【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第10話 将来

 

 カサマツトレセン学園に移籍してから一週間が経過した。

 

 ローカル移籍後の日々は極めて順調だ。全力を出せない状況もほぼ克服することができたし、対等なライバルも得ることができた。いよいよ中央トレセンでできなかった本格的な指導を行うときがきたのだ。

 

 

「ターボ、フォームが崩れてきてるぞ! あともう一周ッ! 体の芯を意識しろ。姿勢を保て!!」

「ふへぇ、ぜえっ。ふりゃあぁぁぁぁーーーー!!」

 

 

 そして俺は、ターボをスパルタ特訓でしごいていた。

 

 幸い九月も半ばになって猛暑のピークが過ぎてくる。野外トレーニングがやりやすくなる時期だというのに、ツインターボは真夏さながらに汗を飛ばしながら必死にターフを走っている。速度が落ちて、姿勢が崩れていく。そこにメガホンを持った俺が絶え間なく発破をかけていく。

 

 そんな厳し過ぎるトレーニングを行なうことになった経緯は、移籍当日まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とれーなーっ!! ターボやっぱり全力で走りたい! もう我慢するのはやだぞ!!」

 

 

 オグリキャップとの併走トレーニング後。二人と別れてトレーナー室に戻ってすぐに迫ってきた。なぜ急にそんなことを言い出したのか。レースを止められて不完全燃焼だったというのも一つあるだろうが、それ以外の大きな要因がある。

 

 

「『逃げ』の作戦で走るように言った。けどターボはそれ以上で走りたいってことだな」

「うん!」

 

 

 ターボは一も二もなく頷いた。

 

 きっかけは、今日のトレーニング後に俺は二人に『脚質』について簡単な座学を行ったことだ。逃げ、先行、差し、追込の四つの作戦が存在すること。ターボが『逃げ』で、オグリが『先行』か『差し』の脚質であることが明かされた。

 

 しかし「ペース配分をよく考えながら走るのが大切だぞ」と教えた後から様子がおかしかった。オグリキャップと一緒にいた時は何も言わなかったが……つまりはそういうことだろう。

 

 

「それなら講義の続きをしようか」

「えーっ……ターボ勉強苦手なのに……」

「今後に繋がる大切な話だ」

 

 

 言い聞かせると、ターボは渋々という様子で頷いた。まずは前提から確認していく。

 

 

「ターボの『逃げ』は普通と違う。普通のウマ娘は体力や脚を考慮してペース配分を考える。一方で何も考えずに突っ走るのは『大逃げ』と言うんだ」

「知ってるよ! ばびゅーんって、ずーっとウマ娘みんなの前を走って勝つの!!」

「昔からそういうやり方で走ってきたのか?」

「うん。前のとれーなーとけーやくする前はね、ずっと大逃げしてたぞっ」

 

 

 ターボは若干テンションを下げながら教えてくれた。

 

 本当なら作戦の話は契約する前から目星をつけて、契約後すぐに認識を合わせておくべき基礎中の基礎だ。しかし契約した過程が特殊だったのと、そのあとも色々大変だったせいで後回しになってしまった。本格的なトレーニングに入る前に俺たちは決めなければならない。

 

 

「ターボは間違いなく『逃げ』に適性がある。俺はレースで逃げ以外の作戦を指示するつもりはない」

「うんっ。それ以外だと勝てないもん」

「わかった。ターボの意志を汲んでやりたいところなんだが、正直なところ『大逃げ』を教えるのは難しいかもしれない」

「えっ……だめなの……?」

 

 

 ターボはショックを受けた様子でおののき、そのあと悲しそうに目を潤ませた。

 

 せっかく全力を出せるようになったのに水を差すのは本意じゃない。やれるものなら、全力で走らせてやりたいのはやまやまだ。実際、素質はあると思う。

 

 

「ずっと全力で走る大逃げというやり方は普通じゃない。だから専門の知識が必要だ。俺はまだ新人トレーナーだから、うまく指導してやれるかが分からないんだ」

 

 

 原因は俺自身の実力不足。トレーナーを目指す中で基本の指導について座学で学んだし、少しは実践経験も積んだ。しかし学んだのは一般的な指導方法のみ。『大逃げ』は字面だけなら『逃げ』に近いが、その中身は別物。玄人でも避けるような指導方針だ。

 

 

