「はー、せっまい部屋ですわね!!! 運営もせめて4LDKぐらいは用意できませんこと?」
「……初期支給品に贅沢言えるもんじゃないだろ」
ルリナの提案が賛成多数で可決したことで、改めてフォース「リトライダイバーズ」としてやっていくことになった俺たちは、初期支給品のフォースネストである手狭な空間に集まっていた。
宇宙戦艦のブリーフィングルームを思わせる内装に、無機質なデザインとはいえ机や椅子とソファが置いてあるんだからむしろ上等なもんだと思ったんだけど、どうもこいつにとっては違うらしい。
どさっと椅子に座り込んで、いかにも「わかってないですわね」とでも言いたげに俺を睨め付けると、クラリーチェは小さく鼻を鳴らす。
「こういうのは雰囲気が大事ですのよ、雰囲気が。そうでしょう、ルリナ、ツバサ?」
「私はフォースネストの規模に頓着しない。だが、クラリーチェが広い方がいいというなそうなのだろう」
「わかります、それ! この部屋もガンダム00のトレミーみたいで悪くないですけど、なんていうかもっと可愛くてロマンチックなのがいいですよね! アスカもそうだよね? だって将来的にわたしとアスカの愛の巣になるんだから!」
またもや女子組の賛成多数か。
ルリナが突然愛の巣どうこうと怪文書じみたことを言い出したのにも、悲しいことだがもう慣れた。
それでも大っぴらに公言するようなことじゃないと思うけどな。夢だってんならせめて夢らしく慎ましく頭の中に秘めといてくれ。
「……好きにしてくれ……」
「なら、当面の活動目標は新しいフォースネストを見つけることですわね! 早速指針が決まって幸先がいいですわ!!!」
もうクラリーチェがフォースのリーダーでいいんじゃねえかな。
名義上は結成したルリナがリーダーってことになってるけど、頭の中が恋愛の二文字で染まりきってる都合、多少強引にでも全員を引っ張っていくという意味じゃこいつは適任なのかもしれない。
実際、フォースを組んだのはいいとしてそこからなにをするのかについては完全に宙ぶらりんだったんだから、わかりやすくて新しい指針が打ち立てられたのは都合がいい。
「……それで、フォースネストを買い換える当てはあるのか」
一口にフォースネストを買い換えるといっても、フレーバーアイテムにすら趣向を凝らしているGBNなんだから、それこそ4LDKという条件で絞り込んだとしても、複数件ヒットするのは約束されているようなものだ。
同じ間取りや広さだろうが、置いてある初期配置アイテムの量や質、雰囲気によっても値段は大きく変わってくる。
要するに、この手狭なフォースネストから脱出したいのであれば、相応の金を積む必要があるということだ。世知辛いな。
自信満々にフォースの指針を打ち立てたクラリーチェのことだから、なにか考えの一つでもあるんじゃないかと期待して問いかけてみたまではよかった。
「そこになければありませんことよ!!!」
「……なんでそんなに自信満々なんだ」
「淑女たるもの、常に胸を張って生きろというのがわたくしのモットーでしてよ、例え手持ちのBCが文無しに近くとも!!!」
問題は案の定というか肝心のクラリーチェが無策どころか文無しだったことなんだけどな。
それで威張るように胸を反らしてるんだからある意味凄いな、こいつは。
どんな時でも我が道を行くその姿勢は見習いたいようなそうでないような、複雑な気分だ。
「胸を張る……こうかな、えっへん」
「何故だろう。クラリーチェとルリナが胸を反らしているのを見ると、無性に悲しい気分になる」
クラリーチェに乗っかるかのように、ルリナはでかい胸を反らしてドヤ顔を晒していた。なにやってんだお前は。
それに思うところがあったのか、ツバサはぺたぺたと自分の胸を触って、物憂げな溜息をつく。
