『お色直しは終わりましたわ、さあ……ですけれど、舞踏会はまだ終わりませんことよ!!!』
対峙していたアスモデウスGの双眸が機体と同じ深紅に染まり、アインフェリアを力任せに弾き飛ばす。
まずい、あれは。
認識するより早く、速く、足裏のクローで地面を掴み、蹴り上げたクラリーチェの機体が、アスモデウスGが疾駆する。
「……リミッター解除か!」
リミッター解除。
本来は劇中において、阿頼耶識システムがパイロットへの過負荷を防ぐために備えているマシンスペックへの制限を、制約を解除するその行為は、代償として身体のどこかしらに消えない傷を負うことになるそれだ。
だけど、ここはGBNだ。そんな物騒なフィードバックは最初から想定されていない。
つまるところ、EXAMシステムやトランザムシステムといった時限強化と同じ枠に押し込められた、ガンダム・フレームが持つある種の切り札ということだ。
それをクラリーチェが躊躇いなく切ったことが意味するところはただ一つ。
あいつは、ここで強引に畳み掛けるつもりなのだ。
崩れた姿勢を立て直しながら、俺はこめかみに冷や汗が滲むのを感じる。
モニターを確認すれば、リミッターを解除したアスモデウスGは既に鉄華団基地へと迫っていて、それを視認したツバサがガトリングランスによる迎撃を行っていた。
だけど、元からナノラミネートアーマーと相性が最悪なビーム弾なのに加えて、曲芸じみた高速機動で接近するクラリーチェには通じていない。
『わたくしの戦術は貴女が一番よくご存知でしょう、ツバサ!? 悪いですけれど、このまま本丸を掴み取らせていただきますわ!!!』
「それはできない。それはさせない。私はアスカからルリナの防衛を任務として言い渡されている」
『いつかも言ったでしょう、ツバサ! 最強の矛と最強の盾、どちらが勝つかは単純明快! いつだって時代は攻めた者にこそ味方するのですわぁ!!!』
随分と強気な発言だ。
ただ、それを口にするだけの技量をあいつは持ち合わせているし、なによりも、クラリーチェは勢いだけで押し切るプレイヤーにこそ見えても、ツバサの鉄壁に対して無策で突っ込むほど愚かじゃない。
つまり、あいつの中では勝算があるか、既に勝利への道標を組み立てられているのか、そのどちらかということになる。
いずれにしても、「勝てる」という確信があったからこそ、ツバサの存在を認識していながらもルリナという本丸を、俺たちのフラッグを狙いにいったのだろう。
あの距離だと、ダインスレイヴも有効には作用しない。
アウトレンジからレアアロイの鉄杭を撃ち出すのがあの武器の正しい使い方である以上、ツバサが取るべきだった行動は、やはり俺という札を切り捨ててでもクラリーチェに一撃喰らわせておくことだった。
それでも、ツバサの気持ちはわかる。
意図的に味方を巻き添えにしろ、という命令は決して気分がいいものじゃない。
それに、あの状況じゃダインスレイヴが確実に当たるという保証はなかった。
つまるところ、俺の落ち度だ。
アスモデウスGがリミッター解除を持っていることは頭に入っていたのに、それを止めるだけの作戦を考えつかなかった。一体なにをやってるんだ、俺は。
性質上、「鉄剣造血」はさっきの不利を覆せるようなものじゃない。それを差し引いても俺の戦犯度合いは相当なものだ。
GNフィールドを展開したガンダム・フォルトレスは、ガトリングランスの銃口から束ねられたビーム刃を発振し、アスモデウスGへとその鉄塊を叩きつける。
だけど、クラリーチェが選んだのはそれを回避するという選択肢だった。
俺がユニバーサル・ブースターポッドの力を借りることでやってのけた急加速、急旋回を機体の膂力だけで実現して、Gのフィードバックなどなんのそのとばかりに、アスモデウスGが跳躍する。
『この距離ならばダインスレイヴも使えませんわよねえ!!!』
「抜かれたか……!」
「来るの!?」
ガンダム・フォルトレスの隙を見事に掻い潜って、クラリーチェはルリナだけを標的に突き進んでいく。
この距離から全力でアインフェリアのスラスターを噴かしたとしても、追撃は間に合わない。
