「うむ、うむ! 素晴らしき戦いだったぞ!」
ロビーへと一足先に帰還していたリシッツァさんが、腕を組みながら大きく頷く。
あの人ほどの実力者にそう言ってもらえるのは光栄なんだろうけど、それはそれとしてとにかく疲れた。
ぱちぱちと手を叩くルドガーとショコラさんの瞳にもわだかまりはなく、「フォックストロット」の三人は、戦いの結果を自分なりに受け止めて、それでもこっちを称賛してくれているということだ。
「……どうも。グッドゲーム」
なら、礼の一つも返さなければ無粋というものだろう。
俺は差し伸べられたリシッツァさんの手を握り、互いの健闘を称える言葉を口に出す。
ただ、実のところをいってしまえば、あの剣が、「鉄剣造血」が通じてくれたのは不幸中の幸いだという他にない。
リシッツァさんが真っ直ぐに戦ってくれるタイプだったこと、そしてアインフェリアの推力、いや、直線加速力がジークルーネRとLの二機を上回っていたからこそできた芸当でもある。
GBNに、無敵の技は存在しない。
強いていうなら、チャンピオンの、クジョウ・キョウヤの一挙手一投足全ては限りなく「無敵」に近い、必殺の域に達しているのかもしれないけど、それは積み上げられた修練と磨き上げられた才能、個人に依拠するものだ。
それに、絶大な威力を誇る「EXカリバー」だって、ちゃんとエネルギーを相応に消耗するというシステム的な弱点は抱えてるからな。
チャンピオンが人外に片足どころか両足突っ込んでるのはほぼダイバーたちの総意だとしても。
とにかくクジョウ・キョウヤのプレイヤースキルは例外で、システム上はどんな必殺技だろうが時限強化だろうが──俺の「鉄剣造血」であろうが、相応の弱点はあるということだ。
「ふむ……其方は納得いかなかったか?」
「……いや、いい戦いだったと思っている」
「ははは、隠さずとも良いぞ。其方は不思議に思っているのだろう? なぜ此方が真正面から向かってきたか、ということを」
リシッツァさんは苦笑する。
そこまで見抜かれているのか。
やっぱり、上級者の、それも近接一本でやってきた人の前じゃ下手な誤魔化しは効かないらしい。
「……正直に言えば。リシッツァさん、アンタは『鉄剣』から逃げられた」
より正確にいうのなら、逃げるという選択肢をとれた、ということだ。
それが意味することは一つ。
俺の「鉄剣造血」の弱点を突く立ち回りを、リシッツァさんは選ばなかった……つまりは、確実に勝つための手を打たなかったということになる。
「ははは! そうだな、其方の言う通りだ」
「……なら」
「だが、逃げてなんとする?」
──己に立ち向かってくる相手から逃げて、勝ちを拾いにいくのも一つの楽しみではあろう。
リシッツァさんは俺が提示した選択肢を肯定しつつも、苦笑を浮かべたまま、両肩を竦めてみせる。
「此方にとっての戦いというのは、死線を超えて鎬を削り合う……いわば正面からの果たし合いだと心得ている。それを曲げてまで勝ちを拾いにいくよりも、其方とただ打ち合ってみたかった。それでは不満か?」
「……誇り、か」
「わかっているではないか。其方の剣は此方の誇りに届いたのだ。其方がなにを想っているかはわからんがな、あまり謙遜しすぎるのも美徳とは言い難い」
それは相手に見る目がないと言っているのと同義だからな、と、リシッツァさんは豪快に笑いながらも、俺の影に釘を刺してくる。
偶然だろうが必然だろうが、勝利は勝利に変わりはない。
負けに不思議の負けなし、勝ちには不思議の介在する余地がある。だとしても、勝利したという事実を、不思議が揺らがすには至らないって、そういう話なんだろう。
「そういうわけで改めてグッドゲームだ、アスカ、ルリナ、ツバサ! と……いきたいところだが、一つ言い忘れていたな」
「言い忘れですか?」
きょとんとした様子で俺とリシッツァさんの会話を眺めていたルリナが人差し指を唇に当てて、小首を傾げる。
「うむ、大したことではないのだがな! 其方に問おう。其方は三人で行動しているのだろう? フォースを組むつもりはないのか?」
