「さすがだねアスカ! やっぱりわたしの運命の人だよ!」
「それならさっきも聞いた……」
セントラル・ロビーに帰還するなり抱きついてきたルリナを引き止めつつ、俺は押し寄せる疲労感に肩を落とす。
ガンダム・フォルトレス。
シャフランダム・ロワイヤル故に最初からベストな状態での連携が図れなかったことを含めても、盾役という意味でのタンクとしては恐ろしい機体だったといってもいい。
こと面制圧力に関しては原型機の一つであるヴァーチェに劣るものの、「点」に対する破壊力に関しては勝っているというのが、俺の認識だった。
ダインスレイヴも幾度か修正を受けた武装ではあるものの、その威力だけなら今も第一線級として折り紙付きだ。
加速力が低いからといって侮れば、放置しようと試みれば、即座に鉄杭の鏑矢が飛んでくるんだから、相手をしている側としては堪ったもんじゃない。
「もう少しアスカは素直になっていいんだよ? わたしなら全然気にしてないから!」
「……俺は気にしてるんだよ」
色々と気まずいんだから、そのでかい胸を二の腕に押し付けて喋らないでくれ。
周囲から好奇の視線が突き刺さるのにも、恨みがましい視線が注がれるのにも慣れた自分が若干恨めしい。
そもそも諸悪の根源は五感をきっちり再現したバージョン1.78の仕様なんだろうけど。
「わたしね、これでも、その……J、あるんだよ?」
「今それはこの人混みの中で喋らなきゃいけないことなのか」
自分で宣言しておいて恥ずかしがって顔を赤らめてるんだから、自爆もいいところだ。
一瞬なにがJなのかを想像しかけた思考回路を強制的に遮断して、俺は相も変わらず第三宇宙速度をぶっちぎってかっ飛んでいる恋の暴走ロケットへと、呆れながら問いかける。
ざわざわと動揺が広がっていく群衆にも、呆れというか、見せ物じゃないんだから見物料取るぞ、ぐらいのやるせない怒りを頭の片隅に抱かずにはいられなかった。
「うーん、どっちかっていうとロマンチックな夜に話したいかなぁ……その方がアスカもいいよね?」
「……どこら辺がどういいんだ……」
「雰囲気とか! 運命の人とせっかく出会ったんだから、やっぱり運命みたいにロマンチックな恋がしたいんだもん!」
いっそスタンディングオベーションでも送りたいぐらい、凄まじいまでの恋愛脳だ。よく恥ずかしがらずに言えるなそれ。
運命は運命でも「SEED DESTINY」のステラみたいにならなけりゃいいんだけどな。
リアルネームのせいもあって妙なあだ名がつけられそうになった縁で知ることになったシン・アスカの受難をなんとなく思い返しながら、俺は再びがくりと肩を落とす。
「漫才というのはそこまででいいのか」
放っておいたら将来のプランまでべらべらと喋り立てかねないものの、反論する気力も湧かない。
声が聞こえたのは、言うだけならタダなんだから、いっそ好きにしてくれ、と投げやりな考えを抱いていた時だった。
背後を振り返れば、そこにはトリニティ兄妹のパイロットスーツに似た衣装に身を包んだ、青髪の少女が小首を傾げて佇む姿がある。
「……漫才のつもりはないんだけどな」
「そうか、ならば失礼した。私はこういうやり取りを夫婦漫才というものだと認識していたのだが」
「夫婦! さすがお目が高いですね! えっと……」
誰が夫婦だ、と反駁するよりも早く、煽ってるんだか真面目に言ってるんだかよくわからない青髪の子の手を取って、ルリナがキラキラと瞳を輝かせる。
「私はツバサだ。少なくともそう呼ばれている」
「ツバサちゃん! ……でいいですか?」
「私だと認識できる。なら問題はない」
「やったー! じゃあよろしくお願いしますね、ツバサちゃん! あ、わたしはルリナ! G-Tuberやってます!」
「そうか。私は知らなかったが、頑張ってほしい、ルリナ」
「はい!」
どうやらあの青髪の子はツバサというらしかった。
秒速で親睦を深めたルリナに感心するやら、少し天然が入っているおかげか、堅苦しいけど、どことなく話していて窮屈さは感じさせないツバサにそれでいいのかと思うやらで、さっきから思考が忙しない。
