私の音が聞こえない   作:深山瀬怜/浅谷てるる

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14.ドレス(お下がり)

 明日はいよいよコンクールの本選だ。皇先生は「本選は問題なく通過できるだろう」と言っていたけれど、何があるかわからないのがこの世界だ。しかも本選の二週間後には全国大会が待っている。ここまでである程度の結果が決まってしまうことはわかっていた。

 マリンブルーのシンプルなドレスは、かつて瑞希が着ていたものだ。私がこれまで着てきた衣装はほとんどが瑞希のお下がりだ。ドレスなんて数回着ればいい方だし何枚も買うのはお金がかかるのもわかるので、お下がりに出来るならそうしたいという気持ちは理解できる。けれど家の中には瑞希がそのドレスを着て演奏している写真が飾ってあるのに、それを着て私がコンクールに出なければならないのは、本音を言ってしまえば少しモヤモヤする。いつだってお下がり。私は私の服を着て人前でピアノを弾いたことがないのだと思ってしまう。

 とはいえ所詮は服だ。着ている人間の気分を高揚させる効果はあるかもしれないが、審査に影響はない。服装の決まりはないのだから、上下ジャージで出場しても、演奏が良ければそれでいい。

「ドレスと、靴と、後は受付票と……」

 鞄の中に必要なものを入れていく。最悪受付票さえあればコンクールには出られる。それだけは忘れてはならないものだ。手汗を拭くためのハンカチも入れる。験担ぎのためのものだったり、本番前の緊張を和らげるためのものを入れる人もいると言うが、私はそういったものをあまり使わない。瑞希に至っては、本番前に延々とテトリスをやっているような人だった。

 これで準備は大体終わりだ。けれど思い立って、机の中にしまってあるバングルを手に取った。夏祭りで、純恋とお揃いで買ったもの。アクリルは触れると少しひんやりとしていて、気持ちを落ち着けるにはちょうどいいと思ったのだ。

「明日は、余裕で通過できるくらいじゃないと……」

 結果を出す――というのは本選ではなくて、その先の全国大会での話だ。瑞希はそこで一位を取って、その直後に姿を消した。私が求められているのはそれに並ぶこと。少なくとも今回のコンクールに関しては、その上は存在しないのだから。

 自信があるかと聞かれると、正直ない。

 私よりも才能があるのは、何も瑞希だけではない。私と同世代でも、全国大会常連の人たちの顔が何人か浮かぶ。瑞希だったらその中でも余裕でいられるだろうが、私はそうも行かないのだ。

 準備も終わったし、そろそろ練習に戻らなければ。そう思った瞬間に、インターホンが鳴った気がした。こんな時間にうちに用がある人などいるのだろうか。そう思いながらリビングにあるモニターを見ると、リクルートスーツを着た樹里の顔が見えた。

「何か用ですか?」

「お届け物ですよ」

「明日本番なんですけど、私」

「だからこそだよ。とりあえず開けて。渡したらすぐに帰るから」

 私は渋々鍵を開け、樹里を家の中に呼んだ。樹里は何やら大きな箱を持っている。それが私に対するお届け物なのだろう。

「まあとりあえず開けてみて。爆発物とかではないから」

「中身言ってくれないと安心は出来ないんですけど……」

 けれど樹里が私に対して嫌がらせすることもないだろう。箱を開けると、中には柔らかい白い紙に包まれた服が出て来た。首を傾げながらワインレッドのそれを広げてみる。それはシンプルながらも凝ったデザインのドレスだった。

「ほら、これは今日渡すべきものでしょ? まあ本選じゃなくて全国大会で初お目見えでもいいかなとは思ったんだけどさ」

「いや……それよりも、なんで急にドレスなんて……」

「この前言ってたじゃん。遥希、お下がりばっかりみたいだから、じゃあ私がいいやつ選んでやろうと。あ、でも最終的にこれ選んだのは純恋だから」

「純恋が……」

「ま、そういうわけで返品不可だから、有り難く受け取って」

 樹里は驚いている私を置いて、さっさと家を出て行こうとする。本当に渡したらすぐに帰るつもりだったらしい。私は慌てて樹里を追った。

「明日はいきなりだから無理かもしれないけど、全国とか定演とかでは着てよ。あれは正真正銘、遥希のドレスなんだからさ」

「……ありがとうございます。あとでお金は……」

「嫌だなぁ、プレゼントだよ。その代わり、私が内定取れたらそのときは盛大にお祝いしてよね。ディズニーとUSJとか」

「明らかにドレスより高いですね、それ」

 樹里は悪戯っぽく笑って、そのまま手を振って家を出て行った。私は部屋に戻り、今し方樹里が持ってきたドレスをハンガーに掛けてみる。シンプルだけれど綺麗な色のドレスだ。鏡の前でそれを自分の体に当ててみる。このドレスを着てピアノを弾いている自分の姿は、いつもよりも少しだけ素敵に見えた。

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