【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第28話 夏祭り

 

 

 ファン感謝祭が無事に終わって俺たちもバイクの小旅行からも無事に戻ってきたため、夏合宿のトレーニングを再開した。今日のトレーニングは街中ランニングだ。宿やお土産屋の連なっている通りの車道を走っていた。

 

 

「ほっ、はっ、ほっ……!」

「ペースが落ちてきてるぞ! 同じペースと同じ姿勢を保つことを意識しろ!!」

 

 

 先頭からターボ、ネイチャ、オグリ、イクノの順番で、隣から電動チャリに乗った俺が声を張り上げて発破をかけていく。

 

 

「とれーな〜〜〜っ、ほかのウマ娘が近付いてくるのこわいよぉ〜〜っ」

 

 

 そんな中でターボが情けない声で、先頭を走っているにも関わらず嘆くように叫んだ。やはり背後にほかのウマ娘が迫っている状況では、思ったように走れないらしい。だがここは甘やかせない。俺は成長したターボのことを信じて心を鬼にした。

 

 

「逃げウマ娘は常に追われる立場! 本番で思い切り逃げるために、練習では耐えるんだ!」

「ぐぬぅぅ〜〜っ、うぎぎぃぃ〜〜っ!!」

「大丈夫だ! ペースを守っている限り、みんなぜったい追い越してこない! 俺がついてる!」

 

 

 発破をかけるが、やっぱり思ったようにはいかないな……

 

 本番はいつどんなことが起こるか分からない。四人で訓練する機会は貴重なので、同じような状況になったときのために経験を積ませている最中だ。悲惨な目に遭い続けたデビュー当初から比べるとメンタルも安定してきたが、やはり辛いものは辛いようだった。

 

 逆にターボ以外の三人は、疲労こそ見えるものの慣れた様子で足つきで淡々と走っていた。ペース配分を守って走ることを常に意識している三人には余裕そうだ。

 

 

 みんなで走っているトレーニングの道中、地元民や同じトレセン学園の赤ジャージを着たウマ娘と何度もすれ違った。そして通り過ぎるたびにキラキラとした眼差しを向けられた。彼らの視線の大半はオグリに注がれていて、そのたびにオグリは軽く手を振り返しては歓声を浴びた。

 

 後ろのネイチャがさすがだなあ、と吐息をこぼしていた。ファン感謝祭もめちゃくちゃ盛り上がって大変な来場者数だったらしいからなあ。ブームにさらに火が点いた感じがする。

 

 

「よしっ、ここまでだ! いったん休憩、5分間クールダウンだ!」

「ぜーっ、はぁ。だめだぁ、オーバーヒート寸前だぁ……」

 

 

 俺は神社の鳥居の前で自転車を止めて休憩を宣言した。他の三人はまだまだ余裕がありそうだったが、ペース配分を無視していたターボだけがすっかりバテていた。他のウマ娘と一緒に走っているせいで、体に余計な力が入りすぎてしまっているということもあるだろう。

 

 

(他のウマ娘と一緒に走るのは苦手なのは、どうしても変わらないか……)

 

 

 本当はこんなトレーニングはさせたくないのだが、結局この問題はいずれ向き合わなければならないため今やるしかない。最強の中距離ウマ娘決定戦とも言われる秋の天皇賞で、今まで通りの悠々とした大逃げが成立するとは思えない。ペース配分のほうはともかく、他のウマ娘が背中まで迫ってきたとしてもメンタルが崩れることはあってはならないのだ。

 

 しかし現状はそれどころか。ほかのウマ娘の気配を感じただけでメンタルが総崩れしてしまう状況だ。この練習で弱点が緩和されたらよかったんだが……何か別な手を打たなきゃいけないな。

 

 

「トレーナー。車道を走るのはダメだと聞いていたが、今日は大丈夫なのか?」

 

 

 考えている途中。メンバーの中でいの一番に息を整えたオグリが、タオルで汗をぬぐいながら話しかけてくる。

 

 

「今日はトレセン学園が公道を貸し切っているから問題ない」

「ハァ、ハァ……貸切ですか、なるほど。だから道中で車を見かけなかったのですね」

「時間限定とはいえウマ娘のためにここまでするなんて、うちの学園は相変わらずとんでもないですな……」

 

 

 イクノは感心した様子、ネイチャは呆れたような声を出した。ウマ娘は専用レーン以外でヒトの出せる速度以上で走ってはいけないというルールがあるのだが、貸し切ってしまえば関係ない。田舎とはいえ街の道路一つをトレーニングに使えるようにするなんて、秋川理事長は相変わらず、ウマ娘のためならなんでもするんだな……

