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余談ですが、本作シンデレラグレイとは別世界線です。
(キタハラジョーンズや六平トレーナーは出ません)
カサマツトレセン学園移籍初日、ツインターボは地方最強のウマ娘と並走することになった。
「すみません。うちのオグリが、勝手に他所様の子にご迷惑を……っ」
「いやいや! 顔をあげてください……!!」
練習用のコースでターボとオグリキャップが仲良く前屈しながら、体を伸ばす準備運動を手助けしあっている。その横で、俺は野球帽をかぶった年下の若い男にペコペコと頭を下げられ続けていた。初対面の彼がオグリキャップのトレーナーだ。
(腰が低すぎる!! いや、怖いベテランの人よりはいいけれども……!!)
恐縮されまくって俺はすっかりまいっていた。険悪な空気にならなかったのは助かるが、これはこれで困る。一方でウマ娘側は、大人の事情など関係なく不思議そうに俺たちを見ていた。
「あの謝ってる人がオグリのとれーなーか?」
「ああ。私のトレーナーだ。何かしたのだろうか」
悪いことをしたわけでもないのに、と揃って不思議そうな顔をしている。
オグリから見れば中央出身のウマ娘。ターボから見れば歳上。しかしトレーナーと違ってお互いまったく気にしておらず、普通の友人のように接していた。
「ところでさ。オグリってどのくらい凄いウマ娘なの?」
「うーん、それは難しい質問だな。そういうことを考えて走ったことはないんだ」
「ターボはすごいぞ! オグリよりも速いからな!!」
「む、それなら私は負けていないぞ。ターボよりも速く走れる自信がある」
「……むむ、じゃあレースで勝負だっ! 勝ったほうが速いウマ娘ね!」
「それは負けられないな。その勝負受けてたつ」
ターボとオグリは勝手に闘志を燃やしていた。横目で話を聞いていた俺は、今日は勝負はしないと言っただろうと突っ込みたかった。オグリキャップのトレーナーはおずおずと俺に尋ねてくる。
「中央のウマ娘さんと練習させてもらって、本当によかったんですか……?」
「むしろありがたいですよ。強いウマ娘と走るのは望むところです。オグリキャップのことは調べましたが、ファンからは『カサマツ期待の星』なんて呼ばれているそうですね」
「はは。恐れ多い呼び名ですよね……でも実際、あいつは凄いウマ娘なんですよ」
ついさっきまでびくついていたのに、オグリキャップを褒めると僅かに頬を染めて肯定した。その反応から自分の担当ウマ娘に対する自信が感じ取れた。二人の間にはしっかりと信頼関係があるように思える。なるほど、これはなかなか厄介なコンビかもしれない。
「失礼ですが、トレーナーのご経験はどのくらいになりますか」
「これが初めてです。カサマツに来てすぐにオグリの面倒を見てきました」
「……この学園に所属する前は?」
「高校生です」
いやマジか。
会う前は勝手に年上のベテランだと思っていたが、それじゃあ俺よりも年下ということになる。最初から中央レベルのウマ娘を育てたってことか。
(これは厄介な相手だ)
ウマ娘が生来の素質だけで勝手にここまで育つことはない。ある程度まで自力で駒を進める存在がいないことはないが、オグリキャップの場合はおそらく違う。脚の筋肉の付き方は指導を受けた者のそれだ。そしてびくつきながらも、オグリキャップが劣っているとはさらさら思っていない表情が見える。俺の見立てでは、彼は間違いなく実力のあるトレーナーだ。
そして俺にとっては幸運な出会いだ。
もし俺の予想が合っていて、彼とオグリキャップが強敵ならば理想のライバルになってくれるかもしれない。むしろターボが実力を発揮しきれず足を引っ張らないかを気にするべきだろう。
「よし、二人とも注目!」
準備運動を終えて、雑談して待っていた二人の視線を柏手で集める。
「今日はあくまでトレーニングだ。ターボは軽く流す程度で走ること。オグリキャップはターボの後ろについてきてほしい」
「うんっ」
「分かった」
移籍初日で疲れもあるため、弱めに走るように指示をする。全力で走らせたかったが無理は禁物だ。そんな感じでよいかと尋ねると、オグリトレーナーは問題ないと頷いた。
あの未勝利戦のあとに残った日々でトレーニングをした。契約を続けることになったターボと、バイクで訪れた湖でやったように全力で走れるように練習を重ねてきた。さすがに最初は退学のショックでへこんでいたものの、前向きに練習した甲斐あってトラウマは克服しつつあった。
オグリキャップとの併走は悪くない手段だ。ナイスネイチャに手伝ってもらった時は失敗したが、闘争心を引き出す手段としては有効だ。親交を深めることができるし、うまくいけば最初に弾みをつけることができる。失敗したとしても軽い練習なので問題ない。
まずは二人にスタートラインに立つように言う。俺はコースの外からターボに念押しした。
「絶対に無茶をするんじゃないぞ。今日はレースじゃなくてトレーニングだからな?」
「わかってるって! ターボにどんと任せて!」
尻尾ブンブン。拳でどんと胸を叩いた……うーん。心配になるような自信満々の返事だ。気合が入りすぎて全力を出しそうなのがちょっと怖いが、まずくなったら途中で止めればいいか。
「それじゃあ俺の合図で始める。準備はいいか?」
「ああ、問題ない」
「いつでもいいぞっ! エンジン、もうあったまったからな!」
二人はスタートラインの前で体勢を低くして構えをとった。
開始の合図を出す前に、オグリキャップを観察する。ターボのような気合全開とは真逆で、体の緊張を解いて表情もゆるく保っている。リラックスしていた。
(集中してる……あれは、集中してるのか?)
