【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第14話 トレーナー

 

 ツインターボとオグリキャップが自主トレーニングを行っている日。

 

 普段なら担当ウマ娘の様子を確認するのだが、今日は二人に任せてトレーナー同士の意見交流会を行っていた。交流会と名づけたもののそう大層なものではなく、担当ウマ娘がいない間にしか話せない踏み込んだ内容や、データ分析や時事の話、論文などを持ち出した難度の高い話を雑談する集まりだ。

 

 普段であれば暖かいお茶かコーヒーを飲みながら、自然と話が盛り上がるところなのだが、この日は雰囲気が違っていた。俺は彼の持ってきたトレーニング資料を手にしたまま視線を前に向けたのだが、彼は視線を持ち上げていて上の空だった。

 

 

「あの、大丈夫ですか」

「えっ。あ、はい。何でしたっけ!?」

「その様子だとスカウトの件、決めかねているんですね」

「それは、まあ……すみません」

 

 

 図星を当てられたオグリトレーナーは申し訳なさげにうつむいた。

 

 おそらく悩んでいるのは中京盃のあとでオグリキャップがスカウトされた件だろう。あのレースの後、マルゼンスキーに発破をかけられた俺たちはモチベーション十割増しになった。一方でオグリコンビは明らかに調子を落としている。悩み事を抱えたことは明らかだった。

 

 

「シンボリルドルフからの誘いに何て答えるべきか分からなくて。最近眠れてないんです」

「オグリキャップは何と言っているんですか?」

「まだ何も。あれからまともにオグリとも話せてないんです。あいつに、どの道を示してやればいいのか分からなくて……」

 

 

 彼は固く指を組みながら震える声をしぼった。俺たちは道に悩むことはないが、オグリトレーナーは違う。プラチナチケットを手にしたのはオグリキャップのみで、彼はそうではない。

 

 

「あいつは中央に行かせてやるべきだ。行けば絶対に凄いウマ娘になる。トレーナーとして、笑って送り出してやるべきだと分かっているんです。でも俺はいまだに逃げてる」

「…………」

「俺、あいつを最高の舞台に導くって約束したんですよ。なのにこんな風にズルズルと引き伸ばして。こんな気持ちでオグリと話せない……」

 

 

 苦しみながら絞り出した彼の言葉に俺は何も言えなかった。

 

 俺もオグリキャップは中央に行くべきウマ娘だと思う。ファンはいつだって輝くウマ娘を待ち望んでおり、トップクラスの素質を備えた彼女をローカルシリーズで終わらせる道理はない。しかしオグリキャップの強さの源は彼だ。二人がこのまま別れることが、そのまま良い結果を生むとは思わない。

 

 

「気持ちはよく分かります。もし自分が同じ立場だったら、簡単に決断なんてできませんから」

 

 

 もし俺が同じ立場なら同じか、それ以上に苦しんでいただろう。俺はツインターボと一緒に夢を叶えると約束した。それなのに自分で夢の幕引きをしなければならないなんて死んでも嫌だ。

 

 

「……軽蔑していいんですよ。こんなのオグリキャップを手放したくないっていう俺の身勝手なエゴなんだ。頭では中央に行くべきだなんて分かってるのに決められない。こんなトレーナー、ウマ娘の足を引っ張るだけでしょう」

 

 

 オグリトレーナーは俺の前で力なく言った。

 

 ……これは重症だ。俺も一度はターボに別れを決意させた身だ。気持ちは理解できるが、しかし今の状況はとてもよくない。ズルズルと決断を先延ばしにしても、オグリキャップを悩ませるだけでよいことは一つもない。シンボリルドルフを待たせ続けるわけにもいかないはずだ。

 

 俺に何のアドバイスができるだろう。どのように力になれるだろうか。分からないながら考えていると、彼はトレードマークの野球帽を外して、しかし視線を合わせないように俯いたまま言った。

 

 

「……頼みがあります」

「俺にできることなら手伝いますよ」

「ツインターボもスカウトされたと言っていましたね」

「ええ。条件付きで、それを乗り越えることができれば中央に戻るつもりです」

 

 

 マルゼンスキーとの約束が果たせれば、そういうことになる。もちろんいつまでも待っていてくれるわけではないため、期限は今年度中というところだろう。オグリ中央移籍の時期は、おそらくそれよりも早い段階になるはずだ。

