私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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13.流しそうめん(流しそうめん)

「流しそうめんってさぁ、何故か普通のそうめんより美味しく感じない?」

 樹里がそう言ってきたとき、私は正直彼女の発言の意図が掴めなかった。そもそも先生とのレッスンを終えたばかりの妹弟子を捕まえて、最初の話がそれなのか。

「なんで急にそうめんの話なんか……」

「実はね……うちに大量の揖保乃糸が余ってて」

「揖保乃糸が余るってどういう状況なんですか?」

「親戚からのお中元が見事にかぶった」

 よりによって揖保乃糸がそんなにかぶることはあるんだろうか。お中元用となれば普段食べているものよりも高級なものだったりもするだろう。

「そういうわけで、今からそうめんパーティーでもしようかと」

「はぁ……」

「何その気のない返事……皇先生も一緒にどうかなぁと思ってさ」

 樹里はそう言うと、先生一人が残っていた部屋にずんずんと入っていった。片付けをしていた皇先生は樹里を見ると溜息を吐く。

「今日はレッスンの日じゃないぞ?」

「それはわかってるんだけど、今から流しそうめんしません?」

 樹里は皇先生にも経緯を説明する。揖保乃糸が大量に余っているので、家庭用の流しそうめん機を買ったらしい。皇先生は呆れながらも、樹里の誘いには意外に乗り気なようだった。

「本当はあの竹のやつでやりたかったんだけどね……」

「そんな場所ないでしょ……それに竹はどうするんですか?」

「竹ならうちの実家の山にいくらでも生えてるけどな」

 皇先生がさらりと言う。先生の実家がどこかは知らないけれど、その竹をもらって流しそうめんをするのはさすがに本格的すぎるだろう。毎年やるならいざ知らず――そう思ったところで、頭に浮かんだのは純恋のことだった。毎年のように合宿をしていたり、スイカ割りをしていたりしている合唱団なら、流しそうめんだってするかもしれないと思ったのだ。

「ん? どうかした、遥希?」

「……純恋って、そうめん好きかなと思って」

「好きかもしれないよ。今から呼んでみる?」

「あ、いや……講義もあるかもしれないし」

「ダメ元で呼んでみればいいじゃん。あ、もしもし? 今ヒマ?」

 樹里は私が止める間もなく電話をかけ始めてしまった。何という行動力だろう。電話越しに微かに聞こえる純恋の声に少しだけ嬉しくなった。

「さすがに今からは講義があるから無理だってさ」

「ですよね……それに電車だと一時間くらいかかるし」

 合唱団の練習は大体名古屋市内にある自宅から向かうからそれほど時間はかからないが、大学からだと少し遠く感じる。それにいま純恋に会ってしまうと、張り詰めていた気持ちが崩れてしまいそうだ。私は少しホッとしながら、揖保乃糸のランクについて話している樹里と皇先生の背中を追いかけた。

 

 

「これには入ってないけど、そうめんってたまに色つきのあるよね」

 食堂の一角を借りて、私たちは三人でそうめんを食べ始めた。そうめんを茹でるのは樹里が食堂のおばさんに頼み込んでやってもらっていた。どうやら仲が良いらしい。樹里は誰とでも仲良くなるな、と私は少し感心しながらぐるぐると回り始めたそうめんを見つめた。

「子供のころは色つきのが欲しくて騒いだなぁ。遥希は?」

「私は――」

 色つきのものは特別な気がして、でもそれは瑞希のものになることが多かった。そうめんをそれぞれの器に取り分けるのは母の役目だったからだ。けれど瑞希は瑞希で「全部真っ白の方がいい」と言って、こっそり私の器に色つきのそうめんを移動していた。

「色が違っていても、味が違うわけじゃないのにね」

 あの頃は、瑞希のことを慕っていた。自慢の姉だと思っていた。どうしようもなく埋められない才能の差も、まだそこまで気にしてはいなかったのだ。

「全部真っ白なのも、悪くないと思うよ」

「それもそうだね。ところで遥希、ちゃんとそうめん取らないと皇先生に全部取られるから気を付けて」

 先生は余程食べたかったのか、無言でそうめんを捕まえてはそれを啜っている。確かにこのままだと私の分がなくなってしまいそうだ。私はとりあえず、目の前を泳ぐそうめんの捕獲のことだけを考えることにした。

「そういえばさ、遥希って定演で着る服考えてるの?」

 樹里が言う。まだ衣装のことを考える時期ではないのか、純恋からも、指揮者の忍からも何も言われていない。

「まあ大体コンクールとかで着るようなシンプルなドレスとかなんだけど、遥希ってあんまり衣装持ってないよなぁって思って」

「私からすると、樹里が多過ぎなんだと思うけど」

 皇先生がすかさず言う。確かに樹里はステージの度に衣装を新調しているので、非常に沢山の衣装を持っている。大体は何度かは使い回すものなのだが、樹里はどうしても新しいものが欲しくなるらしい。

「私のはないけど、瑞希のドレスが入るから」

「あー……確かに身長とかは近いもんね。でも折角定演なんだし、曲に合わせて新しいの買っちゃうのもありじゃない? まあ合唱団がお金出してくれるわけじゃないんだけど」

 衣装については正直あまり考えていなかった。というか樹里が衣装にこだわりがちなだけだ。話はそれきり流れていったが、数日後、これがとんでもないことに発展することに私は気付いていなかった。

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