というか、俺以外には敬語なのかルリナは。
「……それで、ツバサだったか」
「いかにも私はツバサだが」
「……俺たちに何の用があるんだ?」
まさか用もなく話しかけてきたわけではないだろう。
漫才を見にきたってんなら別だけど。
俺のぶっきらぼうな問いかけにも気を悪くした様子も見せず、ツバサは表示を変えずにふむ、と小さく唸った。
「私は先程のシャフランダム・ロワイヤルで君たちと戦った。ガンダム・フォルトレスを駆っていたといえばわかるか」
「……なるほど、リターンマッチってことか?」
紙一重の勝利と敗北だったとはいえ、形式が形式だ。
ランダム要素の絡まない一騎討ちで、後腐れなく戦いたいと望む気持ちはわかる。
送られてくるのであろうフリーバトル申請に備えて身構えていると、ツバサは、まるでなにを言っているんだとばかりにきょとんと小首を傾げた。
「そのような考えは私になかった」
違うのかよ。
本気で身構えていたのが馬鹿らしくて、一瞬コケそうになった。
だったらツバサは、なにをしにきたんだ。
「私は自分というものを探している」
「……哲学的だな」
自分探しときたか。
探して見つかるようなものでもないとは思うけど、その気持ちには共感できるところ、それ自体はある。
それと俺たちと、そしてさっきのシャフランダム・ロワイヤルがどう関係しているのかはさっぱりわからないけどな。
「今までも同じように戦ってきた。勝つことも負けることもあった。だが、君たちに敗れた時、私は……上手く言語化できないが、今までとは違う感覚が胸の内に湧いてきたような、そんな気がしたんだ」
非科学的だと笑いたければ笑ってくれてもいい。
ツバサは相変わらず真顔で淡々と喋ってこそいたけど、その言葉からは確かな熱が伝わってきた。
俺たちとの戦いが、今までのそれとどう違っていたのかについては、本人が言語化できない以上、知るところじゃない。
ただ、ツバサは本気だった。
そして、なにかそこに思うところがあって、俺たちにわざわざコンタクトを取ってきたのだろう。
それほどまでに、自分探しというのはツバサの中では強い動機なのだと理解する。その悩みを相談しに来たのなら、頑張ってくれ以上のことは言えなさそうだけど。
「だから、私は君たちに同行したい」
「……同行」
「今までとは違うなにかを感じさせてくれた君たちといれば、私とはなんなのかが見つかりそうな気がする……確信はないが、そう思う」
いきなり話が凄まじい方向にすっ飛んでいったな。
同行。それは言葉通り俺とルリナについてくる、つまりは一緒にGBNをプレイしたいということなのだろう。
その理由は曖昧だとしても、ツバサがそう思っているなら、試す価値があると思って申し出てくれてるんなら、俺から言うことはなにもない。ただ。
「それって運命ですよ、きっと!」
相変わらずツバサの手を握ったままだったルリナが、お決まりの台詞を口に出す。
「運命?」
「わたしも、アスカと会った時運命感じちゃって、恋しちゃったんです! だからその気持ちはすっごくわかります! あっ……でもそれだと、ツバサちゃんはわたしの恋のライバルってことに……? むむむ……」
「……運命というのはよくわからないが、私が抱いている思いは、いわゆる恋愛感情との相関はないと、そう認識している」
全力でレールを脱線して、独自の理屈をエンジンに突き進んでいくルリナが捲し立てた言葉に若干たじろぎながら、ツバサはそう断言する。
よかった。また愛とか恋とかそういうのに絡んでくるような話じゃなくて。
冗談抜きに、心の底から俺は安堵していた。
「じゃあアスカとわたしが恋人同士でも問題ないんですよね、ツバサちゃん!」
「君たちは恋人同士だったのか。やはり夫婦漫才で合っていたんじゃないか?」
「……別に恋仲じゃない」
「もうっ、アスカってば、恥ずかしがらなくたっていいのにー」
恥ずかしがるとかそれ以前の問題だろうがよ。
最早突っ込む気力も残されていなかったけど、少なくともツバサにいらない誤解を与えることだけは避けたい。
少なくとも今の俺とルリナはただのフレンド同士だ。それ以上でも以下でもない。
