恋する乙女はなんとやら、とかいう格言がなんだったかは正確に思い出せない。
ただ、どこまでも前のめりなルリナから貰ったアドレスをどうしたものかと考えつつ、端末に登録して試しにメールを送ってみたら、ものの数秒で返事がきたもんだから正直驚いた。
どうやって打ったのか、思考入力でも使ってるのかと疑いたくなる長文の中には、お決まりのように「アスカはわたしの運命の人」というフレーズが頻出している。
「運命、か……」
ベッドに身を投げ出して、一人呟く。
ルリナにとって俺は運命の人、らしい。
なんの冗談だと、そうじゃなければ手の込んだドッキリだと笑い飛ばしたくなるけど、あの目は本気だった。
それに、本気じゃなきゃプライベートアドレスを教えたりしないし、ましてやそこに電話番号やらメッセージアプリのID、果ては住所なんかまで書いてこないだろう。
スマートフォンの受信ボックスに収まっていた長文メールをもう一度開いて、俺は小さく溜息をつく。
運命ってなんだよ。今日だけで幾度となく呟いてきた言葉を頭の中で繰り返す。
それでも、ルリナのことが嫌いかと訊かれれば、首を傾げざるを得ない。
理屈と理論がぶっ飛んでこそいるけど、いい子だとは思う。
問題はそこら辺がぶっ飛んでることなんだけどな。
今はその出会い頭の衝突事故みたいな「運命」を人それぞれって言葉に押し込めて、俺はルリナの連絡先をスマートフォンに登録する。
使う日が来るかどうかはわからない。
だけど、せっかくの好意を無下にするのも気が引ける。そんなところだった。
勉強机の引き出しに向けていた視線を、天板の上に向ければ、そこには今日という波乱の一日を共に過ごしたグレイズ・アインフェリアが、ダイバーギアの上で直立している姿がある。
ルリナの言葉を、「運命」を信じるなら、こいつが、アインフェリアがそれを引き寄せてくれたんだろうか。
なんてな。彼女には申し訳ないけど、俺はあまり運命とか占いとか天の巡りとか、そういうのは信じたくない方なんだ。
「……合わなければ、その内、道も分かれるさ」
月並みな言い方だけど、人間には色々ある。
ルリナが「運命」を頑なに信じているように、俺にだって抱えているものはあって、それと上手いこと付き合っていかなきゃいけないんだ。
そのために、もう二度と戦わないと決めたはずだったのに、そもそもGBNに戻ることすら躊躇っていたのに、俺は。
「なにを、してるんだろうな」
壁に話しかけたって、答えが返ってくるわけもない。そんなことはわかっているけど、問いかけずにはいられなかった。
こういう、考えてもしょうがないことがぐるぐると頭の中を堂々巡りしている時は寝るに限る。
ぴしゃりと自分の両頬を叩いて、俺はスマートフォンを充電器に繋ぎ直す。
風呂にも入ったし歯も磨いたし、ロック画面の時計を見れば時間も時間だ。
すぐ寝よう。さっさと寝よう、そうしよう。
七五調と共にそそくさと布団を被って俺は、静かに目を伏せるのだった。
◇◆◇
結論から言おう、全然眠れなかった。
運命だとかGBNだとか、もう一度ガンプラバトルの世界に足を踏み入れてしまったことだとか、あれこれが脳裏を駆けずり回っていたせいで、羊を数える思考リソースすらなくなっていた始末だ。
おかげで、今朝鏡を見たら、いつもの三割増しぐらいで目つきが悪くなっていた。
そんなこんなで不健康を引きずりながら、今更訪れてきた睡魔の野郎を撃退するために俺は、エナジードリンクを胃袋へと流し込む。
玄関のドアを開ければ、差し込んできた春の日差しに、思わず顔をしかめてしまう。
だけど俺は、そこに一抹の懐かしさを感じていた。
「……徹夜したの、いつ以来だろうな」
昔は、時間も忘れて没頭していたことがあった。
エナドリをお友達にして朝日を拝み、翌日の授業では寝こけるなんてことは珍しくなかったし、おかげで内申点も危ういことになりそうだったのも今では……別にいい思い出じゃないな。
感傷に浸っていたのも束の間、がちゃりと音を立てて、一部屋隣の玄関が開く。
「おはよう、アスカ君」
「……ノゾミか、おはよう」
染めっ気のない栗毛をツインテールに括った女の子──俺にGBNへの復帰を促してきた幼馴染こと、サクラギ・ノゾミは楚々とした笑みを口元に浮かべていた。
