【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第3話 親友

 

 ツインターボの担当を引き受けてから一週間が過ぎた。

 

 身体に合っていない苦手な脚質でしか走れなくなってしまったターボのために、俺に何ができるのかをずっと考えていた。しかし悩んでも答えは一向に出ない。それほどにターボの抱えている課題は重かった。

 

 おそらくは精神的な問題だろう。なんとかして乗り越えさせてやらなければならない。全力で走れないというのは重いハンデであり、仮に運良く未勝利戦に勝てたとしても、プレオープンやオープン戦ですら苦戦するようでは話にならない。

 

 絶望的だが、希望もある。レース以外の体力テストにおいて、ターボはかなり良い成績を出したのだ。基礎練習だけは欠かしていなかったのだろう。つまり問題を解決しさえすれば勝てる芽が一気に出てくるということだ。

 

 

 

「いいぞ! 残り500メートルだ!」

「ハァッ、ハッ……! うぐぐぅぅっ……!!」

 

 

 俺は問題を解決するためのトレーニングを作り上げた。トレーニング室の器具を使って、ひたすらにターボを走らせる訓練だ。かなり厳しく追い込んでいて。ランニングマシンの上でひたすらに汗を飛ばしながら走っている。俺はつきっきりでその様子を見守った。

 

 ターボもひたむきに真面目に取り組んでくれた。やはり思い通り走れなかったことが相当ショックだったみたいで、それをなんとかするために必死になってくれた。

 

 

「頑張れ! ターボの実力なら、レースで逃げられるようになれば未勝利戦くらい余裕で勝てる!」

「うううっ、がんばるぅ、うりゃああぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 鮮やかな色合いのツインテールを乱れ散らせ、首元から汗が落ち続けながら頑張っている。

 

 しかしやはりと言うべきか簡単に解決には至らない。ランニングマシンはレースの基準速度より低く設定しているが、それでも限界間近という様子だ。つまり実際のレース場を使わなくても全力で走ることができていないことを意味する。一週間見てきたが、ターボを勝たせるためには何か別のアプローチが必要だった。

 

 

「ほへぇ、走り切ったぞ……」

 

 

 指定された距離を走り終えたあと、自動停止したマシンの上で膝からへたりこんだ。俺はあらかじめ冷やしておいたにんじん味のスポーツドリンクを差し出した。ターボは頭から煙を吹いてバテていたが、その瞬間キラッキラに両目を輝かせて座り直した。

 

 

「にんじんジュース!! ターボが飲んでいいんだよね? うまく走れなかったけど、いいの……?」

「もちろん。焦らずゆっくり飲むんだぞ」

「ありがと! ……んぐ、んぐ。ぷはぁっ。やっぱすっごいうまい、好き!!」

 

 

 なんとも気持ちのいい飲みっぷりだ。この瞬間だけはターボも嬉しそうな表情を見せてくれるので、俺もほっとする。ただのスポーツドリンクのおかげで、最初に怖がられていた時よりは遥かにマシになった。

 

 

「やっぱり今よりスピードを上げるのは無理そうか?」

「ごめん、とれーなー。自信ないぞ……」

「いいんだ。うまくいかないなら別な手を考えるまでだ」

 

 

 しょんぼりと耳を垂れたターボの頭を撫でて心配するなと言って笑いかけた。正直言って手はないが、いまは信頼関係の構築こそが最も重要な課題だ。焦って無理をさせてもいいことはない。

 

 

「それで次の手なんだが、ターボにも協力してほしいことがあるんだ」

「なあに?」

「一緒に走ってくれそうなウマ娘の友達にあてはないか」

「ほえっ」

 

 

 そういう頼み事とされるとは思っていなかったのか、ターボはきょとんと目を丸くした。俺は申し訳なさを感じながら力不足を打ち明ける。

 

 

「本当は俺が相手を探すべきなんだが、新人だからツテがないんだ。だからターボにそういう相手がいればいいなと思ったんだが……」

 

