ガンダムビルドダイバーズRe:TRY   作:守次 奏

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リトライ、はじめました


Ep.01「彷徨のアインフェリア」

 草木の匂いに花の香り。吹き抜けるそよ風が肌を撫でるその感触。

 それは、既に知っている場所が、未知の場所へと変貌を遂げたことへの証明のようなものだった。

 ヤナギランを一面の花畑から一本だけ摘み取った俺──アラタニ・アスカことダイバーネーム「アスカ」はその香りをもう一度確かめるように、顔へと近づける。

 

「……噂には聞いてたけど、凄いな」

 

 本物のヤナギランがどんな香りをしているのかは生憎わからない。

 それでも、今までこの世界には存在しなかった嗅覚が、均質ではない触覚が、本物に近づいた世界に彩りを与えていることぐらいはわかる。

 花畑の中で膝を突き、駐機状態で待機させているガンプラを、十八メートルサイズまで拡大されたそれを見上げて俺は、一人で小さくそう呟く。

 

 GBN──ガンプラバトル・ネクサス・オンライン。

 アクティブユーザー二千万人以上を抱えているこのオンラインゲームの世界には、つい最近までこういう「リアルに近い」感覚のフィードバックは実装されていなかった。

 飲食アイテムを口にしても大雑把な甘味であるとか塩味であるとかそういうのが感じられるだけで、香りに至ってはそもそも存在していない。

 

 そんな彩りのない世界に革命を起こすかのように、今月発表され、実装された大規模アップデートである「バージョン1.78」においては、五感のフィードバックが解禁されることとなった。

 より正確にいえば、五感だけじゃなくてガンプラバトルを行うときに発生するGのフィードバックであったり、限定的ではあるものの、痛覚だとかそういう感覚のフィードバックもまた解禁されている。

 危険性についても、域値を超えたものはフィードバックされる前に自動でダイバーをログアウトさせる処理が割り込まれるから心配ない、というのが運営の見解だそうだ。

 

「……まあ、戦いなんて久しくやってないんだけどな」

 

 駐機状態のまま花畑に佇んでいるガンプラを、映像作品「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に登場する、「グレイズリッター」をベースに改造を加えた機体を見上げる。

 そうして、ふっ、と自嘲するように唇の端を吊り上げた。

 GBNのメインコンテンツが、ダイバーギアと呼ばれる機械でスキャンし、データ化したガンプラ同士を戦わせる「ガンプラバトル」にあることは俺もよく知っている。

 

 でも、GBNの楽しみ方は人それぞれだ。

 アクティブユーザー二千万人、その中で全員が全員、戦いの場を求めてこの仮想世界に飛び込んできたわけじゃない。

 放課後の延長線上にあるものとしてこの世界を楽しんでいる誰かがいる。戦闘行為が禁じられているエリアにおいて、自作のガンプラを展示することで楽しんでいる誰かがいる。

 

 俺がヤナギランの採取なんてミッションを受けてるのも、それと同じことだ。

 一人でいれば、重荷を背負うこともない。

 戦わなければ、気楽でいられる。

 

 そんな俺にとって、このバージョン1.78へのアップデートは朗報なのかもしれないな。

 苦笑と共に、手元のウィンドウを操作しながら、まだ受けていなかった採集系ミッションをリスト化して絞り込む。

 とりあえずはこのヤナギランを納品したら、次はどのミッションを受けようか。

 

 こういう、対戦ゲーでは軽視されがちなおつかいミッションまで充実しているのはGBNのいいところに違いない。

 数が多すぎるってのも考えものだけど、その辺はゆっくり埋めていけばいいさ。

 一人で過ごしているのなら、なにかに追われることもない。生まれ変わったこの世界の空を飛びながら、のんびりとアイテム集めに勤しめばいいんだ。

 

 だってそうだろ、俺は──

 手にしていたヤナギランを握り締めて、唇を噛む。わかっちゃいたけどつらいものだ、認めたくないものを思い出すってのは。

 本当なら、俺はこの世界に戻ってくるべきじゃなかったのかもしれない。

 

