戦場として選ばれたのは、なんの因果か「鉄血のオルフェンズ」序盤と最終決戦の舞台となったCGS、あるいは鉄華団の本拠地だった。
起伏こそ激しくとも遮蔽物が全くといっていいほどないという条件は、近接戦に偏重している俺たちとも噛み合っている。
だけどそれは、相手が、クラリーチェが格闘型であった場合も同じことだ。
この戦いの鍵は、いかにフラッグ機であるルリナにクラリーチェを近づけないか、あるいは狙わせないかの二点に尽きる。
ただ、なんとなく──直感でしかないけど、あいつは格闘型のビルドを組んでいる、そんな気がした。
戦場の大地へと降り立ったケルディムスカーレット、そしてフォルトレスの機影を確認して、俺はツバサとルリナに接触回線を開く。
「……陣形はリシッツァさんの時と同じだ、ツバサはルリナを守り通してくれ。幸い鉄華団基地には遮蔽物もあるし、ケルディムにはシールドビットもある。上手く地形と武装を利用して、ルリナは生き残ってくれ」
「あの時は不覚をとった。今度こそ、その要請を確実に実行する」
「アスカはどうするの?」
「……俺はクラリーチェを引きつけて、可能であればそのまま倒す。ツバサ、最悪の場合は俺ごとダインスレイヴであいつを撃ち抜いてくれ」
ルリナからの問いかけに、俺は今考えられる最善とはいわずとも、できる限りに考えた作戦プランを立てる。
リシッツァさんたちと戦った時は相手の全滅が勝利条件、こっちの全滅が敗北条件だったけど、今回は違う。
ルリナが生きている限りこっちの勝ちで、逆にやられてしまえばこっちの負けになる。なら、俺とアインフェリアも最悪切り捨てられる手札の一つと考えていいはずだ。
クラリーチェのビルドが格闘型だというのはあくまでも予想に過ぎない。
実際はスナイパーかもしれないし、なにか特殊な一芸に特化したタイプかもしれない。
ツバサから事前に聞き出しておけばもっとスマートだったのかもしれないけど、三対一というハンデを背負わせている状況で、更にそこまで情報を得るのはフェアじゃない気がした。
元から無理難題を吹っかけてきたのはあっちなんだから、公平もなにもないだろうといわれてしまえばそれまでかもしれないけど、クラリーチェがお望みなのは、戦いじゃなくて決闘だ。
だったらそこはフェアにいかなきゃならないだろう。
それに、どんな構築に当たるかによって多少作戦、というより俺の立ち回りは変動するかもしれないけど、ツバサがルリナを守り通すという大筋に変わりはない。
「その作戦は了承した。ただ、ダインスレイヴによるフレンドリーファイアは私の望むところではない」
「……わかってる。最悪の場合ってだけだ」
もちろん、俺だって積極的に撃ち抜いてもらいたいと思ってるわけじゃない。
相手に攻撃が通じないとか、そういう事態になったら、最悪組みついてでも隙を作る。
そしてその一瞬を撃ち抜いてもらいたいというだけの話だ。
たとえ俺という手札が一枚落ちても、ツバサという戦力が残っているのは大きい。
ルリナも生存を優先してもらいたいとはいえ、回れるのであれば狙撃支援に回ってもらうこともできる。
完璧とは程遠い、穴だらけの作戦かもしれないけど、そこを立ち回りでカバーするのが俺のやるべきことだ。
「了承した。私はルリナを守り通す」
「わたし、頑張って生き残るから! アスカも頑張ってクラリーチェさんを倒しちゃってね!」
ツバサとルリナは、俺の立てた作戦に対して首を縦に振ってくれた。
ありがたい限りだ。ただ、クラリーチェを俺一人で倒せるかどうかはわからないけどな。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。スタート地点である鉄華団基地から、俺はスラスターを全開にしてアインフェリアをかっ飛ばす。