ならば、どうする。
『ビットを貼るのは中々賢いですわね、ですが破壊してしまえば結果は同じでしてよ!!!』
「そんな、シールドビットが一撃で!?」
『覚えておきなさい、そしてその目に焼きつけなさい、わたくしこそがクラリーチェ! そして、このわたくしが決して止まることはないと!!!』
アスモデウスGの放った回し蹴りが、ルリナの展開したシールドビットを砕いて破壊する。
万事窮すかと歯を食い縛った、刹那。
「させはしないと言った……!」
『トランザム……なるほど、悪くない手ですわね! ですけれど!!! このわたくしは!!! アスモデウスGは、止まらない!!!』
「ツバサちゃん!」
トランザムを発動したツバサのガンダム・フォルトレスが、GNフィールドを展開してルリナの前に立ちはだかる。
トランザムの機動力であれば追いつける。そして、その鉄壁をフラッグ機の盾とする。
タンク役のリカバリーとしてはこれ以上ないほど完璧な仕事を果たしていたのにもかかわらず、クラリーチェの獰猛な笑みが揺らぐことはない。
『言ったはずでしょう、ツバサ……貴女がわたくしのことを誰よりもよく知っているように、わたくしもまた貴女のことを誰よりも知っている! つまりその手段は……焼け石に水ということですわ!!!』
「だとしても、一手稼げる。一手あれば……アスカが不利を覆す。私はそれを期待している」
『……あのダイバーは確かに強いですわ、わたくしもそれは認めますわ。ですが、彼の……アスカのなにが貴女にそこまで言わせるのでして!?』
「わからない。それを探している最中だ。だけど私は、アスカに賭ける」
残念だけど、クラリーチェの言う通りだ。
力だけがあっても、どうしようもない。
そんなことは、わかっていた。誰よりも、とは言わずとも、なによりもわかっていたはずなんだ。
なのに、ツバサは俺に賭けてくれている。
その理由がわからなくても、不透明でも、俺という札を切るのではなく、自分という札を切ってでも、蜘蛛の糸よりも細い可能性に全てを突っ張っているのだ。
どうして、そこまで。そう思う気持ちがないかといえば、嘘になる。なってしまう。
「……そうだよ、ツバサちゃん! アスカは……わたしの運命の人だもん! だから……だから、わたしはアスカを信じる!」
ルリナがバックブーストを噴かしながらそう叫ぶ。
起死回生の一手、そんなものはどこにもないはずなのに、決して絶望することなく操縦桿を握り締め、俺という可能性に賭けてくれている。
俺なんかに、俺のどこに、そんな価値があるというんだ。
ぎり、と奥歯を強く噛み合わせ、俺はルリナとツバサから寄せられる期待が両肩にのしかかってくる、その重圧に潰されないように足を踏ん張っていた。
期待。
それは他人の持つ可能性に、自らの進退を託すのと同じことで、それは、他人を信じているからこそ成り立つもので。
『でしたら、その可能性とやらをわたくしに見せてみなさいな!!! 言葉だけならいくらでも言える、なんとでも言える!!! 全ては……結果こそでしてよ!!!』
アスモデウスGの腕へと「逆向き」に装備されていたグラン・トンファーが伸縮し、ツバサのGNフィールドを突き破る。
そして、伸びた黄金の鉄杭がガンダム・フォルトレスのコックピットを貫通し、閃光がモニターを白く染め上げていく。
対物理という意味では紛れもなく鉄壁を誇っていたGNフィールドが、易々と貫かれた。
そしてあのグラン・トンファーの金色。そこから導き出される事実は一つ。
対ビームコーティングだ。それも、レアアロイの上から施されている。
そしてクラリーチェは、逆向きに接合したグラン・トンファーにパイルバンカーとしての機能を持たせたのだろう。
ツバサは撃墜されたと見ていいだろう。恐らくそこに間違いはない。
それでもこの一瞬、一秒、あいつは体を張って俺のために時間を稼いでくれたのだ。
だったら、理由がなんであれどうであれ、少なくともそれに応えなければ、応えられなければ、きっと俺は後悔するに違いない。
多分ではあるけど、次の瞬間にクラリーチェはルリナへと畳み掛けるように攻撃を放つことだろう。
