「遥希さんは、どうして合唱が嫌いなんですか?」
「逆に、私は何であなたがそんなに合唱が好きなのかがわからない」
一人でも十分やっていけるだろう声だ。その声が他の人のものに埋もれていくことに、何も感じないのだろうか。
「一人で歌おうとは思わないんですか? いい声してるのに」
「いい声……か。私はあんまり好きじゃないんだよ、この声」
純恋は真っ直ぐ私を見つめた。強い光を宿した瞳は、小さな火花が爆ぜているようだった。
「小さい頃、クラスの子からいじめられてて。――といっても深刻なものではなくて、陰口を言われたりとかその程度のものだったんですけど」
十分深刻だと思うが、そんなことを言って話の腰を折るべきではない。私は頷いて先を促した。
「『声がウザい』って言われて……歌うのは好きだったのに、それ以来歌うのが怖くなってしまって」
心無いことを言う人もいるものだ。純恋の声は確かに特徴的だ。けれどそれを人を傷つける材料にしていいわけがない。
「喋るのも怖いくらいだったけど、たまたまそのときに合唱部の演奏を聴いて――ここなら、私は私の声を隠したまま歌えるんじゃないかって思ったの」
「……今でも声を隠してるの?」
私の合唱が嫌いな理由が、純恋にとっては救いだったのか。しかし純恋は首を横に振った。再び真っ直ぐな目を向けられる。線香花火のような光の花が私の頭の中で爆ぜる。
「今は違うよ。私は自分の声で合唱してる」
「声が隠れてしまうのに?」
「うーん……確かに聞いてる分にはそうかもしれないけど、実際やってみると違ったんだよ」
純恋は楽しそうに目を細めた。本当に合唱が好きなのだろう。今の私に、彼女のその表情はあまりにも眩しかった。
「といっても、実は結構不純な動機だったりするんだけど」
「不純な動機って?」
「合唱部に好きな人ができて、その人と声を重ねることが何より楽しかった。自分の声とその人の声が和音を作った瞬間は、話しかけられたとか優しくされたとかよりも嬉しかった。そのとき、私の声も聞こえたの。あの人の声と和音を作ったのは、紛れもなく私の声だってわかったの」
ピアノは基本的に一人で弾くものだ。誰かと和音を作る喜びのようなものはない。だからこそ自分の音を純粋に突き詰めることができるのだ。
「まあ、その人には最終的にフラれちゃったんだけどね。でも――あのときはすごく幸せだった」
純恋にとって幸せな時間であったのは間違いないだろう。私はそもそも好きな人すらできたことがない。小さな頃からピアノばかり弾いてきた。あの人の背中を追い続けてきた。その間に出会ったどんな人にも、恋をすることはなかったのだ。
好きな人と声を重ねる瞬間。それを味わったら、私も合唱が好きになったりするのだろうか。
そこまで考えて、私は首を横に振った。別に合唱を好きになる必要はどこにもない。むしろ邪魔なだけだ。私は私の音を追求し続けなければならない。余計なことをしている暇などないのだ。