 

 

「神社のほうには提灯が下がっているが、このあたりでお祭りがあるのか?」

「ん? ああ、そういえばそんなことも書いてあったな」

 

 

 好奇心の強いオグリは物珍しそうに見回して、そのことに気づいた。俺たちが休憩している道路の近くには古びた神社の鳥居がある。朱色の門の奥に傾斜のある石段が続いていて、そのあたりには『祭』と書かれた紅白の提灯がぶらさがっていた。

 

 提灯は真新しいもので、奥の方では地元の人が屋台のテントを用意しているのが見える。そういえばトレセン学園から受け取った資料にそんなことが書いてあったな、と思い出す。

 

 

「毎年この神社では、この時期にお祭りをするんですよ」

 

 

 オグリの疑問に答えたのはナイスネイチャのトレーナーだ。彼は乗っていた原付バイクをその場に置いて、オグリのそばに立って神社の石団の上を見上げた。

 

 

「もとは地元の小さな催しだったらしいのですが、トレセン学園が合宿を行うようになってから規模が大きくなって。今ではこの時期の風物詩になったそうです」

「お祭りか、美味しいものがたくさんありそうだ。ああ。考えたらお腹が減ってきた……」

「オグリ先輩、食欲エグいですね」

 

 

 たった1時間前の朝食で三十人前の白米を平らげたオグリがそんなことを言うものだから、いよいよネイチャも遠慮なく正直な感想を口にした。出会った時は最強GⅠウマ娘の扱いでビビっていたのに、慣れた今はもうすっかりただの腹ペコキャラになってきたな。その通りだけども。

 

 

「お祭りはちょうど明日の夕方からです。せっかくですから皆さん参加されてはどうでしょう」

「いいんですか?」

「ええ。息抜きも必要だと思うのですが、どうでしょうか?」

「いいと思いますよ。せっかくの学生の夏休みですから、トレーニングだけで終わるっていうのはあんまりですし」

「やった!」

「ありがとうございます!!」

 

 

 ファン感謝祭は仕事みたいなものだし、他の生徒が楽しんでいるのにトレーニング漬けっていうのはかわいそうだ。根ばかり詰めていても仕方がない。許可を出すとオグリはガッツポーズ。イクノとネイチャが顔を見合わせて表情をほころばせた。ターボはまだ大の字で倒れたまま息を整えていて、話が聞こえていないようだった。

 

 

「さて。そろそろ五分だ。起きろターボ。出発するけど大丈夫か?」

「ふへぇ〜〜わかったぁ。もう限界近いかも……」

「今は辛いだろうけど、これもGⅠに勝つためだ。本番では気持ちよく走らせてやるから頑張ろう!」

「GⅠ……わかった……! ターボまだやるぞ……!!」

 

 

 道路に体を投げ出してぶっ倒れていたターボだが、しかし海老のように背中をそらしたかと思うと、勢いよくジャンプして起き上がって気合いを込め直した。まだ疲れが見えるけれども、意外と復活が早いな。

 

 そしてそこからのランニングは全員、先程よりもずっと気合が入っていた。やっぱり楽しみもなくちゃいけないな。こうして、いつにも増して有意義な時間を過ごすことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お祭り当日の夜。

 

 夕方の薄暗い空の下、提灯の赤い明かりが神社の砂利道を照らしている。賑やかな祭囃子の中で大勢のウマ娘が浴衣姿でやってきていた。来場者をもてなすのは地元民だ。浴衣を来た四人も石段を登り切って、その景色を前に全員がキラキラと目を輝かせた。

 

 

「うーーーっ!! おまつり、だぁーーーーーっ!!!」

「こらこら、危ないでしょ。はしゃがないの」

 

 

 中でも真っ先に階段を駆け登ったターボが、登り終わったあとに勢い余って大きくジャンプしながら叫んで登場。ナイスネイチャが歩きながらあとに続いて、子供っぽくはしゃぐ様子を微笑ましく見ていた。

 

 ターボが何をしようかなとキョロキョロ見回している中、俺たちも遅れて到着。そして周囲の混雑ぶりを見て驚いていた。

 

 

「にしてもすごいウマ娘の数ですね。これほとんどうちの生徒か、こんなに合宿に来てたんだ」

「夏合宿に参加しているウマ娘は毎年500名程度。この祭りの参加率は平均6割ほどなので、恐らく会場には300名程度のウマ娘。地元の方々が参加していることを考えると、例年よりもかなり多いほうかと」