フラッグ戦、そして、申し訳ないけどルリナの実力が俺たちの中で一段落ちることを見抜いていたとはいえ、三対一というハンデを背負ってでも決闘をふっかけてきたのがクラリーチェだ。
その実力は低く見積もってもリシッツァさん並にはあると見て、警戒していた方がいいだろう。
基地から少し離れた傾斜のある場所に一旦アインフェリアを着地させ、俺は頭部センサーを展開状態にして索敵を開始する。
「……どこだ、どこから来る」
隠れ潜んで進んでくるならシーカーかスナイパー、弾が飛んでくるなら射撃型、そして。
『そんなもの、真正面からに決まっていましてよ!!!』
「……来るか!」
宣言通りに、クラリーチェの機体が砂埃を巻き上げて疾駆する。
全身がガンダム・アスタロトオリジンを彷彿とさせる深紅に塗り込められてこそいるものの、あの腕部形状を見るに、ベースになったのはガンダム・アスモデウスの方だろう。
そして持っている武器は、改修前のグシオンが持っていた巨大なハンマー。予想通りに清々しいほどの近接型ビルドだ。
「……寄らせなければ!」
ハンマーを担ぎながら猛スピードで疾駆してくるアスモデウスのカスタムモデルに狙いをつけて、俺は130mmブレードマグナムを撃ち放つ。だけど。
『甘い甘い、甘いですわぁ!!! そんな豆鉄砲で、わたくしの「アスモデウス
大口を叩いてくれる。
だけど、それに見合うだけの実力はあるということだ。
クラリーチェは、完全にこっちの銃口を見た上で、後出しの、いわば予測と反射神経を組み合わせた回避を選択している。
それは、豆鉄砲と揶揄してこそいたけど、俺の130mmブレードマグナムがどれだけの威力を持っているかを正確に計れている証拠に他ならない。
この二丁は堅牢さが売りのナノラミネートアーマーですら、直撃を受ければ相当なダメージを受けるように作り込んでいるつもりだ。
それを買ってくれるのは、ある意味光栄なのかもしれないな。だけど、ここで下がって防衛ラインを後退させるという選択肢はない。
「……だったら!」
『わたくしに踊ってほしいのでしたら、相応の音楽を用意することですわね!!!』
「……残念だけど、アンタはもう踊ってる!」
マグナム弾を回避するってことは、直撃を受ければ相応のダメージを受けると認識してるということだ。
だったら、弾がある限りこっちは、クラリーチェの、あの「アスモデウスG」の回避先をある程度誘導することができる。
基地には近づけさせない。仮に無理やり近づいてくるのなら、それを少しでも遅らせるルートに押し込んでいく。
『まあ、まるで気付きませんでしたわ。なんて雑なリードですの? それでは紳士たりえませんわね!!!』
「……悪いがタンゴもワルツも趣味じゃないんだ、我流で行かせてもらう」
『でしたらせめて、ロックンロールぐらいは奏でてみせなさいな!!!』
ブレードマグナムからの射撃を最低限のマニューバで回避しながら、まさしく舞い踊るようにアスモデウスGは距離を詰めてくる。
残弾を確認、左右合わせて残り四発。
足止めは限界だ。迎撃に移行する。
どの道、格闘型のクラリーチェは突っ込んでこない限りその本領を発揮できない。
短銃身故に、ミドルレンジでこそその真価を発揮する130mmブレードマグナムを当てるタイミングがあるとすれば、今この瞬間を差し置いて他にはないはずだ。
レティクルを覗き込み、照星の先に深紅のガンダム・フレームの姿を収めてトリガーを引き絞る。
『我流の前衛音楽は終わりでして? でしたらここからはわたくしと……ロックンロールを踊っていただきますわ!!!』
「……お行儀が悪いお嬢様だ!」
『失礼ですわ、現代的と言ってほしいですわね!!!』
この距離で躱してくるか。
最低限のマニューバでマグナム弾計四発を回避しきってみせたクラリーチェは、担いでいたグシオンのハンマーを大きく振りかぶって、アインフェリアへと叩きつけてくる。
──マグナムを投棄、即座にバックブースト!
