【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第11話 vsオグリキャップ

 

 

 昼頃、俺はカサマツのトレーナー室でオグリキャップに対抗する作戦を練っていた。ターボがテーブルの方で黙々と宿題を進めている最中、タブレットに思いつく限りの内容を書き込んでいく。

 

 対戦会場となる中京レース場は、全国的にも有名なウマ娘の競技施設だ。ローカルシリーズの中でも注目度が高い『重賞』に位置付けられているレースが数多く執り行われている。トゥインクルシリーズにおいても短距離の最高峰・GⅠ高松宮記念、ダートレースGⅠのチャンピオンズカップなどが開催される歴史ある施設だ。

 

 今回の中京盃は芝1200メートル・短距離の重賞。特別な才能を持つウマ娘と地元のファンが集うことになる。中央出身の経歴のおかげなのか、はたまた確率に勝っただけなのかは分からないが、ツインターボは出走を許された。

 

 

「作戦は大逃げで決まっている。だがどう戦っていくべきか……」

 

 

 仕事椅子に深く腰掛けながらレース場の資料を読み込んで、勝負の展開をイメージする。やはり最も不安なのは不利な条件で戦うことだ。

 

 トラウマの件も若干不安だが、そもそもターボの基本スタイルは序盤で競り勝って先頭に立ち、中盤で他を全力で引き離してリードを取ることだ。この必勝パターンに対して、短距離レースではその『中盤』がほとんど存在しない。それゆえに実力を発揮しきれない可能性が高い。

 

 

(出走する他のウマ娘も生粋のスプリンターというわけではなさそうだし、際立った成績のウマ娘はいない。規格外の存在はオグリキャップだけだが、短距離は苦手分野だ)

 

 

 届いた出走表に書かれたウマ娘の名前を調べたが、どのウマ娘も戦績は平凡そのものだ。やはりオグリキャップ対策に集中するべきだろう。そんなことを考えていると声がかかった。

 

 

「とれーな〜〜、何か言った〜〜?」

 

 

 宿題を進めていたターボが、いつの間にか手を動かすのを中断してテーブルの上でぐったりしていた。苦手な勉強を続けたせいで集中力が消え失せたらしい。だらしなく口を開けて耳をピクピクと動かしている。

 

 

「なんだターボ、疲れた顔してるな」

「ターボ勉強苦手だもん。もうやりたくないぞ〜〜っ」

「ダメだ。スカウトを受けて移籍できることになっても、学業の成績で弾かれたらどうするんだ。頑張ったのにそれでダメになったら俺は悲しいぞ?」

「うぅぅぅ〜〜。ターボ、もうトレセンに合格してるのに〜〜」

 

 

 足だけをジタバタと動かして世の理不尽を訴えた。

 

 ……ターボは勉強のほうはからっきしなんだよなあ。レースウマ娘である以前に学生なので、勉強から逃れる術はない。文武両道を掲げるトレセン学園で勉強不足は許されないのだ……そのあたりも含めてやる気を出させるのは、トレーナーの俺の仕事だな。

 

 

「トレーニングしようよとれーなーぁ。ターボ、じっとしてるの嫌いだよ〜」

「だめだ。分からないことがあったら教えるから、まずは自力で頑張れ。今日は新しいトレーニングをやろうって考えているんだ。宿題が終わったらいつもと違う場所でトレーニングできるぞ」

「う〜〜……」

「ターボが頑張ってる間、俺も一生懸命やるからさ。一緒にターボ全開で頑張ろうな」

「わかった。ターボ、頑張る……」

 

 

 俺が仕事をしているのはターボも知っている。ぐぬぬと問題集を両手で掴んで、睨めっこを再開した。いつでも手を貸せるように注意しつつ、引き続き来たる中京盃に向けての準備を全力で進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レース当日は、雲一つない美しい空が広がっていた。古びたボックスカーから降りた俺はめいっぱい空気を吸い込んだ。爽やかな秋風が頬を撫でる。初めて訪れるレース場の空気は、気持ちをはやらせてくれた。

 

