「アスカ、わたしをアスカの弟子にして!」
ルリナが相も変わらず突拍子もないことを言い出したのは、「ガンバレル・チアーズ」と戦った翌日のことだった。
椅子が硬いと愚痴を言いながらも背もたれに体重を預けてだらけ切った様子を見せていたクラリーチェと、やっぱり一ミリも変化しない真顔のツバサもこれには驚いたのか、俺に視線を向けてくる。
そんな目で見られても、果たしてなにがどうなってるのか知りたいのは俺の方なんだよな。
困惑している間に、ずい、と距離を詰めてきたルリナは俺の右手を両手で包み込む。
そして、瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見上げてきた。
一瞬目をそらそうかと思ったけど、なんというかこう、こいつの着ている服が白いフリル付きのワンピースなのもあって、率直にいえば目のやり場に困る。
「……なんでまた、急にそんなことを言い出したんだ」
だから、素直に目を見ることにした。
折れたともいう。
悲しいけどいつものことだ。泣く子と地頭には勝てない、とはちょっと違うんだろうけど似たようなもんだ。
「昨日の戦いでわたし、わかっちゃったの」
「……なにを」
「わたし、皆に守られてばっかりだって! アスカがわたしを守ってくれるのはもちろん嬉しいよ? だって運命の人に守られるって、ずっと夢見てきたシチュエーションなんだもん。でもでも、わたしだってダイバーなんだから、リーダーなんだから、守られてばっかりなのもイヤ!」
長広舌を捲し立てたルリナの瞳には、断固として譲らないという意志が、その金色と共に瞬いていた。
運命の人がどうのこうのというのはいつものことだからスルーするとして、言ってること自体は珍しく真っ当だ。
ワンデイランダムマッチは確かに実力差を考慮した上でのマッチングが組まれているかもしれない。
ただ、ワンデイランダムマッチのAIが参考にしているのは「ダイバーランクの平均値」だ。
つまるところ、平均して同じようなランクに収まるのであれば、Dランクの中にSSランクが混じっている、という事態も起こりうる。
前にフレンド申請をした時に見たツバサのダイバーランクはBで、クラリーチェのそれはSだった都合、Dランクのルリナにとって「ガンバレル・チアーズ」との戦いはまたもや格上との戦いだったということだ。
だから、別に気に病むようなことではないとも思うけど、格上ばかりと戦っていてもつらいのは確かなことだろう。
そこで弱い相手を探すんじゃなくて、自分が強くなりたいという発想に至れるのは、間違いなくルリナのいいところだ。
問題があるとすれば、俺なんかに弟子入り志願してきたところなんだけどな。
「……お前の理由はよくわかった。でも、なんで俺なんだ」
強くなりたいと願うダイバーたちが門戸を叩く、道場みたいな場所は、探せばGBNにいくらでもある。
有名なところでいえば、ダイバー「タイガーウルフ」率いるフォースランキング第5位のフォース「虎武龍」のフォースネストなんかが有名だろう。
今最もチャンプに近い男と呼ばれているあいつが──「ビルドダイバーズのリク」が弟子入りしていたという話もあって、通称タイガーウルフ道場の門戸を叩くダイバーはあとを絶たないらしい。
手っ取り早く強くなりたいんだったら、タイガーウルフさんなり、あるいは道場をやってるようなダイバーに教えてもらうのが近道だろう。
「わたくしもそれは気になりますわね、率直に申し上げまして、アスカは実力こそ確かですけれど、人に教えるのが得意なタイプだとは思いませんわ」
随分と好き勝手言ってくれる。だけど、悲しいことにクラリーチェの言ってることは完全に事実だから否定のしようがない。
俺が人にものを教えるという行為には向いていないという自覚は、確かに存在していた。
クラリーチェは姿勢を正すと、肩を竦めて、ルリナへと問いかける。