 

 

「もしそうなったら、一緒にオグリの面倒も見てやってくれませんか」

 

 

 膝の上で帽子を持っている彼の手が震えている。テーブル越しに対面している俺は、眉間にシワを寄せながら聞き返した。

 

 

「それはどういう意味ですか」

「俺は一緒にはいられない。けど中央のトレーナーであるあなたならオグリを導いてくれるでしょう」

「…………」

「あなたなら信頼できる。オグリの夢を尊重してくれる、あなたに任せたい」

 

 

 おそらく断腸の思いで、担当のオグリキャップを引き受けてほしいと頼み込んできた。しかし頷くことはできなかった。

 

 

「お断りします」

 

 

 俺がキッパリ宣言すると、彼は喉を詰まらせたような顔をした。なぜ断ったのか理由を一つずつ説明する。

 

 

「まず中央に行くならトレーナーは俺じゃなくても構わない。もし俺が任されたのならターボと同じように全力で応えますが、そもそも彼女ほどのウマ娘なら実績のある優秀なトレーナーがつくはずです」

「で、でも、そうじゃないかもしれないですよね」

「オグリキャップが中央に行くなら移籍ウマ娘として扱われます。専用の選抜レースがありますし、トレーナーは無理をしてでもスカウトに来る。ターボの場合とは違いますよ」

 

 

 移籍ウマ娘は、優秀な能力と実績を備えていることが確約されている。それを求めるゆえに枠を空けているベテラントレーナーもいるくらいだ。悪質トレーナーに騙されるようなことにはまずならないだろう。

 

 俺はジロリと、今まさにたじろいでいるオグリトレーナーを見た。

 

 

「他にも色々言いたいことはありますが。一番に言いたいのは……どうしてオグリキャップ本人と話さないまま、俺に頼んだんですか」

「だって。こんなこと話したら、あいつを悩ませるだけだ」

「……俺が面倒を見てくれるから安心してトゥインクルシリーズに行けと。そう言ってオグリキャップを説得するつもりか」

「…………」

 

 

 図星だったようで、彼は脱いだ帽子を握りしめて完全に黙り込んでしまう。

 

 

「オグリキャップとの約束はどうするつもりですか」

「中央の資格も持ってない三流トレーナーがしてやれることなんて、もうないですよ」

「このまま夢を諦めていいんですか」

 

 

 問いかけると、彼は視線を外したまま黙る。わずかに悔しげな吐息をこぼした。

 

 仮に俺が育成を任されたとしても、オグリキャップの夢を叶えてやることはできない。オグリと約束したのは彼自身だ。できることと言えば、せいぜいターボと同じように鍛えてやるくらいだ。

 

 

「俺がここでやりますと言って、オグリキャップが中央に移籍することになったとして。納得できるんですか」

「そんなこと言ったって、どうにもならない……! 俺は中央のトレーナーじゃないんだ!!」

 

 

 彼は歯を食いしばって叫んだ。喉の奥から声を絞り出して言い返してくる。

 

 まったくの正論だ。どれほど夢を叶えたくても現実には壁が存在するもので、いま二人はそれに阻まれているところだ。だがなんとか諦めようとする彼を、このまま諦めさせるわけにはいかない。それは確実に不幸になる道だからだ。

 

 

「オグリを他の誰にも渡したくない! あいつと勝ちたかった……でも無理なんだ。俺は一緒には行けない」

「いいや、行ける。中央に行くべきだ(・・・・・・・・)

「なっ……」

 

 

 涙を浮かべていた彼は俺を見た。昂った感情の行き先を失って言葉をなくしている。

 

 

「それだけ担当のことを想っているなら。どれだけ苦労しても、一緒に夢を叶える道を進むべきだ。そうは思いませんか」

「え、いや、えっ。俺みたいな学のない男が中央に行けるわけないでしょう!?」

「地方ライセンスは持っているんだ。死ぬ気でやれば一年でいけるはずです」

「いやいや買い被りすぎっ!! そんなうまくいくはずないでしょう……!?」

 

 

 今度は怒りや焦燥ではなく、ただただ慌てたように反論をしてきた。確かに中央トレーナーライセンス試験は超難関だ。地方トレーナーライセンスしか持っていない彼が中央でトレーナーをするためには合格を勝ち取る必要があるが、条件は極めて厳しいと言える。