 俺に続くように、車からカサマツの白黒制服のツインターボも駐車場に降りてきた。ずっと不機嫌でほっぺたを膨らませている。今も腕組みしてそっぽをむき、ものすごく不満げだった。

 

 

「む〜〜〜ターボ、バイクで行きたいって言ったのに」

「ごめんって。二輪じゃさすがに必要なものも運べないからダメなんだよ」

 

 

 スピードを感じられる乗り物(バイク)に味をしめてしまったターボは、最後までだだをこねていた。しかし本番のレース出走日にはさすがに無理だ。ひとまず話を逸らして、ターボには機嫌を直してもらうよう誘導した。

 

 

「ところで忘れ物はしてないな。ゼッケンはちゃんと持ってきたよな?」

「むぅ、ちゃんと持ってきたもん! とれーなーこそ、ターボのにんじんジュース! 忘れてないよね!?」

「持ってきてるぞ。けどわざわざ水筒で持ってこなくても、売店で冷えたのを買った方がよかったんじゃないか? そのくらいのお金は出すぞ?」

「いいもん。ターボ、あのジュースが好きなんだもん!」

 

 

 不機嫌そうにフンッと顔を背ける。すねているのか、甘えているのか分かり辛い態度に苦笑した。

 

 普段のターボの調子そのものだが、このままレースに送り出すのはよくないな。今日は大切なローカルシリーズ初挑戦だ。視線を合わせるようにかがんで真剣に言葉をかける。

 

 

「なあターボ。レースに出る前に話をしよう」

「むぅ。なに……?」

「今日はローカルシリーズ初挑戦。未勝利戦のときは間に合わなかったが、ようやく全力を出して走ることができるようになった。今日勝てば一気に夢に近付くぞ」

 

 

 ターボは俺が真剣に話していると分かったのだろう。表情を変えて、うんと頷いた。

 

 

「全力でいけるな?」

「当たり前だぞっ。100%で走ってターボが勝つもんねっ!!」

「よし。今日を俺たちの初勝利記念日にしよう!」

「うん! ターボやるよっ。オグリにも誰にも負けないから!」

 

 

 ターボは何の迷いもなくメラメラと燃えていた。ある程度のプレッシャーはあるだろうが、未勝利戦の時のような陰りはない。一刻も早く走りたいと願うその目は希望にあふれていて、これならば今日のレースはいけると確信した。

 

 

 

 

 会場入りしてから特にトラブルもなく控室にターボを送り出して、俺は客席エリアに足を踏み入れた。トゥインクルシリーズGⅠで使われるレース場というだけあって観客席はかなり広々としている。そして普段のレースにはない奇妙な雰囲気が流れているのを感じた。

 

 

(やけに落ち着きがないな?)

 

 

 怪訝に観客席を見回す。会場には数千人のファンと関係者が入り混じっているが全員浮き足立っている。これから行われるレースに集中していない様子だ。うーん……ローカルシリーズ無敗のオグリキャップが出走するからだろうか。

 

 トレーナー用に指定されたエリアに向かうと、オグリのトレーナーである彼が先に待っていた。彼は今日も半袖に野球帽。普段と変わらない服装だ。

 

 

「どうも。先に来ていたんですね」

「っ……ターボのトレーナーさん」

 

 

 彼も周囲と同じように表情をひきつらせて緊張しているということだ。一体何なんだ。確かに今日のレースは重賞だがこの空気はやっぱり妙だ。理由を知っていそうな彼に尋ねてみた。

 

 

「なんか会場、変な感じじゃないですか。今日は何か特別なことでもあるんですか」

「気づいてないんですか?」

 

 

 彼は少し驚いたように俺を見る。

 

 ……そう言われても、中京レース場どころかローカルシリーズ出走も今日が初めてなのだ。分からないと答えると、彼は柵をぐっと握りしめながら教えてくれた。

 

 

「あそこ、特別観戦席を見てください。中央所属の伝説のウマ娘が観戦に来ているんです」

「えっ……?」

 

 

 彼は客席よりさらに上に設置されたガラス張りの部屋を指差した。促されるままに視線を向けると……遠目では見辛かったが、そこに二人のウマ娘が座っていた。

 

 一人は威風堂々とした佇まいでコースを見下ろし、もう一人は微笑みを絶やさないまま隣に話しかけている。日本国民なら誰もが知る有名人が座っていた。なぜ観客がざわついていたのか合点がいった。

 

 

「あれはシンボリルドルフ。それに、マルゼンスキーまで……!?」

「ね」

 

 

 な、なんでこんなところにいるんだ?