「だって、アスカはわたしの運命の人なんですよ! 弟子入りするなら教えるのが下手っぴでもなんでもアスカがいいんです!」
「清々しいまでの恋愛脳ですわね、頭の中にいちごソフトでも詰まってまして?」
「女の子はお砂糖とスパイスと素敵ななにかでできてるんですよ?」
砂糖を吐き出すのを堪えているような顔に、クラリーチェは訊いたことを後悔してそうな、かつてないほど苦々しい表情を浮かべていた。
はいはい運命運命。俺はいつものことだからもう慣れたけど、これがうちのフォースのリーダーなんだよ、爆薬令嬢。
相変わらず真顔でふむ、とかうむ、とか小さく唸っているツバサは置き物と化しているし、収拾をつけられそうなのは俺ぐらいか。
「……砂糖だのスパイスだのは置いといて、ルリナが俺に弟子入りしたいって話はわかった。理由もこの際まあいいとしよう、でも俺はクラリーチェが言った通り、ものを教えるのは得意じゃないぞ」
「それでもいいよ! だってわたしはアスカに教えてもらいたいんだもん!」
「……そうか」
ルリナがそこまで言うんだったら、止める理由は俺にはない。
それでも一つ気になることがあるとするなら、戦闘スタイルの違いだろうか。
ルリナはほぼ純粋な狙撃型で、俺はゴリゴリの近接格闘型。ビルドとしては真逆だといってもいい。
「ルリナの戦い方とアスカの戦い方では噛み合っていないようだが、それでもいいのか」
フォースネストの置物と化していたツバサが、ぽつりとそんな疑問を口に出す。
一瞬少しだけびっくりした。黙ってたのが急に喋り出すんだからそりゃ驚く。
ツバサからの問いかけをルリナは大きく頷くことで肯定して、話の続きを切り出した。
「うん! どんな機体に乗っても大事なのは基礎の力だって偉い人が言ってました! だからまず、そこから教えてほしいなって!」
なるほど。
まずは基礎力を鍛えるというなら、確かに悪くはない。
狙撃に関しては門外漢だから他を当たってくれとしか言いようがないけど、「GBNという空間における戦闘の基礎理論」ぐらいなら、我流とはいえ、俺でも教えられる。
狙撃そのものは教えられなくたって、それに通じるものなら、教えられるはずだ。
覚悟を決めたのか、ぐっ、と両の拳を固めて俺の瞳を見据えているルリナを一瞥すれば、そこにはあの日の、いつか見た光景がリフレインする。
(これでも、その……感謝、してるのよ。アスカ)
(さすがはししょーです、コユキ、感服です……!)
思い出す。思い出してしまう。
いつかもこうして教えを請われたことを。
その時も、不得意なりになんとかやってきたことを。なのに、俺は。
「……アスカ。ダメ、かな?」
押し黙っていた俺の態度を拒絶と勘違いしたのか、瞳を潤ませながらルリナがそう問いかけてくる。
ダメなんかじゃない。
そこまで覚悟が決まっているなら、不得意だとわかった上で俺を選んでくれたのなら、こっちだって全力を尽くさなきゃ筋が通らないだろう。
「……かなりの荒療治になるけど、それでもいいのか?」
「うん! 全部覚悟してるよ、ししょー!」
「……その呼び方はやめてくれ。いつも通りでいい」
「わかった、アスカ!」
もう俺は、誰かに師匠と呼ばれるようなダイバーじゃない。
それは口にしなくても察してくれたのかそうでないのか、いつも通りの調子に戻ったルリナが、早速特訓メニューはなんなのかとばかりに目をキラキラと輝かせて俺の名を呼ぶ。
基礎から始めるといっても、ルリナを短期間で一線級に育て上げるなら、相応の条件というか目標もあればやりやすいんだけど、と、そんなことを考えていた時だった。
「話はまとまりましたこと? 時にルリナさん、これはわたくしからの提案なのですけれど……貴女、ビギナーズトーナメントに出てみるのはどうでして?」
さっきまで砂糖を吐きそうな顔をしていたクラリーチェも元の調子に戻ったのか、コンソールを手早く操作してウィンドウを開くと、ビギナーズトーナメントの概要が記されている画面をそこに投影する。
