【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第26話 夏合宿

 

 

 ツインターボ二度目のトゥインクルシリーズ出走は、福島レース場で行われるGⅢ七夕賞だ。

 

 4月以来となったこの遠征は、ジリジリと陽が人々の肌を焼く炎天下の真夏日だ。立っているだけで肌から汗が滲んでくる。それだというのに、パドックの前にやってきた俺たちはひどく注目を集めて人混みがさらに厚くなった。自然体で舞台を見上げていたオグリキャップは、途中から不思議そうに周囲を見回した。

 

 

「トレーナー、なんだかやけに見られているような気がするんだが」

「そりゃあそうだ。お前は時のGⅠウマ娘だからな」

「今日は走らないぞ?」

「前の旅行でもそうだっただろう。走らない時でも、これからはずっとファンに見られていると思った方がいい」

 

 

 背後でファンが『どうして福島にオグリキャップがいるんだ』とざわついていた。次のレースが菊花賞だということは誰もが知るところなので、不思議に思われたのだろう。オグリは言われて「なるほど」と頷いた。

 

 中には勘のいいファンもいて、「あの人、オグリキャップのトレーナーだ」「他にも担当ウマ娘がいるんじゃないか?」なんて言っているのが聞こえた。実は俺が二人のウマ娘を担当していることは、あまり知られていないのだ。ファンの中にメモ帳とカメラを胸に下げているメディア業界の人物も混ざっている。今日のこのレースは、後で必ず記事になるだろう。

 

 レースの後に、普通のGⅢではありえない山のような取材を受けることを覚悟しつつも、まあ生中継じゃないだけマシかと。お披露目が始まった舞台に視線を向けた。半円状に作られたパドックの壇上に一人ずつ、カーテンの裏から今日の出走ウマ娘が登場するところだ。

 

 トレセン学園の赤色のジャージとゼッケンをつけたウマ娘が順番に観客にバ体を披露する。そんな今日の出走ウマ娘達を観察して、分析する。

 

 

(GⅢだけあって、強いな。仕上がっているウマ娘ばかりだ)

 

 

 今まで見てきた未勝利戦は、どの子も絶不調が当たり前。酷い時には「この子を走らせて大丈夫なのか?」と思うくらいボロボロな子を見たこともある。やはりGⅢまで登ってくる子は、トレセン学園の中でも選び抜かれた精鋭だけあってランクが違う。

 

 とはいえアピールで性格の違いが大きく出ていた。たとえばやる気に満ち溢れて満面の笑みを浮かべて『自分を見ろ』とばかりに自信満々にアピールしていたり、クールな表情を保っていたりと、さまざまだ。ウマ娘の性格はデータには出てこない部分なので、気付いたことを頭の片隅にメモしながら、ターボの出番を待った。

 

 

『8枠16番、ツインターボ』

 

 

 順番がやってきた。いよいよツインターボが舞台にあがる。堂々とした足取りで姿を見せたターボは中央に立ち、拳を腰にあてがって堂々と胸を張った。そして大観衆の中でもギザギザの歯を見せてニヤリと笑う。

 

 観客たちは感心したような声をあげた。トレセン学園の体操服にゼッケンという他と変わらない格好をして出てきたのに、他のウマ娘よりも人目を惹きつけた。その不遜な態度や、特徴的な鮮やかな青い毛並みとオッドアイはもちろんのこと。ファンを驚かせたのはその仕上がりだ。

 

 

「トレーナー、これは……」

「ああ。想像以上に調子がよさそうだ」

 

 

 道中一緒にここまでやってきたオグリでさえ少し驚いたように刮目している。俺も正直、驚いていた。人見知り気味なターボがこの様子なのは、まさしく絶好調の証だ。舞台下から見ていると、ファンに向けて不敵な笑みを浮かべていたターボとばっちり視線が合った。

 

 すると腰に手を当てて胸を張るポーズをやめて、腕を組んで不敵に笑い始める。

 

 

「フ、フ、フ。とれーなー! オグリも。今日もターボがぶっちぎりで勝つから見ててよっ!」

 