「とれーなーは、ターボに大逃げで走ってほしくないの……?」

「そういうわけじゃない。俺以外にも『大逃げ』でウマ娘を指導したトレーナーは大勢いたんだが、みんなレースに負けている。だから俺も自信がないんだ」

 

 

 数年前、まさしく『大逃げ』の戦略でレース界の歴史に名前を残したウマ娘がいた。

 

 圧倒的な差をつけて勝利する。華々しく映えるレースに誰もが憧れて、大逃げでレースに挑むウマ娘が続出した。しかし誰一人として結果を出せなかった。今ではスタミナを燃やし尽くして走り切れるかを試すギャンブルとして避けられるようになった。

 

 ノウハウもなく、多くの先人が失敗している前例がある。それゆえに俺も全く自信を持つことができない。しかしターボの反応は想像以上に軽い。やれやれと両手を広げた。

 

 

「なーんだ。それならぜんぜん大丈夫じゃん」

「えっ」

「だってとれーなーは、ターボを育てる最強のとれーなーだぞ? それに勝ててるウマ娘がいるなら、ターボも勝てるってこと! ほかのウマ娘が負けててもターボが勝てばいいじゃん!」

 

 

 予想以上に自信満々に言われたものだから、俺はなんと返せばいいか分からなくなった。

 

 ものすごい理屈だが……しかし、よく考えてみればターボの言う通りかもと、俺は考える。『大逃げ』の作戦にデメリットがあるのは事実だが、ターボに限って言えば大きなメリットがある。抑えない走り方を貫かせたおかげで、トラウマを克服して復活することができた。つまり素質があるということだ。

 

 

「やり方がわからないから指導は手探りになるぞ。それに『大逃げ』はかなり難しい作戦だから、普通よりも厳しくトレーニングしなきゃいけなくなる。それでもいいか?」

「そんなのへーきだぞ! 根性なら誰にも負けないしっ。それに楽しく走らないと勝てないからな!」

 

 

 もう完全にその気で、俺はそのターボの言葉に胸をうたれた。楽しく走らないと勝てない。俺が悩んでいたターボに教えたかったそのもの。一番大切なのは、ツインターボが笑顔で夢を叶えることだ。

 

 俺はターボに伸び伸びと走っていてほしい。ただでさえローカルに来て大変な状況なのに、このチャレンジでリスクが増すだろう。しかしそんなリスクは、いまさら些細なものだ。

 

 

「確かに、ここまで来て普通のやり方でGⅠなんて勝てるはずがないか」

「じゃあ全力で走ってもいいの!?」

「ああ。朝から晩までトレーニング漬けになるが構わないな」

「いいよ! でもとれーなーも一緒ね! 一緒に勝つためにターボについてきてもらうから!!」

 

 

 ターボは満足げにドヤ顔した。もちろん、言われなくても一人でやらせるわけがないだろう。

 

 

 

 

 

 

 そして時と場所は冒頭、一週間後のカサマツトレセンの練習用コースまで戻る。

 

 俺は『大逃げ』を成立させるべく、中央トレセンの時にできなかった基本のトレーニングを徹底的に仕込んでいた。通常よりはるかにハードな大逃げ用トレーニングにターボはバテる寸前だ。

 

 

「スタミナをつけろ! 死んでも姿勢を崩すな! ああ、目を閉じるんじゃない。どんな時でも前だけを見て走れ!!」

「ふ、ふへぇぇっ。た、ターボ、エンストしそうだ……でも、まだやれるぅぅっ……!!」

 

 

 ターボは度重なるトレーニングで追い込まれているが、自分から言い出したこともあって決して足をゆるめなかった。俺が見守っている隣で、トレーニングを見ていたオグリトレーナーが話しかけてくる。

 

 

「相当キツそうですけど、ツインターボは大丈夫ですか」

「大丈夫です。俺が見ている間は絶対に怪我をさせません」

「それはそうかもしれないけど、普通のウマ娘なら倒れてますよ。もうちょっと緩くしてもいいんじゃないですか……?」

「ターボはあれでいいんです」

 

 

 俺は、キッパリと断じた。

 

 体力は底をつきかけて息絶え絶えなターボから視線を外さない。大逃げをするウマ娘は『普通』であってはいけない。怪我をさせる気はないが手を緩める気もない。そもそもこのくらいのキツいトレーニングくらい耐えてもらわないと、GⅠの頂にはとても届かないだろう。

 

 