「ビギナーズトーナメント……?」
「簡単に言えばDランク以下のダイバー限定の大会みたいなものですわ、自信をつけるならわかりやすい目標があった方がいい、そうは思わなくて?」
そうでしょう、とばかりに俺を一瞥したクラリーチェは、茶目っ気を出すかのように片目を瞑ってみせた。
「……そうだな。ビギナーズトーナメントの優勝。これを目標にしてルリナ、お前を鍛える。それでいいか?」
「うん! わかったよ、アスカ!」
「……Dランク以下限定とはいえ、腕に覚えのあるやつが出てくる大会だ。気を引き締めろよ」
この手の大会は、一見設けられたレギュレーションのおかげで、エンジョイ勢に向けられているように見えるかもしれない。
だけど、実態としてエントリーしてくるのはエンジョイの皮を被ったガチ勢と相場が決まっている。
中にはわざとCランクまで上げず、初心者を装っているダイバーや、GPDの経験者が紛れている可能性だって、十分にあり得るのだ。
だけど、それに通じるように、ルリナがそいつらと互角以上に渡り合えるようにするのが、俺の仕事だ。
付け焼き刃にならないように、それが文字通り、ルリナというダイバーを形作る基礎となるように。
そこにかつての、いつかを思い返しながらも俺もまた、ルリナという刃を鍛えるために鎚を振るう覚悟を決めた。
◇◆◇
『うわーん! 全然避けられないよー!』
そんな悲鳴と共に、ルリナの本日三十六回目の撃墜によってミッション失敗の通知がポップアップする。
クリエイトミッションを利用した特訓。それが俺の与えた課題だった。
遮蔽物のない、闘技場のようなステージで対峙した俺のグレイズ・アインフェリアと、ルリナのケルディムガンダム・スカーレットの間に取り決められた条件は一つ。
即ち、相手に一撃でも与えられたら勝利、代わりに一撃でも食らったら敗北。
遥か昔にオワタ式とか呼ばれていた、紙装甲を体現するような設定だった。
もちろん、これにも意味はある。
「……続けるか、ルリナ?」
「うん! クリアするまで絶対に諦めないんだから!」
「……威勢がいいのはいいことだけど、集中力が少しでも切れてきたと思ったら中断するんだぞ」
「わかった!」
わかったと言いながら、あれは多分わかってない顔だ。
負けず嫌いなのか芯が強いのか、折れる気配を見せないルリナと本日三十七回目になる対峙をしつつ、苦笑する。
闘技場の舞台にアインフェリアとスカーレットが立った今、条件は決まった。やるかやられるか、一撃に全てを賭けた戦いだ。
そろそろ、ルリナも俺がこの条件を設定した意図を読み取ってくれると嬉しいんだけど、果たしてどうなるのか。
ケルディムガンダム・スカーレットがバルカンモードで撃ってくるGNスナイパーライフルIIの連射弾、その軌道を予測して回避。
そして、相手が動いたその先に向けて俺は、130mmブレードマグナムを撃ち放つ。
『えっ? あれ、当たっちゃった!?』
三十七戦三十七勝。当たり前のように、勝利のカウントが積み重ねられる。
最早恒例になってきたミッション失敗の通知と共に、耐久値がゼロになったケルディムスカーレットが倒れ伏す。
そろそろ、「なんでこんなことになってるのか」ぐらいは気付いてくれると助かるんだけど、無理そうなら助け舟を出す時間か。
「……ルリナ、ヒントは必要か?」
『待って、アスカ! もうちょっと自分で考えてみる!』
「……そうか」
その姿勢は喜ばしいことだな。
だけど、これで無理だったら助け舟を出そう。
無闇に回数だけを積み重ねたところで意味はない。意図を理解して、実践に移せなければ、修行というのは効果を発揮しないものなのだから。
三十八回目となる対峙。
今まで先手を打ってきたはずのルリナは、今度はGNスナイパーライフルIIを投棄すると、背中のGNビームピストルIIを抜き放つ。
なるほど、少しはわかってきたのか。
俺は「次にルリナが位置取るであろう場所」に狙いをつけて、130mmブレードマグナムのトリガーを引き絞る。
