「芸大の学祭ってはじめてだなぁ……やっぱり他とか違うね」
「確かに作品の展示とかがメインになるから、模擬店とかはそんなに……」
十一月最初の土曜日、私は遥希の通う大学の学祭に遊びに行っていた。さすがに芸大の学祭とあって、私の知っている学祭とは雰囲気が違う。言ってしまえばすごく真面目に感じる。
「美術系の人はここで見てもらうことも多いから気合い入ってるんだって」
「音楽系の人は? ステージとかあるの?」
「色々コンサートがあるよ。私は出たことないんだけど、樹里は昨年、作曲コースの後輩めちゃくちゃ前衛的な曲の演奏やってたりとかしたよ」
「ああ、何か言ってたなぁ……合唱の伴奏も引き受けつつそんなのも引き受けちゃって大変だったって」
樹里はああ見えて頼まれたら全部引き受けてしまうところがある。引き受けたからには全てこなしてしまうからすごいのだけれど、引き受けすぎて大変なことになっているのを見たこともあった。
「お母さんは、学祭なんてお遊びでしょなんて言うから、私は断ってたんだけど……今思えば、そういう曲を弾くのも経験だし、やっておけばよかったなって」
「今からでも出来るんじゃない?」
「いや今からはさ……」
「まあさすがに今から人探してたら大変だよね……」
そんな会話をしながらメイン会場となる建物に入ったところで、私たちに向かって走ってくる女の子が見えた。ふわふわの茶色い髪を揺らす、背の低い子。
「ああ、いいところにいい感じの人が!」
「木野さん、それはもしかして私のことを言ってる?」
彼女の名前は木野というらしい。木野さんは遥希の手を握って懇願する。
「今日のコンサートで楽器をお願いしてた子が、熱出して急に来られなくなっちゃって! お願いなんだけど、代役をお願いできないかな……?」
「いや、今日いきなり言われても……木野さんの曲、初見で弾くには普通に難しいし」
「ピアノは私が弾くから大丈夫なんだけど、他の楽器が……さすがに腕二本しかないからどうにも出来なくて」
「私、ピアノ以外ほぼ出来ないんだけど……」
「それは大丈夫!」
木野さんは胸を張って言う。遥希は呆れた顔をしながらも、とりあえず話を聞くことに決めたらしい。しかしその前に、困惑している私に気付いた木野さんが自己紹介を始めた。
「私は作曲コース二年の木野琴音。遥希とは高校からの同級生で、たまに弾いて寄って頼んでたけどずっと断られてます」
「……だって自分で弾けるじゃん」
「今回は本当に無理だから! 私はピアノなんだけど、他に水を張ったビニールプールと……」
「待って待ってビニールプールって何? どんな曲?」
*
「このビニールプールに、楽譜に書いてあるタイミングで物を落としてくれればいいんだけど」
「なるほど、楽譜が読めるならほぼ誰でもいいわけか……」
そもそもビニールプールが曲に使われる段階で衝撃を受ける人も多いが、私は現代曲にも慣れているので、少しくらいの妙な楽器には驚かない。水の音は落とす物によって多少変わる。それを曲に利用したいのだろう。そして目の前で落とすというパフォーマンスも含まれている。
「それにしても、そっちの子は彼女?」
「うん」
「ビニールプールを曲に使うって聞いてもあんまり驚かないんだね」
「あ……私、合唱やってるので」
それで通じるかはわからないけれど、と思いながら言ったが、木野さんは合点がいったらしい。
「ああ、確かに合唱って変わった楽器使う現代曲あるもんね。あとは人間の声で何でもやろうとするとか。ちなみにパートは?」
「ソプラノです」
「声を入れるってのも悪くないか……遥希、ちょっと楽譜見せてくれる?」
遥希は首を傾げながらも、木野さんからもらったばかりの楽譜を手渡した。木野さんは楽譜をざっと眺めてから、持っていたペンで何かを書き足していく。
「これ、歌える? ピアノの音が入ればそんなに難しいフレーズではないと思うんだけど」
「え、今作ったんですか、これ……?」
「出来ている曲に付け足しただけだから、そんなに難しいことじゃないよ」
いや、絶対にそんなことはないと思う。私と遥希は木野さんに巻き込まれた同士、困惑しながらも目を合わせて笑った。
*
「ビニールプール使うっていうから夏っぽい曲なのかと思ったけど、どっちかというとホラーだったね……」
「色んな物が水に引き込まれる曲だったからね……ビニールプールを覆いで隠してたのは英断だったね。あれがないと雰囲気ぶち壊し。あとピアノが完全に木野さんの手癖」
どうやら木野さんは元々演奏家を目指していたのだが、突然作曲家になることを決めたらしい。高校のときは遥希と学内トップを争うような人だったようだ。
「でも楽しかったな。学祭であんな曲聴かされると思ってなかった一般人たちの困惑顔とか」
「私も昔、鈴木輝昭の曲を演奏会でやったときに、わりとそんな空気が……やってる方はだんだん楽しくなってくるんだけどね、現代曲」
「演奏するためのものであって聴くためのものではないのかもね、もしかしたら」
それこそ誰もが演奏に参加できるような曲なら、純粋な聴衆は一人もいなくなってしまうだろう。それはそれで面白い事態なのかもしれない。