練習だから気を抜いているのかと思ったが、それにしては平常心が過ぎる。こんな表情でコースに立つウマ娘なんて初めて見た。別にレースじゃないから構わないが……念のために隣を見たが、オグリトレーナーは特に反応していない。
「それじゃあ3、2、1」
カウントダウンを始めると、ターボはより姿勢を深く構えた。オグリキャップは一応姿勢はとっているものの、やはり気を抜いたまま……そしてスタートの0.1秒前。
「ゼ──」
ゼロ、と言い終わると同時。緩んだ空気を出していたオグリキャップが変貌した。地面が同時に蹴り飛ばされ、大地が揺れた。
「──ロ、っ、嘘だろ……!?」
二人が駆け出し、俺は驚愕した。ターボのスタートダッシュはほぼ完璧だった。しかしオグリキャップも寸分違わないタイミングで走り出した。驚いたのは、オグリキャップの踏み込んだ地面から芝が消えていたことだ。
(なんだ、あの並はずれたパワーは。いや、それだけじゃない。こんなに離れた場所からも地響きが伝わってくる!?)
驚かされたのは、オグリキャップのレース姿勢の特異性だ。
まずフォームが異様だ。重心がありえないほど前に置かれている。足の振りも大きくいわゆるストライド走法というやつだが、その姿勢は一般的なそれとは大きくかけ離れていた。
レースウマ娘の世界には、
トレーナー教本に記されているような内容だが、これはウマ娘が走る際の姿勢を指す用語だ。トレーナーのついたウマ娘ははまず脚部の力の伝達や無駄な動きを防ぐ基本動作を学ぶ。そして個人の肉体に合わせて姿勢を変えていく。そして最も実力を発揮できる姿勢を作り上げる。それが『
オグリキャップは専用の
(あの姿勢を保つのにどんだけパワーが必要なんだ。いや違う。パワーを生かすための
際立ったフォームの取り方からオグリキャップの脚質を理解した。おそらくオグリキャップは力自慢のウマ娘だ。生来の馬鹿力から生まれる推進力を使って走っているのだ。あれは最高効率で地面にパワーを叩きつけるための前傾姿勢ということだろう。オグリキャップのトレーナーの実力の片鱗が見えた気がした。
一方でターボはというと、対照的に
「速い。これが中央のウマ娘なのか……!!」
ツインターボはそれでも速い。
基礎のスピードだけは鍛え続けていたこと。そしてすでにトラウマを克服しつつあるターボは、その実力を遺憾無く発揮して前を走っていた。例えるならその走りは歪んだタイヤで、最新式のジェットエンジンを積んで走っているようなものだ。ターボの基礎身体能力については中央でもトップクラスだ。
(よしっ。環境が変わっても元通り走れている!)
一ヶ月間さんざん苦しめられた前トレーナーの呪いは克服しつつあった。二人の間には最初二バ身ほどの差があった。しかしその差は徐々に広がっている。本気で『逃げ』ている今のターボにオグリキャップは追いつけない。終盤の末脚が怖いがこれならリードを取って……
「って……いや、待て待て待てっ!! 全力出すなって言ったのに!」
はっと我にかえって突っ込んだ。いつの間にか二人は普通にレースを始めているではないか。しかもターボが火をつけてしまったせいで、オグリキャップも本気で加速しはじめている。真剣勝負の幕開けだ。
「ぐぬぬぅ。ターボが最強っ、だぁぁーーーっ!!!」
「おい待てターボ!! ストップ! ステイ!!」
「ああっ、オグリのバカ……!」
慌てて静止するように叫んだがレースに没頭していて聞いていなかった。担当ウマ娘の暴走を見たオグリトレーナーも頭を抱えた。二人は明らかに競争を楽しんでいた。
(ああもう。楽しそうに走りやがって、止めづらいな……!)