 それでも、戻ってきてしまった。

 人間ってのはどこまでも不合理で、不条理で、誰かに責任を求めたくなる生き物だ。

 バージョン1.78のことを教えてくれた幼馴染の心配そうな、明らかに遠慮した笑顔がフラッシュバックする。

 

『アスカ君なら、きっとまたGBNを楽しめるよ!』

 

 きっとまた楽しめる。

 復帰を促してきた幼馴染は俺へと確かにそう言った。

 そこにはきっと、願いだとか祈りだとか、そういう思いがあったのかもしれない。

 

 だから、戻ってきた。人のせいにして、俺は。

 

 今が楽しいかと訊かれたら、胸を張ってはい、と答えるのはきっと嘘になる。

 採集系ミッションをただ片っ端から埋めていくだけの日々に、どこか作業感じみたものを感じていたのは確かなことで。

 だけど、戻ってきたこの世界で俺がやりたいことがなんなのかは、俺自身が誰より、なにより知りたいぐらいだった。

 

 もしもこの世に神様がいたとして、知っているなら教えてほしい。

 俺はなんのためにこのGBNに戻ってきて、なんのためにふらふらと、毒にも薬にもならないようなミッションを放浪しているのか。

 なんてな。自分でさえ自分のことがわからないのに、他人が答えをくれるだなんて幻想もいいところだ。

 

 これ以上ここにいたって、なんの益体もないことを延々と考え続けるだけだろう。

 だったらさっさと切り上げて、次のミッションを受けに行こう。

 根本的な問いに対する答えなんて出てこなくても、目先の目標を少しずつ片付けていけば、人はちょろいことに達成感を覚えるものなのだ。

 

 そうやって、忘れればいい。

 きっと覚えてたって悪さしかしないことを記憶の回路に焼き付けるより、答えの出ない問いかけに答えようと足掻くより、忘れてしまった方が遥かに楽だ。

 忘却は神様が人に与えた唯一の権利だとかなんとかかんとか。全くもってその通りだと同意しておこう。

 

 俺は小さな溜息と共に、白と蒼のツートンカラーに染め上げて、カスタマイズを施したグレイズリッターの──「グレイズ・アインフェリア」のコックピットへと乗り込んだ。

 あとは納品ボックスにヤナギランをぶち込めばミッションコンプリートなのだから、余計なことを考える必要もない。

 変なことを考え込んでる時は大体ろくでもないことに思考を囚われていると人は言う。

 

 だったら次は、もっと身体を動かすミッションでも受注するか。

 せっかく五感がフィードバックされたわけだしな。肉体労働に勤しむのも悪くない。

 そんなことを頭の片隅に浮かべながら、納品ボックスに向けてエリアを駆け抜けていた最中のことだった。

 

「救難信号……?」

 

 コックピット内のコンソールに立ち上がったその情報は、俺の記憶が確かなら他のプレイヤー……この世界の呼び方はダイバーだ──がなんらかの窮地に陥ったとき、周囲に無差別に発信される信号だったはずだ。

 簡単にいえば「誰でもいいから助けてくれ」という切実な叫びに他ならない。

 ただ、それが身内から発せられたものならともかく、赤の他人が窮地に陥っていようが「興味ないね」の一言で切り捨てられるのがオンラインゲームの暗黒面だ。

 

 GBNも例に漏れず、救難信号を受け取るかどうかの通知をオフにしているダイバーがほとんどらしい。

 俺は単にめんどくさくて設定を変えていなかったから受信してしまったんだろう。

 さっきからびーびーと鳴り響く通知音がやかましい。

 

 赤の他人を助けるメリットなんてものは、皆無といってもいいだろう。

 それどころか、揉め事に自分から首を突っ込んで、余計な恨みを買う確率だって高い。

 だったら、貝のように口を噤んで、全てを見なかったことにするのが「賢い」選択肢ということになる。

 