 

 俺を見ながら勝利宣言をぶちかました。それに一度だけ頷いて示したことで、観客達が大きくざわついた。オグリキャップの担当トレーナーである俺をトレーナーと呼んだのを聞いていたのだ。

 

 ファンが俺のことを認知している一方、ターボはそのまま踵を返して戻っていったので、俺もオグリとともに指定の場所に向かう。すると隣から囁いてきた。

 

 

「トレーナー、レース前にアドバイスをしにいかなくていいのか?」

「ターボの走りに作戦なんてないから、言うこともないさ。いつも通り逃げ切るだけだよ」

 

 

 大逃げに作戦も何もない。序盤から先頭を突っ走って最後まで先頭を突っ走ることしかできないため、作戦会議は不要だ。強いて言えば他に『大逃げ』するウマ娘がいるかどうかだが、GⅢまできてそれを大真面目にやるウマ娘はいない。たとえいたとしても、『大逃げ』一本を磨いてきたツインターボは負けない。 

 

 

「今日、勝つのはツインターボだ」

 

 

 俺はあえて断言した。自信があったし、自信満々な姿を見せることこそ二人のトレーナーとしての役割だ。オグリは少し驚いたようだったが、少しして「そうだな、きっとターボが勝つ」と言ってくれた。

 

 トレーナー専用エリアにやってきて二人で開始を待った。観戦しにきているほかのトレーナーは、オグリにチラチラと視線を向けてくる。だが本人はいつの間にか売店で買ったホットドッグを口に含むのに夢中だった。他にも焼きそばや串焼きの皿を抱え込んでいる。どこで買ったんだそれは。

 

 

『いよいよ本日始まりますGⅢ七夕賞。天候は晴れ、バ場は良。十六人のウマ娘がこの福島レース場で競います』

『一番人気はこの子、ヤマトジェームズ。続く二番人気はマキノスピリット』

 

 

 いつものオグリの大食いに突っ込む間も無く、ターボの出走する七夕賞が始まった。

 

 ウマ娘が地下からターフに登り、ゲート付近に集まってくる。まず一番人気の子が観客席のほうに元気よく手を振って、もう一人の二番人気のお淑やかな子はペコリと頭を下げる。ファンは思い思いに温かい声援を送った。しかし一部の観客は沈黙して、もっぱら噂になっている色鮮やかなウマ娘に注目した。

 

 

『これまで何戦も同じレースで競い合ったライバル同士。今回はどのような試合を見せてくれるのか楽しみですね』

『さあ、そして三番人気はツインターボ。かなり気合が入った様子です』

『未勝利戦全敗、GⅢ1勝という異色の成績のシニア級ウマ娘。今日のレースではどんな展開を見せてくれるのか、とても楽しみですね』

 

 

 経歴が明かされて会場がよりいっそうざわついた。二冠達成中のオグリキャップと同じトレーナーの担当だと知れ渡って注目されていたのに、なんと未勝利ウマ娘。驚くのは当然だ。しかしそのトレーナーである俺は俺で、まったく別なことに驚いていた。

 

 

(やっぱり、ターボの調子が良すぎる……)

 

 

 ターボの仕上がりが、想定をはるかに超えていた。トレーニングを必死に頑張ってきたのは確かで、これが人生の分岐点になる大切なレースであるというのも分かる。しかしそれを差し引いても今日のターボは強い。まるで始まる前から勝つことを確信している(・・・・・・・・・・・)ように見えた。

 

 ツインターボは未勝利戦に負け続けて多くの苦労を経験したウマ娘だ。勝負に対してワクワクする気持ちを持っているけれど、それとは少し違う気がする。

 

 何か心境の変化があったのだろうか。その自信の源泉が俺には分からなかった。

 

 

 『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 

 しかし調子がいいのは全く悪いことではない。ターボは自分の世界に深く入り込むほど強さを発揮する。その気合が実際の走りにうまく乗るかどうか。それが試される。

 

 何千人の観客の中、嘘のようにコースが静寂に包まれる。

 