それまでに稼げる時間は十数秒といったところか。
そして、絶望的に彼我の距離が開いているこの状況で、俺とアインフェリアにできることは。
一瞬の内に、思考回路が焼き切れるほどの勢いで稼働する。
ああでもない、こうでもないと、不確実な可能性を切り捨てて、確実な、勝利を掴み取るための、最善の一手──逆にいえば、見つけなければならないのだ。
それしか残されていない猶予の中で、俺にできる精一杯を、結果に繋がる一手を。
「……そこか!」
火花が眼球の裏で爆ぜたような感覚と共に、最速でアインフェリアのスラスターを噴かし、俺は「そこ」にある勝利への鍵を掴み取る。
GN粒子の緑色をグラデーションにした爆炎はもう晴れつつある。狙うは、次の瞬間──クラリーチェが、ルリナに狙いをつけたその一瞬だ。
あとはそれだけだと、そう思っていた。だけど、爆炎が晴れたその瞬間に見えた光景は、俺の予想を遥かに超えたものだった。
「モビル、ドール……」
思わず、呟きが舌先を滑り出す。
剥離したフォルトレスの装甲の中から現れた細身のガンプラ──否、マテリアルボディと呼ぶべき、ツバサの姿を模したようなその機体は、その細身で、リミッターを解除したアスモデウスGへと組みついて、必死に時間を稼ごうと足掻いていた。
ELダイバー。かつて、この世界を、GBNを巡って騒動を巻き起こした電子生命体。
モビルドールと呼ばれているその躯体が、ガンダム・フォルトレスの中身だったのは、紛れもなくツバサがELダイバーであるという証拠だった。
トリガーにかけた指が一瞬、震えてブレかける。
ツバサがELダイバーだったのなら、ELダイバーなのだとしたら、俺は。
『その姿を晒してまで勝利に賭けますの? それだけの価値が……あのダイバーにはあるんですの、ツバサ!』
「ある。私は……ルリナの言葉を借りるなら、信じている。この胸を突き動かした感情というものを、人が抱く思いというものを。だから、アスカ」
「お願い、アスカ!」
ツバサとルリナの言葉が重なり合って、脳裏で何度も反響する。
ELダイバー。ツバサ。ルリナ。
いくつもの言葉と、二人の顔と一機のフェイスパーツが脳裏を駆け巡り、思考回路を焼き切っていく。俺は。なにを。どうして。
──でも、そんなことは。
「……今は、どうでもいい……!」
そうだ。少なくとも、今は。
例え時間に連続性があるとしても、過去と現在と未来が地続きだとしても、そこから切り分けられた今この瞬間には、俺が組み立てた方程式の中には、ツバサがELダイバーだったという事実は、さして意味を持たないはずだ。
むしろ数秒、猶予が増えてくれたと考えるべきだろう。すかさず俺は、弾かれるようにコンソールを操作して、「FINISH MOVE 02」のスロットにカーソルを合わせる。
「……鉄剣、造血……!」
そして、さっき密かに回収していた、クラリーチェが投棄していったギガント・ジャベリンを引っ掴んで、そこにエネルギーを注ぎ込む。
鉄の塊に血が通い、脈動するかのようにその刀身が真紅に染まっていく。
一か八かだ。当たれば倒せる。当たらなければ俺たちが負ける。
「……当たれ……ッ!」
『今更なにをしたかは知りませんけれど、これで終わりでしてよ!!!』
だから、今は。俺は。
全力を込めて放り投げた鉄剣から、スラスターの光が閃き、一直線にアスモデウスGの背中を目掛けて飛んでいく。
クラリーチェがグラン・トンファーに組みついていたツバサのモビルドールを振り払い、ルリナへとレアアロイの鉄鞭を振り上げる。
数秒がどこまでも遠く、一秒がどこまでも長く引き延ばされていく錯覚の中で、俺はただ、真紅の槍が、訪れる最悪の結末を覆し、怒れる悪魔に突き刺さるのを祈ることしかできなかった。
この世に神様がいるかどうかはこの際どうでもいい。なんなら悪魔だろうが構わない。
少なくとも今の俺は、ツバサの期待から、ルリナの期待から、逃げたくないんだ。
そして、裏切りたくないんだ。もう、二度と。
『まさか、わたくしのギガント・ジャベリンを……!?』
「……間に合ったか!」