 未だに鳴り響く救難信号は、ヤナギラン畑の近くに位置する林の向こう側、俺の記憶が確かなら平原から発せられているものだ。

 この機体を、アインフェリアを全力で飛ばせば間に合わないということはない。多分。

 じゃあそこまでするメリットはあるのか。ない。確実に。

 

 だったらどうする。俺は。こいつ──アインフェリアは。

 赤の他人なんだからと見捨てて、さっさと次のミッションに行く「賢い」選択肢を取るのが、きっと正解なのだろう。

 それでも、どうしてか俺の手は自然と操縦桿を平原地帯の方に倒して、機体を加速させていた。

 

 赤の他人同士の揉め事に首を突っ込んだって、損をするだけだし馬鹿を見るだけだってのもわかってる。

 それでも今、俺は確かに、ほんの一欠片だけでもこの救難信号を「見捨てたくない」と思っていた。

 たった一欠片、ほんの一片。無視したって踏み砕いたって、誰にも文句は言えないけど、きっと未来の俺が、過去の俺がそれを許さない気がした。

 

 理由なんて、そんなもので十分だ。

 なんとなくでいい。馬鹿を見たら、損をしたらその時はその時だ。

 どうせゲームで、お一人様だ。最悪俺がこの世界を出ていけば、それで済む話だからな。

 

 救難信号が今も出ている平原地帯へと機体を加速させながら、俺は押し寄せてくるGのフィードバックに唇を噛む。

 ここはもう、俺の知っているGBNじゃなかった。

 よくも、悪くも。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 救難信号が出ていた平原に辿り着いてみれば、緑の絨毯に各部から黒煙を噴き出しながら倒れている機体の姿が目に映った。

 そして、それを取り囲んでいる数機のガンプラの姿も。

 倒れているのは、原型機では深緑色だった部分が橙色に近い赤──スカーレットに染められてこそいるけど、ケルディムガンダムと見ていいだろう。

 

 それを取り囲んでいるのは、プロヴィデンスガンダムを中心に、スラッシュザクファントムやらジン・ハイマニューバ2型やらブレイズザクウォーリアやら、ザフト系の機体が五機。

 ザフト系で統一してるのは、なにかしらのこだわりでもあるんだろう。

 ただ、四肢にダメージを受けているケルディムを取り囲んでいる辺り、ろくなやつらじゃなさそうだ。

 

『む……? 何者だね、君は?』

 

 ザフト系の集団のだいぶ近くに着陸した俺を見て、リーダーと思しきプロヴィデンスガンダムから通信が送られてくる。

 何者もなにも、救難信号を受信したから来たただの物好きなんだけどな。

 多分、というか十中八九、救難信号を出していたのは赤いケルディムだろう。それに気づいていないわけでもあるまい。

 

「救難信号が出てたから来た、そういうアンタたちはPKでもしてたのか?」

 

 俺は状況を俯瞰した上で、率直に問いかけた。

 合意なしでのフリーバトル、というか他のダイバーへの攻撃はPK、プレイヤーキラーに当たる行為だとして基本的には厳重に咎められている。

 ただしそれは、運営に見つかればの話だけどな。

 

 GBNは広大だ。

 運営は常に監視の目を光らせてこそいるけど、その全ての状況を把握するのは難しい、というのがあっちの本音らしいとは聞いたことがある。

 だからこそ、救難信号なんて他のダイバーの善意に期待するような代物が実装されているのだろう。

 

『その話なら誤解だ。少しだけ釈明をさせてほしい』

 

 そんな話はともかく、俺の問いかけに対してプロヴィデンスガンダムを駆っているダイバーが返してきた答えは、肯定でも否定でもなく、猶予をくれ、というものだった。

 誤解もなにもあるもんかと突っ込みたくなる状況だけど、あいつらにはあいつらなりの主張があるらしい。

 正直どうでもいいけど、無用な争いを回避できるんならそれに越したことはないと、そんな考えが頭に薄らぼんやりと浮かんできた時のことだった。

 

『そこのケルディムを使っている女はG-Tuberだ』

「それとこれとになんの関係があるんだ」

 

