カタパルトから射出され、ゲートを潜ったその先にあった宇宙空間は、遮蔽物の少ない、いわばオールレンジ攻撃持ちにとっては庭のようなものだった。
一応、そこら辺にフレーバーとして破壊されたジム改の残骸やら太陽電池だったものやらが漂ってはいるものの、それらはオールレンジ攻撃を止める決定打にはならないと、脳裏で俺はそう断定する。
むしろ、あれらは遮蔽物を利用しようとしたところを背後から撃ち抜かれる──王道の敗北パターンを誘う罠だ。
「全機出撃しましたわね、作戦はどういたしまして?」
アスモデウスGに搭乗したクラリーチェがそう問いかけてくる。
爆薬令嬢だのなんだの言われているイメージの割には、勢い任せどころかクレバーだ。
むしろその風評すら自分のイメージに組み込む形で相手に油断を生ませる材料にしているといったところか。口に出したら十中八九面倒なことになるから黙っておくけど。
「……まずは出方を見る。ツバサは捕捉次第、ダインスレイヴを撃ち込んでくれ。それでも敵が集団戦術を取るならいつも通り、ツバサが盾役をやってもらう。バラけたままなら俺とクラリーチェで各個撃破、ルリナは隙を見る形で支援を頼む」
「なるほど、悪くないプランでしてよ! わたくしは異存ありませんわ!!!」
「私も了解した、敵機を捕捉次第砲撃態勢に移行する」
「了解! よーし、頑張っちゃうんだから!」
要するにいつも通りといえばいつも通りなんだけど、クラリーチェも納得してくれたようでなによりだ。
問題は、この前のフラッグ戦と違って、ワンデイランダムマッチのルールは殲滅戦がデフォルトなことと、相手となるダイバーのプロフィールは見られても、機体の情報まではわからないところか。
だけど、これに関してはフォース名から割り出せそうなのが幸いだった。
無論、相手がそれを隠れ蓑にしている可能性だって考えられる。
だけど、ここはGBNだ。
勝率を追い求めるために自分たちが所属しているフォース名すら偽装に使うというのは立派な姿勢だけど、ダイバーの大半は「好きだから」このゲームをプレイしているはずだろう。
作戦は事前準備が八割とかいうけど、ほとんどぶっつけ本番に等しいワンデイランダムマッチなら、悠長に考えている余裕もない。
だったら、俺はその「好き」に賭ける。
それだけだ。
「……相手は恐らくオールレンジ攻撃持ちが五人、実質的には手数が二倍で十人と考えた方がいい」
「あら、随分と弱気ですのね?」
「こういう時は臆病なぐらいがちょうどいいんだ……ツバサ!」
「私も敵影は捕捉した。ダインスレイヴによる砲撃を実行する」
クラリーチェが冗談交じりに煽ってきたのを受け流しつつ、展開していたアインフェリアのセンサーが敵を捕捉した段階で、すぐさま俺は号令をかける。
いわゆる開幕ぶっぱは、戦術として悪手だとされていることは承知の上だ。
それでもツバサに指示を下した理由としては、敵の技量とその質をここで知っておきたいから、に尽きた。
ダインスレイヴは何度か下方修正を食らっているものの、それでも弾速という意味ならGBNの中でもトップクラスの武装だ。
一直線に射程の中に入れば、見てから対処するのは未だに困難だといわれている時点で、その評価が正しいことが窺える。
つまるところ、敵こと「ガンバレル・チアーズ」のメンバーがダインスレイヴを避けられないで撃墜されてくれたならそれに越したことはないし、回避して向かってくるようなら俺とクラリーチェが迎え撃つ、という話だ。実に単純明快だな。
「ロック完了、ダインスレイヴを射出する」
ガトリングランスにダインスレイヴを装填したツバサのガンダム・フォルトレスが開戦の号砲に代えてその一撃を撃ち放つ。
電磁加速によって射出された、レアアロイの弾頭は一直線に敵陣へと突き進み、扇状に展開された陣形を分断する。
避けられたか。なんの音沙汰もないことからそう判断し、即座に戦術を切り替える。
「……作戦変更、ツバサは予定通りに前へ! クラリーチェは好きなだけ暴れてくれ、近接援護は俺が担当する! ルリナ、お前は俺たちのことを動くシールドビットだと思ってくれて構わない! とにかく相手の隙を見て撃てそうな時に撃つんだ!」
「うん! わかったよ、アスカ!」
「了解した、私が皆の盾になる」