「イクノのそのデータ、どこから拾ってきたのさ?」

「おいターボ、一人で勝手に行ったら迷子になるぞ、みんなから離れるなー!」

 

 

 わかってるー! とかえってきたが、はしゃぎモードのツインターボはどうやら周りが見えていない。屋台に興味を示して次々に突っ込んでは「これなに!?」と店主に説明を求めては苦笑いさせていた。放っておいたら本当に迷子になってしまいそうだ。

 

 しかし連れ戻しに行こうとした時、イクノが声をかけてくる。

 

 

「あの、トレーナーさん。オグリさんの姿が見えませんが」

「え……うわマジか、さっきまでいたのに」

 

 

 さっきまでそこにいたオグリの姿が跡形もない。今まで一緒に鳥居をくぐってきたはずなのに、いつの間にいなくなったんだ……まあどこに行ったのかはおおむね察しがつく。

 

 

「先輩のことですから、食べ歩きに行ったんだろうなあ」

「オグリ先輩なら目立つのでどこに行ったか分かりやすいです。探しに行きますか?」

「いや、大丈夫だろう。むしろ商品を品切れにさせないかを心配したほうがよさそうだ」

 

 

 ここはトレセン学園側の雇ったスタッフが目を光らせている会場だから心配はしていない。オグリも、食べ物関係以外で下手なことはしないだろう。GⅠウマ娘なのでちょっと心配だが……だいたい理由は分かるので心配はしない。後で小言だけは言わせてもらうけどもな。

 

 

「ネイチャ〜、これ美味しいぞっ」

 

 

 突っ走ったターボのほうは案外あっさり戻ってきた。左手にわたあめ、右手にをチョコバナナを持ち、頭にはやたらとカラフルなキャラのお面をつけている。どこで買ってきたんだ。ターボは誰よりも早く、このお祭りを堪能しまくっていた。

 

 みんなで一緒に歩き出して、トレーナーの俺たちは少し後ろから見守るようについていく。三人は揃って仲間と食べ歩いて楽しそうに過ごしている。

 

 

「ネイチャ、ターボのわたあめ一口あげる!!」

「ありがと。ん、なつかしい味。商店街のおじさんがイベントで作ってくれたの思い出すなあ」 

「食べ歩きは普段しないのですが、楽しいものですね。はふっ……ん、んぐぐぐぐ……」

「あー、それめちゃ熱いから気をつけたほうがいいよ!?」

「え!? イクノもネイチャもたこ焼き買ってるじゃん!! ターボも食べたい食べたいっ!!」

 

 

 はしゃぐ様子をみながら、こういう時に学生の邪魔をしてはいけないなと、タイミングを見計らって、トレーナー二人は離れて担当たちの様子を見守ることにした。するとターボは気配が離れていくことに気づいたのだろう。こちらに振り返って大きな目をパチクリとまばたかせる。

 

 

「俺たちは向こうで座ってるから、楽しんできていいぞ」

「とれーなーは一緒に行かないの?」

「ああ。たまには友達だけで過ごしたいだろう」

「我々のことは気にせずに。たまにはウマ娘同士、水入らずで楽しんでください」

「そっか、わかった! じゃあ、とれーなーの分もたこ焼き買ってきてあげるね!!」

 

 

 ターボはそう言って、自分のお小遣いの入ったガマ口財布を手に屋台のほうに飛んでいってしまった。それを見たネイチャトレーナー感心したように言う。

 

 

「気遣ってくれるなんて、ターボさんは本当にいい子ですね」

「ええ。自慢の愛バですよ」

「あの頃に比べて本当に強くなられた。ウマ娘のために全力を尽くすのが我々の仕事ですが、ここまで導いた手腕は本当にお見事です」

「俺自身は未熟なトレーナーのままですよ。いつもターボのほうに助けられてます」

 

 

 手放しで褒められて照れくさくなる。酒は一滴も飲んでいないのに顔が赤くなるのを感じた。実は俺自身も、ターボが勝ってくれるたびに自分の腕に自信がついてきている。ターボに助けられているという面が大きいけれども、この子を支えられていることは確かな自信になっていた。だから、他人からの評価がとても嬉しかった。

 

 

「諦めない気持ちと、弛まぬ努力で道を切り開いたその闘志、情熱、お二人の絆が、この奇跡を起こしたのでしょうか」

 