「何より見てください、ターボの顔を」

「……んんん? なんか、あれ。ツインターボ、笑ってませんか」

 

 

 オグリトレーナーは目を凝らして見て、そのことに気付いて困惑した。大汗を流しているターボはヘロヘロになりながらも緩んだ口で笑っていた。普通なら辛い苦しいという感情があふれるはずなのに、ターボはこの追い詰められた状況をすっかり楽しんでいた。

 

 

「……あれほど追い込まれているのに楽しんでいるなんて、変わった子ですね」

「このトレーニングは全てターボが望んだんです。トレーナーとして応えたくなるじゃないですか」

 

 

 ターボはワガママを言った。しかし我を貫き通すだけの覚悟を持っていた。スタミナを鍛えたり専用(フォーム)を確立するなど、やるべきことは山ほどある。正直どんな風に育成すればよいのか全体像も見えていない。それでも、ターボと一緒なら乗り越えられるという自信があった。

 

 しかし、そんなツインターボの背後に一つの影が迫ってくる。

 

 ふらつき、ペースを落としながらも言われた通り姿勢を崩さないように努力しているターボの横を、全くペースを落とさずに素早く一気に抜け去ったのはオグリキャップだ。一緒にトレーニングを見ていたオグリトレーナーが掛け声を投げた。

 

 

「いいぞ! 今のままの速さを維持しろ。頭の中でリズムを刻め! ペースを崩すな!」

 

 

 オグリは視線を一瞬だけトレーナーのほうに送り、すぐさまギラリと目の前の景色に集中を戻す。ターボとは同じタイミングで走り始めたというのにスタミナが尽きない。体の柔らかさを活かしたオグリキャップ専用の(フォーム)は、どれだけ走っても揺らぐ気配がない。

 

 

(おいおい。バテたターボが抜かれるのは当然として、まだ走れるのか。ローカルシリーズに収まってていい才能じゃないぞ……?)

 

 

 オグリキャップの素質を見せつけられて、思わず息が出た。中盤のスピードこそないがスタミナは怪物級だ。現況で走り方はマイルに特化しているようだが、しっかり調整すれば中長距離も問題なく走れるようになるだろう。

 

 そのまま一セットを終えたオグリがゴールラインで立ち止まる。息を整えている最中、ターボは足をもつれさせながらようやくゴール。そして疲労困憊状態で芝にぶっ倒れて動かなくなった。

 

 

「ぜぇっ。ぜぇぇ〜……もうだめぇ、燃料ぎれ……」

「まだまだトレーニングを積まないとだめだな」

「とれーな〜。気持ちよく走れなかった。全力だったのに、たくさん追い抜かれちゃった」

 

 

 ターボはぐったりと体を投げ出した状態で、寝転がったまま悔しそうに唸った。指示している内容が違うとはいえ、同じスタートを切ったのに十バ身差どころか百バ身以上の大差をつけられてしまったのだから、気持ちはよくわかる。

 

 まずは基本の走り方を教わっていないターボに(フォーム)を身につけさせる訓練を行っていた。だがこれが意外と難しい。やはりすぐに身につくような技術ではなく、スピードもガクッと落ちてしまっていた。

 

 

「今の練習で、どこが悪かったのかは分かるか」

「……顔を下げちゃったところ?」

「そうだな。あとはまだ体を揺らして走っている。体の軸をイメージしながら走れば余計な力がかからなくなるから、バテずに走れるようになる。そもそも綺麗なフォームで走る理由は理解してるか?」

「ううん。そのほうが格好いいから……?」

 

 

 問われたターボは疑問ありありな顔で首をかしげる。

 

 

「バイクでも、車でもいいから想像してみれば分かる。エンジンの中に入っている歯車が曲がっていたら機械が壊れるし、タイヤが歪んでいたら綺麗に走れないだろう」

「うへえ。ガタガタしそうだ」

「そうだろう? フォームが整っていないのは、故障しているのと一緒なんだ。早く走るためには綺麗に車輪を回さなくちゃいけない。だから綺麗なフォームが大切なんだ」

「おお、なるほどっ……!!」

 

 タオルを首に巻いてぺたんと座っていたターボは、納得して目をキラキラと輝かせた。

 

 

「全力で走るなら他の弱点を潰していかなくちゃいけない。でも一つずつできるようになればいい。時間をかけていいから、いまは地道に頑張ろう」

 

 