 

 並走トレーニングでウマ娘の闘争心を引き出せないかと考えた。しかし今のターボを相手してくれるウマ娘に心当たりがない。高グレードレースに勝ったウマ娘なら別だが、未勝利戦を勝てていないツインターボとの練習を許してくれるトレーナーはいないだろう。みんな自分の担当ウマ娘のことで手一杯で、得られるものがないターボとの練習に時間を割いてはくれない。

 

 しかしそういう事情はあくまでトレーナー同士の話だ。ウマ娘同士の友人関係なら可能性があるかもしれない。それに友人ならたづなさんから聞けなかったターボの裏事情も聞けるかも。だからダメで元々程度の気持ちで聞いてみた。

 

 

「むむむ……! あ、そうだ。ネイチャにたのんでみる!」

 

 

 ターボはしばらく唸った末に、ピンっとウマ耳を立ててひらめいた。

 

 

「ねいちゃん……トレセンにターボのお姉さんがいるのか?」

「違うよーっ! ターボは一人っ子! 一緒にトレセンに入ったナイスネイチャ!」

「ナイスネイチャ」

「ターボと仲良しだからな。お願いすればきっとオッケーしてくれるぞ!」

 

 

 ターボはふふんと自身ありげに胸を張った。なるほど、もしそれが本当ならありがたい。

 

 しかしナイスネイチャ……どこかで聞いたことあるウマ娘だ。後でターボのほうから話を通しておいてほしいと頼んでトレーニングの再開を指示する。クールダウンを終えたターボが走り始めたのを見守りつつ、俺は学園貸与のウマホを使って、相手の名前をトレセン学園名簿から調べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 さらに一週間が過ぎて、ナイスネイチャから了承の返事をもらった。

 

 念のために俺も相手のトレーナーにも連絡を取ったのだが、邪険にされることはなくOKの返事をもらうことができた。相手はターボがどういうウマ娘なのかも知っていて、そのうえでの了承だったのは少し驚いた。そして今日がその約束の日だ。

 

 俺はツインターボを連れて学園のレース場に向かっていた。

 

 

「ターボ。今日の調子はどんな感じだ?」

「大丈夫……! 頑張って決めるから任せてっ!」

 

 

 ぐっと手を握りしめてみせてくれたが、気負っているようにも見える。そして俺もかなり緊張していた。他のウマ娘との合同練習は喜ぶべきことなのだが……

 

 

(まさかGⅡ勝利ウマ娘とは。名前は聞いたことがあると思ってたけど、まじか……)

 

 

 対戦相手の経歴が問題だった。

 

 ナイスネイチャ。どこかで聞いたことがある名前だとは思っていたが、ツインターボの同期の名ウマ娘だ。なんと今年のクラシック三冠の皐月賞とダービーで三着を取っている。GⅡにも勝利している、ターボと同世代の中で五本の指に入るほどの実力者だというのだ。

 

 今回の話を相手側は二つ返事で受けてくれた。しかし、そんな気軽に対戦できるような相手ではない。クラシック三冠最後の菊花賞の用意を整えているようなウマ娘が、ターボのために時間を割いてくれるなんて考えづらいことだ。

 

 

「とれーなー、どうしたの……?」

「ん、ああ。大丈夫だ。今日のスケジュールを思い返してただけだ」

 

 

 ターボに不安げに覗き込まれて、いけないと首を横に振った。

 

 友達というのは分かっているが、相手がなぜこんな不釣り合いな練習を受けてくれたのか分からない。しかしもう申し込んで相手が了承したのだから、いまさら引き下がることは許されない。萎縮なんてしていられない。

 

 そう、俺は自分の仕事を果たすまでだ。それだけを考えよう。

 

 約束のコースにやってくると、そこには先んじて一人のウマ娘が待っていた。学園の赤色ジャージを着て、ターボとは対照的な色合いの赤毛のウマ娘だ。大きく膨らんだツインテールと赤緑のメンコは写真で見たのと同じ。俺がきたことに気づくとじっと目を細めて観察してくる。その眼差しは鋭かった。