誰か収拾をつけてくれよ、この状況。あと別に胸のでかさで人間……多分ELダイバーもだろうけど──の価値は決まったりしねえよ。
「その調子でしてよルリナさん、貴女がこのフォースのリーダーである以上、わたくしの発言はただの提案にしかすぎませんわ! つまり新たなフォースネストを買うかどうかを決めるのは貴女なのですわ!!!」
「……急にまともなことを言い出したな」
「まあ失礼ですわねこの萎びたフライドポテトは、わたくしはいつでもお天道様に胸を張っていられる立派な淑女でしてよ!!! それでルリナさん、この提案、受け入れてくれますの?」
萎びたフライドポテトに逆戻りしてるとか自分で言ってりゃ世話ねえな、とか言いたいことは色々あるけど、溜息を全ての返答に代えて、俺はクラリーチェと共にルリナへと視線を向ける。
別にこんな放課後の延長線上みたいなフォースのリーダーに、ガチガチの責任を求めるつもりはない。
ただ、誰かが意思決定役として舵取りをしなければ、最低限の寄り合い所帯であったとしても破綻する。
組んだ以上、リーダーにはフォースを率いる責任がある。
それが重いものであれ軽いものであれ、決断を求められるのは必然だ。
だからこそ、その覚悟があるのかという意味で俺は、ルリナを見つめていたのだ。
「そんな、アスカ……」
「……」
「そんなにじっと見られたらわたし、もっと恋しちゃうよ!?」
知らねえよ。
そういう意味じゃなかったんだけどな、もっとこう、重い決断を迫る意味で見てたんだけどな。
なんかもうルリナの、全てをぶっちぎる光速の恋愛脳は相当なものらしい。
だというのに、少しでも期待した俺が多分間違っていた。本当に申し訳ない。
誰に謝ってるのかはわからんけど。
穴があったら入りたいというのは多分こういうことをいうのかもしれない。
「あっ、でもでも、アスカの話も聞かないとダメだよね? ツバサちゃんとクラリーチェさんは賛成だったみたいだけど、アスカはどう思う?」
なんで俺の話を汲み取らなければいけないかについては訊かないほうが精神衛生的に良さげだから触れないでおくとして、単純な多数決で決めないという判断は中々悪くない。
本当にガチガチに意見が割れて、対立せざるを得なかった時は片方が納得しないのも承知で多数決を取る必要があるのだろう。
ただ、そうでない限りは全員がなるべく丸く収まるようにまとめ上げるのも、リーダーとして問われる資質の一つだ。
「……別に反対する理由はない。ただ、金策をどうするかが問題だと思う」
フォースネストを買うのには、やっぱりというか、多額のBCが必要になってくる。
BCを稼ぐ手段は数あれど、一度に纏まった報酬を得られる方法ほどハイリスクになっていくのは、この手のゲームの宿命みたいなものだろう。
ローリスクにちまちまと貯金をかき集めていく方法もあるにはあるけど時間はかかる。この辺に関してはいつ引っ越したいかによるな。
「金策……うーん……」
「……ルリナ、お前はフォースネストを買い換えるのを急いでるのか? それともじっくり腰を据えて活動していきたいのか? わかりやすく言えばそのどっちかだ」
とはいえ、ルリナは自分でも名乗っている通りまだまだ初心者だ。
どれぐらいの金策が必要なのか、金策の手段として適当なものはなんなのか、その辺の判断に関しては言い出しっぺのクラリーチェか、最悪俺がやればいいだろう。
わかればいいのは、急いでいるかそうでないのか、その二択でしかない。
「それなら、わたしはじっくり進めていきたいな……突然のロマンスも悪くないけど、やっぱりお互いを深く知るのって大事だと思う!」
「……そういうことじゃないんだけど、まあいいか」
十中八九、ルリナが言うところの「運命」に絡んだ発言だとは察していたけど、それはそれとして組んだばかりのフォースがいきなりフォースネストを買い換える、なんてことができるのは、よほどの熟練者か金持ちが集まった場合だけだ。
