生涯一度しか挑戦できないクラシック三冠レース、日本ダービーの当日。
新たなウマ娘界のスターを一目見ようと、東京レース場に多くのファンが押し寄せた。例年よりも大きな盛り上がりを見せている。会場は芦毛のウマ娘の猛々しい疾走に目を奪われていた。今日、この世界に新しい伝説が刻まれようとしていた。
『先頭を争うのは8番ナリタタイセイ、17番ブレイジングレッド。15番オグリキャップ先団で様子を見る。4番手にはマチカネタンホイザ、慎重にペースを保っています』
『かなりハイペースですね。誰が最初に勝負を仕掛けるのか』
セーラー服調の白い勝負服をまとったオグリキャップは視線を道の遥か先へと向けて、低い姿勢で疾走している。今日出走するすべてのウマ娘が彼女を意識して動いていた。
これほどにウマ娘達に意識されているのは、これがクラシック三冠という称号を賭けたレースであるためだ。
近年は現役を退いた日本総大将スペシャルウィークがクラシック二冠達成。昨年度は無敗三冠のトウカイテイオーが誕生した。そして今年デビューを飾った芦毛のウマ娘・オグリキャップが、それに続こうとしている。
紛れもなく彼女はクラシック級最強のウマ娘であり、それを止めようとする流れは当然であった。
「うがぁぁーーっ!! 頑張れぇーーターボを燃やせぇーーーっ!!」
「いけるぞっ!! 勝てば二冠ウマ娘だ、焦るなっ、まだチャンスを待てっ……!!」
「日本ダービーに勝って、最高にカッコいいところを俺に見せてくれぇーーっ!!」
観客席には新旧揃って俺たち──オグリキャップのトレーナーがめいっぱいの声援を送っていた。彼は普段から被っている野球帽を外して握りしめ、手に汗握って行方を見守っている。ライバルであるツインターボも俺の隣で、まるで自分のことのように気合いたっぷりでライバルを激励した。
しかし前回の皐月賞と違って周囲から完全にマークされている状況で、かなり厳しい。レースに参戦しているほかのウマ娘はオグリキャップの威圧するような空気に呑まれているが、冷や汗を流しつつも虎視眈々と一着を狙っている。オグリがどう出るかを読んで、前をブロックしにきているウマ娘がいて、いつものようなレースができない。これは専用の対策だ。オグリはかすかに表情を曇らせた。
だが大丈夫だ。この程度の逆境、オグリキャップなら跳ね除ける。
『残り800メートル……おっと、ここで動いたぞオグリキャップ! 低重心姿勢でスパートをかけたッ……!! 先頭ににじり寄る! ジリジリと順位を伸ばしたマヤノペトリュース、そしてマチカネタンホイザが後に続きます』
先頭を争っていたウマ娘が、ぞっとした様子で視線を振り向かせた。
瞬間、恐怖に染まる。
それまで虎視眈々と機会を伺っていたオグリキャップの影がかった顔面に、鬼が宿っていた。周辺にいたウマ娘が恐怖を感じて息を呑んだ刹那。フッとオグリの姿がブレて視界から姿を消す。
「っ!? うそ、どこにっ──」
動揺した一人が叫びかけたとき、彼女の髪を逆方向の風が散らした。
まさかと思い背後に向けていた視線を前に戻すと、灰色の芦毛の残滓があった。自分の目線よりも低い位置に長髪がなびいて、気付いた時には前へと過ぎ去っている。動揺して気をやってしまった一瞬で抜き去られたのだ。
皐月賞でも見せた超低姿勢の
『速い! 速いぞオグリキャップ! 最後の直線入って残り500メートル、先行した二人を一気にかわして一番手に躍り出るッ!! とんでもない加速力だ! しかし後続マヤノペトリュース、マチカネタンホイザも負けていない!! ペースを落としていくウマ娘の逆転は厳しいか!?』
追いかけなければ。誰もがそう思っていただろうが、食い下がりを成せたウマ娘はたったの二人しかいなかった。
「っ……もうっ、限界……」
「む、むりぃぃ〜〜っ!!」
最後の最後で逆に脚を鈍らせて減速する者が続出した。ローカル出身で長距離の経験が少ないと読んだ彼女たちは策に嵌めたつもりだったが、その逆に、強靭なスタミナとスピードを有するオグリの戦略によってスタミナを削り切られたのだ。
残ったのは2名。マヤノペトリュースとマチカネタンホイザは絶対に緩めないという気概を表情に滲ませながら、先を往くオグリの背中に命を燃やして手を伸ばす。先頭の三人のウマ娘がダービーの冠を獲ろうと迫った。決着まで、残り十秒。