脳裏から警告が閃いて一秒足らず、「ヤバい」という確信だけが俺の手を動かしていた。
急速上昇のGが身体にフィードバックされて、胸が締め付けられ、内臓が押し上げられるような感覚が襲ってくるものの、ただ撃墜されるよりは間違いなく安い。
それを示すかのように、グシオンのハンマーが穿っていた大地は、さっきまでアインフェリアが立っていたところは、爆発の衝撃にでも巻き込まれたかのように、破壊の跡が放射状に広がっていた。
『あら、この距離からHEATハンマーを躱されたのも久々ですわね、わたくしちょっとブチ切れそうでしてよ!!!』
「あの質量の中に爆薬を仕込んでたのか……!」
爆薬令嬢というあだ名は、どうやら比喩でもなんでもなかったようだ。
しかしグシオンのハンマーの中に爆薬を仕込んで、質量と共に叩きつける武器に仕立て上げるなんて物騒極まりない発想、なにを食ったら出てくるんだ。冗談じゃない。
爆炎の中から翡翠の双眸を煌めかせてゆらりとその姿を現したアスモデウスGは、腰にマウントしていた110mmミドルレンジライフルを撃ち放ってくる。
ナノラミネートアーマーでその弾丸を無理やり弾き返しつつ、俺は肩のマウントラッチから抜剣したバトルブレードとナイトブレードを両手に携えて、クラリーチェへと近接戦闘を仕掛けにかかった。
「……打ち合いは避けたかったけど……!」
『まあ、わたくしは大歓迎ですことよ!!!』
効かないとわかるなりミドルレンジライフルを投棄して、左手に持っていたギガント・ジャベリンを両手に構えたアスモデウスGが、振り下ろされた白銀の刃を受け止める。
やっぱり、ガンダム・フレームの膂力とギガント・ジャベリンの大質量を前にすれば、グレイズフレームのシングルリアクターでは役者不足か。
いや、機体のせいじゃない。ガンダム・フレームの膂力をそれだけ引き出してるってことは、GBNでそれだけの出力を担保してるってことは、クラリーチェはビルダーとしても相当優秀な部類に入るのだろう。
力で無理やり押し切られた隙を狙って突き出されたギガント・ジャベリンの刀身をその真横から弾き返し、ユニバーサル・ブーストポッドに格納されていたミサイルを全弾ぶちまけることで距離を離して体勢を立て直す。
やることが多い。
おまけに、距離を離したからといって優位性を確保できたわけじゃない。なぜなら、あのギガント・ジャベリンという武装は。
『鉄血使いなのに外伝は守備範囲の外ですの? ギガント・ジャベリンはぁ! こう使う!』
「……なにがジャベリンだ!」
『これがジャベリンでしてよ!!!』
そうだ、ギガント・ジャベリンは刀身をワイヤーで射出する機能を持っている。
それだけじゃない。ジャベリンの名の通り、いざという時はぶん投げて使える上に、ぶん投げられることを前提にスラスターも備えているのだ。
格闘武器としても投擲武器としてもその大質量が厄介になるんだったら、いっそのこと断ち切ってしまうか。
そんな考えが一瞬、頭を過ぎる。
だけど、ダメだ。
あれは、「鉄剣造血」は頼り切るような必殺技じゃない。それに。
『さあさあどうしましたの!? 舞踏会はまだ始まったばかり、倒れるには早すぎましてよ!!!』
「……潮目が変わったか……!」
舐めてかかっているわけじゃないにしても、この状況で必殺技を使うのは、使わされているのと同じことだ。
今戦況のアドバンテージを握っているのが、残念だけどクラリーチェの方である以上、ここで「鉄剣造血」という手札を切らされるのは最悪の負け筋に繋がりかねない。
だけどまだだ、アインフェリアの機動性を活かして翻弄すれば勝機はある。
じりじりと防衛ラインが押し込まれていく感覚に冷や汗を滲ませながら、ぎり、と奥歯を噛んで俺は、アスモデウスGの関節を狙った剣撃を放つ。
しかしそれは読まれていたのか、敵の腕部に装備されている装備によって受け止められてしまう。
『グラン・トンファー……よもや、忘れていたわけではありませんわね?』
「……くっ……!」
『近距離戦こそアスモデウスGの真骨頂! 認めましょう、萎びたミックスベジタブル、もとい、アスカ! 貴方は確かに剣士としては優れている、この上なく優れていますわ!!! ですが!!!』