集まったばかりならまずはお互いについての理解を深めたいというのも間違っちゃいない。
クラリーチェには悪いけど、フォースネストの買い替えは大分先の話になりそうだった。
「互いについて理解を深めていきたいという意見には私も賛成だ」
「あら、珍しいですわね。ツバサ?」
「……私は自分というものを探している。それは他者との関わりの中にも見出せるものだと聞いた。だから私は、アスカとルリナのことについてもっと知りたいと思っている」
自分の中に生まれたあの時の感情が、なんであるのか、どんな名前であるのか知りたい。
ツバサの表情は相変わらずの真顔でこそあったけど、そこから滲み出ている深刻さは相当なものだった。
自分を知りたい。何故こいつがそんなことを願っているのかはわからない。
人間だからとか、ELダイバーだからとか、そういうことは多分考えちゃいけないんだろう。
ELダイバー。未だに割り切ることのできない事実を前に、仄暗い気持ちが差し込んでくる。
ツバサがELダイバーだからどうとかいう話じゃない。ただそれは、俺の中にまだ、蟠っていることでもあって。
「アスカ?」
「……いや、なんでもない。クラリーチェはどうなんだ」
ルリナからの問いかけに生返事をすると、俺はクラリーチェへとそう訊いた。
多数決を取るのであれば三対一ということになる。
だけど、全員の意見を聞くというのが、ルリナの打ち立てた指針であるなら、クラリーチェの話も聞かなければ、フェアじゃない。
「仕方ありませんわね、目標というのは遠くにあってこそ燃えるものでもありますわ! 今は少しずつ夢の4LDKに向けて邁進する次第でしてよ!!!」
あーっはっは。
謎の自信に満ち溢れた高笑いを上げて、クラリーチェは得意げに、ルリナほどではないけどでかい胸を反らす。
しかし、謙虚なんだかそうでないんだかよくわからん夢だな。別になにかこだわりがあるっていうんなら、それは否定しないけど。
「遠い目標は決まったか」
「……そうなるな」
「ならば、私たちはフォースネストの買い替えに向けて活動していくという方針になる……それならば、直近の目標はなんだ?」
ツバサからの問いに、しばらく沈黙が続く。
全員の意思が固まったのはいいとして、まずはなにから始めるかについては全くもって考えていなかったからだ。
果たしてどうしたものか、手頃な金策ミッションでも受けに行くのかと、俺とクラリーチェが視線を交わした、その瞬間だった。
「そうだ、フォース戦!」
ぽん、と右手の拳を手のひらに打ち付けて、ルリナがなにかを閃いたかのように沈黙を破る。
フォース戦。フリーバトルなら報酬は互いに納得した上で決められるけど、ワンデイランダムマッチだとか、運営側で用意されている方式には、あらかじめ報酬が規定されている。
ワンデイランダムマッチ。フォースが結成されたことで解禁されたこの機能を使うのも、確かに悪くはないだろう。
「わたし、フォース組んだら一回はフォース戦やってみたいと思ってたんです! でもでも、皆はどうかなって思って」
「わたくしはルリナさんが仰るなら構いませんことよ!!!」
「私も異存はない。アスカはどうだ」
「……そうだな、俺も反対する理由はない。せっかくなら、ワンデイランダムマッチにエントリーするのも悪くないんじゃないか」
「ワンデイ……?」
ルリナは、人差し指を唇の下に手を当てながら小首を傾げる。
初心者なのだから、知らないのも無理はない。
一応、ルールとしては単純なもので、エントリーしたフォースの中で、AIが実力が近いと判断したフォース同士によるバトルを行うという、シャフランダム・ロワイヤルよりは幾分かマシになったバトル方式だ。
対戦相手がAIの判断で決められるというのは、バトランダム・ミッションに近いところがあるかもしれない。