「いけっ、いけえええっっ!!!!」
「あとちょっとだぞ、がんばれオグリいいいいっ!!」
「オグリ!! ターボエンジン全開だぁーーーーっ!!」
めいっぱいの声援を受ける彼女達の中、オグリキャップのウマ耳が反応したことに気付いたのはほんの僅かな人間のみだった。
見ていてくれと。
そう言わんばかりに、ターフを踏み込み──突き放す。
まるで夜空を走る流星のような刹那の加速で、歯を食いしばり、前だけを見ながら自分の限界を更に超えて加速する。死力を尽くして灰色の怪物に追走するウマ娘二人さえも、届かない──届かないままにゴールラインを過ぎた。
『速い、速すぎる! 無敗の三冠ウマ娘の再来成るかオグリキャップ! そしてオグリキャップが──今先頭でゴールインッ!』
三人のうちオグリキャップが最も早く、最後のゴールラインに至った。
次の瞬間に湧き上がってきたのは歓喜だ。感動で心が打ち震えた。最も彼女を応援していたオグリトレーナーは唖然と口を大きく開けたまま固まった。ターボは観客席から響いた大歓声を、鋭敏なウマ耳で丸ごと受けたショックで尻尾の毛を逆立てた。
『見事勝利したのはオグリキャップだ! やった! 皐月賞に続いて、栄光のダービー制覇が成りました!! 』
『トウカイテイオーに続く年に、二冠ウマ娘の誕生。これはもう偉業ですよ。2着のマヤノペトリュース、3着マチカネタンホイザにも多くのファンの拍手が送られています』
ファン達は声を張り上げて新たな二冠ウマ娘の栄誉を讃え、オグリは皐月賞の時のように片手を上げて勝利を示した。この日、一人のウマ娘が歴史に名を刻んだのだ。
そしてオグリの後ろに立っている後続の二人。荒く息をつきながら悔しげに立ち尽くしているウマ娘と、汗を流しつつも情けなく笑う帽子のウマ娘。ギリギリまで迫った二人にも惜しみない拍手と声援が送られた。
こうして、歴史に残る名勝負となった日本ダービーが幕を降ろした。
日本ダービーの記者会見が始まった。
トゥインクルシリーズのGⅠは、日本中から注目される一大イベントだ。そのダービーに勝ったことで、オグリキャップとトレーナーの俺は生中継のインタビューを受けることとなった。二度言うが、やり直しのきかない生中継だ。卓越しにはありえない量のカメラが絶え間なくフラッシュを焚いて、百人ほどの記者がずらりと整列して会見が始まるのを待っている。
(マジで勘弁してくれ……いやっ、ダービーに勝ったのは嬉しいけど……!!)
俺は目の前に設置されている大量のマイクの前でガチガチに固まっていた。自分の声が全国に配信されているかと思うだけで、嫌な汗が背中を伝うのがわかる。ストレスで胃が溶けそうだ。勝負服姿のままのオグリが淡々とした表情で動じずにいてくれるのが唯一の救いである。トレーナーとしては情けない限りだが……。
会見が始まると、まず最初に記者が手をあげて、オグリ本人に質問した。
「オグリキャップさん、まずはダービー制覇おめでとうございます。今のお気持ちはいかがですか」
「そうだな……皆、とても強かった。そんな中で勝つことができてとても嬉しく思っている」
俺は質問されていないのに手汗が止まらないのだが、オグリはやはり自然体で普通に答えをかえした。この注目度の中で普段通りとは、すごいよほんとに。
「レースを振り返ってみていかがでしょうか」
「今までの中でも特にいい走りができたと思う。最後は危なかったが、なんとかやりきることができた」
「この中継を見ているファンに何かコメントを頂けないでしょうか」
「みんなのおかげで、今日のレースに出走することができた。本当に感謝している。お母さんとトレーナー、カサマツのみんな。私を支えてくれた人には、改めて礼を言わせてほしい」
オグリはその後も無難に質問をこなしていく。幸いにもトレーナーが答えるところはなく、俺の出番はなかなかこなかった。
ローカルウマ娘ということで不安もあったけれども、それ以上に三冠への期待が大きかったらしい。世間はオグリキャップの登場にきわめて好意的だった。これならば変な質問はこないだろうと密かに安心していると、次の記者に質問が回っていく。
「オグリキャップさんに質問です。トレーナーはまだ若く、新人の方ということですが。彼を選ばれた理由をお聞かせ願えないでしょうか」