 俺の言葉にターボは「わかった!!」と強く頷いてくれた。必要なことだと理解して取り組んでくれている。もどかしいが腰を据えて取り組むしかないな。

 

 ターボのクールダウン中に練習記録をつけるべく結果をメモしていると、同じく手すきになったオグリトレーナーが話しかけてきた。

 

 

「せっかくだから、中央のトレーナーさんから見て気になるところがないか聞かせていただけませんか」

「ん……そうですね。気になるところですか」

 

 

 なるほど。確かにせっかくの合同トレーニングだ。ウマ娘同士が協力しあうだけでなく、トレーナー同士で気づいた点を教え合ったほうがよいだろう。

 

 しかしオグリキャップほどのウマ娘にどんなアドバイスをすべきか……俺は少し悩み、考えをまとめてから言った。

 

 

 

「あのフォームは凄いですが、怪我のリスクは気になります。その辺りのケアは?」

「もちろんそこはフォローしています。毎日トレーニング後に調子を確認して、無理をさせないようにしていますね」

「なるほど。なら俺が一番気になったのはスタミナ面ですね」

「スタミナですか……?」

 

 

 彼は怪訝そうに首をかしげた。オグリキャップは十分すぎるほどの体力の持ち主で、特に課題があるようには思えないのだろう。

 

 

「ええ。長距離用のトレーニングは早めにしておかないと。後からスタミナをつけるのは大変なので」

「長距離かあ。でもそういうレースを走る機会はないですよ」

「菊花賞や春の天皇賞がありますよ。他にも3600メートルの超長距離レースとかもありますし」

 

 

 俺がそう言うと、トレーナーはキョトンと目を丸くした。

 

 

「トゥインクルシリーズの話ですよね?」

「ええ。トゥインクルシリーズの話です」

「いやいや、それはないですよ。ここはカサマツトレセン学園。ローカルシリーズウマ娘しかいません」

「オグリキャップはほぼスカウトされると思っておいた方がいいと思いますよ。確かに繰り上がる例はあまりありませんがね」

「む。トゥインクルシリーズに出られるのか?」

 

 

 後ろで話を聞いていたオグリキャップも話に入ってきた。トレーナーは想像してすらいなかったという顔だったが、彼女自身は興味があるらしい。オグリトレーナーは困ったように「いや、まあそういうこともあるのか……?」と答えに窮した。

 

 俺はかなり高い確率である話だと思っている。運も絡むので確実ではないが、このレベルのジュニア級ウマ娘が、なぜローカルシリーズにおさまっているのか不思議なくらいだ。

 

 

「いずれにしても中長距離を視野に鍛えておくのは無駄にならないですよ。距離が伸びれば走り方が全く変わってくる。用意しておくに越したことはないでしょう」

「……考えておきます。確かに距離が変われば、フォームの調整も必要になりますからね」

「そんなに違うものなのか?」

「今までは結構大雑把でも何とかなっていたけど、相当綿密に調整する必要があるな」

 

 

 なるほど、とオグリキャップもすぐに納得した。

 

 いずれにしてもスタミナはあって無駄になるものではない。これで役立つアドバイスができただろう。俺は二人からターボのほうに視線を戻すと、やっと息が整った。

 

 

「よし休憩終わりだ。ターボ、さっきのイメージふまえてもう一周行ってみよう!」

「おーーっ!! ターボ、一生懸命頑張るぞーーーっ!!」

 

 

 そしてもう一度走らせてみると、イメージを与えたのがよかったのか格段に動きがよくなった。

 

 すぐに全部ができるわけじゃないが飲み込みが早く、着実に進歩している。想いに応えてくれるターボを見て俺はいっそうやる気を奮い立たせて、ひたすらトレーニングに打ち込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニングを終えた日の晩、俺はオグリキャップのトレーナーの元を訪れた。初訪問したオグリトレーナーの部屋は、うちのトレーナー室と様相が大きく異なっていた。全く同じ間取りだなのだが、とんでもなくものが多い。

 

 まず入ってすぐに目に入ってきたのは巨大な冷蔵庫だ。さらに食料品の詰まった段ボール箱が天井まで届くほど高く積み上げられている。壁にはあらゆる調理器具が並べられている。これじゃあトレーナー室というよりもキッチンだ。

 

 

(ええ。どうしてこんなに食料品があるんだ……?)