 

 

「あなたがツインターボのトレーナー?」

「君がナイスネイチャか……あっおいターボ!?」

「ネイチャーー!!」

「うおっ……と!?」

 

 

 まずは挨拶から……と思ったのだが。ツインターボが俺の言葉よりも早く、弾丸のようにナイスネイチャの胸に飛び込んでいった。突然のことに俺はぎょっとした。しかしナイスネイチャはなんなく受け止め、そして呆れ顔で甘えるツインターボを地面に置いていさめる。

 

 

「あんたねえ。いつも言ってるでしょ。急に飛び込んできたら危ないじゃないの」

「えへへ。よく来たなネイチャ、待ってたぞ。しょーぶだ!」

「いや待ってたのはアタシのほうなんですが」

 

 

 いつになく調子づいて気を許しているターボの前で、ヤレヤレとネイチャは呆れたように両手を広げた。いきなりぶっ込んでいくものだからヒヤヒヤしたが、二人にとっては日常のやりとりだったらしい。

 

 ひとまず胸を撫で下ろし、気を取り直して改めて頭を下げた。

 

 

「今日は時間をとってくれて本当に感謝する。本当にありがとう」

「い、いえ。頭を上げてください。アタシのトレーナーの許可も出てますから……」

 

 

 俺が下手に出たので、ナイスネイチャは困ったように頬を掻いた。そしてタイミングを見計らって尋ねてくる。

 

 

「あー……ターボとアタシで模擬レースをやるって聞いてますけど、本気ですか?」

「ああ。ターボと実際のレース形式で走ってやってほしい」

 

 

肯定するとナイスネイチャは俺の指示に困惑しているようだった。

 

 なるほど。どうやら友達というだけあって、ターボのことをかなり詳しく知っているようだ。現状を知っていなければこの反応はありえない。どこまで知っているのか、事情をいつ聞くべきか悩んでいると、それより先にツインターボが意気揚々とネイチャに指先を突きつけた。

 

 

「ネイチャ、ターボ本気で走るからっ! 全力でかかってこいっ!」

「お、おい、ターボ……!」

「……分かった、受けて立つわよ」

 

 

 ターボはいつになくやる気だ。この練習が解決に繋がるかもしれないと伝えてあったので、かなり力がこもっている。正面から勝負を挑まれた瞬間。ネイチャも表情を真剣なものに変えて「わかった」と了承の返事をかえした。

 

 勝負することが決まった。俺は、腕を組んで二人のやりとりを見守りながら展開を考える。

 

 

(クラシックGⅠを最前線で戦っているウマ娘に勝つのは厳しい。でも全力を取り戻せるかもしれない)

 

 

 今のツインターボが勝てる道理は何一つない。しかしターボが闘争心を剥き出しにしているのを見て、この勢いのまま本気で逃げてくれれば、前のトレーナーがかけた呪いが解けるかもしれないと期待した。全力で逃げることができれば勝機はある。

 

 頑張れと心の中でエールを送りながら、スタートラインに向かう二人を見守った。しかし、やはりすぐにはこの問題を解決できないことを悟った。スタートラインにたったツインターボが険しい表情を浮かべたのを見たからだ。

 

 一見するとレースに集中しているようにも見えるが、あんなにガチガチになって全力を出せるはずがない。友達との模擬レースでもダメなのか。ナイスネイチャはその様子を察して、このままレースを始めてもいいのかと問いかけるように視線を送ってきた。

 

 

「カウントダウンをするから、ゼロになったらスタートしてくれ」

 

 

 納得はいっていない様子だったが、続けるように伝えるとネイチャは前を向いた。

 

 俺は自分の考えに賭けることにした。レース前に緊張していても、実際に走る中で何かを掴んでくれればそれでいい。奇跡が起きることを願った。姿勢を低く構えた二人を前にカウントダウンを始める。

