「あーっ!! とれーなー! やっと戻ってきた!! おそいぞ!!」
理事長との面談を終えてトレーナー室に戻ってくる。トレーニングをやるからと言って待たされていたターボは退屈そうにソファに寝転んでいたところだったが、跳ねるように起きてむっと頬を膨らませた。
「うう……すまん、ターボ……」
「ありゃ。燃料切れか?」
ふらふらとおぼつかない足取りでソファに力果てて突っ伏すと、怒っていたターボも目を丸くした。それきり動かないところを見て慌てたのか、オロオロと視線を右往左往させる。
「なんでなんで!? どどどど、どうしよう。とれーなー倒れちゃった……!!」
「大丈夫……新入生のウマ娘に追いかけられただけだから」
「へっ。なんで……?」
「俺のところにスカウトしてくれって押しかけてきたんだよ」
「そうなのか!? とれーなー大人気じゃん!?」
目を丸くしたまま体を震わせ、口をあんぐりとあけてビックリしていた。
「皐月賞で俺の顔が広まっちゃったせいだよ。おかげで帰り道追い回されて、酷い目にあった」
「むむう、そっか。とれーなーはすごいからな。人気があるのもわかるぞ」
皐月賞の時にはテレビにも出たのでお茶の間に俺の顔が広まったのだ。どうも新人でありながらローカルウマ娘を皐月賞勝利に導いた名トレーナーということになっているらしく、その腕を求めて人が押し寄せてきたのだ。普通、ウマ娘側から積極的にスカウトを求められることはありえないんだが……
『トレーナーさん! 私を担当してくださいっ! 一生懸命頑張ります!!』
『それより私を! 地元の人からもすごく期待されてるんですよ!』
『え、ええっと。GⅠウマ娘を育てたトレーナーさんに見てもらいたいです……!』
どこで噂を聞きつけたのだろう。理事長とたづなさんに挨拶して部屋を出た途端、いろいろなウマ娘がこぞって押し寄せてきたのだ。三十人以上に囲まれて何事かとめちゃくちゃビビったが、全員スカウト希望だった。
しかし俺は二人の育成で手一杯。たづなさんや先輩に仕事を手伝ってもらっているような状態なので、新しくウマ娘を受け入れる余裕なんてない。
「うんうん。ターボをここまで育てたとれーなーだからな。やっとみんな実力を理解したんだな!」
「トレーナー選びはウマ娘にとって死活問題だからな。本当は何とかしてあげたいんだが、今回は受け入れられないな」
「うん……そうだよね」
ターボは感傷的な表情でうつむいた。どうしてそんな顔をするのかと一瞬思ったが、すぐに思い至る。スカウトの時期を逃したせいで、トレーナー選びで苦労した経験があるからな。このあたりは秋川理事長に何とかしてもらうほかないのだが、人材の絶対数の話なので、これも早々に解決できる問題ではない。
「ねーねーとれーなー。ターボは? ターボのことすごいぞって言ってるウマ娘はいた!?」
「いや。オグリの話ばかりだったな」
「そっかあ……いいなあ。オグリみたいにターボもGⅠ出たいなあ。勝ちたいなぁ」
自分も早く同じようになりたいと深く息をついた。GⅢだって一握りのウマ娘しかホルダーになれないのだけれど、オグリは別格だ。GⅠウマ娘が話題の中心になるのは毎年恒例のことだが、特にオグリは日本中を巻き込む大ブームになりかけている。メディアはどこもかしこもオグリの話題を掲載しているような状態で、もはや知らないウマ娘はいない。
「仕方ないさ。GⅢとGⅠじゃ世間の注目度も全く違うからな」
「とれーな〜〜ターボいつGⅠ出られる? オグリみたいにダービー出られないのか〜?」
「だめだな、シニア級は出走できないんだ。それに復帰はできたけど、かなり無茶を通してもらったんだぞ。次のレースもしばらく先になりそうだ」
「むむむっ。ターボもカッコよく勝ちたいのに……」
「焦らないでも、ちゃんと勝たせてやるさ。いましばらくの辛抱だ」
申し訳なく思ったが、こればかりは納得するしかない。今回のレースで未勝利ウマ娘の看板は返上したが、前例がないこともあって先のレース予定を立てられずにいた。特に秋川理事長からはGⅢ、GⅡ、GⅠと順番にレースに出てほしいと頼まれているので、GⅠ出走はまだ先の話になるだろう。
(まあ、すぐにGⅠ出走できないのは別に大きな問題じゃない。いまは実力を高めることに注力する時期だ)