……安心してたら、突然きたよ。
俺は思わずテーブル下の手をギュッときつく握りしめてしまう。会見の会場に緊張感が漂った。
皐月賞のあとに出版されたオグリキャップ特集の中に、担当トレーナーについて触れた記事が多くあった。オグリに対しては好意的だったが、そのトレーナーである俺のほうはあまり肯定的ではなかった。
俺はエリートでもなければ経歴も普通。地方トレセン所属のオグリトレーナーとの関係をほのめかしていることもあって、不安視するような声が多くあがっていた。つまりオグリの才能を引き出せる指導者かどうかという点は不安に思われてしまっていたのだ。勝った以上は堂々としているべきなのだが……それに対してオグリは淡々と言った。
「トレーナーを選んだ理由は、夢を叶えるために私を支えてくれると約束してくれたからだ」
「不安はなかったのですか? オグリさんなら、実績のあるトレーナーのスカウトも受けられたのではないですか」
「実績なら私が勝ったじゃないか」
オグリは心底不思議そうに真顔で首をかしげた。さらりと流されたことで質問した記者は苦虫を噛んだような顔をして、他の何人かの記者はオグリを感心したように見た。
しかし「ではトレーナーさんのほうはどうでしょうか」と、俺にパスが飛んできた。嫌な流れだが、幸いここは想定していた質問だ。汗ばんだ手でマイクを握ってオグリから場を引き継いだ。
「担当トレーナーとしてお答えさせていただきます。確かに私は新人トレーナーですが、オグリの夢と情熱を聞き、夢を叶えることを約束して担当を引き受けました。仰る通り経験や実績は重要ですが、トレーナーとしては信頼こそが何よりも大切だと考えています」
「地方所属の元トレーナーとの関係性についてお聞かせ願えませんか」
「以前お話しした通り、彼のおかげで今の実力を身につけたものと認識しています。とはいえ現在は私がトレーナーなので、引き続き目標に向かって全力で取り組む覚悟です」
答えている間も終始ドキドキしっぱなしで、声が震えていないか不安だった。しかし噛まずに言い終えることができた。質問した相手は不満げだったものの渋々と席に座る。よかった、ひとまず無事に乗り切れたらしい。
「東京レース新聞です。オグリさん、次の目標について聞かせてください。宣言通り次は菊花賞ということでよろしいでしょうか」
「ああ。目標の一つはクラシック三冠の達成だから、次は菊花賞を目指す」
「目標の一つ……? 他にも目標とされているものがあるのですか?」
「ああ。もう一つある。私には目標としているウマ娘がいるんだ」
淡々と宣言したオグリの前に、いくつもの太陽が明滅しているかのような量のフラッシュが焚かれ、どよめきが広まった。
「それはライバル視しているウマ娘がいる、ということでよろしいでしょうか!?」
「ああ、その通りだ」
同期の中では頭一つ以上抜けているオグリキャップがライバル視している相手がいる。一体誰なのかと会場がいっせいに色めいた。……隣で聞いていた俺もビビった。え。なんだそれ、聞いてないぞ。
「それはどなたですか!?」
「約束があるから今はまだ言えない。でも、このトゥインクルシリーズで戦うことになるはずだ。その時はぜひ応援してほしい」
そう言ってオグリは言葉を締めくくり、結局会見の最後になっても相手の名前を言わなかった。
世間はオグリキャップにクラシック三冠を達成してほしいと思っている。今まで特定の名前を出さなかったオグリが唯一意識している相手がいるという。菊花賞の出走を明言してほしかったメディアにとっては、ぼた餅のような大ニュースだ。会見を終えると一刻も早く記事にするために、記者たちは我先にと会場を出ていった。
日本ダービーを終えたその翌日になって、トレーナー室にオグリとターボを集めた。
俺はソファに腰掛けながら、今日発刊されたばかりの新聞を険しい表情で眺めていた。広げた誌面を横から二人が覗いているような形だ。
『オグリキャップ、無敗の三冠ウマ娘・トウカイテイオーにライバル宣言か!?』
俺は唸りながら「そうなるよなあ……」と頭を抱えて、オグリは首をかしげていた。しばらく悩ましげな表情で記事を見ていたターボだが、途中で大変びっくりした様子でのけぞった。
「ええっ!? オグリってトレセンにもライバルいたの!?」