「人間関係というのは難しいんだな。私が共に行動する提案に関しては、了承してもらえただろうか」
「そっちに関してなら、俺は別に構わないけど……ルリナはどうなんだ?」
「わたし? わたしも全然オッケーだよ! だってツバサちゃん、いい子だし、アスカを巡る恋のライバルじゃなかったみたいだし!」
最終的な判断基準がそこでいいのか。いや、いいんだろうな。ルリナだから。
「問題ないのならよろしく頼む。これは私からのフレンド申請だ」
とにもかくにもこれで合意は得られたわけだ。ツバサから出されてきたフレンド申請を受諾してから、俺たちもまた同じようにツバサへとフレンド申請を返す。
これで二人組が三人組になったわけだ。
ただ、自分探しについては正直なところなんともだし、アドバイスはできそうにない。
それでも、ツバサが俺たちを通じてなにかを見つけられそうだというのなら、それに越したことはないし、応援もするつもりだ。
フレンド欄に二人分の名前が増えたのを見て、俺はそこに懐かしさのようなものを感じていた。
きっと、昔も。GBNを始めたばかりのあの頃も。
「アスカ? どうしたの? お腹痛いの?」
「……なんでもない。それでフレンド申請は受けたわけだけど、ツバサはこれからどうするつもりなんだ?」
「正直なところ、なにも考えていなかった」
なにも考えてなかったのかよ。
まあ、フレンド登録したから特別なにかしなければいけないなんて決まりはどこにもないから、責められるようなことじゃないけど。
それに自分探しなんて、ミッションを受けたりガンプラバトルをしたりでそう簡単に見つかるようなものじゃない。
たまには適当にどこかのディメンションでも散歩してみれば、いい気分転換になるんじゃないだろうか。
それに、俺たちの行動基準になっていたのは今までルリナがやりたいことだったから、今回もあいつについていけば、やることには困らないだろう。
そんなこんなで俺は、ルリナに向き直って問いかける。
「ルリナ、今日は他になにかやりたいこととかないのか?」
シャフランダム・ロワイヤルだけでも配信活動それ自体はノルマ達成しているんだろう。
だけど、俺にもやりたいことが思い浮かばなくて、ツバサもなにも考えていないなら、必然的に決定権はルリナへと譲渡されることになる。
俺からの問いかけにルリナは小首を傾げると、薄い唇の下に人差し指を当てて考え込む。
「うーん……配信ならあとは動画をアップするだけだし……」
「このまま解散しても私は構わないが」
「それはダメ! だってせっかくツバサちゃんがフレンドになってくれたんですから……あっ!」
なにか名案を閃いたのか、頭上の電球に明かりを灯して、ルリナはぽん、と右の拳を左の掌に打ち付けた。
「なにか閃いたのか?」
「うん! えっとね、アスカ! ツバサちゃんの歓迎会しようって!」
「歓迎会か」
「……ダメかな?」
「いいんじゃないのか。ツバサはどうだ?」
「私も別に構わない」
なんというか、淡々としているな。
だけどまあ、手持ち無沙汰にはならずに済んだということかと、小さく苦笑する。
「それじゃ決まりだね! 配信始めよっと! ツバサちゃんは映って大丈夫ですか?」
「問題はない」
「ありがとう! それじゃ放送始めるね!」
ツバサの承諾を得たことで、ルリナはコンソールを操作してハロカメラを物質化させると、自身に追従させて突発的な二枠目の放送を開始する。
「はーい、こんにちは! わたしルリナ! リスナーの皆に、今日は新しいフレンドを紹介しちゃうね! この子がツバサちゃんだよ!」
「……もう私は映っているのか?」
「うん! だからツバサちゃんからなにか一言貰えると嬉しいなって!」
「……ツバサだ。私は自分というものを探している。これでいいか?」
「ばっちりです!」
えっへん、とでかい胸を反らしてルリナは宣言する。
自分探し中、という自己紹介が果たしてどうなのかはわからないけど、ルリナが問題ないっていうんならそれでいいんだろう。
──それじゃあ今日は、セントラル・エリアで一緒にお茶でもしようかなって!