 

 

 この部屋の管理は各トレーナーの裁量に任せられているので問題はないのだが、なぜこんな道具を揃えているのか俺には分からなかった。プチ食堂でも開業しているのだろうか。

 

 しかし初見で言葉を失ったおかげで、そのまま突っ込むタイミングを逃してしまう。聞けずじまいのままオグリトレーナーとの会議が始まった。

 

 

「最終的な目標を東海ダービーに置いて、重賞を制覇していこうと思っているんです」

「なるほど。それで今の育成計画を立てているわけですね」

 

 

 基本的に、トレーナー同士で交流を行うのは稀だ。チームを組んでいたり、他にはトレーナーとサブトレーナーのような関係性がある場合を除いて担当ウマ娘の情報は隠匿される。育成経験やウマ娘のデータは黄金であり、飯のタネになるからだ。

 

 しかし今俺が俺が手にしているのはオグリキャップのトレーニング計画書。彼が手にしているのはツインターボの育成に使っている自作の秘蔵資料だ。他のトレーナーが明かさないようなデータをなぜ明かすのかといえば、新人ゆえに値千金な情報をほぼ持っていないからだ。あとは彼と育成方針や性格などの一致でウマが合った(・・・・・・)ことも要因ではあるだろう。

 

 いずれにしても担当ウマ娘の育成について相談できること、トレーナーとして成長の機会がもらえることはありがたかった。よって出し惜しみはなしだ。

 

 

「芝とダートのレース両方出走する想定になっていますが、これは?」

「あいつは両方いけるので、両方出します」

「……やっぱり才能の塊だったか」

 

 

 聞けば聞くほど、凄いと思うよりも呆れてしまう。オグリキャップはマイルから長距離まで走れる素質を持ち、現時点で芝もダートもいけるオールラウンダーだ。そのうえクラシック級のツインターボに匹敵するほど強いときている。このレベルのウマ娘は中央でもいないんじゃないか?

 

 一方で彼も、ツインターボの資料を読み込んで理解して頷いていた。

 

 

「ツインターボはダート苦手か。とすると出走レースは限られますね」

「得意とは言えませんが、走れないわけじゃありません。ただ全力で走らせてやれないのであまり出したくないんですよね……」

「芝のコースを整備する予算がないから、結局ダートばかりになるんですよね」

 

 

 悩ましいのはローカルシリーズは芝レースの数が少ないところだ。全く勝負にならないというわけではないので、頑張れば勝負できないことはない。しかしフォーム調整や普通のトレーニングなどもこなす必要があり、トゥインクルシリーズに戻ることを考えると、ダート訓練に時間をかけるのは避けたいところだ。

 

 

「けど、なるほど。だから次のレースでぶつかったのか」

「出走表、もう見られたんですね」

「ええ。はぁ、次の中京盃はツインターボとの勝負かあ」

 

 

 オグリトレーナーは深くため息をついた。

 

 ツインターボ移籍初のレースの日程が決まった。彼と出会うよりも前に申し込んで、抽選に通って出走枠を勝ち取った。そのレースの名前は中京盃。中京レース場で行われる短距離レースだ。

 

 その出走表を先日受け取っていたのだが、一覧の中に『ツインターボ』『オグリキャップ』の名前が並んでいた。きっと彼も頭を抱えたに違いない。ライバルになってくれるのは大歓迎だが、このタイミングでの真っ向勝負はできれば避けたかった。

 

 

「芝の重賞は希少ですから。このチャンスは絶対に譲れません」

「まあそうですよね……」

 

 

 勢いをつけるためにも初戦は確実にとっておきたい。ターボは短距離が得意ではないが、幸いオグリキャップも短距離は得意としていない。実力が拮抗しているのなら勝負は五分五分になるだろう。オグリキャップを倒せば一気に注目される可能性が高まるのでチャンスだ。

 

 

「あの。ずっと疑問に思ってたことがあるんですけど」

「ん?」

「いやその、ツインターボってあんなに強いのに、なんでローカルシリーズに来たんですか?」

「あー……」

 

 

 頭の中でスカウトを受けるための算段を立てていると、彼がふいに尋ねてきた。

 

 ……まあそれは気になるよなあ。

 

 

「ああ、いや! 別に無理に知りたいってわけじゃないんですけどね!」

「何から話せばいいのか……平たくいえば、まあ。未勝利戦に勝てなかったからですね」

「えっ!? あれだけ速いのに。今の中央って魔境なんですか……?」

 

 