「ライバルは一人しかいないぞ。私はターボのことを言ったんだ」
「だよね!? でも変だぞ。だってここにはトウカイテイオーって書いてある! んん、ターボの名前を間違えたのかな……?」
「いや、まあ。そりゃあの場であんな宣言したらこうなるわ」
状況を分かっていない担当ウマ娘二人を前にため息をついた。
新星オグリキャップがライバル視している相手は誰なのかと聞かれて、ターボの名前をあげるのは、この世で俺とナイスネイチャくらいだろう。俺が二人のトレーナーだと知っていれば名前があがったかもしれないが、それよりもクラシック三冠を先に達成したトウカイテイオーのほうを想像するのは当然だ。
先の発言はメディア的にも相当受けがよかったようで、ほかの新聞記事の見出しにも『無敗の三冠ウマ娘』や『トウカイテイオー』の文字がいくつも載っている事態となった。俺は
「ずるいずるいー!! オグリのライバルはテイオーってやつじゃないのに!!」
真相とは異なる内容ばかりなのが嫌だったようで、ターボは嘆くようにじたばたと地団駄を踏んだ。この事態にオグリは責任を感じているのか俺に尋ねてくる。
「トレーナー、どうにか訂正できないのだろうか」
「無理だな。ここまで過熱したら、いまさらターボのことだと言っても話がややこしくなるだけだ……まあ、いいか。肝心なのはオグリ本人がどう思っているかだしな」
「うー……でも、ターボも新聞にのりたかった」
自分ではない誰かの名前がかわりに載っていることに不満そうだった。しかし逆に考えれば、テイオーと誤解してくれてよかったかもしれない。あのインタビューの場で、GⅢに勝ったとはいえ、まだ未勝利ウマ娘としての看板を返上しきれていないターボの名前を出していたとしたら悪目立ちしていたはずだ。会見前に、万一の場合でもターボの名前を伏せるようにと言い聞かせたのは正解だった。
「みんなから注目されるなら自分の力のほうがいい。自分の脚でゴールして、勝ったんだぞって自慢できるほうがいいだろう」
「……おお、そっか! そうだね、とれーなーの言う通りだ!」
ターボはころっと手のひらを返した。新聞から手を離して髪を撫でると、ターボは心地よさそうに目をつむって頭を差し出した。頭を撫でられるのがすっかり好きになったようだ。
「今騒がれてなくても、どうせ次のレースで有名になるだろうしな」
「ほえ? なんかあったっけ?」
「皐月賞とダービーで俺の顔がずいぶん世間に認知されたからな。今後は未勝利戦だろうがなんだろうが、俺がレースに出たら多分記事になる」
「次のレースでターボも有名になれるのか!?」
「ああ。だから勝たなくちゃな。ライバルにふさわしいウマ娘だって証明していこう」
自分も注目されるようになる。確約されるとやる気がムンムンと湧いてきたようで、ターボは飛び跳ねるようにソファから立ち上がって叫んだ。
「よーーーしっ。一着取れるようにトレーニングだぁっ!!」
「いやターボ、今日はお客さんが来るから待っているという話だろう」
「ええーー!!? ターボ早く勝ちたいのに!」
やる気を出した瞬間ストップがかかって、わかりやすく不満声をあげた。ターボ全開でトレーニングさせてやりたいのは山々なのだが、来客があるのでそういうわけにもいかない。
ターボとオグリをトレーナー室で待たせて少ししてから、扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します、お待たせしました」
入ってきたのは今日のミーティングのために呼んだネイチャのトレーナーと、彼の担当であるナイスネイチャ
「こんにちは、トレーナーさん。ターボ。オグリ先輩もどもです……おっ、ターボ。どしたのさ」
「ネイチャ〜〜ターボも早くGⅠ勝ちたいぞ〜〜〜」
「あー……なるほどね。アタシに言われてもなぁ」
GⅠに勝ち切れない故に、たびたびここに相談に来ているネイチャは苦笑いした。そうしているともう一人。一緒に入ってきたもうウマ娘が前に出て、ターボを見ながら眼鏡を指で持ち上げた。
「あなたがツインターボさんですね。お噂はかねがね伺っています」
「……だれだ? ネイチャの知り合い?」
ターボやオグリとは完全に初対面。俺も話に聞いていたが、直接会うのはこれが初めてだ。ナイスネイチャが手の仕草で彼女を仲間だと示した。