そんなルリナの提言に従う形で、俺たちはふよふよとあいつの周囲を漂っているハロカメラに時折視線を向けながら、ロビーを後にするのだった。
◇◆◇
「……自分探し、か」
一通りGBN内での食事を終えた俺は、ルリナが放送を切るのに合わせて、現実へと戻っていた。
ダイバーギアとガンプラを筐体から回収して、アインフェリアを緩衝剤で丁寧に梱包してからタッパーに戻す。
自分探し。ツバサが求めているそれは、俺にもどこか通じるところがあるのかもしれない。
(──アスカ君なら、またきっとGBNを楽しめるよ!)
いつか聞いたノゾミの言葉がふと、脳裏にリフレインする。
またきっと、GBNを楽しめる。
ルリナに振り回されたり、ツバサの自分探しに付き合ったり、そういうことを想像しても、嫌じゃないってことは、ノゾミの見立ては間違っちゃいなかったのだろう。
それでも、俺は。
ダイバーギアと、グレイス・アインフェリアを梱包したタッパーを学生鞄に詰め込んで、俺は右の拳を小さく、だけどきつく固めていた。
今はただ、ルリナという激流に、流されるままに流されているだけだ。それは嫌というほど、俺自身がわかっている。
だったら俺は、どうしたいんだろうな。
その答えもきっと、誰かに尋ねてわかるようなことでもないんだろう。
アサムラ何某とは別なバイトの店員──確か、ムカイ何某だったか──からの見送りを受けながら、俺はガンダムベースシーサイドベース店を後にする。
「アスカ君!」
声が聞こえたのは、ふと、実物大エールストライクガンダム立像の近くに立ち寄った時のことだった。
振り返ると、ぱたぱたと、お嬢様学校の学生服に身を包んだノゾミが駆け寄ってくる姿がある。もしかして、ずっと待っていてくれたんだろうか。
だとしたら、仕方なかったとはいえ、申し訳ないな。
「ノゾミ、待っててくれたのか?」
「うん、近くでのライブが終わったから……アスカ君は、GBN?」
「……まあ、うん。悪いな、待っててもらって」
「全然。でもよかった」
アスカ君がまた、GBNをやってくれて。
ノゾミは、蕾が綻ぶような笑顔を浮かべてそう言った。
きっとノゾミもGBNのことが好きなのだろう。それはルリナも、ツバサもきっと同じで。
──だけど、俺は。
「……一緒に帰るの、久しぶりだな」
「そうだね、中学校の時以来かな?」
「……週刊誌にすっぱ抜かれるなよ」
「あはは、大丈夫だよ。プロデューサーさんがついてるから」
「……そうか」
大人の世界とやらは想像もできないけど、ノゾミが信頼してるってことはそのプロデューサーって人はそういう方面の対策もばっちりなんだろう。
頬を撫でる海風に吹かれるまま、俺たちは橋を渡って、同じ帰り道を歩む。
偶然か、そうじゃければ神様とやらの気紛れか、分かたれたはずの道が、もう一度一つに重なり合っている。
他愛もない言葉を交わしながら二人で歩調を合わせて進む。
当たり前だったはずのことなのに、それが今はどこか懐かしいような、なにか胸の奥底にじん、と一抹の熱が滲むような、不思議な心地だった。
また明日。いつも交わし合っていたけど、途切れたはずの約束が、遠くの日に叶えられたように、俺もまた、きっと。
そう思える日が、来るんだろうか。
ここにはないヤナギランの香りと手触りを思い返しながら、問いかけるように、アインフェリアとダイバーギアが詰め込まれた学生鞄を、そっとなぞった。
赤い夕陽が、水平線と交わって溶けていく。そうしてまた日は昇る。明日また、きっと、曇り空が描く鉛色の向こう側にも。
その答えは未だ見えず