 やっぱりトゥインクルシリーズはヤバいんだと、そう言わんばかりに彼は顔を青くして恐れおののいた。さすがにそれはないと苦笑しながら誤解を解く。

 

 

「まさか。確かに全体のレベルは高いですよ。ターボは前のトレーナーと相性が悪くて。契約を切られたところで俺がスカウトしたんです」

「えっ。それは、なんというか。あんなに息が合ってるのに。でも確かにフォームの練習ってデビュー前にやるもんだよな……」

 

 

 彼もターボのちぐはぐさには気付いていたらしい。選抜レースで怪我をしていた時期は仕方ないが、その後まともにトレーニングを受けられていれば状況は全く違っていただろう。貴重な時間を浪費してしまったのは本当に惜しい。

 

 彼は難しい顔をしながらつぶやいた。

 

 

「じゃあやっぱりみんな勘違いしてたんだなあ」

「どういう意味です?」

「うちの学園の先輩トレーナーが。あの若さで給料も地位もある中央から地方に転職するなんて、よほどのことをやらかしたんじゃないかって言ってて」

「あー……そう思われたのかぁぁぁ〜〜……」

 

 

 うわあ、やらかしてクビになったと思われていたのか。とんでもないことをしでかしたのは前のトレーナーだから勘弁してほしい。この学園での俺の評判はどうなってるんだろう……

 

 

「退学したウマ娘と一緒に来たってことなんですね」

「それもありますが、俺はターボをもう一度トゥインクルシリーズで走らせるために来ました」

「えっ……? そんなことができるんですか」

「勝てばね。実力のあるウマ娘が上にいけない理由はないですから」

 

 

 彼は困惑したような表情になった。その気持ちは分かる。退学になったウマ娘の再入学なんて夢のまた夢だ。スカウトを狙って中央トレーナー職を投げ捨てるなんて普通やることじゃない。だが、そうしてもいいと思うくらいに俺はツインターボに可能性を感じているのだ。

 

 

「だから一分一秒を無駄にできないんです。まあ今スカウトが来るとしたらオグリキャップでしょうけどね」

「その話、昼のトレーニングでも出ましたが。本当なんですか?」

「あのレベルのウマ娘を中央が放っておくはずがないですよ。スカウトされるかもと一度も考えたことはないんですか?」

「……まあ、ないわけじゃないですけど」

 

 

 彼は後ろに向けていた野球帽のつばを回して、目元を隠すように前に下げた。

 

 

「東海ダービー目指してたのに、マジでスカウトされたらどうしようかな……」

「代わりに日本ダービーに出せばいいでしょう」

「いや代わりってレベルじゃないですよ!? クラシックGⅠなんて無理!!!」

 

 

 大声、大慌てでツッコミかえされた。ボケたつもりはないんだが。まあたしかに日本ダービーは夢見過ぎかもしれないな。まあオグリキャップがホルダーになっても俺は驚かない自信があるが。

 

 

「うまくいけば、来年はオグリキャップが三冠を取るかもしれませんよ」

「そんな。トウカイテイオーじゃあるまいし」

「まあまあ。あ、そうだ。念の為クラシック登録だけはしておいたほうがいい。あれはローカルウマ娘でも申請自体はできるし、後からは申請できないですからね」

「はぁ。それは、まあ考えておきます」

 

 

 話がひと段落すると、彼は疲れたようにため息をついた。さすがに話が飛躍しすぎたかもしれないな。

 

 

「日本ダービーは行き過ぎですけど。もしオグリがトゥインクル・シリーズを走れるなら、別れることになるんですかね……」

 

 

 彼はぽつりと弱気な言葉を吐いて、重々しく落ち込んだ。

 

 なるほど。確かにスカウトを受ければ、彼とオグリキャップは別れることになるだろう。見たところ二人は契約以上にトレーナーとウマ娘との絆で結ばれている。もしスカウトを受けることになったら、一大事になるだろう。

 

 

「まあ皮算用ですよ。当面考えなきゃいけないのは中京盃です」

「ですね。負けませんよ。ツインターボが出るとしても、絶対にオグリを勝たせます」

「勝つのはうちのツインターボですよ。逃げ切らせてもらいます」

 

 

 オグリキャップに勝って重賞レースで掴めなかった一勝を掴む。その確たる意志を伝えると、それまで遠慮がちだった彼は一転して闘争心を滾らせた。

 

 こうして初めてのレースで、地方最強ウマ娘・オグリキャップとの対決が決まったのだ。

 

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