「そ。ターボとオグリ先輩は初対面だよね」
「イクノディクタスです。ネイチャさんと同じトレーナーのもと指導を受けています。どうぞよろしく」
「なるほど。オグリキャップだ、よろしく頼む」
「ツインターボだぞっ!」
特徴的な丸眼鏡から手を外して二人に小さく頭を下げた。イクノディクタスは栗色の毛並みを綺麗に切り揃えているのが特徴的なウマ娘だ。事前に聞いていた情報を俺が二人に伝える。
「二人とも。イクノディクタスは今年で現役四年目のウマ娘だ。ナイスネイチャと同じトレーナーで、今日から一緒にトレーニングに加わってもらおうと思っている」
「あ! ターボ知ってるぞ! ずっと走ってるってことは、すっごく強いウマ娘なんだよね!!」
「恐縮です」
「ああ、勿論だ。現役の先輩の走りを見て二人も参考にしてほしい」
イクノは知的さを感じさせる瞳を閉じて、礼儀正しさを感じさせる綺麗な所作で頭を下げた。
「それじゃあ全員集まったから、8月の夏合宿についての話をしようか」
「へっ」
「夏合宿とは何のことだ、トレーナー?」
ターボはそういう文化があることをすっかり忘れているようで、オグリはそもそも中央トレセン学園が初めてなので二人揃ってポカンとした表情を晒した。一方でほかの二人は事前に聞かされていたのか、特に大きな反応はなかった。
「そういえば説明したことがなかったな。中央トレセン学園では毎年、夏休みの期間に旅館なんかを貸し切って強化合宿をやるのが恒例行事なんだ」
「今回は私たちのグループで合同合宿を行おうという話になりまして。今日はその顔合わせです」
オグリはネイチャのトレーナーの説明を聞いてなるほど、そんなものがあるのかと頷いた。一方でターボはそういう行事があったことを思い出したのだろう。自分も参加できると聞いてみるみる表情を明るくした。
「ってことはさ、とれーなー! 今年はターボもみんなと一緒に海行けるのか!?」
「ああ。ターボは夏合宿、これが初めてだったな」
「うんっ!! ターボ旅行大好き! 去年は行き逃しちゃったからな。今年はたっぷり楽しむぞっ!!」
ニコニコと喜ぶターボを見ていると俺まで嬉しくなってくる。ナイスネイチャとイクノディクタスは経験者故か、それともターボの事情を知っているためか。揃って心躍らせる俺の担当二人を暖かく見守っていた。
「いつからいくの!? ひょっとして今日から!?」
「いやいやぶっ飛ばしすぎだ。何の用意もしてないだろう。ナイスネイチャの宝塚記念と、ターボの七夕賞が終わったらスタートだよ。期間は8月末まで確保してある」
「そんなに長いのか。事前に用意しておくものが多そうだな……」
「基本的なものはトレセン学園から支給されるし、予算もかなり融通が効くから、着替え以外は心配しなくていい」
中央トレセン学園の夏合宿は一ヶ月以上の長丁場になる。研鑽に集中するために生活に必要になりそうな物品は全て用意されている。このグループはGⅢ以上に勝ったウマ娘が四人も揃っているので予算も心配ない。相当な経費を使うことができることになっている。
「というわけでこの合宿ではこの四人が仲間だ。みんな構わないか?」
「チームだな!!」
「そういうことだ。そして目標達成のためには協力し合うことが必要になる。そこでみんなの今の段階での目標を聞かせてほしい」
実力派の四人が揃ったこのチームとして動いていくことになる。まずはお互いを知るために促すと、食い気味にターボが手を上げて「はいはい!!」と身を乗り出した。
「ターボは順番にレースに勝って、秋の天皇賞でまっくいーんに勝つぞっ!!」
「イクノディクタスです。最後まで故障なく走り続けることが目標です。どうぞよろしくお願いします」
「アタシは次こそGⅠに勝つ。宝塚に勝って、今年こそ有馬記念で一着を取る」
「菊花賞に勝って、最強のクラシック三冠ウマ娘になる」
イクノディクタスが自分の胸元に手を置いて、ネイチャは固く拳を握りしめる。オグリは背筋を正して迷いなく言い切った。それぞれ胸に秘めている想いは大きい。
ウマ娘は、高め合うライバルがいることで遥かに強く成長することができる。この場に目標に向かって全力を尽くせるウマ娘が四人集まった。
それぞれの夢を叶えるために。
ツインターボ世代におけるシニア級最後の夏合宿が幕を開けるのだった。