 

 しかしうまくいくかどうかは重要じゃない。可能性があるなら飛び込むべきだ。

 

 

「大切なのはオグリキャップはあなたを必要としているということだけ。違いますか」

「それは……」

「オグリキャップに必要とされているパートナーは、俺でも中央のトレーナーでもない。あなたを置いて他にいない。俺はあなたに諦めてほしくないんです」

 

 

 優秀なトレーナーに育ててもらえれば確実に歴史に名前を残すウマ娘になれる。しかし『オグリキャップ』というウマ娘の道はもう敷かれている。いまさら他のトレーナーが引き継いでも、道半ばで終わってしまうのは間違いない。

 

 俺とターボがこの道に飛び込んだ時だって先が見えていたわけじゃない。諦めるよりも、やるだけやって後悔するほうがいいと思っただけだ。言い終えると彼はしばらく黙り込んだ。

 

 

「オグリと出会った時、あいつは俺を真っ先に選んでくれたんです」

 

 

 ソファに腰掛けて言葉を座っていると、うつむいたまま言う。

 

 

「オグリキャップのスカウトですか」

「はい。模擬レースでぶっちぎりの成績を残したあいつは誰でも選べたはずなんです。でも新人で頼りなかった俺を選んでくれた……あの時は嬉しかったなあ」

 

 

 過去を思い出しているのだろう。涙をぬぐった彼は天井をあおぎながら言う。

 

 

「だから言ったんです。お前の未来を預かるからには、俺の全てを尽くして行けるところまで行かせてやる。大勢の人を幸せにできるような凄いウマ娘にしてやるって。オグリと一緒に夢を見たいという気持ちは変わっていません」

「できますよ。あなたとオグリキャップなら」

「……地方のライセンスの勉強しかしたことがなくても、ですか」

「試験対策なら俺が手伝います。ノートや問題集もあるし、どんな試験だったかも教えられる。焚きつけたんだから当然協力しますよ」

 

 

 そう言うと、彼は驚いたような顔をした。

 

 

「なぜそこまで……? ただでさえ大変なのに、負担が増えるだけでしょう」

「俺の夢は、みんなに夢を与えられるような最高のウマ娘を育てることです。あなたたちが同じ夢を叶えようとしている。なら力を貸すのに理由なんていりませんよ」

 

 

 そもそもターボがお世話になってる恩もありますし、と笑いながら付け加える。キラキラと輝くウマ娘を支えたくてトレーナーになったのだから、その手助けができるなら本望だ。

 

 オグリトレーナーはしばらくして頭をがしがしと掻いてから、肩を落として。達観したように天井を見上げた。

 

 

「一年でライセンスって相当無茶なことを言ってますよ……はぁぁ。そのところ分かってますか」

「未勝利で退学になったウマ娘を中央に戻すより難易度は低いですよ」

「それは前提がおかしいです。薄々思ってたんですけど、二人ともブレーキ壊れてませんか。せっかくの職業を捨てるなんて突っ走りすぎですよ」

 

 

 そうかな……確かにそうかもしれないけど、そもそもウマ娘のためのトレーナーだしなあ。悩んでいる俺を見て彼は呆れたようだったが、やがて諦めたように深くため息をついた。

 

 

「なんか乗せられてる気がするけど、それしかないか……けど早く合格しなかったら、オグリは現役じゃなくなるよな……?」

「最速で合格すれば、来年の有馬記念を過ぎた頃。シニア級くらいになりますね」

「あと、契約ってそんなに簡単に変えられるものなんですか」

「トレーナー同士が合意すれば一日でいけますね」

「……もし俺が中央ライセンス受けるって言ったら、頼んでもいいんですよね?」

「そういうことなら。レースの賞金とかそういうのはいりません。できる限り同じ方針でオグリキャップの育成に力を尽くします」

「至れり尽くせりじゃないですか」

 

 

 彼は変人を見るかのように俺を見たが、同時に心を決めたようだった。

 

 

「分かりました。オグリと話をするので、 その場に同席してもらえませんか」

「もちろん。二人は自主トレ中だから呼びにいきますか」

 

 