夢に向かうための最短距離が俺には見えている。それは限られた出走チャンスの中で勝利を確実にすることだ。夏にも出られそうなGⅠはあるけれど、より確実に勝利するための礎を築くべきだろう。
しかしターボはというと、雑誌を手にしょんぼりウマ耳を垂れさせていた。ライバルがこれだけ持て囃されているのだ。やっぱり自分も有名になってみたいという思いがあるのだろう。
「そういえば、その雑誌にならターボの記事も載ってるんだぞ」
「ふーん……ん? ターボの記事って、えっ?」
「ああ。ほら。その雑誌の青い付箋が貼ってあるページだ」
「ターボ。ターボ載ってるの、マジで!?!?」
目を大きく見開いたあといちど表紙を見る。雑誌の上部分に『ターボ』と書かれた付箋が貼ってあるのを見つけたのだろう。そのページを慌ててめくり、しばらく睨みつけるように隅々観察して。そしてビックリ叫び声をあげた。
「ターボだ!!」
ギザギザに尖った歯が見えるくらい口を大きく開けて、雑誌を天井に持ち上げるように掲げた。
ターボがゴールした瞬間の写真がしっかり掲載されていた。誌面自体はそれほど大きい枠をもらえているわけではないが、『未勝利ウマ娘ツインターボ、GⅢ勝利!』の見出しで紹介されている。自分が載っていると知ったターボは、青白いウマ尻尾を嬉しそうにバタバタと大振りして大喜びした。
「とれーなー、ターボ出てた!! すごいすごいっ。本に出たの初めてだぞ!!」
「ああ。月刊トゥインクルに記事を載せてもらえたんだ。ウマ娘レースの専門誌、しかも全国誌に載ったんだぞ。やったな」
オグリは一気に駆け上がってしまったけれど、ターボは順当に有名になりはじめている印象だ。特に一般層にも知名度が高く中央のトレーナーでさえ頻繁に参考にするという『月刊トゥインクル』で取り扱ってもらえたのは、なかなか凄いことだ。
今回、トレーナーである俺のところに来たのは記事の掲載許可のみで直接の取材はなかったものの、これからは違ってくる。勝てば、ターボもどんどん有名になっていくだろう。
「ねえねえっ。じゃあ次のレース勝ったら、もっとでっかく書いてもらえるかな!?」
「ああ、でっかく書いてもらえるくらい頑張ろう」
「ターボもオグリくらい応援してもらえるウマ娘になるぞーーーっ!!」
気合を入れるように、握った拳を天井に向けて伸ばした。ターボと一緒にいると元気がもらえてとてもいい。気合いを分けてもらったところで、そろそろ仕事にかかるかと思っていると。ウマ耳をピコピコ動かしていたターボが、何かに気付いた様子で扉のほうに顔を向けた。
「とれーなー、お客さんみたいだぞ」
「お?」
その言葉の直後。ワンテンポ遅れて、ターボの言う通りトレーナー室の扉がノックされた。
まさか、さっき追いかけてきたウマ娘がここまで来たわけじゃないだろうな……。俺は来訪者を警戒したけれども、その心配が杞憂だとすぐにわかった。
ターボが扉を開けにいって、嬉しそうにぱっと顔を輝かせた。
「ネイチャ!!」
トレーナー室を訪れたのは、見知った仲のナイスネイチャだったからだ。彼女は控えめに頭を下げて挨拶をしてくれる。
「や、ターボ……トレーナーさんもお久しぶりです」
「ナイスネイチャ! 元気にしているみたいで何よりだよ!」
思わずソファから立ち上がって出迎えた。彼女のトレーナーとは電話で話したけれど、こうして本人と顔を合わせるのは中央トレセンを去ったあの日ぶりだ。さっそくソファに座るように促した。
「せっかく来てくれたんだ、さあ座って座って。お茶とにんじんジュース、どっちが好みだ?」
「いえいえ、そんなお気遣いしていただかなくてもっ!!」
「はいはいっ! にんじんジュース! ターボが注ぐね!」
「お、それじゃあ頼む」
率先して手を上げてくれたのでそのまま頼むことにした。俺が仕事で疲れている時に、ターボはこうして飲み物を用意してくれることがある。気がきいている。できたウマ娘だ。
ターボが冷蔵庫を探っている間、改めてナイスネイチャと対面する。彼女には色々とお世話になった。だから一番にお礼を伝えようと思ったが……どうも浮かない表情をしている。
(なんか様子が変だな……?)