 思ったことがそのまま声に出てしまった。

 G-Tuber。GBNの内部にある動画コンテンツの中で、配信をしている連中のことを確かそう呼ぶんだったか。

 それで、ケルディムのダイバーがG-Tuberなことと、五機が一機を取り囲んでリンチしているようにしか見えない絵面にはなんの関係があるんだと、首を傾げる。

 

『君はG-Tubeを使ったことはないのか?』

「多少はある。だから、それとこれとになんの関係があるんだ」

『ならば我々の大義に同意してくれるはずだ。この女は……再生数の低い動画をアップロードして、G-Tubeの検索性を著しく悪化させている!』

 

 は?

 なにを言ってるんだ、こいつは。

 自信満々に通信ウィンドウへと指を突きつけたプロヴィデンスのダイバーは、俺が呆れているのもお構いなしに、長広舌をぶちまける。

 

『我々「清浄化委員会」はGBNをダイバーたちにとってより快適な居場所とするために活動している。無論それはGBN内のコンテンツであるG-Tubeも同じことだ。再生する価値がない動画が溢れれば、検索性は著しく悪化する……故に我々はその芽を、検索妨害を摘み取っているのだ、どうか我々の理念を、大義を理解してくれたなら、邪魔をしないでほしい』

『ちが……わたし、検索妨害なんてしてないです! ただ今日配信するための動画を撮ってただけです!』

『貴様の存在そのものが検索妨害だと言っている!』

 

 通信に割り込んできたケルディムのダイバー……どうやらG-Tuberらしい女の子の悲鳴じみた主張も一蹴して、プロヴィデンスガンダムのダイバーが率いている「清浄化委員会」とやらは一斉に、真紅のケルディムへと銃口や得物を向ける。

 なんというか、やってることだけ聞けばザフトってよりは地球連合……その中でも過激派が集まったブルーコスモスってところだな。

 自治行為。よくも悪くもゲームを愛しているからこそ、その治安を乱す者を、秩序に反する者を断罪しようとするその気持ちがわからないといったら、嘘になる。

 

 だけど、自治行為も行き過ぎればそれはただの迷惑でしかない。

 プロヴィデンスガンダムのダイバーはケルディムガンダムのダイバーがやっていることを検索妨害だと言った。

 ケルディムガンダムのダイバーは、配信のための動画を撮っていただけで、検索妨害はしていないと言った。

 

「アンタたちの言うことはわかった」

『おお、わかってくれたか! ならばすぐに引き返してくれないかね? 浄化は滞りなく行われなければならないのでね』

「だから俺はアンタらをぶっ倒す」

 

 俺はそう宣言し、グレイズ・アインフェリアの両肩に懸架していたバトルブレードとナイトブレードを抜き放つ。

 この場合、どっちを信じるべきかなんてのは火を見るよりも明らかなことだ。

 

 GBNをよりよい環境にしようって志は、確かに立派なものなのかもしれない。

 だけど、そのために、例えどんなに再生数が低かろうとなんだろうと、GBNを楽しんでいる誰かをなんの権利もないやつが勝手に断罪していいなんて理屈は通らない。

 

 仮にあいつらが百パーセント正しかったとしても、そんなものが通ってたまるか。

 だから俺は、剣を抜いた。

 もう二度と抜くことなんてないと思っていたものを、もう二度と振るうことなんてないと思っていたそれを。

 

 そこに大義はない。多分、正義もない。

 ただあるのは、理不尽に対する怒りだけだ。

 二振りの切っ先に、通信ウィンドウを睨みつける瞳に燃えて滾る心火を宿して俺は機体を、ガンプラを疾らせる。

 

「宣言する、アンタらは五つで終わる」

 

 鉄の呻きを上げて、エイハブ・リアクターの心臓から供給される血がグレイズ・アインフェリアに滾っていく。

 一方的な理不尽に対して突きつける宣告はただ一つ、一方的な──それを上回る理不尽だけだ。

 それを、嫌というほど教えてやろう。




彼は、義憤の剣を再び携える
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