「わたくしに好きなだけ暴れろと仰られるのはよくわかっておりますわね、さあ……開戦ですわよ!!!」
この中だと、どうしてもルリナの実力が一段劣ることになる。
ただ、幸いなのはあいつが近接型じゃなくて狙撃型だったことだ。
チャンスメイクは俺たちがすればいい。とにかく一発当てればリターンがあるという意味では、初心者ほど狙撃型を使うべきではないというセオリーから外れていようが、この状況には合っている。
ツバサとクラリーチェが先行したのを確認して、俺はルリナのフォローにいつでも迎えて、かつ二人の援護ができるポジションにつく。
あとは、相手がどう打って出てくるかだ。
モニターとコンソールを睨みつけ、「ガンバレル・チアーズ」の機体を、その動向を注視する。俺の予想が正しければ、こいつらは。
「一機抜けましてよ!」
「……だろうな!」
相手の総戦力は五機。
その内二機ずつをツバサとクラリーチェの対処に向けて、一機で俺とルリナに突っ込んでくるのは順当な線だ。
それでも、その戦術を取ったということは、敵の──恐らく、リーダーには相当な自信があるということになる。
迫り来る敵影を見れば、それはG-セルフをベースにしつつも、背中にEXモデルのエグザスを改造したのだと思しきバックパックを背負っていた。
クラリーチェとツバサが対処に追われてる相手はそれぞれ、ガンバレルストライカー装備のウィンダムと105ダガーの混成部隊だ。
そこはガンバレルストライクじゃないのかよ、と突っ込みたくなるのを堪えて、俺はそのG-セルフへと牽制としてマグナム弾を撃ち放つ。
『貴方たちが「リトライダイバーズ」? 私たちは「ガンバレル・チアーズ」! そして私はリーダーのミィ、愛機はガン・セルフよ! お互い全力で楽しみましょ!』
「……名乗り出るとは、殊勝だな」
『相手も自分も楽しくバトル! お互い元気が出るような戦いこそが私たち「ガンバレル・チアーズ」の目指してるものだからね!』
その名の通り、チアガール姿のダイバーこと、ミィと名乗った女の子は背中のガンバレルを分離させながら、そんなことを言ってのける。
それにしては随分と戦術がガチ寄りだな、と一瞬そんな考えが脳裏をよぎったけど、ガチで楽しんでこそ、ということだろう。
全方位へとアラートが響き渡る中、俺はガンバレルが射出されたその瞬間を狙って、左腕に装備しているアンカークローを撃ち放った。
『うえぇ!? なにそれ! 聞いてない!』
全部をひっ絡めることは無理だったにしても、二基は潰せただろうか。
アインフェリアが射出したアンカークローのワイヤーと、ガンバレルのワイヤーが絡まり合ったのを確認して俺は、静かにほくそ笑む。
有線オールレンジ兵器であるところのガンバレルが持っている根本的な弱点は、有線であることそのものだ。
猶予はフレーム単位になるものの、射出される瞬間、線が一塊になっているところに別の線を絡めてやれば、こうして機能不全に陥らせることができる。
『だけど、それじゃそっちも動けないよね!』
「……それはどうかな」
『えっ!? なになに!?』
自分たちのフォース名に「ガンバレル・チアーズ」なんて名前をつけるぐらいガンバレルにこだわってるなら、戦術の軸になってるのは間違いなくそれだろう。
だから、切り捨てるのは難しい。
ワイヤー同士がひっ絡まる中、二基のガンバレルが俺の背後を狙っているのがその証拠だ。
一方で、俺が射出したワイヤークローはアインフェリアが持っている武器の一つでしかない。
つまり、いつでも切り捨てられるということだ。
左腕からワイヤークローを基部ごとパージ、線だけを絡めた状態で、俺はガンバレルG-セルフことガン・セルフと縺れ合った状態を脱出する。
「……撃たれっぱなしも趣味じゃない!」
『ぐぬぬぬ……でも、ガンバレルだけがこのガン・セルフの武器じゃないんだから!』
エグザスの二連装砲を盾に組み込んだ武装で俺が放ったミサイルを迎撃しながら、ミィはビームライフルとガンバレルの波状攻撃を仕掛けてきた。
今のところは想定通りだ。
あとはクラリーチェとツバサがどれだけ持ち堪えられるか、そして。
「フォロスクリーン展開! アスカ!」
「……そうだ、撃て、ルリナ!」
その可能性の芽吹きに賭けて、俺はルリナのケルディムガンダム・スカーレットの射線から最小限の動きで離脱する。