前に会った時よりも、落ち込んでいるような感情が見え隠れしている。コップを持って戻ってきたターボは全く気づいていないようで、素早い動きで全員の前にコップを起き終えてから俺の隣にちょこんと座りなおして自分のぶんを一気飲み。「ぷはぁっ!」と気持ちのいい笑顔で飲み干した。どうやら相当喉が乾いていたみたいだ。
そしてネイチャはというと、やはり心ここにあらずという感じでコップさえ手に取らなかった。うーん……わざわざ部屋を訪ねてきてくれた理由も聞きたいし、とりあえず話をしてみるか。
「さて。本来なら二人でお礼にいくべきだったんだが、すまなかったな」
「い、いえそんな! 今すごくお忙しいというのは聞いていますし……!」
「いや、君には本当にお世話になった。あの助けがなかったら復帰の芽はなかったからな。改めて礼を言わせてほしい」
感謝の意を込めて深々と頭を下げる。隣で聞いていたターボが、ワンテンポ遅れて真似するように頭をさげた。返しきれないほどの恩を与えてもらったのだからこのくらいは当然だ。ネイチャは居心地悪そうに指で髪を弄っていたが、ふうっと息をついた。
「まさか半年で復帰するとは思ってなかったので、ホントびっくりしました。朝トレの時にターボとバッタリ。あのときは腰を抜かすかと思いました」
「ああ……それはほんとにそうだな。俺もまさかこんなことになると思わなかったよ」
「ふふ、これがターボの本気ね!」
ターボはちょっと調子に乗って胸を張ってドヤ顔した。暗い雰囲気だったネイチャもちょっとだけ苦笑いした。退学になったはずのウマ娘と敷地内でひょっこり出くわしたら、そりゃあビックリもするというものだ。
ちなみに復帰後、普通に登校したところ元クラスメートには飛び上がるほど驚かれたらしい。未勝利戦に勝てなければ退学というのは常識であり最初に授業で教える内容なので、何があったのか凄い剣幕で問い詰められたとか。それもネイチャがなんとか止めたらしいが、当日はさぞ大変だったことだろう。
「ほんと驚かせすぎ。しばらく連絡なかったから、こっちはものすごく心配してたのにさ」
「ウマホのこと忘れちゃうくらいたくさん走ってたんだもん」
「ほんと、ちょっと見ない間に成長しちゃってさ……」
「ふふん。あっ、ネイチャもすごい活躍だったな!! ターボね、レース走ってるの見てたぞ!!」
褒めて褒めてと子犬のようなオーラを全開にしていたターボは、今度はネイチャに迫った。テーブル越しに頭を撫でていたネイチャだが、自分のことに言及されたとたんに笑顔がこわばった。手を離して気まずそうに若干視線を下向かせる。それもターボはまったく気づいていない様子で、楽しげに話を弾ませた。
「この前のクリスマスね! 一番凄いGⅠのレースに出てたネイチャを、みんなで応援してたんだ!」
「有馬記念ね。あはは。格好悪いとこ見られちゃったなー……」
「えー!? そんなことないもん! ネイチャ凄かったぞ! とれーなーだって褒めてたぞっ! ねっ、とれーなー!?」
「ああ。クラシック級のウマ娘が、あの面子の中で三着を取るなんて大健闘だ」
もともとナイスネイチャを応援している俺だが、忖度なしに断言することができた。仮に無関係の百人に聞いたとしても全員が同じように認めるだろう。ファン投票で選ばれる時点で中央のエリートと呼んで差し支えないが、魔境と呼ばれている今年度の長距離シニア覇者達相手に三着をもぎ取ったのだ。これで認められなければ、何で認められるというのか。
誰が聞いても誇っていい結果だが、握り拳は納得していないことを示すように震えていた。そしてようやくターボも変化に気付いたのだろう。笑顔で次々に褒めちぎるような言葉を並べていたけれど、途中で止まった。
僅かな間、沈黙が落ちる。三人の間に気まずい空気が流れた。
「わざわざここまで来てくれたんだ。何か話したいことがあったんじゃないか」
「えっ……いえそんな」
「できることがあるなら、俺は全力で君の力になるぞ」
「まあ、一応、その。ちょっとは考えてたことはありますけど」
ネイチャは意表をつかれたような表情を浮かべて、何かを言いかけた。しかし結局首を横に振って自分から否定する。