フォースを組まないのであれば、此方の「フォックストロット」には、其方を受け入れる準備がある。
リシッツァさんは俺たちを相当気に入ってくれたのか、腕を組んでふんす、と鼻息も荒く尻尾を左右に振り回す。
フォース。その言葉に、過去の記憶がリフレインする。
「フォースとは、ダイバーランクD以上で結成できるダイバー同士における同盟のようなもの、という認識で合っているか」
俺が首を捻って微かな唸り声を上げているうちに、いつもの真顔でツバサがリシッツァさんへとそう問いかけた。
その様子だと、あいつはずっとソロで活動してきたのかもしれない。
ただ、基本的にツバサが問いかけたことに対する答えはイエスで合っている。
同盟というと重苦しく聞こえるかもしれない。けど、精々たまに集まって一緒にミッションを攻略したり、昼飯だけを一緒に食べるような関係性であったとしても、同じ旗の下に名前を連ねていればフォースはフォースだ、そこに変わりはない。
組むメリットもあるにはある。
組まないデメリットもあるにはある。ただ、そこまで気負って結成する必要はどこにもないというだけの話だ。
「うむ、それで合っているぞ! しかし其方は随分と堅苦しい問いかけをするのだな?」
「生まれてからずっとこれが私の性分というものだ。不快に思ったのなら、謝罪する」
「ははは! なに、珍しいと思っただけだ! ところで組むのか、組まないのか?」
どうしたものか。
俺としては別に、組むことで得られる特別なメリットもない。組まないことで得られるそれも同じだ。
そして、申し訳ないけど、組まないことで「フォックストロット」に拾われる理由もない。
俺としてはただ、放課後の延長線上として、ルリナとの付き合いがあるからここにいるだけだ。そのつもりだった。
ツバサはなにを考えているかわからないけど、最終的には俺かルリナの判断を優先するのだろう。会って二日だけど、なんとなく想像はつく。
そうなると、決定権は必然的にルリナへと回っていくことになる。
「んー……わたしはアスカと二人っきりならそれでよかったけど、ツバサちゃんともお友達になったんだし……じゃあ、組もっか!」
「……恐ろしく判断が早いな」
意図せず、思ったことが口をついて出てしまった。
こういう時のルリナは、とにかく決断力というか行動力に溢れている。
どこまでも前のめりというか前向きというか、本当にヒマワリみたいな女だ。
「そうか、ならば勧誘は諦めるとしよう! フォース名は決まっているのか? なんなら此方が考えても良いぞ?」
「んー、えっと、自分で考えます!」
「ははは! そうか! ではせめて、結成の瞬間には立ち合わせてくれ!」
「はい! ねえねえアスカ、フォース名、なにがいいと思う?」
俺の理解を超えた速度でリシッツァさんとの相互理解を果たしたルリナが、何事もなかったかのように明るい笑みを浮かべながら問いかけてくる。
こう、なんというかよくいえば気さくな、悪くいえばざっくばらんなところがあるリシッツァさんと、この暴走天然娘は歯車が噛み合っているのだろう。
というか、なにも考えてなかったのかよ。
そして、あれこれと突っ込みどころが多すぎて脳が処理落ちを起こしそうになっていたところへ、追い討ちをかけるように「それ」は現れた。
「ちょっとお待ちなさいな、そこの赤毛娘と他一名!!!」
長い金髪を、ドリルみたいな二房のツインテールに結えて、白を基調としたゴシックなドレスに身を包んだ何者かが、細い指を突きつけながらロビーに轟く声で叫ぶ。
赤毛娘はルリナのことだとして、他一名ってのは俺のことか。
ハンバーガーに挟まっているピクルスみたいな扱いだな。そういうお前は何者だよって話だけど。
「あ、えっと……えっと? ごめんなさい、誰ですか?」
「人の友人を勝手に引き抜こうとする無礼な赤毛娘に名乗る名前などありませんわ!!! ですがどうしてもというなら名乗り出て差し上げないこともありませんわよ!!!」
どっちなんだよ。