 

 元・中央トレーナーだった俺もお目にかかったことのないレベルの有名人だ。シンボリルドルフはGⅠレース七冠、マルゼンスキーは現役時代に無敗を守り通したこと。それぞれ伝説を残して引退したドリームシリーズのレースウマ娘だ。

 

 

「あの二人は知り合いというわけじゃないですよね?」

「まさか。俺なんかが関われる人じゃない。中央よりさらに上、雲の上の存在ですよ」

 

 

 中央トレーナーとひとくくりにいっても差は激しい。会社員に例えるなら会長と平社員ほどの開きがある。GⅠタイトルホルダーの知り合いといえば、ターボの所属する寮の監督者だったヒシアマゾンだけだ。

 

 だからなぜ、これほどの人物がローカルシリーズを観戦に来ているのかが分からない。いや、一つだけ理由を思いついた。彼女たちがこの場に来る理由は一つしかありえない。

 

 

「オグリキャップのスカウトか」

「えっ!?」

 

 

 俺のつぶやきを聞いた彼は、電気ショックを受けたように固まった。だが多忙な彼女達が足を運ぶ理由があるとすればそれだけだ。オグリトレーナーは少しの間呆けていたが、慌てて首を横に振って否定した。

 

 

「い、いやっ。ツインターボを見にきたんですよ!」

「それはないですね。わざわざ何の実績も積み上げてないターボを見にくるなんて、ありえない」

 

 

 確かにターボは中央トレセン学園のウマ娘だが、何の実績もないウマ娘のために足を運ぶはずがない。秋川理事長やたづなさんも忖度をしないとはっきり口にしている。一方でオグリキャップのスカウトが目的なら、十分に理解できる。

 

 

(いや、目的は何でも構わない。これは明らかな大チャンスだ……!)

 

 

 相手の目的が何であれ、着実に成長して『全力』を出せるようになったツインターボを伝説のウマ娘たちに見せることができる。もし勝利することができれば記憶に爪痕を残すことだってできるだろう。そしてそれは確実に次のステップへと繋がる。

 

 心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴った。期待感がジリジリと身を焼いてぶわりと体の底から熱が這い上がってくる。このチャンスは逃したくない。拳を握りしめていると、中京レース場に開幕のファンファーレが鳴り響いた。

 

 

「あっ……始まりますね」

 

 

 彼とともに見下ろすと、コースの上に参加するウマ娘たちが続々と姿を表した。まず先頭からオグリキャップが姿を現す、地下バ場から姿を見せるたとたんに観客から大きな歓声があがった。

 

 

「オグリがんばれぇーー!!!」

「今日も応援してるぞ、負けるなよ!!」

 

 

 それに対してオグリも軽く手を振りかえしてファンに応えていた。やはり地元の中ではアイドル的存在らしく、大きな期待がよせられているようだ。連戦連勝は伊達じゃないな。

 

 それに続いてツインターボも姿を表す。知名度はほぼゼロだが、登場した際に観客席が少しだけざわついた。まあ、青い毛並みをしているターボはとにかく目立つからな。あとは他のウマ娘が萎縮しているのに、不敵な笑みを浮かべて堂々としているのも要因だろう。

 

 そう、自信満々にコースに立っている。それだけで俺はガッツポーズをした。

 

 

(よしっ。本番だから心配だったけどこれならいける! ……いや、それどころかめちゃくちゃ調子よさそうだな?)