 

 

「3、2、1……スタート!」

 

 

 スタートの合図と同時。二人のウマ娘が地面を蹴って飛び出す。出遅れはない。

 

 だがやはりというべきか、事前に全力で『逃げ』るよう指示しておいたターボが前に出ることはなかった。最初の直線の間はピッタリ、ナイスネイチャと並走しているような状態だ。一見すると実力が拮抗しているように見えるが違う。なぜならターボは今が最高速度なのに対して、ナイスネイチャはラストスパートをかけるための足を十全に残すために抑えている状態だ。

 

 

(ナイスネイチャは序盤に脚を溜め、後半で爆発させることで勝ってきたウマ娘。ここで前に出られなかったら負ける)

 

 

 逃げを打つ者が序盤に前をとれないのは致命傷だ。だから抜け。前に出ろ。全力で走ればまだ勝てる。

 

 俺は祈った。しかし必死の祈りは届かなかった。必死に食らいつこうとしているのが嫌と言うほど伝わってきたが、カーブを曲がりきった後に先行したのはネイチャ。前を塞がれる形となった。

 

 

「っ、ぐぅぅっ……!!」

 

 

 ツインターボは前に出られなかった。それはつまり敗北を意味する。脚にリミッターがかかっているみたいで、限界速度を超えられていない。

 

 しかし断じて負けたわけじゃない。

 

 

「まだだ……ッ! まだやれるぞターボ!」

 

 

 ストップウォッチを汗ばんだ手で握りながら、固唾を飲んでレースを見守った。かなりいい勝負だ。ターボはナイスネイチャの後に必死にくらいついている。GⅡウマ娘ナイスネイチャの実力は本物で走りは安定している。それに離されていないのだから大したものだ。

 

 逆転を願う最後の直線。そこに差し掛かる前にネイチャが勝負を仕掛けてきた。姿勢を低くして地面を蹴る力を大きく強める姿勢をとり最後のスパートをかける。

 

 

(ここだ、頑張れツインターボッ……!)

 

 

 手が震えて、声があふれそうになる。

 

 ツインターボは苦しそうに走っているが、まだ余力を残していることを俺は感じていた。そして全力で走るならここしかないという完璧なタイミングが来た。背中を離していくナイスネイチャに食い下がれ、追いつけと想いをかけた。あの小さな身体に眠る燃料に火をつけることができれば、一気に追いつくことだって夢じゃない。

 

 

 しかし……ツインターボは加速しない。

 

 5バ身、6バ身と離れていくネイチャに気付いていながら、追いかけることができない。そのままナイスネイチャはゴールを通過。数秒遅れてターボもスピードを落とさないまま白線を通過した。ツインターボの敗北だ。

 

 

「……くそっ」

 

 

 誰にも聞かれないような声量で思わず絞り出す。

 

 対人戦に期待をかけていたが結果は完全敗北。レース中、終始ターボにいいところはなかった。回復の兆しさえ見えなかったことには落胆を隠せない……だが、一番悔しいのは俺じゃない。

 

 

「くやしい悔しいっ! ターボなんで、ちゃんと走れないんだ……?」

 

 

 走り終えたツインターボは俺以上に悔しがっていた。半泣きで何度も地団駄を踏んでいる。ただ負けただけではなく、全力を出せなかったゆえに感情を抑えきれなくなったのだろう。勝ったネイチャは何と声をかけていいか分からないと言わんばかりの複雑そうな表情でターボを見ていた。

 

 こんな結果で終わらせてしまったことが悔しい。担当ウマ娘にこんな想いをさせてしまったことが申し訳なかった。感情を出さないように近づくと、ターボは涙目のまま俺に謝った。

 

 

「ううっごめん、とれーなー。ターボ、また一番になれなかった」

「いや、よく頑張った。最後までちゃんと見てたぞ」

 

 