あっちはエントリーからバトルまで間が開くものの、こっちはエントリーしたら即時マッチング、そしてミッションじゃなくてバトル方式はフリーという違いはある。
それが有利に働くかどうかはともかく、今すぐフォース戦がしたいというのなら、条件はそこまで悪いものでもないはずだ。
「なるほど! この前のシャフランダム・ロワイヤルみたいにすぐフォース戦ができるんだよね? やっぱりアスカは凄いよ! 流石はわたしの運命の人だね!」
ルリナはぱあっと、ヒマワリみたいな笑顔を満面に浮かべて、俺に抱きついてくる。
引っ付くなといっても、多分無駄なんだろう。
半身に柔らかい感触とあたたかな体温が伝わってくる感触にはいつまで経っても慣れそうにないけど、これについてはもう諦めるしかなさそうだった。
「それじゃ、早速エントリーしちゃうよ! えーいっ!」
ルリナは手元のコンソールを操作して、ワンデイランダムマッチへのエントリー画面を呼び出すと、俺たち三人が頷いたのを合図にして、参加を決定する。
ポップアップしたウィンドウに、「対戦相手を探しています」の文字列が表示されること数秒、瞬く間にそれが切り替わり、「対戦相手が決定されました」というメッセージが浮かび上がった。
ものの数秒で実力差を考慮したマッチングが成立するのは流石GBNだと感心する一方、シャフランダム・ロワイヤルはなんであんなことになってしまったのやらと嘆息する。
「わたくしたちのデビュー戦の相手は……」
「……フォース、『ガンバレル・チアーズ』か」
聞いたことはないけど、対戦相手のダイバーランクを含めたプロフィールが表示されている画面を見るに、平均的な実力については俺たちと確かに似たようなところがあるようだ。
ガンバレル、という文字列をフォース名に含めている辺り、多分SEEDに出てきた武装を使ってくる可能性が高い、というよりは、ほぼそうだと見て間違いないだろう。
オールレンジ攻撃使いが固まっている分、手数に関しては相手の方が上ってところか。
【マッチングが成立しました】
【15秒後に戦闘エリアに転送されます】
「対戦相手も決まったみたいだし、皆、張り切っていきましょー!」
「オールレンジ攻撃使い……わたくしと『アスモデウスG』の相手にとって不足はありませんわね!!!」
「私も準備はできている」
「……こっちもだ」
作戦は既に頭の中で立ててある。
ツバサが先行して相手の攻撃を引き付けつつ俺とクラリーチェで遊撃、ルリナは隙を窺って狙撃やサポートに回ってもらう。
いつも通りといえばいつも通りだけど、今回はクラリーチェというアタッカーが加わってくれたことで、俺が動ける幅が圧倒的に広がっているのだ。
だから完璧だとか、そんな風に慢心するつもりは毛頭ない。
誰が相手であろうと、なにが相手であろうと、ガチガチに対策を立てておくに越したことはない。
その上で、油断せずにいつも通りのパフォーマンスを発揮すればいいだけの話だ。
意識が解け、戦闘エリアへと転送されていく中で俺は小さく拳を固める。
ルリナにとってのデビュー戦。俺たちにとってのデビュー戦。
だったら、尚更負けられない。
燻っていたなにかに火がついたような、微かに灯りが揺らめくようなものを胸の奥に感じながら、どうしてそんな感情が今更湧き起こってくるのかを、不思議に思いながら。
背反する感情を背負って俺は、電子の戦場へと向かうコックピットの中に再構築されていく。
操縦桿を握り締め、シグナルがレッドからグリーンに変わるその瞬間を待ちわびる。
「……行くぞ、アインフェリア」
そして、シグナルが切り替わると同時に、俺はカタパルトから機体が滑り出す感覚に身を委ね、戦場へと、漆黒の中に星々が瞬く宇宙へと、飛び出していくのだった。
第二章の開幕的な