 ゲートの機械が開くのと同時に、ウマ娘たちが芝生を踏み込んだ。

 

 

『スタートしました。各ウマ娘、揃って綺麗なスタート。おっと、ここでツインターボ一気に先頭に抜け出した!』

『さあ一気に先頭に出た16番ツインターボ、そこに他のウマ娘も続くっ! しかし止まらない! これはかなり速いペースだ!!』

 

 

 コースの中央から一気に先頭に躍り出たのは、当然ツインターボ。序盤からぐんぐん加速して距離を離していく。その後ろ姿を見た他のウマ娘はあからさまに動揺した表情を見せる。

 

 短距離のような超高速スタートダッシュ──『ターボジェット』が見事に決まった。初手は完璧だ。他の追随を許さずに先頭を奪い去ったターボは、視線だけ後ろに向かせて後続と距離を離したことを確かめて、低くしていた姿勢を持ち上げた。加速したスピードをそのままに、慣性を維持する(フォーム)に整え直す。

 

 

「練習通りの走りだ。これなら他のウマ娘はもうターボには絶対に届かない」

「一番いい形で後続のウマ娘を自分のペースに持ち込めたな」

 

 

 常に先頭を突っ走るツインターボが、唯一横並びになる必要があるのがスタート地点だ。そこを乗り越えてしまえば、残っているのは自分自身との戦いだけ。途中で追い抜かれれば終了、先頭でいることができれば勝利という単純さだ。

 

 まず参加しているクラシック級のウマ娘は、序盤に大きく距離を開けられた焦りから距離を詰めようとしてくる。シニア級のウマ娘でさえも何人か掛かってペースを崩した。レース全体がハイペースな場に巻き込まれ、冷静さを保っているウマ娘も渋い表情を見せている。

 

 もし彼女達が練習通りに走れていれば勝負は分からなかった。だが、練習通りに走るというのは簡単なようで難しいものだ。大逃げウマ娘は、他のウマ娘が立てた作戦を完膚なきまでに破壊する恐ろしさを秘めている。彼女達を決して思い通りにさせず、ツインターボはひたすらに独走を続けている。

 

 

「ターボっ!! がんばれ……!!」

「いけえええええっ!!! そのままぶっちぎれえええええっ!!!」

 

 

 俺は客席の柵から身を乗り出して、ターボに声援を送った。遠巻きに様子を伺っていた他のベテラントレーナーたちがぎょっとした表情を見せたが慣れっこなので気にならない。ターボに声を届けるためなら、俺も全力全開でいくのが当然だ。

 

 

『さあ直線を終えて最後の曲線へと差し掛かります。さあツインターボ、ここまでかなり飛ばしてきております。後続との差は二十バ身以上ありますが、他の娘は巻き返すことができるのか!』

『あのサイレンススズカを思い出させるような凄い大逃げですね。このリードを守ったままゴールに辿り着けるのでしょうか』

 

 

 レース途中には二十バ身などというとんでもない差がついていた。ここにきて序盤で掛からなかった冷静なウマ娘にも焦りが見えてくる。取られたリードがあまりにも大きすぎる。分かっていても、ひょっとするとこのままペースが落ちないかもしれないという嫌な予感が否応無しに頭をよぎる。

 

 だが、実際にはツインターボに余裕があるわけじゃない。

 

 ターボ自身は自分が全力を出しきって走っているとしか思っていないかもしれないが、スタミナはすべて計算されている。ターボの(フォーム)の調整、変速(ギアチェンジ)のタイミングなどで調整を実現した。大逃げをしきるために必要なのは徹底した体力管理。寸分でも狂えば一気に10馬身のリードなんて吹っ飛んでしまうだろう。

 

 ゴールの瞬間に体力がちょうど切れるような、薄氷を踏むような調整をしている。それゆえにツインターボの走りには常に余裕がないのだ。

 

 

(ターボはナイスネイチャやオグリのように器用なレースができない。その代わりに、自分の身体の限界を誰よりも知っている。それが最高の武器だ)

 

 