祈りが通じたおかげかどうかは、生憎わからない。
それでも、ツバサのモビルドールを振り払って、クラリーチェが頭部からルリナのケルディムガンダム・スカーレットを叩き潰そうと左腕を振り上げたまさにその瞬間、「鉄剣造血」によって真紅に染まったギガント・ジャベリンは、アスモデウスGの背中へと、確かに突き刺さっていたのだ。
コックピットの中で俺は、空気が肺の辺りで滞留しているかのように、浅い呼吸を繰り返す。
【Battle Ended!】
【Winner:Your Teams!】
システムのダイアログが、俺たちの勝利を淡々と告げる。
──いいんだ、きっと。今は、これで。
呼吸を整えながら、心臓の辺りに手を当てて俺は、詰まっていたものをぶちまけるように、自分へそう言い聞かせるかのように、深く息をつくのだった。
◇◆◇
「見事としか言いようがありませんわね、悔しいですけれどわたくしの完敗ですわ」
「……こっちこそ、危なかった。グッドゲーム」
ロビーに戻ったクラリーチェは、その言葉通り心底悔しそうな表情を浮かべながらも、柏手を叩いて俺たちの健闘を称える。
ハンカチがあったら噛みちぎってそうな顔をしてる辺り、本当に負けず嫌いなんだろう。
クラリーチェからの称賛を受け取りながらも、俺はただ疲れ果てて、紋切り型のようにグッドゲーム、と返すのが精一杯だった。
正直にいってしまえば、混乱している。
ちらりと視線を向けた先にいたツバサは、やはりというかなんというか、あれだけのことがあったのにもかかわらず、いつも通りの真顔で佇んでいた。
ELダイバーに対する偏見は、GBNの中から完全に消えたわけじゃない。
未だにバグの元凶だと思っているやつもいれば、理解できない故に、嫌悪しているやつもいる。
だからこそ、言い方こそ悪くても、ツバサは自分のモビルドールを普通のガンプラに偽装していたんじゃないのか。
どことなく剣呑な沈黙が俺たちの間に漂う。ただ一人、事情がわからないルリナだけがおろおろと、俺とツバサ、そしてクラリーチェの間で視線を右往左往させていた。
「えっと……なにがどうなってるの、アスカ?」
「……それは」
そして、きょとんと小首を傾げていつものように問いかけてくる。
果たしてなんと答えたものか。
俺の中で感情に整理がついていないのもあって、口を噤んでしまう。
上手いことなにか、答えを返せればいいんだけどな。
そういうところはいつまでも不器用なままだと、過去の記憶に笑われたような、そんな気がした。
被害妄想もいいところだと自嘲しつつ、わかりやすく説明しようと自分の中で言葉を噛み砕いていた、その時。
「ツバサはELダイバーで、わたくしはその後見人。こう言えばわかりやすいのではなくて?」
流石にELダイバーぐらい知っているでしょう、とクラリーチェは小さく鼻を鳴らしながらルリナへと言い放つ。
確かにわかりやすいな。だから俺たちに突っかかってきたのか、こいつは。
だけど悲しいかな、話の全てが万人に誤解なく、クオリアも含めて伝わるのであれば、世の中に争いや諍いなんか生まれていないだろうことだろうよ。
「ELダイバー……名前は聞いたことあるかなぁ、つまりどういうことなの、アスカ?」
安心と信頼のルリナだった。
クラリーチェがどこか面食らったように口を半開きにしているのに、思わず苦笑が漏れる。
俺の感情は二の次でいい。とりあえずは整理のついた事実関係だけをわかりやすく説明するとしよう。
「……恐ろしく簡単に言えば、ツバサとクラリーチェは家族みたいなものだってことだ」
「なるほど! あっ、だからツバサちゃんがわたしたちのフォースに入ることに反対してたんですね、クラリーチェさん!」
「……まあ、かいつまんで言うならその通りですわ。今時ELダイバーを知らないお方がいらっしゃるなんて、驚きもいいところですけれど」
「だってわたし、初心者ですから!」
それは果たして胸を張って言うことなのか。
相も変わらず、ルリナはでかい胸を反らしてふんす、と得意げな顔をしていた。
そんなルリナのぽやぽやさ加減にどことなく毒気を抜かれつつ、俺はツバサに向けていた視線をクラリーチェの方に引き戻す。