轟音と共に吐き出されたマグナム弾は、照準に規定された場所を狙って突き進む。
そして、ルリナは。
『えーいっ!』
若干大振りではあるけど、今日初めて初撃の回避に成功していた。
それまでの瞬間、きっとルリナが見ていたのは俺の構えた銃口だ。
実際どうなのかはともかく、この回避が偶然でないのなら、そう結論付ける他にない。
ただ、動きが大振りすぎてつんのめったケルディムガンダム・スカーレットはバランスを崩して、闘技場の舞台に倒れ伏す。
意図を読み解く鍵を手にしてくれたのは嬉しいけど、それはそれとして、ガチでやってるんだから容赦はしない。
倒れたルリナが撃ってきたGNビームピストルIIによる攻撃を回避して、マグナム弾を叩き込む。
三十八戦三十八勝。当たり前の数字ではあったけど、確実にさっきまでとは一味違っていた結果が、そこには伴っていた。
『やった! 一発だけだけど……ちゃんと避けられたよ、アスカ!』
「……ああ、正直驚いた。ルリナ、なにか意識していたことはあるか?」
負けたにもかかわらず、嬉しそうに笑顔を浮かべてモニター越しにピースサインを作っていたルリナへと尋ねる。
『えっとね、攻めるのをやめて、ずっとアスカの銃口を見てた! それなら一発ぐらいは避けられるかなって!』
「……なるほど、半分は正解だ」
『そうなの? わーい!』
銃口を見て弾道を予測するのは回避技術の基礎中の基礎だ。
ルリナがそれを習得したという意味では確かに喜ばしいことなのだろう。
でも、まだだ。百点満点の正解にはまだ、足りない。
俺が本当に見てほしいところは、銃口をなんのために見るのか、というところだ。
そんなもの、もちろん弾を避けるためだといわれればそれはそうなんだろうけど、そういう単純な理屈じゃない。
そうだな、それよりもっと遡って──「なんで俺が銃を構えていたのか」というところまで見てくれるのが、最善の形だ。
「今日はここまでだ、ルリナ」
とはいえ、一足飛びにそこまで要求するのも到底無理がある話だというのもまた、わかっている。
三十九戦目の準備に取り掛かろうとしていたルリナを制して、俺は修行の切り上げを宣言した。
『えー!? どうして、アスカ? わたし、もしかして見込みなかった……?』
「……違う。今日は一つ大きな収穫があっただろ? だからだ。それと次の課題は、どうして銃口を見て避けようと思ったのかを考えてくること、そして次は二発連続して避けられるようになることだ」
『なるほど……わかったよ、アスカ! わたし、頑張っていっぱい考えてみるね!』
正直なところ、見込みがないどころか三十八回やっただけでルリナがこの境地に辿り着けたのは、いい意味で想定外だった。
打てば響くように、スポンジのように知識を吸収して強くなってくれるなら、コーチ役を買って出た身としてはこれ以上ないくらい嬉しいことだ。
だけど、決して焦ってはいけない。
一足飛びに物事を進めようとすれば、そこには必ず無理が生じてくるものなのだ。
だからこそ、成果が得られた日はその一つを噛み締めて、しっかりと自分の中で理屈に落とし込んだ上で、次に活かす。
それこそが理想的な修行だと、少なくとも俺はそう思っている。
そしてきっと、ルリナであればついてきてくれる、この修行が持っている本当の意図を読み取ってくれるはずだ。
ログアウトして現実へと解けていくルリナを見送りながら、俺はコックピットの中で静かに息を吐く。
いつかの日と同じだけど、違う風景。それは、俺の中で消えることなく燻る火種を、そこに焚べたはずの記憶を呼び起こす。
──ししょー。
いつか、確かにそう呼ばれていたことを、そして、俺は。
本当はそう呼ばれるに値しないような人間であることを。
だけど今は、そんなことを考えている場合じゃない。わかっている。わかっているさと嘯いて、俺は静かに、目を瞑った。
ルリナは意外と素質そのものはあったりするタイプ