 ツインターボは他のウマ娘と戦う術を知らない。囲まれれば抜け出すことができないし、様子を見ながらタイミングを図るなんて絶対に無理だ。しかしトレーニングでも日常でも躊躇なく限界ギリギリを生きてきたターボは、自分自身をこれ以上ないほど熟知している。

 

 底を知っているからこそペースは乱れない。走りきれることを知っているから心が揺れない。だからターボは限界ギリギリの状況でも笑顔を浮かべ続けていられるのだ。

 

 

『さあ最後のコーナー回って、ツインターボの先頭は変わらない! 後続との差は10バ身ほどありますが、まだまだ全開だターボエンジンッ!!」

『先行集団もなんとか追いかけますが、残り300メートルでは厳しいでしょうか。最後の登り坂が勝負所ですよ』

 

 

 後続のウマ娘たちは、このままではいけないと分かっていながらターボを攻めきれない。末脚を発揮する体力は削られきっている。そのうえバ群そのものの速度が落ちてきている。最初に無茶をしすぎた他のウマ娘の体力が尽き始めていて、彼女達が邪魔をして余力を残した後続のウマ娘は思うように走ることができないのだ。

 

 

「いいぞっ! 頑張れターボっ……!!」

「いけっ!! ターボ頑張れ!! このままぶっちぎれえええええっ!!!」

 

 

 ツインターボは絶え間なくダラダラと汗を流し、顔には苦しさが浮かびあがっている。いよいよ体力を使いすぎて限界寸前に陥っているのだ。しかし鮫のように尖ったギザギザの歯を食いしばり、半分閉じかけていた瞳がカッと開かれた。

 

 

「うああああああっっ!!! ターボ、ぜんかい、だああああーーーーっ!!」

 

 

 落ちる寸前でギリギリ耐える。その速度を落とさない寸前で耐えて、ターボエンジンフル稼働。根性だけで残った燃料の一滴まで燃やして、ターフを流星のように一気に突き抜ける。

 

 

『ツインターボ、勢いのまま一気に最後の坂を駆け登る!! 吼えろツインターボッ……!! ターボエンジン全開で、逃げ切ったっ……!!! 勝者はツインターボ、ツインターボです!!』

「よしっっっ!!!」

 

 

 思わず両腕でガッツポーズをとる。一度ならず二度もGⅢで一着を獲ってくれるなんて凄すぎる。しかも蓋を開けてみれば二着との差は5馬身。これで二人ともトゥインクルシリーズ連勝だ。

 

 もともとオグリキャップ繋がりでターボに注目していた記者もこの結果は想定外だった様子だ。高グレードのレースで『大逃げ』を成功させたウマ娘はサイレンススズカ以来だから、無理もない。一緒に観戦していたオグリは初めからターボの勝利を疑っていなかったようで、嬉しそうな顔をするばかりだ。

 

 

「やったなトレーナー……! これで心置きなく夏合宿に行けるな!」

「ああ。はは、そうだな」

 

 

 俺はプレッシャーが消えて今にも気が抜けそうになっていた。皐月賞とダービーに連勝しているオグリがいるため頭がバグりそうだが、GⅢ二連勝なんて新人トレーナーからすれば相当な偉業だ。これで確実に秋の天皇賞に続く道も開けた。本当に嬉しくて、力が抜けてしまった。

 

 そしてレースを終えたターボはヘロヘロになりながら何歩か進んだあと。そのままこてんと芝にぶっ倒れた。それを見た会場のファンはぎょっとした。

 

 

『あっ! ツインターボが倒れ……ましたが、大丈夫そうですね。笑顔を浮かべています』

『終始ハイペースのレースでしたから、体力を消耗しきったのでしょう』

 

 

 仰向けで空を見上げる格好のまま気の緩んだ表情で笑っているのを見てほっと息をついた。いつものことなので、俺とオグリは驚かない。心地よさげに勝利の余韻に浸っているターボを見下ろして、俺は今すぐに喜びを分かち合いたい気持ちに満ち溢れた。

 

 

「これで未勝利ウマ娘の看板は完全返上だ。よくやったよ」

 

 