「俺の顔になにかついてるのか?」
頬を触りながら問いかける。出かける時に鏡を見てきたから問題はないと思うんだけどな。
「ううん、違うよ。なんだかその目つきのアスカ君を久しぶりに見た気がするから」
「目つきが悪くて悪かったな……」
「全然。むしろちょっと、ほっとしたかな」
ほっとした、ってのもわからないな。
徹夜したやつを見て心配するならともかく、安心するってのはいったい全体どんな理屈なんだ。
エレベーターに向かうまでの間、ずっとにこやかな笑みを崩さないノゾミを横目で見遣りながら、考える。
「……降参だ。なんで徹夜したやつを見て安心なんかしてるんだ、お前は」
「ふふっ、じゃあ私の勝ちだね。えっと……アスカ君、GBNやってたんでしょ?」
「……少しだけなら」
「だったらよかったなって、そう思ったの。昔みたいで……なんだか、懐かしくて」
「……ああ」
昔みたい、か。
俺はその言葉を噛み潰すように、眉根にシワを寄せる。
昔のことはさておくとしても、考えることが似たり寄ったりだ。幼馴染だから、ってのも運命がどうのこうのってぐらい眉唾物だな。
「GBN、頑張ってね」
「……お前こそ、アイドル活動頑張れよ」
エレベーターが降り切って辿り着いたマンションのロビーで、俺たちの道は二つに分かれる。
俺はごく平凡な私立高校に、ノゾミは都内でも有数のお嬢様学校に。
それこそ二年前までは同じ通学路を歩いてたはずなのに、関係というのは簡単に解けていく。
「GBNを頑張って、か」
ガンプラアイドルグループ、「アルス・ノヴァ」のセンターとしてめきめきと頭角を表してきたノゾミならともかく、時間を浪費するように採取ミッションを繰り返している俺が、今更なにを頑張れっていうんだ。
だけど、あいつなりに心配してくれたのを無下にするのも気が引ける。
今日は精々、マウンテンサイクルから掘り出し物が出るまで粘ってみようか。
そんなことを薄らぼんやりと考えながら、欠伸を噛み殺しつつ俺は、一人になった通学路へと歩み出す。
この二年間だけでも色んなものが変わったし、これからもきっと、目まぐるしく変わっていく。
そんな世界に振り落とされてしまわないよう、今はただ、崖の淵を掴むのが、俺にとっての精一杯だった。
◇◆◇
放課後、特にやることもなかった俺はGBNにログインするため、惰性のような足取りでガンダムベースシーサイドベース店へと向かっていた。
確か、同じ学校のアサムラとかいう女子がバイトしてるとは風の噂で聞いたけど、外に出ればただの店員と客だ。
面識もないんだし、だったら別段気にするようなことじゃない。
ハロが刺繍されているエプロンを身につけて営業スマイルを振り撒いているアサムラ何某と思しき女子を一瞥し、俺はそのままゲームブースに足を運ぶ。
放課後は学生たちが集う時間ということもあってか、GBNの筐体は結構な割合で埋まっていた。
空席があったのは幸いといえるだろう。
空いていた筐体に座りながら俺は、中心の窪みにダイバーギアをセットする。
そして、グレイズ・アインフェリアをダイバーギアの上に立たせて、ゴーグル型のデバイスを被れば準備完了だ。
【GPEX SYSTEM START UP──】
【Welcome to GBN】
【Will you survive?】
デバイスからメッセージが流れてくるのと同時に、どこまでも降下していくようなエレベーターに乗せられたような感触が脳裏を捉える。
そうして俺はダイバーとして、「アラタニ・アスカ」という生身の人間ではなく、「アスカ」というダイバーとして仮想の世界へと、GBNへと飛び込んでいく。
燻り続けるなにかを抱えながら、そして一掴みの罪悪感を覚えながら。
◇◆◇
「アスカ! おそーい! ずっと待ってたんだよ?」
今日は採掘系のミッションを受けようかと、そんな予定を組み立てながらセントラル・ロビーに降り立った瞬間、エナメル溶剤を圧力がかかるところへと流し込んだかのように、組んだ予定がひび割れる音が聞こえてきた気がした。
いや、多分気のせいじゃない。
ブロックノイズが目の前で集積したかと思えば、リボンカチューシャが飾り立てている鮮やかな赤毛に金色の瞳、そして楚々としたフリル付きの白いワンピースというダイバールックが、ルリナの姿が再構成されていく。