そして、エイムアシストとオートロックをフル稼働させたのであろうルリナが放った一撃が、エグザスの二連装砲を貫いて爆散させた。
『まだまだ! 武器が一つやられただけなんだから!』
「……ルリナのところには行かせるか……!」
『ふっふっふ……全部仕留めきれなかったのが運の尽きだー!』
相手は狙いを俺からルリナへと切り替えたのか、左手でビームサーベルを抜き放ち、突撃を仕掛けてくる。
即座にアインフェリアのユニバーサル・ブーストポッドと全スラスターに点火、ブレードマグナムを投棄して、バトルブレードとナイトブレードを抜き放つ。
そして、振り下ろされたビームサーベルの刃を受け止めたのまでは想定通りだった。
だけど、生きていた二基のガンバレルは俺を背後から狙うんじゃなくて、ルリナを挟撃することにしたようだ。
──マニュアル操作。
頭から抜け落ちていたわけじゃないにしても、この状況で後手に回らされたことに歯噛みしつつも、強引にガン・セルフを畳むためにも、スラスターの出力を引き上げる。
『シュヴァルベグレイズの出力を活かしたいいカスタマイズだね!』
「……出力が足りてないのか……!?」
『でも、私だってやられてばっかじゃないんだから! 行っけー、ガンバレル!』
「なにこれ!? わわっ……!?」
初めて喰らうのであろうオールレンジ攻撃に戸惑ったルリナの隙をついて、一基のガンバレルから放たれた弾丸がGNスナイパーライフルIIを、そしてもう一基はケルディムスカーレットの左肩を基部から撃ち抜く。
このミィとかいうダイバー、マニュアル操作に慣れた手合いだ。
別にルリナが墜とされたからといって、戦局に影響があるかどうかでいえば、厳しいかもしれないけどそれは、ない。
──だとしてもだ。
「……こっちはデビュー戦だからな、どうせならパーフェクトゲームで飾りたいところだ!」
『組みたてのフォース! いいね、頑張れ頑張れ! でも、パーフェクトゲームなんてさせないんだから!』
「ルリナ、シールドビットだ! 何秒か時間は稼げるはずだ!」
「う、うん! わかったよ、アスカ!」
俺の指示に従う形で、ルリナがシールドビットを機体の周囲に展開する。
あのガンバレルから放たれた砲撃の威力を鑑みれば、焼け石に水かもしれないけど、数秒生き残れればそれでいい。
問題は、こいつをいくつで詰ませられるかだ。
チャンスは数秒、その間に打てる手は恐らく一つ、いや、二つ。
なら、最短で勝利を掴みにかかる。
俺は迷うことなくコンソールのスロットを「FINSH MOVE 02」へと合わせて、必殺技と呼ぶには少々頼りないかもしれないけど、この状況を押し切れるその札を切った。
「鉄剣、造血……! 今からアンタは二つで詰む!」
エネルギーが送り込まれたバトルブレードとナイトブレードの刀身が、鮮血で染め上げられたかのような深紅を纏う。
パワー負けしているのなら、そのパワーを補ってやればいい。単純な話だ。
スラスターの燐光を煌めかせ、俺は出力が増大した深紅の剣で、ガン・セルフの構えていたビームサーベルの刃を無理やりへし切った。
『そんな、ビームサーベルが……斬られて!?』
「……一つ!」
そして、ビームサーベルごとガン・セルフの左腕を切断した俺は、右手に構えたバトルブレードを振り下ろすことで、二手詰めとする。
相手がビームライフルを捨てていれば、あるいは迎撃が間に合ったのかもしれない。
ただ、それはたらればの話だ。
ガラ空きになったコックピットへとバトルブレードの刃を叩きつけることで、ガン・セルフの胴体がずり落ちるようにして切断されていく。
パワー比べという意味なら、「鉄剣造血」はシンプルでわかりやすく強い札になる。
本体が機能を停止したことで、端末であるガンバレルの砲撃も止んで、ボロボロではあったけど、なんとかルリナのケルディムガンダム・スカーレットも生存していることが確認できた。
『あはは、強いんだね、貴方!』
「……俺は」
『謙遜しちゃダメ! 私が惨めになっちゃうし、それだとお互い嫌な気持ちになっちゃうでしょ? それに、私は退場するけど、まだ試合は終わってないんだからね!』
心の底を見透かしたかのように、ミィは夏の青空を思わせる笑顔を浮かべて爆散していく。
どんな結果でも受け止めて、笑って散れるのなら、きっとあいつは心の底からGBNを楽しんでいるのだろう。