 URAでは前回の勝利がまぐれだという声もあったようだが、これで汚名は完全に返上できた。この勝利はあまりにも大きい。まだGⅡに勝っていかなければいけないが、目標とした秋の天皇賞に出走するだけの実績を得ることができた。

 

 夢だった舞台にまた一歩近づけた。七夕賞は、俺にそんな実感をもたらしてくれたレースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏合宿が始まった。

 

 中央トレセン学園で7月から8月末にかけて行われるこのイベントは、海辺の温泉地を使って行われることになっている。周辺には宿泊施設や観光地があるだけではなく、学園が出資したトレーニング施設なども充実していて、ウマ娘が実力を伸ばすための最高の環境が提供されている。

 

 基本的にはトレセン学園指定の保養所があり、ほとんどのウマ娘がそこに宿泊して集団生活することになる。しかし例外もある。それは実績を残しているウマ娘ほど良い待遇が得られるということだ。

 

 すでに勝っているウマ娘は立派なホテルに泊まり、美味しい食事と温泉に浸かることができる。トレーニングは最新の機材を優先的に使い、医者の定期診断なども受けることができる。わかりやすく言えば、有名タイトルを保持するウマ娘のチームは、それだけ学園から多くの援助が出るのだ。

 

 

 具体例を挙げよう。『三強』の中で、メジロマックイーン一同はメジロ家と資本関係のあるホテル。ライスシャワー一行は老舗旅館を貸し切って、親しいウマ娘たちと一緒にトレーニングしているらしい。トウカイテイオーは骨折中なので合宿は不参加だ。

 

 もちろん共同の合宿所の環境が悪いわけではない。むしろ普段はなかなか合同練習などできないウマ娘にとってはチャンスでもある。玉石混淆だが野良レースが発生しやすいのはメリットなので、あえて合宿所を選ぶ者もいる。GⅠウマ娘の中では、ターボがお世話になっている寮長のヒシアマゾンがいる。後輩の面倒を見るために合宿所を選んでいるらしい。

 

 

 さて、俺たちのチームの話に戻ろう。

 

 経緯はさておき今の俺はGⅠとGⅢタイトルを持つウマ娘を担当しているトレーナーだ。一緒に合宿に参加するナイスネイチャのチームは二人ともGⅡウマ娘。つまり膨大な予算が出ることになった。だから、それを存分に活用させてもらうことにした。

 

 事前に相談を重ねた結果、合宿所ではなく専用の宿を貸し切って過ごすことに決めていた。

 

 

 俺たちは長い時間をかけて、東京から合宿の行われる保養地に移動してきた。黒色のバイクとワゴン車が続いてやってくる。まず二人乗りのバイクが慎重に旅館の駐車場に入ってきた。がらりと空いた駐車スペースに停車したあと、エンジンを切ってスタンドを立てる。虹色のバイザーを上げたターボが、意気揚々と両腕をあげて叫んだ。

 

 

「とうちゃくだぁーーーっ!!」

 

 

 俺も続けてバイクから降りて息をついた。ようやく長旅も終わりだ。ターボはヘルメットを脱ぐことも忘れて、目を輝かせながらここまでの道中を語ってきた。

 

 

「とれーなー、すごかった!! 海がきらきらって星みたいに光ってた! 見てた、ねえ見てた!?」

「今日は天気もよかったからな。宝石みたいで綺麗に見えたよ」

「海も楽しいねっ!! 今度さっ、出かける時は海にしよーよっ」

「うーん、トレセンからは遠いからなあ。特別なときだけだな」

「え〜〜〜っ!?!?」

 

 

 ターボはショックを受けたように口を大きく開けた。ターボには悪いがトレセン学園周辺は都会。自然の中を気持ちよく走れる海沿いの道はほとんどないからなあ。

 

 ちなみに、そもそも今日はバイクで来る予定はなかったのだが……夏合宿の相談をしている時に案の定、ターボが「ぜったいとれーなーのバイク乗りたい〜〜!!」と駄々っ子になったためこうなった。普段真面目に言うことを聞いてくれて、GⅢにも勝った愛バのわがままを聞かないわけにはいかない。まあ、楽しそうに過ごしてくれたので間違いなく価値はあった。

