私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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12.表方(門番)

 クラシックのコンサートなどでは、曲中は会場に出入りすることができない。その小さな音が演奏を台無しにしてしまうことがあるからだ。合唱の演奏会でも扉のところに人を立たせ、曲中は人を出入りさせないようにしている。その仕事、それからチケットもぎりなどの仕事を合わせて「表方」と呼ぶ。私たちのような大学合唱団の演奏会では、他の大学の合唱団に表方を依頼するのが通例だ。

 今日の私はその表方の一人として熱田文化小劇場のドアの横に座っていた。大体の人は開演前に席に着くし、そのあとは休憩以外席を立たない。正直あまりやることはないので、他の表方の人たちを手伝うことになる。梨恵がチケットの半券を十枚ずつ束ねる仕事をしていたのでそれを手伝うことにした。

「今日、二百人くらい入ってるみたいだよ」

「そうなんだ。すごいね」

「いや、まあ……しらかわだともっと人入れないといけないから、私らがこれですごいとか言っちゃいけない気が……」

 私たちが定期演奏会をするしらかわホールは、熱田文化小劇場の倍ほどの席数がある。もちろん満席になることはほとんどないのだが、できるだけ多くの人が来てくれるように努力しなればならない。

「でも合唱の演奏会って基本的には他団の人たちに来てもらうって感じになりがちだよね。あとは親とか友達とか」

「プロでもないからそんなもんじゃない?」

「まあそうなんだけど……たまに、もっと色々な人に聞いてもらいたいなぁって思うことはあるんだ。だから前の七夕コンサートみたいなやつはもっとやってみたいなって」

「そこからファンになってくれれば定演に来てくれるかもしれないしね」

 おそらくそんなことはほとんどないのだけれど。合唱はほとんどの人が小学校から高校の間までで触れるものなのに、知られているのはクラス合唱の世界止まりで、その先のものは実際に合唱に取り組んでいる人しか知らない。もっと知って欲しい。この世界に飛び込んで私は救われたし、楽しいことも沢山あった。

「よし、これで……あと終わってないのはクローク仕分けくらいかな?」

「そうみたいだね」

 梨恵がクロークの仕分けを担当している後輩たちに声を掛ける。ちなみにクロークとは本来荷物などの一時預かり所のことを言うが、この辺りの合唱団では何故か団宛や団員宛のプレゼントを預ける場所のことをクロークと呼ぶ。団宛のものと個人宛のものをそれぞれ仕分けし、演奏会が終わった後に引き渡す。いくつかの段ボールの中にそれぞれのプレゼントを仕分けているところに混ざろうと思ったが、どうやら梨恵が入れば手は足りているようだった。私は他にやることはないかと辺りを見回す。

 そのとき目に入ったのは、会場に設置されているチラシ立てだった。ここにはこの熱田文化小劇場や、他区にある小劇場で行われるイベントのチラシが置かれている。その中の一つを私は手に取った。

「純恋、何見てんの?」

「これ……遥希が出るコンクールだなって……」

「へぇ、一般観覧あるんだ。ていうかコンクールって文化小劇場(ぶんしょう)でやるんだね。芸文とかでやるもんだと」

「全国大会だと結構大きいところでやるみたいだけど、まだ各地でやってる本選の段階だから」

「ふうん、そうなんだ。見に行ったら?」

 梨恵が何気なく行った言葉に、私は面食らった。一般観覧があるとはいえ、今まで行くという選択肢自体がなかった。ピアノのコンクールを見に行くという習慣がないのもある。

「でも純恋、全日本とかアンコンはよく見に行くじゃん。そんな感じのノリでいけるんじゃないの?」

「そういうもんなのかなぁ……」

 首を傾げていると、梨恵は後輩の一人に呼ばれ、そちらに行ってしまった。私も仕事をさぼってチラシを眺め続けているわけにも行かない。確かそろそろ第一ステージが終わる頃だ。私はチラシを折りたたんでポケットにしまい、持ち場である扉の前に戻った。

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