──このわたくしの前には、倒れ伏すのみ。
両腕を交差させて剣撃を弾き返すと、クラリーチェは隙ができたアインフェリアの胴体に足裏のクローを展開したキックを繰り出してくる。
「……こ、の……ッ!!!」
そして、体勢を崩した俺に向けてギガント・ジャベリンを再び振り上げ、アインフェリアを叩き斬ろうと試みたのだろう。
だけど、そうはさせない。させてたまるものか。
ユニバーサル・ブーストポッドを互い違いの向きにセットして急速旋回、強烈なGがかかるのも厭わずに、俺はただその一撃を凌ぐことだけを考えてマニューバを取る。
『今のを避けましたの!?』
「……お返しだ……!」
そして、そのままの勢いを利用して、左手のナイトブレードでギガント・ジャベリンを保持していたアスモデウスGの右手首を斬り落とす。
いかにナノラミネートアーマーが堅牢だろうと、フレームの脆い部分なら、「鉄剣造血」を使うまでもなく斬ることができる。
かつて「鉄血」の劇中で三日月・オーガスがそうしていたように、その動きをなぞるように、大分Gのフィードバックでグロッキーになりつつも、俺はクラリーチェが繰り出してくる次の一撃に備えた。
『ふ……あっはははは!!!』
「……なにがそんなに愉快なんだ、お嬢様」
『わたくしとここまで打ち合える相手と巡り会えたのはいつ以来だったかしら! これを愉快と言わずしてなんと言うのでして? やはり白兵戦こそ戦いの華! 鉄の呻きに血の華が咲く戦場!!! 貴方もそれに魅入られたからこそ、そのグレイズを使っているのではなくて!?』
だろうな。
賛否はこの際どこかに捨てておくとして、俺が「鉄血」に惹きつけられたのはその重量感溢れる地上戦、血と硝煙に塗れた戦いが放つ輝きに魅入られたからに他ならない。
だからこそ、鉄のドレスを纏って互いに血の花束を贈り合うような今の戦いに楽しさを感じていないかと言われて首を横に振れば、それは嘘になるのだろう。
──それでも、俺は。
至近距離で炸裂したアスモデウスGの腰部グレネードの衝撃に歯を食い縛る。
流石にビーム耐性がある硬い装甲とはいえ、ナノラミネートアーマーであっても至近距離でグレネードが炸裂すれば、無傷というわけにはいかない。
アインフェリアの肩フレームを守っていた装甲が脱落して、ずしん、と重い響きを立てる。
ただしそれは、俺だけじゃない。
至近距離でグレネードをぶっ放したアスモデウスGもまた、装甲に爆炎と衝撃によるダメージを受けていた。
それでもまだ、立っている。
俺も、クラリーチェも、先に倒れたやつの負けだとばかりに意地を張り通して、貫き通して戦火の大地を踏みしめている。
だけど、虎の子のグレネードまで使い切った今、アスモデウスGに残されている武装は、落ちているギガント・ジャベリンを回収しない限りはグラン・トンファーだけだ。
逆にいえば、あいつの両腕が無事なら戦いようはいくらでもあるということでもある。
なにを仕掛けてくる、どう打って出る。
じりじりと、膠着状態で互いの間合いを見計らいつつ、俺たちはそのタイミングを、攻撃を仕掛けるその時を待ち続けていた。
『お待たせいたしましたわね、第二幕の……』
「……来るか……っ!」
『始まりですわああああっ!!!』
地面を脚部のクローで掴み、蹴って加速したアスモデウスGが、格納状態のまま、グラン・トンファーを振りかぶって殴りかかってくる。
バトルブレードとナイトブレードを交差させることで、俺はその一撃を真正面から受け止めた。
ぎり、と、衝撃のフィードバックに歯を食いしばる。
さっきと明らかに膂力が違っている。
つまり、これは。
『お色直しは終わりましたわ、さあ……ですけれど、舞踏会はまだ終わりませんことよ!!!』
アスモデウスGの双眸が機体と同じ深紅に染まり、グレイズ・アインフェリアを力任せに弾き飛ばし、残光の尾を引いて疾駆する。
まずい。クラリーチェは、この瞬間を狙っていたのか。
アインフェリアが地面に倒れ伏したことで生まれた僅かな隙を縫うように、俺たちの旗を掴み取らんと、アスモデウスGが、偉大な悪魔が地を駆ける。その目に衰えないどころか、ますます燃え盛る闘志を宿して。
舞踏会は第二幕へ