 

 隣で停車したワゴン車の運転席からナイスネイチャのトレーナーが出てきた。さらにオグリとネイチャが後ろ、イクノディクタスが助手席から降りてくる。ネイチャがその場でぐっと伸びをした。

 

 

「いや〜〜やっと着いた。長かった〜〜っ」

「これは良い空気ですね。潮風と緑の香り、それとかすかに温泉の匂いでしょうか」

「すごく海が近いんだな。ん、波の音に紛れて何か聞こえる……トレセン、ファイオー……? 掛け声だろうか?」

「練習用のコースが近いんだよ。ほかのチームがトレーニングしてるんだろう」

 

 

 街のほうからは先に現地入りしたウマ娘が練習している気配を感じた。ここは色々な面でアクセスがよいのだ。環境も最高で、駐車場からは太陽に照らされて淡く輝いている海が真正面に見えて、草地を少し歩けば浜辺に降りられるような構造になっている。立っているだけで、心地の良い潮風が髪を揺らした。

 

 

「てか、うわぁ。こんな立派な旅館だったんだ……」

 

 

 ネイチャが旅館のほうを見て、ビビったような声をあげた。予約を取ったのは指定の合宿所ではなく老舗の旅館だった。独特の風格のある立派な門構え。本館は瓦屋根の建物。入り口には『日本ウマ娘トレーニングセンター学園 ご一行様』と達筆な文字が書かれている。

 

 どう見ても庶民が泊まるような安宿ではない。ウマ娘四人だけでなく、知っていた俺でさえ実物を目の前にして固まってしまう。平然としているのはネイチャのトレーナーだけだ。

 

 

「あの。トレーナーさん、これお金とか大丈夫なの?」

「ええ。皆さんの頑張りのおかげで予算が貰えたんですよ。そうですよね」

「ああ。特にオグリのグッズの売上げがものすごくてな。使えるところで使わないと、使いきれないんだよ」

「そんなに売れているのか?」

「なんで本人が知らないんですか。オグリ先輩のぱかプチ、歴代1番の売れ行きだって噂ですよ」

 

 

 指摘されて知ったオグリは、素直に照れたように頬を赤らめた。世間のオグリキャップブームがますます凄いことになっていて、すでに例年のトップGⅠウマ娘の三倍以上を売り上げているらしい。URAが主体となってグッズを展開しているのに追いつかないなんて初めてだと聞いている。

 

 ローカルシリーズ出身の三冠ウマ娘という話題性、トレーナーとの過去エピソード、ファンへのきっぷの良さ。やることなすこと全てに受けがよいことが要因なんだとか。そのぶん仕事も山積みになったが、俺とオグリは理事長から直々に感謝の言葉を貰って頑張れた。普段ならこんな高級宿ビビって使えなかったが、わざわざ手配してくれたのだ。

 

 

「もちろんオグリの力だけじゃないぞ。三人ともこれに見合うだけの成果を示している」

「ふふん。ターボも勝ったもんね! 2連勝だっ!!」

 

 

 七夕賞から勝利の波に乗ったターボが胸を張ってドヤ顔して、ネイチャから「調子に乗らないの。そういう慢心が一番危ないんだぞ」と軽く小突くようにチョップされていた。

 

 俺たちはワゴン車に積んできた荷物を持って旅館に入る。和服姿の女将に恭しく迎えられ、例によって庶民一同でビビりながら移動。これまた立派な部屋にそれぞれ案内された。

 

 トレーナーは一人一部屋、ウマ娘は二人組で一部屋だ。割り振った客室で三十分ほど休みをとらせたあと、さっそく滞在している部屋に二人を集めた。

 

 

「さあ、作戦会議だ。今後のレースに向けて夏合宿を有効活用するぞ!」

 

 

 用意してもらったホワイトボードにペンを走らせる。ターボが意気揚々と手をあげた。

 

 