 その言葉に偽りはない。最後に大差をつけられたとはいえ、ターボがものすごく頑張っていることは伝わってきた。クラシック上位のウマ娘をマークできていたのはすごいことだ。とはいえ一番の目的は未達成のままである。

 

 ふと。ターボの健闘を讃えている時、ナイスネイチャがじっと俺を見つめているのに気づいた。

 

 

 ……何だ? ネイチャは膨らんだ髪を片手で弄りながら、じっと訴えかけるような視線を向けている。 それが俺には二人きりで話がしたいというアイコンタクトに見えた。

 

 

(ちょうどいい。事情を聞きたいと思っていたんだ)

 

 

 何か話したいことがあるというのなら、俺もそうだ。俺は今日の模擬レース後のために、二人分のにんじんジュースを用意してきた。しかしそれをなかったことにしてターボに頼み事をした。

 

 

「なあターボ。走り終わったばかりで悪いんだが、お使いを頼まれてくれないか」

「ぐすっ……なに?」

「トレーニング後のにんじんジュースを部屋に忘れてきてな。ナイスネイチャの分もあるから、取ってきてほしいんだ」

「……わかった。ターボ、超特急で行ってくるぞ!」

「ゆっくりでいいからな……って、もう行ってるし」

 

 

 ターボは涙を袖で拭い、使命感に駆られた様子でダッシュで校舎に向かっていく……ともかく、これでいくらか時間が稼げるはずだ。青い後ろ姿が見えなくなってから改めて、俺を見続けているナイスネイチャと向かい合った。

 

 

「俺に何か話したいことがあるのか」

「はい、トレーナーさん。聞きたいことがあります……色々と」

 

 

 ナイスネイチャが俺のことをどう思っているのかはわからないが、疑るような視線が突き刺さる。初対面の時よりも雰囲気が鋭い。模擬レースを走ってもらってから不信感はますます強まった気がする。

 

 

「どうしてターボにあの走り方を続けさせているんですか」

「……そういうことか」

 

 

 ナイスネイチャが何に憤っているのかを理解した。疑いながらも走った模擬レース。そこで見せられたのは全力を出せずに辛い表情で走っている友人の姿だ。あれを見ているのに何のフォローもしていないのかと、そう言いたいのだろう。

 

 

「ターボのことを見込んであげたんですよね」

「ああ」

「あんな酷い走り方、変えるように言ってあげられないんですか」

「もう言っている。今回のレースも逃げを打つように指示してあった」

「えっ……」

 

 

 俺だってあんな走り方をしてほしいわけじゃないんだ。そう告げるとナイスネイチャは目を丸くして、そして困惑した。

 

 

「逃げって……でも、そんな走り方じゃなかったですよ」

「ああ。だから、その原因を確かめるために君と話がしたかったんだ」

「まさか、走れなくなってるんですか」

 

 

 事情を悟ったネイチャは、信じがたいという表情を浮かべた。それだけで分かるなんて賢い子だ。

 

 

「俺が見つけた時、もうターボは全力で走れなくなっていた。怪我をしたとか体力が落ちたとかそういうわけじゃない」

「そんな……」

 

 

 彼女にはターボがそうなった心当たりがあったらしく、暗い表情で歯噛みした。相手は学生だが俺に気遣っている時間はない。

 

 

「ナイスネイチャ。君は入学した頃からツインターボの友達だったと聞いている。俺はターボがこんな風になった原因を知らなくちゃいけない」

 

 

 今日の目的の一つは学園スタッフ以外で事情を知っているウマ娘から、直接話を聞くことにある。ナイスネイチャは間違いなく事情を知っている。俺は必死に言葉を重ねた。

 

 

「前のトレーナーが何をしたのか、ターボの身に何が起きたのかを知りたいんだ。知っていることがあれば教えてくれないか……!」

「それは……失礼かもしれないですけれど、前のトレーナーさんから引き継ぎとかされていないんですか?」

「連絡はとってみたんだが、できなかった。話すことは何もないと言われて通話を切られてしまってな」

 

 