 

 

 今のターボはどちらも十分に満たされていた。最高の走りができるパフォーマンスなのが遠目にも分かる。レースは体調のみならず精神状態にも大きく影響されるわけだが、あえて今の状態を言葉にするなら『絶好調』といったところか。

 

 俺は身を乗り出して、観客席から応援の声を張り上げた。

 

 

「いいぞターボッ! エンジン全開で、お前の走りをみんなに見せつけてやれ!!」

 

 

 するとターボはウマ耳をぴんと立てた。少しキョロキョロしたあとに俺を見つけて、ニッと気持ちよく笑い『まかせろ』と言わんばかりにピースサインでかえしてくれた。

 

 そしてさらに。今度はすぐそばに視線を変えて、オグリキャップにビシッと指先を突きつけた。

 

 

「オグリ、しょーぶだ!! 今日のレースはターボがもらったからな!」

「負けるつもりはないぞ。本番も勝たせてもらう」

 

 

 オグリもターボに対してバチバチに闘志をぶつけている。そしてそんな様子を見ている他の出走ウマ娘は、案の定萎縮して身を縮めていた。思った通りオグリキャップ以外のウマ娘は敵じゃないな。そしてレース場に実況解説が流れ始める。

 

 

『続きまして第九レース、中京盃。芝1200メートル、13名のウマ娘がゲートインの時を待っています』

『素晴らしい秋晴れの青空です。ターフも絶好の良バ場になりましたね』

 

 

 アナウンスとともに係員が待機しているウマ娘を誘導していく。いよいよターボと一緒に走る二度目の本番レースが始まるのだ。待っていると解説がオグリキャップの順番になった。

 

 

『1番オグリキャップ、1番人気です』

『これは……いつにないほど気合が入っていますね。観客席から大きな応援の声が聞こえてきます』

 

 

 観客がいっせいに黄色い歓声をあげる。実況解説もその人気ぶりに驚いている様子だった……いやほんとにすごいな。この観客の盛り上がりはトゥインクルシリーズでも中々ないぞ。

 

 

「オグリ! お前なら大丈夫だ。今日も勝っていけよ!!」

 

 

 隣のオグリトレーナーが、手でメガホンを作って声を張り上げる。それを受けたオグリは頬を緩めて嬉しそうに笑い、トレーナーに軽く手をふってからゲートに入った。いつも通り気負った様子はない。

 

 重賞なのにさすがだな。素の実力に加えて技術もあり、さらにこの平常心がオグリキャップが勝ってきたゆえんなのだろう。続けてターボも自信ありげにゲートに向かっていく。

 

 

『5番ツインターボ、2番人気です』

『いい仕上がりですね。先ほど何か話していましたが、オグリキャップとはライバル関係なのでしょうか』

 

 

 実況解説の人も先ほどのやりとりは見ていたようで、軽く触れてくれた。それにしても2番人気とはファンも相当実力を買ってくれているようだ。もちろん元・中央ウマ娘だからという理由はあるだろうが、推して後悔はさせないぞ。

 

 レース前、俺はちらりと特別観戦席のほうに視線を向ける。あの伝説のウマ娘二人はターボを見てくれているだろうか。確認しようと思ったのだが、レース直前になって観客が増えたせいで様子がよく見えなかった。

 

 

(……いや、今はターボに集中しよう)

 

 

 ターボはすでに意識をレースのほうに向けていた。言いつけ通りゲート先の道を見据えている。トレーナーの俺が余計なことで気を逸らしてはいけない。ドリームウマ娘のことはいったん忘れてゲートを睨む。

 

 全員がゲートイン、出走のときがやってくる。

 

 そしてゲートが開くと同時に、ウマ娘たちの脚力がいっせいに解き放たれた。

 

 

『スタートしました。おっと。直後、2人が出遅れてしまいましたね。巻き返しに期待しましょう』

『先頭に躍り出たのは5番ツインターボ。そして……えっ!? な、なんと。1番オグリキャップがすぐ後続に続いています!』

『彼女が逃げを打つのは珍しいですね。後続に三人のウマ娘が続きます』

 

 

 観客が驚いているが、隣でレースを見ているオグリトレーナーは全く動じていない。本来の脚質には合っていない走り方だが指示をしたのは彼。レースを見守りながら腕を握りしめた。

 

 