「はい! GⅠに勝つ! そのためにたくさんいっぱい走るっ!!」

「そうだな。秋の天皇賞に向けて、いまの大逃げスタイルを今よりも安定させるのが目標だ。しかしまだクリアしなきゃいけない課題もある」

「そんなものないぞ、ターボ完璧だったじゃん!」

 

 

 確かに今回のレースは理想型で何もいうことがない完璧な展開だった。しかしだからといって、将来の課題が消えるわけではない。むしろ心配事が増したと言っていい。

 

 

「確かにこの間の七夕賞の調整は完璧だった。あれができれば勝てるが、まず間違いなく『三強』相手には通用しない」

「え〜〜なんでだ!?」

「相手が大逃げウマ娘を潰しにくるからだ」

 

 

 過剰な自信をつけはじめたターボに釘を刺す。隣で聞いていたオグリはピンときた様子だったが、ターボはいまいち分かっていない様子で、頭に両指を置いて困ったようにふらふらと揺れている。

 

 

「ターボの大逃げは一番目立つだろう」

「うん! 一番のウマ娘が目立つのはとーぜんだもん!」

「だから狙われるんだ。大逃げは難易度が高いから普通誰もやらないけど、成功するならこれほど怖い作戦はないからな」

 

 

 七夕賞は圧倒的な大勝だった。しかしあれは半ば、大逃げが知れ渡っていないゆえの奇襲のようなもの。対策しているウマ娘がいなかったから成功したようなものだ。

 

 大逃げとは、例えるなら割の悪いギャンブルだ。大抵は勝手に破滅するうえ、無理して潰そうとしても労力がかかりすぎるため通常は無視される。だから今回は作戦を貫き通すことができた。

 

 しかしツインターボはすでに2度、トゥインクルシリーズで大逃げを成功させてしまった。GⅡやGⅠに挑戦するにあたって、多くのトレーナーはまだマグレだと判断するだろう。しかしいずれそうはいかなくなる。対策に来るウマ娘が出始めれば、それだけ勝利は遠のくことになる。

 

 

「そういうわけで、ターボの対策をするウマ娘を、さらに対策する作戦を立てなくちゃいけないんだ」

「なるほど……そういえば、オグリも囲まれてたもん」

「あれはすごく走り辛かった。ターボも気をつけたほうがいい」

「それと、この夏合宿でやりたいことがもう一つあるんだが……」

 

 

 ホワイトボードの余白に『大逃げ対策ウマ娘を対策する!』と書き加えたあと。改めて二人に向き直った。

 

 

「この合宿で、二人のことをもっと知りたいんだ」

「へっ」

「トレーナー、なにか教えてほしいことがあるのか?」

 

 

 虚を突かれたようにきょとんと目を丸くした。隣で黙って聞いているオグリも首を傾げる。まあ急にそんなことを言われたら困るのも当然だ。

 

 

「まずターボ。もう出会ってから一年以上の付き合いになるな」

「いちねん……え。それしか経ってないのっ!?」

「濃い一年だったな。一緒に苦難を乗り越えてきたけれども、色々ありすぎて聞けていなかったことがたくさんあると思ってな。この機会に、もっとお互いを知りたいと思っている」

 

 

 トレーナーとして誰よりも強い絆を結んだ自信がある。しかし、それでも足りないと常に思い知らされる。七夕賞の時の疑問もその一つだ。トレーナーという職業は本当に奥深い。

 

 

「例えば俺はレースにウマ娘を出す時は予想を立てる。だがこの間の七夕賞では、俺は予想を外してしまっただろう」

「七夕賞ならターボが勝ったじゃないか」

「ああ。想定をずっと超えていい結果を出してくれた。でも本当ならそれも含めて予想しなくちゃいけなかったんだ。逆に調子が悪くなりそうな時は、原因を見抜けないと助けてやれないからな」

「調子がいいなら、それは良いことなんじゃないかと思ったが……なるほど。奥深いんだな」

「そうだな。だから最高の形でバトンを渡すためにも、もっと二人を理解したいんだ」

 

 