「……俺の訊きたいことは訊けた。約束は守ってもらうぞ、クラリーチェ」
「言われるまでもありませんわ! ごめんあそばせ、ルリナ。そしてアスカ。わたくし、貴女たちを侮っておりましたわ」
クラリーチェは優雅に、だけど丁寧にルリナへと頭を下げる。
これでチャラにはならないんだろうけど、ここから先は俺じゃなくてルリナの問題だ。
あいつが納得したのなら、それに越したことはない。
ぽやーっとした表情でクラリーチェを見つめていたルリナはなにかに合点がいったのか、数度頷いて口を開く。
「アスカに謝ってくれたなら、わたしから言うことは特にないかなぁ……そうだ! クラリーチェさんもわたしたちのフォースに入りませんか?」
『……は?』
図らずも俺は、クラリーチェと顔を見合わせていた。
別に不都合があるとか、こいつと絶望的にウマが合わないだとか、そういうことじゃない。
ただ、あまりにも突拍子もないことだから驚いてしまった、それだけのことだ。
「クラリーチェさん、もしかしてどこかのフォースに入ってたりするんですか?」
「わたくしはフリーですけれど……その、いいんですの? わたくし、一度はひどく貴女たちを侮った相手ですわよ?」
「でも、ツバサちゃんの家族なんですよね? だったら離れ離れになっちゃうのは駄目です! だから、お願いできませんか?」
──汝の敵を赦せ。
そんな、世界一ありがたいらしい本に書かれている一節が脳裏をよぎる。
それが自然にできている辺り、もしかしたらルリナは俺よりよっぽど人間できてるのかもしれないな。
「……わかりましてよ。わたくしにも敗者の誇りというものはありますわ、勝者である貴女がそう望むのなら、その提案を受け入れますわ」
「わーい! ありがとうございます! アスカとツバサちゃんもそれでいいよね?」
今度は、無言を貫いていたツバサと視線が交錯する。
ただ、翡翠の瞳を覗き込んでも、クラリーチェの時とは違って、そこからなにかを感じ取ることはできなかった。
「私としては問題も不都合もない。アスカはどうだ」
「……俺は、ルリナがいいって言うなら」
ここでクラリーチェの加入を断るメリットもなければ、ルリナが納得してその選択肢を取ったのであれば、それを否定する理由もない。
それに、断ったらこいつは十中八九悲しむだろうから。
少なくとも、ルリナを悲しませるのは、俺の望むところじゃない。これだけは確かなことだ。
「それじゃあ、フォース組んじゃいます! フォース名……そうだ!」
「なにかいい案が浮かんだのか?」
「うん、ツバサちゃん! クラリーチェさんとの仲直りも兼ねて……わたしたち、『リトライダイバーズ』なんてどうかな?」
──リトライ、ダイバーズ。
その言葉に、脳髄が軋む音が聞こえてきた気がした。
だけど、それはあくまで俺の抱える事情でしか、引きずっている過去から手を伸ばしてくる幻影でしかない。
「私は特に名前には頓着しない。ルリナがその案を採用したいのなら、それで構わない」
「わたくしが口を挟む権利はありませんわ、あとはアスカ、貴方次第ですけれど」
この短期間どころかものの数分間で随分馴染んだな。
クラリーチェの、左右で色が違う瞳に打ち据えられつつも、俺は胸の奥で湧き上がるもやもやとした思いを呑み込んで、首を縦に振る。
「……多数決に従うならどの道俺の負けだ。それに、ルリナが決めたことなら、それでいい」
「わーい! それじゃあ、フォース『リトライダイバーズ』で結成するね、アスカ!」
嬉々として、ルリナはフォース結成のボタンに指をかけて、「YES」の選択肢をタップする。
離れたところから俺たちの決闘とやり取りを見守っていたリシッツァさんが、言葉は不要だとばかりに満足げに頷き、去っていく。
リトライ、ダイバーズ。
何度も頭の中でその名前を反芻しながら俺は、重苦しくもどこか懐かしい感覚が胸の奥底から湧き起こってくるのを感じていた。
それはさながら、脈動のように。
俺にとって、過去と今が、重なり合った瞬間に他ならなかった。
勝ったッ! 第一章完ッ!