わざわざフレンドワープを使ったのか。
いや、それはどうでもいいけど、まさか俺が来るまでロビーで出待ちしてたのか、ルリナは。
そしてわざわざ俺のところまで来たってことは、十中八九なにか用事があるってことだろう。
「今日はね、ミッション攻略配信しよっかなーって思ってたとこなの! アスカも来てくれるよね?」
「いや、俺は採掘でも……」
「……来てくれないの?」
さっきまでどこまでも能天気な、底抜けに明るい表情をしていたのが一転、しゅんと俯いて、ルリナは上目遣いに俺を見つめてくる。
その嫋やかな仕草に、正直どきりとしなかったかと訊かれて首を縦に振ればそれは嘘になってしまう。
しかし、どこで身につけたんだそのスキルは。
現実逃避をするようになんの益体もないことを脳裏に浮かべながら、俺はルリナから視線を逸らす。
だけど逸らしたら逸らしたで、ワンピースを大きく押し上げている胸の谷間が視界に入ってくる。どこを見ろっていうんだ。
それに、通行人の視線も大分痛い。構図だけ見れば完全に男が女の子を泣かせてるって形なんだから当然といえば当然なんだろうけどな。
「……わかった、付き合う」
だから、さっさと折れることにした。
別に、なにがなんでも採掘をしたいだとか、ドロップ率が少数点四桁を下回ってるレアアイテムを血眼で探してるだとか、そういうわけじゃない。
なら、明確に目的があるルリナの用事に付き合った方が、時間の使い方としては有意義なはずだ。
「わーい! ありがとう、アスカ!」
「……わかった、わかったから、そんなにベタベタくっ付くもんじゃない!」
「えー? こんなことするの、アスカにだけだよ? だってアスカは私の運命の人なんだもん、えへへ」
ルリナはなんの臆面もなくそんなことを言ってのけると、俺の左腕に体重を預けて、細い腕を絡めてくる。
通行人の視線が、さっきとは別な意味で険しくなった気がした。主に爆ぜろとか、バカップルだとか、そっち方面に。
だから、俺とルリナはカップルじゃない。
将来的にどうなるのかなんて考える余裕もないけど、少なくとも今はまだあっちが一方的に運命と言ってるだけで、ただのフレンド同士だ、野次馬どもめ。
そう主張したらしたで問題が拗れそうだから、今は黙って呑み込むことにしよう。
ただ、左腕にくっついて離れないルリナの体温やら柔らかい感触やら、そんなところまで忠実に再現しなくてもいい感覚のフィードバックと観衆の好奇の目との間で板挟みになるのは、まさに針の筵といったところだった。
「ミッション受けにきただけなのに、生きた心地がしない……」
「アスカも、そんなに恥ずかしがらなくたっていいのに……わたし、運命の人には尽くすタイプなんだよ?」
「そういう問題じゃない、頼むから誤解を広めることを言わないでくれ」
尽くすとか尽くされるとか、もう考えたくもない。むしろ一周回って俺が悪い気がしてきた。
ノゾミと話してる時はこんなんじゃないんだけど、どうにもルリナが相手だと調子が狂う。
俺の言葉に、誤解じゃないもん、真実だもん、と、腕を組んだまま頬を膨らませるルリナ。お前が思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな。
「……それで、なんのミッションを受けるんだ」
運命がどうのこうのという話からいい加減話題を逸らしたかったのもあるけど、そもそも事の発端はルリナがミッション攻略配信をしたいと言い出したところにある。
だから、そう尋ねることにした。
俺からの問いかけに、ルリナは大きな目をきょとんと見開くと、頭上にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる。
「うーん、なに受けよっか」
「考えてなかったのかよ」
「考えてたよ! えっとね、なんか派手にどかーんってする、動画映えする感じのミッション!」
それは具体的にどんな名前でどんな中身のミッションなんだ。
冗談抜きに星の数とはいわなくとも、デカい図書館の蔵書リストぐらいはありそうなミッションの数々から、そんなアバウトな条件で絞り込んでくのは大分手間だぞ。