 ターボと出会った時、うまく走れなくなっていた原因を探し当てるのには一ヶ月かかった。全力で走れなくなっている原因が怪我の影響であることに気付くのにも、同じくらいの時間がかかった。

 

 どちらも俺がターボのことを深く理解していれば防げる話だった。結果よければ全て良しという言葉で言うなら、どちらも最高の結果に繋がっているので『良し』だ。しかしそれで終わらせてはいけない。そんな緩い考え方では二人の夢を叶えてやることができない。

 

 俺はできるかぎり姿勢をただして、畳に正座する二人を真っ直ぐに見つめた。

 

 

「ターボは秋の天皇賞。オグリは菊花賞。この舞台で二人の夢が叶うかどうかが決まる」

 

 

 俺が改めてそう告げる。それまで緩かった二人の表情が真剣さを帯びて、獲物を狙う獣のように鋭くなった。

 

 

「夢の舞台は手を伸ばせば届く場所まで迫っている。だが二人にとっては簡単なことじゃない」

「……私たちは、他のウマ娘から狙われる」

「それもあるし、他にも今は想像もできないような壁が待っているはずだ。でも勝てば夢は現実になる。ターボは前代未聞の未勝利GⅠウマ娘。オグリはローカルシリーズ出身の三冠ウマ娘。長い歴史を持つウマ娘の世界で初めての称号を得ることができるだろう」

 

 

 もし達成することができたなら一生語り継がれる偉業として扱われるだろう。ウマ娘名鑑に載るなんてもんじゃない。凄いのは、すでにあと一歩というところまで手をかけているということだ。

 

 

「二人には夢を叶えてほしい。だから俺はできることを全部やりたいんだ」

 

 

 二人を支えているのは、どういうわけかまだ未熟であるはずの俺だ。本当にいいのだろうかと思ったことは何度もあるし、実際にその気持ちを口にしてしまったこともある。

 

 しかし譲る気はさらさらない。なぜなら俺はツインターボのトレーナーで、今はオグリキャップのトレーナーだ。二人を勝たせるという重大な責任を、この肩に背負っている。

 

 

「何を考えているのか、どんな想いを持って走っているのか。全てを理解して、寄り添って支えられるトレーナーでありたいんだ」

 

 

 本当の凄いトレーナーなら本心を打ち明けなくても、担当のことを理解して導くことができるのだろう。足りないものが山ほどあることは痛感しているからこそ、こうしなければならないと思う。

 

 

「だから、頼む。二人にも協力してほしい」

 

 

 トレーナーになって最初。俺は担当の子に寄り添うことができずに失敗した。あの時と同じ失敗は繰り返さない。二人に後悔の残る結果にはさせたくない。最高の結果に導くためには、全てを知ることが必要だ。

 

 俺は、ツインターボのようになると、心に決めている。

 

 夢に向かって真っ直ぐ全力で走り続けられるトレーナーになる。キラキラ輝く最高のウマ娘を育てるためにはターボのように生きるべきだ。躊躇を振り切って走り終えたとき、俺は夢を叶えることができるはずだ。いまいちど顔をあげて、改めて二人と向かい合った。二人は『当然』という顔をしていた。

 

 

「オグリ。残り一冠、手の届く距離にも思えるが、ここで勝つのは簡単じゃない。分かっているな」

「うん。でも、私を勝たせてくれるんだろう」

「もちろんだ。ターボも、秋の天皇賞に勝つことがどれほど難しいことかは理解しているな」

「わかんない!! でも……勝つのはツインターボだっ!!」

「ああ、そうだ。俺が必ず勝たせてやる……約束だからな」

 

 

 (ライバル)は強い。そんなことは分かっているが、俺の担当している子は最強のウマ娘だ。この合宿では俺の人生を総動員して二人を勝利に導くことにする。

 

 

「一日たりとも無駄にはさせない。GⅠに向けて気合い入れて、夏合宿に行くぞ!」

「おおーっ!!」

「ああ、よろしく頼む!!」

 

 

 俺たちの決意表明をもって、みんなの人生で最も貴重な時間が始まった。

 





追記:ナイスネイチャの宝塚記念は番外編でやります

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