリング行くけどなぁ。さすがにバレーボールは『突き指が怖いから出来る限りアンダーで受けたい』って言ってたけど」

 遥希はどうなのだろう。樹里は楽しそうなことは我慢しないと決めているらしく、手の怪我には気をつけつつ色々やっているという。けれど結局樹里は音楽の道を選ばなかった。それを「本気ではなかったのだ」とみなす人もいるかもしれない。けれど職業にすれば本気なのかとも言いたくなる。職業でなければ本気でないなら、日本に合唱を本気でやっている人なんてほとんどいなくなってしまうだろう。日本にはプロの合唱団というのは数えるほどしか存在しないのだから。

「……本当に、何もかもを犠牲にしないと手に入らないものなのかなぁ」

 遥希がいるのが厳しい世界だとはわかっている。一日に何時間も練習するのが普通なのだと樹里ですら言う。けれど、たとえば好きな人と一緒にいることすら許されないのは、それは本当に音楽のためなのだろうか。

「よし、玉ねぎはこのくらいで、次はすりおろしたニンニクと生姜を加えて……」

「ねえ忍、これいつ食べられるの?」

「大丈夫、あと四十五分くらいあれば」

「玉ねぎ二時間かかりすぎなんだって! もうお腹空いてきちゃったんだけど!」

 忍と梨恵のやりとりを微笑ましく思いながらも、私は遥希のことを考えていた。おそらく遥希にはこんな時間なんてないだろう。こだわりのカレーには時間がかかる。遥希がそれを本心から望んでいるのならいい。けれどそうでないのなら――。

 とりあえず、料理するかどうかは今日のうちにLINEで聞こう。私は蛇口を閉めながらそう決めた。返事はないかもしれないけれど、このまま想像を膨らませているだけよりはずっとましだと思うから。

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