胸を反らして得意げに高笑いを浮かべる金髪ドリルに、どことなく乙女ゲームに出てくる「悪役令嬢」という単語を想起して、俺はげんなりと肩を落とす。
それよりも、人の友人云々って話から察するに、この金髪ドリル悪役令嬢はツバサの知り合いかなにかなのだろう。
「……どうしてもってわけじゃないけど、事情も知らずにキレ散らかされても困る。せめてそっちの事情を説明してくれ」
「なんですの人が話している時にこの萎びたミックスベジタブルみたいな顔したダイバーは! ツバサ、この付け合わせのフライドポテトも貴女の知り合いでして?」
随分な言い草だなおい。
名誉毀損で訴えたら勝てそうだ。生憎、費用対効果がどんなもんかはわからないけど。
萎びたミックスベジタブルだの付け合わせのフライドポテトだの、散々な言われようだったけど、なんだろうな。一周回って怒るというよりはその独特な言語センスに拍手したい気分だった。
「アスカは付け合わせの萎びたミックスベジタブルじゃないもん! わたしの大切な運命の人なんだよ! 謝って!」
「……余計に話が拗れるからやめてくれ」
ぷんすかと頭から蒸気を噴き出しながら金髪ドリル悪役令嬢に食ってかかるルリナを制止しながら、俺は小さく溜息をつく。
というか二つが混ざってるぞ。
そして、こんな状況でも一ミリたりとも変動しない真顔を保っているツバサに視線を向ければ、ふむ、と細い顎に指をやって、考え込むような仕草が目に映った。
「確かにアスカとルリナは私のフレンドだ、クラリーチェ」
「フレンド? 貴女、この二人になにか感じ入るところでもありましたの?」
「肯定する。上手く言語化はできないが、アスカとルリナと戦った時、私は今までにない不思議な感覚を抱いた。これは事実だ」
「なるほど……そういうことですのね」
まともな会話もできたのか、驚きだな。
なんて言ったところで火に油どころかガソリンをぶっかけるだけだから黙っておくとしても、この金髪ドリル悪役令嬢のダイバーネームはどうやらクラリーチェというらしい。
名前もなんか悪役令嬢っぽいな。これも黙っておくけど。
「でしたら決闘ですわね!!!」
「……なんでそうなるんだよ」
さっきの会話から導き出された結論が決闘ってどういうことだよ。蛮族かなにかなのかアンタは。
クラリーチェはご丁寧に手袋を外すと、俺の足元にびたーん、と投げつけてくる。
白手袋じゃなくて赤いゴシックドレスに合うように黒手袋ではあったけど、それが意味するところは本人が語ってくれた通り同じだろう。
「ツバサが貴方たちになにかを感じたというのであれば、わたくしにもそれをお見せなさいな、単純な原理でしてよ!!!」
「……ツバサが俺たちになにかを感じたとして、どうしてそれをアンタにも見せる義務があるんだ」
「それを知りたければわたくしと決闘なさいな!!! ドゥーユーアンダスタン?」
なんでお前が主導権を握ってる風なんだ。
ルリナは相変わらず頬を膨らませてご立腹の様子で、渦中のツバサはクラリーチェと俺たちの板挟みになっても尚真顔を保ったままだ。
驚異の表情筋だな。それかメンタルが鋼でできてるんだろうか。
「わかりました! でもわたしたちが勝ったらアスカに謝ってもらいますからね!」
「……乗るな、ルリナ」
俺は眦に涙を浮かべてクラリーチェににじり寄るルリナを制止する。
怒ってくれるのはありがたいのかもしれないけど、俺なんかのために怒りのリソースを費やさなくたっていい。
それに、クラリーチェのやつが主導権を握ってるように見えるだけで、この問題の決定権は俺たちの方にあったはずだ。
「赤毛娘……ルリナといいましたわね、貴女は中々見所がありますわね!!! ところでそこの気の抜けたコーラは戦わなくてよろしいのでして?」
「……なにを勘違いしてるか知らないけど、この問題の決定権はアンタにはない」
「ところがどっこい、それがあるからこそ決闘を持ちかけているのですわ!!!」
「……なるほど」
ツバサとクラリーチェの関係は単なるフレンド同士だとか、そういうわけじゃないってことか。