「……いえ、今のは聞かなかったことにしてください。なんでもないんです。よそのトレーナーさんに迷惑かけられませんし」
「それを言うなら、君は自分が大変な時期によそのウマ娘を助けたじゃないか」
「そうだぞ! ネイチャがいなかったら、ターボは大変なままだったんだからな!!」
ターボも前のめりになって、すでに協力することを心に決めたかのように迫った。迷惑だなんて思わないし、受けた恩を思えばいくらでも力になりたい。二人ともそう思っていた。
「何かあるなら聞かせてくれないか」
ナイスネイチャはしばらく黙り込んでいたが、心を決めたのだろう。絞り出すように話してくれた。
「私の今までの戦績。トレーナーさんはご存じですよね」
「ああ。クラシック世代でトップクラスの実力者だと思っているよ」
「あはは……でもGⅠには一度も勝ててないんです」
冗談めかすように笑っていたけれど、無理して笑っているのは一目瞭然だった。
「俺はローカルにいたから、あまり詳しく見れてないんだが。去年はトウカイテイオーが強かったと聞いているよ」
「はい。クラシック三冠では一度も勝てませんでした……って、アタシは普通のウマ娘ですから、仕方ないんですけどね。あははは」
冗談めかして言ったが、落ち込んでいるのはそれが原因だとすぐにわかった。
トウカイテイオーといえばターボとネイチャの同期のウマ娘。レース界の歴史の中でも片手で数えられるほどしか成していない『クラシック三冠』を達成していることで有名だ。つまり、現在オグリが挑んでいる夢の先駆者でもある。
ナイスネイチャは、全てのGⅠレースで彼女やシニア級のウマ娘に敗北している。頂点に立つウマ娘達に常に食い下がった実力は誰もが認めるところだが、しかし一方で自身が頂点に届いていないという現実も変わらない。
頼み事というのは、おそらくそれだ。なんて言おうか考えていると、ターボは腕を組んで首をかしげた。
「テイオー? んー、なんか聞いたことあるぞ……だれだっけ?」
「トウカイテイオー。あのシンボリルドルフから目をかけられている、ターボの同期で最強と言われていたウマ娘だよ」
「ええっ!? 最強はターボっ。ターボだぞ!?」
「世間でそう言われてるって話だ。それにターボはまだGⅠに勝ってないから、これからだろう」
最強を目指しているターボはショックを受けたような表情を浮かべたが、すぐに仕方ないと受け入れた。そのあと羨ましそうに唸り声を出す。
「ん〜〜〜いいなぁ。やっぱりターボも三冠取りたいぞ……ってことはネイチャも、そのテイオーってやつに勝ちたいんだな」
「え、あ。でもそれは……」
「だったら大丈夫だ! 諦めなければいいんだ。諦めなければぜったい勝てるからなっ!!」
ターボは胸を張って自信ありげに言い切った。かなりの暴論に聞こえるが、一度は夢を諦めかけたツインターボを中央に舞い戻らせた原動力だ。偉業を成し遂げたターボにとっては勢いだけの言葉ではない。
「……努力しても勝てなかったら、どうすればいい?」
しかしネイチャは顔を上げない。拳を握りしめて自分の両脚を恨めしげに見下ろした。こういう表情のウマ娘を俺は何度か見たことがある。未勝利戦に負け続けて自分の限界を知ってしまったウマ娘たちと同じ顔だ。
「今までできることは全部やってきたし、レースだって万全の状態で挑んだの。でも何度もGⅠ走っても、遠かった。自分じゃどうすることもできない壁はあるんだよ。ツインターボ」
「そんなことない! ネイチャは強いぞ!!」
「ううん。夢を叶えるためには才能と努力と運が必要って言うけどさ、アタシには勝つために必要なものが欠けているって分かったの」
そうこぼしたネイチャの顔を見たターボは、諦めてほしくないという想いを表に出しながら勢いよく立ち上がった。
「今日までそうだったかもしれないけどっ! 次は勝てるかもしれないじゃん!!」
「分かってる。でも、やれることは全部やって、もう何も思いつかなくて。これ以上どうすればいいのか分からなくなっちゃったんだ」
俯いたまま拳を握りこむネイチャ。しかしターボはギザギザの歯を噛み締めたまま、認めないと言わんばかりに唸った。俺はハラハラしながら二人のやりとりの様子を見守るほかになかった。