ターボは息を切らしながらも笑顔だ。額から汗を散らしながら楽しそうに先頭をキープしている。オグリキャップも追いつけないことに驚いているようだが、その口元は笑っている。
ターボが嬉しそうに走っているのは俺も嬉しい。ウマ娘同士の本気の競り合いは、見ているだけで胸がわくわくする。しかし、今はダメだ。移籍初日で体調も整っていないのにレースをさせるわけにはいかない。
「ストップ!! ストーーーーーップ!!!!」
「うりゃああぁ……あ、あ、っ!?」
コースに身を乗り出して、あらかじめ用意してあった小型フラッグを大振りする。すると進行方向に俺の姿がようやく見えたらしい。ターボは「やばい」という風に顔を引きつらせてエンジンブレーキをかけた。背後のオグリキャップは止まろうとしたものの勢い余って前に飛び出して、徐々に速度を落としてスタート地点より先でやっと停止した。
二人が完全に立ち止まったのを確認してからコースに出る。ぜえぜえと息を取り込んでいるターボの頭を、持っていたボードで軽く叩いた。
「全力で走るなって言っただろう。無茶して怪我をしたら大変なことになるだろう」
「あいたっ。ゼェ、はぁっ……ううっ、ごめんなさい」
多少なら見逃すのだが、指示を守らなかった今回は注意せざるを得なかった。急に目が潤んで今にも泣いてしまいそうになる。まずい、前のトレーナーのせいで叱られることを必要以上に怖がる癖があるんだった。思いのほかへこんでしまったターボの頭を慌てて撫でて「怒ってないからな」と必死になだめた。
そんな俺たちを見て、しゅんと尻尾を力なく垂れさせたのが並走相手のオグリキャップだ。首元に滴る汗を拭うことも忘れて、申し訳なさそうに頭を下げて謝ってくる。
「すまない、ツインターボのトレーナー。その……指示を守らず本気を出してしまった」
「いや、いい勝負だったのに途中で止めてすまなかったな。落ち着いたらレースをする機会もちゃんと作るから勝負は預けておいてくれ」
素直に謝ってくれるなんて、いい子だ。オグリキャップの好感度がぐんと上がった。
そして上がったのは好感度だけでない。実際に走る姿を見たことで警戒度と期待値も合わせて急上昇する。そもそも対等なライバルになることを期待していたけれど、本当に実力差がない。まさかジュニア級のローカルウマ娘がクラシック級のターボに張り合うなんて。移籍前はこんなウマ娘がいるなんて考えもしていなかったな。
(しかしオグリキャップ、ぜひライバルになってほしい)
オグリキャップは完璧、理想そのものだった。今の時点でターボと張り合えるスピードを持っているウマ娘を逃すわけにはいかない。幸い相手にもいい感触が与えられている。このチャンスを掴めれば一気に夢に近付くことができる……!
俺はオグリトレーナーを見た。彼もまた今の疑似的なレースに魅入られていて、ツインターボの走りに驚かされている様子だった。今ならこの提案を通すことができる。良いタイミングだと確信して間髪入れずに申し出た。
「オグリキャップのトレーナー。もしよければなんですが、これからも合同トレーニングの機会を設けさせてもらえませんか」
「えっ!? それは……む、むしろ俺のほうからお願いしたいくらいですよ!!」
断られないだろうとは思っていたものの、食い気味に了承されてさすがに驚いた。
「……いいんですか?」
「いいも何も、こちらから頭を下げて頼もうと思っていたくらいですよ! 中央のウマ娘と練習させてもらえるなんて、そんなの普通ありませんって。オグリもいいよな!?」」
「うん。これからも一緒に走ってくれるというなら、私はすごく嬉しい」
オグリトレーナーだけでなく、オグリキャップ本人も乗り気だった。クールダウン中のターボも話を聞いていて、ぱっと表情を明るく変えていく。地方に単身でやってきて寂しい思いをするかもしれないと思っていたのに、思いがけないところから牡丹餅が降ってきたようなものだ。
「これからも走ってくれるのか!?」
「うん。今日からよろしく頼む、ツインターボ」
「う〜〜〜ついに現れたなターボのライバルっ! やったぞーっ!!」
ターボはウズウズと体を縮めるように屈めて、それからばっと大きく両腕を空に向かって広げた。そしてその感動を伝えたかったのか、俺のほうに振り向き、目を星のように輝かせながらうったえてくる。
「とれーなー! 次やろっ! 今度はぜったいターボが勝つから!」
「だから今日はダメだって。やる気があるのはいいことだけど勝負はしない。にんじんジュース飲んで我慢しなさい」
「えーーーっやらないの!? ……あっ忘れてた、やった! はいこれ、オグリのぶんも持ってきた!」
「水分補給用のものか? これは嬉しいな。にんじんは大好物だ」
持ってきた小型クーラーボックスからペットボトルを取り出したターボは、一つをオグリキャップに渡した。オグリトレーナーは「いいんですか?」と俺に聞いてきたが、そもそもそのために持ってきたのだ。こんなことでライバルが手に入るなら安いものだ。
初日からすっかり仲良くなった二人の様子を見守りながら、新しいトレセン学園での日々に胸を膨らませたのだった。