詮索するだけ野暮だとはわかってるけど、考えられるのは姉妹だとか親戚だとか、リアルについて関わってくることだろう。
そして、それを知りたければクラリーチェと戦えと、そういうことか。
「……アンタと戦えば、その理由を話してくれるのか」
「正確には戦って勝てば、の話ですわ。承諾する気になりまして?」
「……そうだな」
ツバサとクラリーチェの関係について深く知りたいかと訊かれれば、別にそんなことはないと答えるだろう。
人を萎びたミックスベジタブルだの付け合わせのフライドポテトだの気の抜けたコーラだの、好き勝手に呼んでくれたこともこの際どうでもいい。
それでも、この決闘を受ける理由があるなら。
「……泣くな、ルリナ」
「だって……だって、アスカが……っ……わたし……っ……!」
「……クラリーチェ、ルリナの要求も聞き入れる度量はアンタにあるか」
「愚問ですわね、わたくしに勝ったのなら、土下座でもなんでもして差し上げますわ!!!」
「……言質は取った。そうだな、ツバサ、リシッツァさん」
この問題で中立といえるのはツバサと、あとはこの混沌極まる話に巻き込まれてしまったリシッツァさんたちだ。
リシッツァさんには気の毒だとは思うけど、第三者が立ち会ってくれたという事実は大きい。
「其方は本当に愉快だな……よろしい、ならばこのリシッツァが決闘の立会人となろう。それで構わないな、『爆薬令嬢』?」
「わたくしをその名前で呼ぶとは礼儀がなっておりませんわね!!! ですがまあ、不本意ながら今は不問といたしますわ!!!」
悪役令嬢改め爆薬令嬢は額に青筋を浮かべながらも、口元に手を当てて高らかに笑う。
似合いのあだ名だ、とか言ったらもう一枚手袋を叩きつけられかねないから口を噤むとして、決闘というなら訊いておかなきゃいけないことはある。
「……率直に訊く、アンタの要求はなんだ、クラリーチェ」
「愚問ですわね!!! わたくしが勝ったらツバサをフォースに引き抜くのはなしにしていただきますわ!!!」
「……了解した、こっちの要求は、俺たちが勝利したらツバサをフォースメンバーとして迎え入れる。そして……ルリナに謝ってもらう」
「アスカ……?」
俺はいい。なんと言われようと構わない。
だけど、ルリナは違う。
心からこの世界のことを、GBNを楽しんでいるなら、理屈こそ理解できないけど、俺との間に感じた「運命」をなにより大事にしているのなら。
そこに傷をつけられた代償は、払わせるべきだ。
俺はクラリーチェが投げてきた手袋を返すように軽く放り投げて、決闘受諾の合図とする。
「バトルの形式は一対三のフラッグ戦でよろしくて? 一旦ツバサの身柄はそちらに預けますわ」
「……構わない、誰がフラッグだ?」
「それはこちらから指定させていただいても構いませんこと?」
「……妥当だな。そっちが数的不利を背負っている以上、当然だ」
「思った以上に話がわかりますわね、貴方。では、わたくしが指定するフラッグは……ルリナ! 貴女にいたしますわ!!!」
やっぱりそう来たか。
突然の指名に、ルリナは俺に視線を向けて、ごくり、と固唾を呑む。
フラッグ戦。それはリシッツァさんたちとのフリーバトルの時とは違って、敵を全滅させるんじゃなく、各陣営に指定されたフラッグ機を破壊すれば勝ちが決まるというルールのバトルだ。
この場合は俺たちがルリナを失えば負け、反対にクラリーチェを倒せば勝ちという話になる。
「……わかりました! でもでも、わたしたちが勝ったらちゃんと約束は守ってもらいますからね!」
「上等ですわ! さぁ、舞踏会の幕開けでしてよ!!! 互いに譲れぬ誇りをかけて舞い踊るといたしましょう!!!」
鉄の呻きを音楽に、血で血を洗う舞踏会か。なかなかどうして、皮肉が効いているな。
クラリーチェからのフリーバトル、フラッグ戦の申請を受け取った俺たちは、白亜の城の代わりに用意された戦場へと転送されていく。
ドレスの代わりにガンプラを、花束の代わりに、この手に剣を携えて。
レッツ爆裂舞踏会!