(……やっぱりオグリキャップは、ターボを潰しにくるか)

 

 

 本来、スタートダッシュを得意とする脚質ではないのだが、自前のパワーとスタミナにものを言わせて強引についてきた。この短距離レースでは有効な手だ。ツインターボを確実に仕留める気だ。やっぱり楽には勝たせてくれないか。

 

 

『二人とも掛かっているのか!? ひたすらに先頭を突っ走るぞツインターボ! そして三バ身離れて、オグリキャップが追いかける!』

『オグリキャップより後ろがどんどん開いていきますね。二人の独走に大きな注目が集まっています』

 

 

 観客達は二人の暴走に惹きつけられ、そして困惑した。何も知らないファンはオグリキャップが後半差しにいくと思っていたようで、普段見せないレース展開に驚いているようだった。

 

 

(初見じゃないとはいえ随分思い切られてしまったな。だがこっちだって、この日のために調整してきたんだ。最強のレースはできないが、最善の走りはできる)

 

 

 ターボは持ち前のスピードを生かしきれないし、オグリキャップも末脚を発揮しきれない。しかし互いに最善は尽くしている。勝負の行方は分からない。

 

 

『速い、速すぎる! そのままコーナー曲がります! トップギアで駆け抜けているぞツインターボ!』 

『600メートル地点を通過しました。先頭は変わらずツインターボ、5バ身離れてオグリキャップ。これは後方のウマ娘には厳しい展開か』

 

 

 他のウマ娘は遥か後方に置いて行かれていた。彼女達は脚を残しているわけではない。はっきり言ってしまうと、二人とレベルが違いすぎるのだ。

 

 

「ターボいけっ!! ゴールに突っ込め、俺たちの走りを見せてやれっ!!」

 

 

 このまま全力で突っ走れば勝てるぞと。コーナーを曲がっているツインターボの口元がニイッと深まり、そして更に加速した。中盤になってトップスピードに乗り始めているのだ。

 

 しかしただ一人。虎視眈々と獲物を狙うように、背中を睨んでいるウマ娘が残されていた。

 

 

「いけぇっ、オグリィィ!! 今だッ、いけええええっっっ!!!!」

 

 

 彼女のトレーナーが声をあげた瞬間。ターボの背後をとり続けていた芦毛のウマ娘の空気が、禍々しく変わる。 コーナーを曲がりきった瞬間、オグリキャップの姿勢がさらに低くなった(・・・・・・・・)

 

 

『さあ最後の坂に差し掛かります。後方のウマ娘はまだ遥か後ろですが、ここでオグリキャップ加速! 一気に末脚を発揮する!!』

 

 

 気持ちよく汗を流しながら先頭を駆けていたターボも雰囲気の変化に気付く。振り返らないまま、ぎょっと表情を引き攣らせた。客席から見ていた俺は驚愕した。

 

 

「なんだ、あの(フォーム)……!?」

 

 

 オグリキャップの走る姿は何度か見てきた。特徴的な前傾姿勢だと思っていたが、目の前のオグリキャップは練習で見ていたものよりさらに低かった。頭の位置は腰の高さほどに低い。それなのに安定して、それが爆発的な加速力を生んだ。

 

 大丈夫なのかと思わず隣を見たが、トレーナーである彼の目は爛々と輝いている。あんな隠し球があったのか……思わず拳を握りしめる最中、その走りを見た観客は大歓声でこたえた。

 

 

『まだ十分に余力を残していたぞオグリキャップ! ツインターボは坂に差し掛かりましたが、こちらも全く落ちません! 逃げる、逃げる! 全力の猛ダッシュ!』

 

 

 競い合っている二人のレースに観客の視線は釘付けだ。ターボは燃料をひたすらに燃やして逃げている。オグリは強力な末脚でターボに迫ってくるが、やはり短距離レースで調子が出ていないように見える。勝負の行方はまだ分からない。

 

 

『ツインターボ逃げる! オグリキャップ追いかける!! これは強い! ゴールまで残り300メートルッ。一騎討ちだ!」

『見てくださいこの区間、凄いタイムが出ていますよ。勝負の決着はもう目前です』

 

 

 勝負はまったくの互角だ。ターボは基本の(フォーム)を保つのに精一杯だが、教え込んだそれを完璧にこなしているおかげで全力疾走を維持できている。オグリキャップも決死の表情で汗を背後に流し続けているが、表情に余裕は見えない。

 

 

「エンジンを燃やせ、全開だッ、ターボオオオオオオオオッッッ!!!!!」

「負けるなオグリィィィッッッ!!」

 

 

 勝てる。

 いや、勝つんだ。

 

 勝って俺たちの夢を叶えるんだッ!!!