俺が疑いの目を向ければ、さっきまでの元気はどこへやら、ぎぎぎ、と錆び付いたブリキ人形のような動きで、ルリナは露骨に目を逸らす。
「……考えてなかったんだな?」
「あ、アスカならなにか知ってるかなーって……ごめんなさい」
「……とりあえず、プロフィールカードを見せてくれ」
俺に丸投げすること自体はどうでもいいけど、配信者やってるならある程度自分で絞り込んでほしいところだ。
溜息交じりに受け取ったルリナのプロフィールカードに記されていたダイバーランクはD、GBNにおける脱初心者帯だった。
Dランクとなると、多少NPDの行動ルーチンは強化されていても、動画映えするようなミッションがあるかと訊かれると、首を傾げざるを得ない。
無双ミッションもほとんど棒立ちのカカシを蹴散らすだけの絵面になって味気ないだろう。
だったら採掘やら採集は……どうなんだろうな、最高レア引き当てるまでの耐久配信とかもあるけど、俺はあまり見てて面白いとは思わない。
そうなると、自ずと選択肢は限られてくる。
「ルリナ、条件で妥協するつもりは?」
「ない!」
「……だろうな。だったらこういうのはどうだ」
俺はコンソールを操作して、「推奨ランク:C」で絞り込んだミッションのリストを、目当てのものまでスクロールさせた。
「ふむふむ、『イフ・コンクルーダー』……?」
「簡単に言えばデスティニープランが成功した世界で、NPDのハイネが守ってるローエングリンゲートを攻略しろ、ってミッションだな」
原作のシチュエーションだとローエングリン砲台を守っていたのは地球連合と、モビルアーマー「ゲルズゲー」だったけど、ハイネが戦死せず、デスティニーガンダムを少数生産することでエースに配備する「コンクルーダーズ構想」とデスティニープランの二つが成功した世界におけるローエングリンゲート攻防戦、といったところだ。
ただそれは、あくまでもミッションに添えられたフレーバーテキストでしかない。
このミッションの本質は、原作のようにインパルスガンダムや分離飛行できる機体を使ってローエングリンゲートを守るハイネ専用デスティニーに奇襲をかけつつ砲台を破壊するか、もしくは立ちはだかるオレンジショルダー部隊を蹴散らしながら前に進んでいくかという二択を迫られるところにある。
腕次第では、擬似的な無双ミッションともなり得る通常ミッション。
そして難易度がそこそこ高めとくれば、それなりに動画映えはするんじゃないだろうか。
俺からの提案に、ルリナは目を丸くして頻りに何度も頷いていた。
「うん、うん! さすがアスカ、わたしの運命の人だね! ありがとう!」
「……運命はともかく、受けるのか?」
「うん! よーし、ハイネさんに、成層圏まで狙い撃つ、万里の狙撃手なわたしの力を見せてあげるんだから!」
善は急げとばかりに、ルリナは受付のNPDへと、俺とのパーティーを組んだ状態でミッションへの参加を申請する。
万里の狙撃手。聞いたことのない二つ名だけど、ケルディムを使っているってことは、ルリナにもそれなりに狙撃の心得があると見てもいいのだろう。
ない可能性だってあるけど、その時は俺がどうにかすればいいだけの話だ。
「ミッション参加を受諾いたしました。それでは健闘をお祈りします」
NPDに見送られて、俺たちは強制的に格納庫へと転送される。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか。
いや、なにが出たところで、叩き斬る。ただ、それだけだ。
格納庫からアインフェリアのコックピットに乗り込んだ俺は、出撃に備えて、操縦桿をきつく握り締めるのだった。
ゲームで出会った相手を運命の人認定して連絡先を送りつけるあーぱー娘がいるらしい
Tips:
【ノゾミ/サクラギ・ノゾミ】……アスカの幼なじみ兼お隣さんにして、今をときめくガンプラアイドルグループ「アルス・ノヴァ」のセンターを務めている栗毛の少女。ガンプラアイドルとして活躍している都合、ガンプラバトルの腕前も高い方であり、ダイバーランクはA。PGパーフェクトストライクを参考にディテールアップを施したHGCEストライクルージュを愛機にしている。