「っ〜〜そんなの知らないもん! だってネイチャもターボくらい凄いウマ娘なんだから、諦めなければぜったい夢は叶えられるよっ!!」
「……だから、ここに来たんだよ」
「へっ?」
突然、場の空気が変わったことでターボは目を丸くして固まった。ネイチャは特に声色を変えることもなく、うつむいたまま淡々と続ける。
「アタシね、ターボが羨ましくてここに来ちゃったんだ。実はこの間のレース、トレーナーさんに頼んで現地まで連れていってもらったの」
「えっ、わざわざ福島まで……!?」
「そうだったのか!! でもターボ、ネイチャと会ってないぞ?」
思わず驚いた。まさかネイチャが現地入りしていたなんて知らなかった。
中山や東京レース場ならともかく、福島まで遠征するのはよほど熱心なファンでなければなかなかない。ライバルの研究ということなら分からない話ではない。しかし友達の応援が理由なら大袈裟だし、現地で会っていないのも変だ。どういうことだろう。
すると俺が不思議に思っていることを察してか、ネイチャは顔を上げて疲れたように笑った。
「あはは……本当は親友の晴れ舞台だから、行ってびっくりさせたかっただけなんです」
「サプライズってことか」
「はい。でも、ターボの走りを見て、それを忘れてしまっていました」
「なんで!? せっかく勝ったところだったのに、ネイチャと話したかった〜〜!!」
ターボは軽い駄々っ子になってネイチャに説明を求めた。しかし俺は彼女が何も言わなくても、何を思ってここに来たのかが分かった。
「一年前。ターボは詰んだも同然の状態だった」
「えっ」
突然そんなことを言った俺をターボはびっくりしたように見てきた。しかしネイチャは黙ってうつむいたまま、静かに聞いている。
「あの時は誰が見ても絶望的だったと思うよ。それでも後先考えずに突っ走ると、その先には必ず幸運の女神がいた。おかげで復帰してGⅢタイトルのホルダーになった」
「…………」
「君は、君自身が壁を超えるためにツインターボに会いに来た。そういうことだな」
「……その通りです」
ナイスネイチャは頷いた。
「GⅠに勝つために必要なものを今のターボは持っています。それが何なのか、アタシは知りたい」
あえて言葉にするなら、ナイスネイチャは奇跡を起こす力を求めている。
世間的に見れば優秀でも、中央トレセン基準で見れば平凡なウマ娘だったツインターボ。そんなターボが起こした奇跡の中に、同じく平凡なウマ娘である彼女が必要としている『何か』が存在している。
「ふふ、仕方ないな〜、ネイチャにもターボのすっごい大逃げを伝授してやる!」
「そういうことじゃないと思うぞ」
「ええっ!? 違うのかっ!?」
わかりやすくショックをうけていたので少し笑ってしまった。ナイスネイチャも表情が固かったけれど、この時ばかりは若干苦笑いした。
それから俺は少し考えて、ネイチャに向かい合いながら言った。
「君の求めている答えを俺は持っていない。だがターボを育成している身として力になれることはあると思う。トラウマの克服訓練やフォームの構築、基礎練習に模擬レース。今までターボがやってきたことは全部伝えられる」
彼女になら全てを伝えることができる。悩めるウマ娘を導くのがトレーナーの役割だ。
「どれが君の求めているものか俺には分からないし、君をどうやって勝たせればいいかも分からない。だが答えを探す手伝いはできると思うんだ」
「はい。
「それならちょうどこれからトレーニングに向かうところだ。君さえ良ければ一緒に走ってもらってもいいぞ」
「いいんですか?」
「もちろん。まあ、本来こっちがお願いする立場だけどな」
「ふふ。ネイチャに進化したターボの全力を見せてやる!」
ナイスネイチャは突然の提案に驚いたように俺を見た。俺は隣に座ったターボの頭に手を置いた。ターボはドヤ顔しながら、ソファの後ろでウマ尻尾をパタパタと振った。
ナイスネイチャは考え込んだ。結論を出すまであまり時間はかからなかった。走る前から得意げなツインターボと、その横に座った俺を順番に見たあと。改めてしっかりと頭を下げて頼んできたのだった。
「ターボ、ツインターボのトレーナーさん。よろしくお願いしますっ」