 ともかく全てはオグリキャップと彼が話し合ってからだ。オグリトレーナーは覚悟を決めて席を立ち、練習用コースにいるはずの二人を呼びにいくために扉を開けて。

 

 ……どんがらがっしゃん。

 

 開けた瞬間、向こう側に立っていた誰かがバランスを崩して次々にずっこけた。な、なんだ……!? 突然のことに驚かされたオグリトレーナーは、思わず手を引っ込めて足元に転がった人影を見る。

 

 

「え、オグリ!?」

「ターボ!?」

 

 廊下の方から折り重なるように部屋に転び入ってきたのは、今まさに話にあがっていたターボとオグリだ。体を大の字に広げてすっ転んだターボが下に敷かれながら「重いぃ〜〜」と、目をグルグル回しながらうめいた。オグリは、ターボの上にうつ伏せで乗ったままぼんやりと地面を見つめている。

 

 

「オグリお前、練習してたはずじゃないのか……?」

「トレーナー、私もいま決めたぞ」

「え、何を?」

「一緒に中央に行こう」

 

 

 座り込んだオグリキャップの真っ直ぐな視線を受けて、彼は固まった。突然そんなことを言われると思っていなかったのだ。そして仕方ないという風に息をつく。

 

 

「外で聞いていたのか。悪いやつだな」

「それは、すまない……話が聞こえて、部屋に入るタイミングを逃してしまったんだ」

「悪かったな。スカウトを受けてから心配をかけさせた」

 

 

 彼は申し訳なさそうな顔で、ウマ耳をぺたんと垂れさせたオグリキャップの頭に手を置いた。顔を上げたオグリはくすぐったそうに片目をつむり、頬を染めてトレーナーの手を心地よさそうに受け入れた。

 

 

「中央に行きたいか」

「ああ。最高の舞台に立ってみたい。だからトレーナーにも来てほしい」

「……しゃーないな。お前がそう言うなら、俺もやるしかないか」

「うん。一緒に走りたいから頑張ろう」

 

 

 彼らは数日間悩みに悩んでいたはずなのに、あっさりと決断した。今の二人に弱々しさや迷いはない。ライバルに塩を送ってしまったかもしれないと思ったが、これでいい。

 

 

「私からもお願いする。ツインターボのトレーナー。私のトレーナーが中央に来るまで、引き継いでくれないだろうか」

 

 

 オグリキャップは筋を通すべく、俺のほうを見上げて頼んできた。

 

 

「一応言っておくぞ。ターボがスカウトされるかどうかは、まだ分からない。もちろん中央の信頼できるトレーナーを紹介するくらいはできるだろうが……」

「いいや。ターボはレースで私に勝ったウマ娘だ。だから必ず中央に行く」

 

 

 ほぼ即答で断言した。まだスカウトを勝ち取れるか不安で一杯なのだが、オグリがあまりに真っ直ぐに言うものだから何も言い返せなくなった。そこまで言われたら、腹を決めるしかないか。

 

 

「わかった。ただ先に一つだけいいかな」

「うん」

「君の下で潰れてるターボを介抱させてほしいんだが……」

「あっ。す、すまない! そうだった!」

 

 

 オグリは慌ててその場をどいた。のしかかられたターボは「むぎゅう……っ」と言い、床で目を回したままだ。まあ上に乗られた程度でウマ娘が気絶するはずがない。見てみると案の定、トレーニングのしすぎが原因の大半だ。

 

 

「ターボ、燃料切れか?」

「ターボ、ねんりょーゼロ。げんかいだぁぁ〜〜」

「メニューを守るように言ってあったのに余分にトレーニングしたな。後でお説教だ。とりあえず回復するまで休め」

「うへぇ……お説教嫌いぃ……」

 

 

 真面目な話だったのに、しまらないな。

 

 

すっかり普段の雰囲気に戻ってしまったじゃないか。ひとまず放っておくわけにもいかないので、くたくたになったターボをソファに運んで寝かせる。振り返るとオグリキャップとトレーナーは言葉を交わして、決意を新たにしているところだった。

 

 

(これは責任重大だな)

 

 

 トレーナーとして役目が増えることになる。中央を去ったはずなのに、むしろやることは山積みだ。しかしウマ娘に頼られていると思うと無限に力が湧いてくる気がする。ターボと一緒に夢を追いかける選択は間違いではなかったと思うのだった。

 

 

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