 少し戸惑ったように聞かれたが、俺は力無く首を横に振るしかなかった。

 

 もちろん当事者から話を聞こうとした。ターボの資料の中には前トレーナーの名前が記されていたので、俺は契約してその日のうちに電話でアポイントを取ろうとした。

 

 不信感を決定づけたのは、その時だった。

 

 最初は俺が誰なのかを分かっていなかったようだったが、要件を伝えると『もう関わりのないウマ娘ですので』と即座に電話を切られて、それ以降は着信拒否までされて繋がらなくなった。つまりツインターボと関わることを明確に拒否してきたのだ。

 

 トレーナー同士はいわば商売敵。丁寧に説明する義務はないと言われればその通りなのだが、いくらなんでも酷すぎる。

 

 

「そんな……ターボをこんな酷い目に合わせただけでも許せないのにっ。責任も取らないどころか、アイツ、全部放り出して逃げたんですかッ!?」

 

 

 その事実を聞いたナイスネイチャは激昂した。トレーナーでなくても、夢を抱いてデビューした学生を使い捨てることがどれほど最悪な仕打ちかは分かるというものだ。しかしこの反応は、やっぱりそうだ。ナイスネイチャは前トレーナーのことをよく知っているらしい。

 

 ターボに直接聞くことはできなかった。そもそも話したがらず、思い出すだけで辛そうな表情をしていたためだ。ただでさえ身体に影響が出ているのに無理をさせるわけにはいかない。

 

 頼れるのはもうナイスネイチャしかいないのだ。彼女はしばらく憤っていたが、呼吸を整えて再び俺を見上げる。しかし俺を見る疑わしげな視線は変わらない。

 

 

「事情は分かりました。でも、どうしてトレーナーさんは、あの子の担当を引き受けたんですか」

「どうして、というと……?」

「これまでターボと何の関わりもなかったんですよね。こう言っちゃ何ですけど、ターボは退学寸前のウマ娘です。この時期なら選抜レースに出るウマ娘だっていたはずですよね」

 

 

 もっともな質問だ。前トレーナーがターボを見捨てた理由は、退学になることがほぼ決まっていたからだろう。担当ウマ娘が退学になったとなれば、学園内での評価や評判に影響する。退学になるウマ娘の話はありふれているが、だからといってわざわざ引き受ける者はいない。

 

 しかし俺はターボに、そんなことをどうでもいいと思わせるくらいの可能性を感じている。だからこそ率先してスカウトしてトレーナーの役目を引き受けた。

 

 

「君はトレーナーを選ぶ時、どんなことを考えた?」

「え。アタシの話ですか……? それは、えっと……選抜レースで声をかけてもらって、この人なら任せてもいいかなって思って……」

「トレーナーも同じだよ。ウマ娘を担当する時、この子と一緒にやっていけるかどうかを考える。ターボと出会った時、俺はこの子を引き受けたいと思ったんだ」

「未勝利戦に負けてて、このまま退学になるかもしれないのにですか」

「そうさせないために君の力が必要なんだ」

 

 

 担当するウマ娘は誰でもいいというわけじゃない。俺はツインターボを選んだ。だからターボの願いを叶えるのが役目で、そのためならなんだってする。トレーナー契約というのはそういうものだ。

 

 ナイスネイチャは俺の言葉を真剣に受け止めてくれたようだった。少なくとも、俺が本気で何とかしようとしているということは伝わったらしい。疑うような空気を消して、それから言う。

 

 

「分かりました。トレーナーさんが知りたいことを聞いてください」

「いいのか?」

「本気でツインターボを勝たせたいって思ってるんですよね。アタシも友達としてターボが苦しんでいるのは見たくない……あんなことがなかったら、アイツはもっと凄い舞台で戦えたはずなんです」

 

 

 ナイスネイチャは悔しげに言った。

 

 

「入学して最初の選抜レース。ターボが怪我をしたのは知っていますか」

「その件なら聞いている。後の選抜レースになるほど不利になる、ウマ娘側の事情も理解しているつもりだ」

「はい。三ヶ月ターボは選抜レースに出られなかった。復帰後の選抜レースで唯一声をかけたのが前のトレーナーさんだったんです。なんでも他のウマ娘のスカウトに失敗して、手が空くのが嫌で仕方なくスカウトしたって噂を聞きました」

「は……?」

 

 

 俺は愕然とした。手すきが嫌だから適当なウマ娘をスカウトしたって……そんな話があるのか? この中央トレセン学園で?