 

 彼は四人(・・)でワイワイとはしゃぐ担当たちを見ながら言う。

 

 その通りだな。最も酷い時期には、トラウマを抱えながらレースに走ってボロ負けしていたターボが、今この場所に立っているのは奇跡というほかにない。しかしその立役者は俺とターボだけではない。彼もツインターボを助けてくれたうちの一人だ。

 

 

「あなたが助けてくれなければターボはここにいませんでしたよ」

「いえ、とんでもない。私はほとんど何もできませんでしたから……それにこれ以上の奇跡を起こされるのでしょう?」

「もちろん。二人の名前をウマ娘の歴史に刻みますよ」

「私も陰ながら応援しています」

 

 

 本当ならお酒で乾杯したいところではあるのだが、今は仕事中。屋台で買った缶の炭酸ジュースをプラスチックのコップに注いで乾杯した。そうすると何気なくいい匂いがするな、と思い。ふと机の隅に視線をやるとたこ焼きパックが置いてあった。

 

 

「うお、いつの間に……ターボいつ来てたんだ。ぜんぜん気付かなかったけど、どこに行った?」

「射的のお店ですね。ほら、あそこの青い屋根のテントです」

「ああ、いたいた。ってなんか一人増えてませんか」

「知らない方がおられますね……?」

 

 担当ウマ娘たちの様子が、今座っている場所から見える。的を全部外して悔しがっているツインターボ。まあまあと宥めるナイスネイチャと、そしてそれを一緒に励ます青い帽子をかぶったウマ娘がいる。次はイクノディクタスの順番らしく、鉄砲を受け取ってさまになる構えをとっている。

 

 後ろの帽子の子、誰だ?

 

 知らない子がナチュラルに混ざってて戸惑った。誰かの友達だろうか。

 

 

「友人の方でしょうか。最近レースでお見かけした気がしますが……」

「いや。あのウマ娘、どこかで見たことあるような気がする。ん……あ、分かったぞ! マチカネタンホイザだ!!」

「先日のダービーに出走して、上位の成績を残されたウマ娘ですか」

 

 

 遠目で見辛かったけれども、思い出した。今年のクラシック路線に出走している有名ウマ娘だ。

 

 そんな子がどうして、と思ったが誰かの知り合いだったのだろうか。まあ何はともあれ友達が増えるのはいいことだ。たこ焼きを食べながら様子を見守っていると四人がこちらに戻ってきた。

 

 

「とれーなー! これ持っててっ。あとでみんなで食べるからっ!」

「はいこれ、トレーナーさんに買ってきたよ。たこ焼きだけじゃ寂しいでしょ」

 

 

 ターボは取ってきた射的の景品、山のようなお菓子の箱をほくほく顔でテーブルに置いた。ネイチャは俺たちのために追加で買った料理を持ってきてくれた。ネイチャトレーナーが微笑んで礼を伝えた。

 

 

「ありがたく頂かせていただきます。ところでそちらの方は……?」

「ああ、さっき知り合った子。射的めっちゃ上手いから、みんなで教えてもらってたんだ。そんですっかりターボが懐いちゃって。ねっイクノ?」

「一撃で狙いを落とす素晴らしい腕前、感服しました」

「えへへ〜それほどでもないですよぉ」

 

 

 浴衣なのに帽子をかぶったウマ娘、マチカネタンホイザは照れ照れで帽子を弄った。仲良くなったばかりだったのか。ネイチャとイクノが手放しで褒めて、ターボが懐いているようなので悪いウマ娘ではなさそうだ……と、俺が彼女を観察していると、タンホイザは怪訝な表情を浮かべて俺をじーっと観察してきた。

 

 

「んー? あなたトレーナーさんですか。むむむっ、どこかで見たことありますねえ」

「おっ」

 

 

 間近で見つめられている。まあ知っているだろうな。直接対決したオグリのトレーナーだから彼女が知らないはずがない。名乗ろうとしたところで、今話題に出そうとしたもう一人の俺の担当が戻ってきた。

 

 

「トレーナー、今戻った」

 

 

 オグリは両手にビニール袋を下げて歩いてくる。ついでに隣にもう一人知らないウマ娘がいた。薄紫色の髪をしていて、お祭りの屋台で売っている虎柄の仮面を顔につけて容姿を隠している。この子はオグリの知り合いだろうか。

 

 