それに比べて俺は、どうなんだ。
尽きない疑問が胸の奥から湧き出るのと同時に、漆黒の宇宙を彩るように爆炎の華が咲く。
少なくとも、今は考えている暇などない。
それがいつか向き合わなければいけないことだとしても、あいつが言った通りにまだ戦いは終わっていないのなら、俺の役目は決まっている。
「……ルリナ、動けるか?」
「ダメみたい……ごめんね、アスカ」
「……いや、よくやってくれた。ツバサとクラリーチェが引き付けてくれているとはいえ、油断はできない。あとは自衛に専念してくれ」
通信ウィンドウ越しに見えるケルディムガンダム・スカーレットのコックピットはレッドアラートで埋め尽くされていて、ルリナも心なしかしょぼくれた様子で、控えめに微笑んでいた。
謙遜はダメ。相手から贈られたその言葉を思い出しながら、俺はルリナの頑張りを肯定する。
確かに直接撃破には至らなかったかもしれないけど、連装砲をピンポイントで潰してくれたルリナのあの一手には確実に意味があった。
なら、俺のやることは、それを無意味にしないことだ。
アインフェリアのスラスターを全開にして、距離を詰めつつ、クラリーチェとツバサの戦況を確認する。
ちまちまとガンバレルによる攻撃で耐久値が削られつつあるものの、ステータスを見る限り、概ねツバサもクラリーチェも問題はなさそうだった。
「ああもう、このわたくしを恐れてとはいえさっきから、ちまちまちまちまと鬱陶しいですわね!!! これでくたばりなさいな!!!」
『うわ、物騒……って、きゃあああっ!』
遠距離からひたすら引き撃ちを徹底していたガンバレルウィンダムと105ダガーの波状攻撃にとうとう堪忍袋の尾が切れたのか、クラリーチェは額に青筋を浮かべながら、手にしていたギガント・ジャベリンを投擲する。
スラスターの噴射光が閃き、射線上にいた105ダガーのコックピットにその巨大な投げ槍は深々と突き刺さって、また一つ、宇宙に閃光が花開く。
「前の戦いでは遅れをとった。でも今回は絶対に通さない」
『この機体、素の装甲だけでガンバレルと私の攻撃を耐えて……きゃあっ!』
そして、ツバサのガンダム・フォルトレスがビームランスを力任せに薙ぎ払い、ガンバレルウィンダムのコックピットをフレームごとひしゃげさせて潰す。
これで残りは二体、あとは畳み掛けられる。
スラスターを噴かしてひたすら直進、残った敵の内、ガンバレルウィンダムの意識がツバサに向いていることを見た上での選択だ。
「……合わせろ、クラリーチェ!」
「誰に向かってモノを言ってますの!? むしろ貴方がわたくしに合わせなさいな、アスカ!」
タイマンになったならあとは怖いものなどないとばかりに、クラリーチェのアスモデウスGが、HEATハンマーを、ハンマー投げでもするようにぐるぐると機体ごと回転させて、ガンバレルダガーへと勢い任せに叩きつける。
「……押せよ、アインフェリア!」
『なになになに!? 速──』
そして俺は、バトルブレードでガンバレルウィンダムが気付くより早く、辻斬りの如くその機体をすれ違いざま、縦に真っ二つにすることで引導を渡した。
【Battle Ended!】
【Winner:リトライダイバーズ】
そうして、システムのダイアログが俺たちの勝利を告げる。
まずは一勝、といったところか。
操縦桿を手放して、安堵にほっと息をつく。
「終わりましたわね」
「……ああ」
「この戦いで、私は私の役割を果たせていただろうか」
「……全員が全員、死力を尽くしたから掴み取れた勝利だ。少なくとも俺は……そう思う。思いたい」
「アスカ、わたし……」
「……ルリナも、いい狙撃だった」
「……うんっ!」
暗く沈んでいたルリナの表情に、星が灯るかのように笑顔が花開く。
まだ涙を眦に湛えたまま、だけど確かに一歩前へと進んだことを噛み締めるように、ルリナは笑っていた。
(貴殿にとっての初勝利でありますな、アスカ)
(ええ、──殿と並び立つ逸材が現れたこと、誠に喜ばしい限りでございます)
(これは私も副団長として、うかうかしていられませんね)
ロビーへと転送されていくまでの間、この手に収めた勝利を、フォースとしての勝利を、俺もまた目を伏せ、いつかの日と重ね合わせる形で懐かしんでいた。
この、あの日と同じ四つ星が煌めく宇宙で。
星たちの輝く宇宙