 

 学生側がトレーナーを選ぶ時にはそういうこともあるだろう。しかしトレーナー側はお金を貰って取り組んでいる業務だ。ウマ娘の人生を預かる仕事だ。それがうまく担当が決まらないからと言って適当にウマ娘を選ぶなんてあってはならない。

 

 

「それは、何というか。あんまりな話だな……」

「あの子に興味がなかったんだと思います。だからあんなぞんざいに扱われて、指導でも何でもないことだけ言ってトレーナー面して……! 適当に扱われたら、誰だって勝てなくなるっての……!」

 

 

 ネイチャの怒りが言葉の端々に現れ始める。親友である彼女は、きっと今までに受けた仕打ちもよく知っているに違いない。出会った日も再会した日もツインターボはボロボロだった。あんな状態に追い込んだのが担当トレーナーだなんて、俺は今でも信じられない。

 

 しかしナイスネイチャの怒りは、元トレーナーだけに向けられるものではない。

 

 

「ターボはいつだって楽しそうに走ってたのに。いつの間にかぜんぜん笑わなくなってた。それを見ていたのに、分かっていたのに、アタシは何もしてあげられなかった……!」

 

 

 音が鳴るほど強く自分の腕をしめあげている。だがそれはナイスネイチャが悔やむことではない。

 

 

「そんなことはない。君はターボを助けてくれたと聞いている。トレーナーに面倒をみてもらえなかった間、練習に付き合ってくれていたことは聞いている」

「……自主練してただけですよ。何もできていません」

「いや。その積み重ねがなかったら、勝ち目は本当に無くなっていた。何より今でも諦めずに走り続けられているのは君の存在が大きいと思う」

 

 

 トレーナーを引き受けて二週間ほどだが、ターボのことを俺は少しずつ知ることができていた。

 

 ナイスネイチャは親友だ。GⅠで入着するほどの実力者でありながら、ターボのために一緒に練習する時間を作って面倒をみてくれていた。実力と肉体がアンバランスだなと思っていたが、肉体面で鍛えられていたのはこの子のおかげだった。夢を諦めていないのも、この子がいてくれたからだろう。

 

 

「任せて欲しい。俺がツインターボの夢を必ず叶えてみせる」

 

 

 安心させるために断言する。もちろん自信があるわけじゃないけれど、俺はツインターボのトレーナーだ。強気でにっと笑うと、落ち込んでいたネイチャは少し気持ちをゆるめた。そして真剣な表情で見上げてくる。

 

 

「お願いします、ターボを……アタシの親友を助けてください」

「そのつもりだ」

 

 

 どうやらターボはとてもいい友人を持っていたようだ。最初にナイスネイチャから感じていた警戒心はもう感じない。

 

 

「トレーナー、ネイチャー! いっちばん冷えたにんじんジュース、買ってきたぞー!」

 

 

 話がひと段落したその時、底抜けに明るい声色がバ場に響いた。遠くから走ってくるツインターボの声が聞こえた。俺はナイスネイチャと顔を見合わせ、それから互いに手を伸ばして握手をした。

 

 

「ターボをよろしくお願いします、トレーナーさん」

「任せてほしい、ナイスネイチャ」

 

 

 最後に一言告げ合ってからツインターボを出迎えた。するとターボは不思議そうな顔で俺とナイスネイチャを見比べた。「なんか二人とも仲良くなった?」と聞かれたが、適当に笑って誤魔化したのだった。

 

 

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