 

 ツインターボは歯を食いしばり、真っ直ぐゴールラインを見据え直した。逆にオグリキャップは思ったように差が詰まらないことに心が揺らぎ、かすかに歯を食いしばった。

 

 

『残り100メートルを切った! ツインターボまだ先頭ッ! だがオグリキャップも残り一バ身まで迫っている!』

 

 

 持てる全てを出し尽くした最後の一瞬。ゴール目前。ツインターボの背中にオグリキャップの鼻先が届いた──だが死に物狂いの形相のツインターボが僅かに早く頂点に至る。

 

 

『ゴールイン! ツインターボ逃げ切った!! スタートから誰にも先頭を譲らなかった。堂々の一着です!!』

『あのスピードは驚異的ですね。二人とも、コースレコードにも迫る速さでした』

 

 

 ゴールを通過したすぐ直後、全力を出しているターボの隣をオグリキャップが抜き去った。そのあとゆっくりスピードをゆるめたオグリは膝を両手で抑えて荒く背中を上下させた。ターボもフラフラと余分に走ったあと、オグリキャップと同じように膝を抑える。

 

 倒れこそしなかったものの、燃料は燃やし尽くしてしまったらしい。汗をポタポタ流しながらもその場から動かなかった。

 

 

「……勝った」

 

 

 嬉しいという感情よりも、恐怖のほうが強く体を支配した。

 

 

『着順が確定しました。1着5番ツインターボ、勝ち時計は1分8秒8。2着1番、ハナ差でオグリキャップ、3着11番、5バ身差でアーデンボーイ……』

 

 

 着順を告げる間も震えが止まらない。最初に危惧していた通りオグリキャップは強すぎる。今回は勝ったが次に勝負すればその差はなくなるだろう。 あまりにも危うい勝利だった。

 

 一方トレーナーの思惑と関係なく、中京レース場ではツインターボとオグリキャップの二人への歓声が響く。今回の勝負はあまりにも熱かった。その熱が伝播したように、二人を祝福した。

 

 

「よくやったぞオグリキャップううう!!!」

「頑張った! 惜しかったけど、最高のレースだったぞ!!!」

「すげえ、あんな走りを見せてくれるウマ娘がいたんだ!」

「ツインターボ! これからお前も応援するからなーー!!」

 

 

 悔しげに俯いていたオグリキャップだが、汗ばんだ顔を上げてファンの姿を確認すると、表情をほころばせて控えめに手を振った。歓声を浴びるのはオグリキャップだけではなくターボもだ。レース場は、GⅠの勝負のあとのような興奮で満たされていた。

 

 膝を抑えて荒く息をついていたターボはしばらく呆然としていた。だが徐々に嬉しさが込み上げてきたのだろう。掲示板を見て、キラキラとオッドアイを輝かせた。

 

 

「わ……! ターボ勝てたの!? やった、やったっ! やったあぁぁーーーーっ!!!」

 

 

 ターボはピョンピョンと飛び跳ねたあと、観客席のほうにブンブンと大きく両手を振っていた。「やってやったぞ!」と言わんばかりの満面の笑みだ。トレセン学園に入学してからの夢だった大勢のファンに祝福される瞬間。ターボの望んでいた景色が、ようやく現実になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レースの一部始終を見ていたウマ娘がいた。

 

 ツインターボが勝利したレースを見ていた二人は微笑んでいた。トレーナーや観客たちは結末に夢中で誰も気付いていない。新しい運命が動き始めたことに、まだ誰も気付いていなかった。

  

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