「おかえりオグリ。けっこうな荷物だけど、自分用のおやつか?」

「屋台の人からもらった」

「どうしてまた?」

「私を応援してくれている地元の人がいて。ぜひもらってほしいと言ってくれたんだ」

 

 

 ああ、なるほど。オグリが食事を持ってきてくれるなんて珍しいと思ったがそういうことか。

 

 ……と思ったが。すでにびっくりするくらいお腹が膨れていたので、単にこれ以上いらないということなのだろう。レースウマ娘にあるまじき体型だ。何も知らないトレーナーなら卒倒するところだが、オグリの場合は数時間で元の体型に戻るので大丈夫だ。あれはどういう仕組みなのだろう。俺の担当ウマ娘は変わった子ばかりだ。

 

 そして偶然ターボたちと仲良くなった初対面の彼女は、わかりやすく反応した。

 

 

「ひ、ひえっ……お、オグリキャップ……さん……」

 

 

 マチカネタンホイザは顔を青くして、尻尾を尖らせてビビり散らかしていた。まあ、そうだろうな。彼女にとってのオグリはクラシック三冠レースで圧勝を決め続けられている怪物だし。

 

 そしてこの様子だと、やっぱり俺がオグリキャップのトレーナーだということに気づいていなかったらしい。心労を察したネイチャが苦い笑顔でタンホイザの背中をさすった。

 

 俺も苦笑いする他なく、とりあえずオグリから受け取った袋を覗いてみる。透明なパックの中身はチョコにんじんやらベビーカステラなどが詰められている。ちょうどネイチャが買ってきてくれたものとはかぶらなかった。

 

 

「スイーツとはありがたいな。みんなで分けようか」

「オグリ先輩、ありがとうございます。あ、こらターボっ! みんな食べるんだから独り占めしないの!」

「早い者勝ちだもん! ピンクのチョコにんじんはターボもらいっ!!」

 

 

 いのいちばんに一番鮮やかな色合いのチョコをコーティングしたにんじんを取ったターボは、美味しそうにぱくりと一口。ネイチャが困ったような顔をしたが、気を取り直して、みんなが食べやすいように机に並べてくれた。ネイチャトレーナーがオグリに尋ねる。

 

 

「オグリキャップさん。隣の方はお知り合いですか」

「ああ。一緒に食事しているときに友達になったんだ」

 

 

 オグリが連れてきた紫葦毛のウマ娘を紹介した。ここまで一言も発さずお祭りの仮面も外していない。変わった子だなあ……と思っていると、イクノは心当たりがあったみたいだ。丸いメガネを持ち上げてじっと彼女を見つめる。

 

 

「もしや、あなたは……」

「お気づきになられましたか。さすがイクノさん」

 

 

 彼女は僅かに微笑んで虎柄のハーフマスクを外した。怯えていたマチカネタンホイザがひゅっと息を呑んだ。

 

 

「ごきげんよう、メジロマックイーンと申します」

 

 

 マスクを外したそのウマ娘は、俺の前で余裕ありげに微笑んでみせる。

 

 俺たちトレーナーも刮目した。同席していたナイスネイチャは机の上に爪楊枝を用意している姿勢で固まり、マチカネタンホイザはいよいよひっくり返りそうなほどに緊張した。俺たちの中で平然としているのは、彼女の正体に気付いていたイクノ、そして疑問顔のターボだけだ。

 

 

「オグリさんとは先のイベントで知り合いましたの。よろしければ、こちら一つ頂いても構いませんか?」

「あ、えっ。はい、もちろんどうぞ……!!」

 

 

 マックイーンはネイチャが爪楊枝を差したベビーカステラをつまむと、一つ口に運んで、年相応の普通のウマ娘のように表情をほころばせた。

 

 現役最強格と言われている『三強』の一人が、どうしてこんなところにいるんだ? 俺はとんでもないウマ娘の登場に震えて、かつてマルゼンスキーと対面した時並みにビビり散らかしていた。そんな反応を見たターボが思い出そうと腕を組む。

 

 

「まっく、ん。まっくいーん……? あーーーっ!! おまえ、さてはターボのライバルだな!?」

「こ、こらターボ……!! 指を差すんじゃない……!」

 

 

 ターボが大声で叫んで指先を突きつけた。しかし相手は名家メジロ家のご令嬢。大物相手に不興を買っては大変だと思い、俺は焦ってターボを手で制した。しかしマックイーンが気にした様子はなく、余裕のある微笑みを崩すことはない。彼女はまず俺を見てにっこりと笑った。

 

 

「あなたがオグリキャップさんのトレーナーさんですわね」

「ああ。初めまして……」

「お噂はかねがね。あなたと、ぜひ一度お会いしたいと思っていましたの」

「あなたほどのウマ娘が俺に……?」

 

 

 お祭りを楽しんで緩んでいた気持ちが、一転して鋭い警戒心で満たされた。現三強が俺に興味を持つとすればオグリキャップが目当てだろう。これは敵情視察で間違いない。

 

 オグリがいることに気づいて遠巻きに様子を伺っていた他のトレセン生も、メジロマックイーンの登場にざわついた。『三強』と呼ばれ、すでに伝説級のウマ娘として扱われている彼女をレース界隈で知らない者はいない。

 

 

「あなたのウマ娘を導く手腕と活躍に深い感銘を受けておりました。私たちは恐らく今年中に戦うことになります。ですので、その前にご挨拶をと思いまして」

「……あなたほどのウマ娘に、そこまで評価していただけるなんて光栄です」

 

 

 俺はそう言いながら、すぐそばに立っているターボのほうに視線を向けた。だが、あからさまにビビっていた。初対面の相手が苦手なせいだろう。コソコソとネイチャの影に隠れて様子をうかがっているところだった。

 

 夢を叶えるために戦う必要のある相手なのに……。しまらないなと思いつつ、トレーナーの俺だけでもしっかりしなければと視線をマックイーン戻した。

 

 

「あなたの言う通り、今年中に戦うことになるはずです。その時は本気でぶつかってやってください」

「ええ。そちらのお二人(・・・)と戦える日を楽しみにしています」

 

 

 その言葉に、かすかに動揺する。マックイーンの視線は最初は隣のオグリ。変わって影に隠れているツインターボを間違いなく見ていた。

 

 

「二人……ですか?」

「ええ。ツインターボさん。彼女のことも当然存じております」

「っ──」

 

 

 マックイーンがそう言った瞬間、威圧感が圧しかかる。背筋にぞわりと悪寒が這い登った。

 

 間違いない。これは、俺の担当ウマ娘への宣戦布告だ。ターボはびくんとウマ尻尾を逆立たせて怯えながらネイチャの後ろに隠れ、普段どんなことにも動じないオグリでさえ冷や汗を流した。

 

 

「あなた方とレースの場で戦える日を楽しみに待っていますわ」

 

 

 要件はそこまでだったのだろう。メジロマックイーンは微笑み、そこで緊張したような空気が霧散した。

 

 彼女は続けてネイチャとイクノに視線をうつしていった。しかしすでに出走経験があるためか、やはり俺たちほど動揺していない。そして最後にマチカネタンホイザ。彼女も長距離適性のあるウマ娘なので戦う可能性が高いのだが……ネイチャの影に隠れ、ターボ以上に震えて怖がっていた。どうも相当プレッシャーに弱いようだ。マックイーンは申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 

「それでは失礼します」

「あ、ああ……」

 

 

 最後に綺麗な一礼をして去っていった。祭りに来ていたトレセン学園のウマ娘や街の人が去っていく彼女に黄色い声をあげていた。さすが何十万人、何百万のファンを持つ別格ウマ娘だ。彼女の後ろ姿を見送っていたオグリがつぶやいた。

 

 

「あれが、『三強』のウマ娘か……」

 

 

 どうやら、ここには知らずに連れてきていたようだ。すでに最強と呼ばれているウマ娘を目の当たりにして思うところがあったのかもしれない。オグリも珍しく緊張している様子だった。

 

 俺の手は震えていた。いつの間にか祭りの楽しい空気が遠い世界の出来事のように感じるようになっていた。心のどこかで油断してくれることに賭けて戦略を組んでいたのだが、考えが甘かった。すでに相手はツインターボに目をつけて強く意識していたのだ。

 

 

(このままじゃ勝てない……まずい。これは、なんとかしないと)

 

 

 ツインターボは未勝利ウマ娘で、どんなに順当に進んでも秋の天皇賞が初のGⅠ挑戦だ。しかしここまで明確に宣言してくる以上、奇策は通用しないと思うべきだろう。意表を突いて『大逃げ』で勝つことができればいけると思っていたが、それはもはや通用しないと思った方がいい。

 

 間違いなくGⅠへの壁が厚くなった。いや、もともとこの程度のハードルがあるのがGⅠか。いつしか握りしめていた手を開く。そこにはじっとりとした手汗とともに、緊張の余韻がしびれるように残っていた。

 

 

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