【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第32話 今後

 

 

 未勝利ウマ娘が『三強』のライスシャワーを七バ身差で倒して、レコード勝ちをした。その報せはウィニングライブを終えるまでの僅かな間にネットニュースを駆け巡った。記事のビュー数は凄まじい上昇を見せ、トレンドは一時『ツインターボ』やその関連キーワードで独占するほどの大騒ぎとなった。

 

 通常、ウマ娘がGⅡに勝利しただけでこれほどの騒ぎになることはない。

 

 大きかったのは、今年、彗星のように現れたスターウマ娘・オグリキャップと同じトレーナーで、かつ同じ地方トレセン所属で深い縁があるという点だ。さらに未勝利戦以外無敗。しかもサイレンススズカ以来の、数年ぶりの大逃げウマ娘ときた。

 

 街行く人はウマホに釘付けになり、家庭ではその話題で持ちきり。レース後の中山レース場は興奮冷めやらない状況になった。

 

 ツインターボの名前は、瞬く間に全国を駆け巡ったのだ。

 

 

 

 

 

 ウィニングライブ後に中山レース場で記者会見が行われることになった。

 

 出席するのは、オールカマーで『三強』相手に大圧勝して時のウマ娘になったツインターボ。そしてそのトレーナー。さらに担当ウマ娘であるオグリキャップの合計三名だ。まさしく話題の渦中にある中心人物。情報を得たがっていたメディアは、会見会場をすし詰めにする勢いで集合した。

 

 俺たちは中央の席について、その時を待った。

 

 

(GⅡの注目度じゃないぞこれは……!!)

 

 

 左でガチガチに緊張しているのが俺。そして右側に飄々と座っているのが、日本中が注目するウマ娘・オグリキャップ。真ん中の席で物珍しそうに会見会場を見回しているのが、今日の話題の中心──勝者となったツインターボだ。

 

 そしてほぼ会見素人な俺たちに対して、執拗に何度も、何枚も白い閃光を焚いてシャッターが切られている。目の前に記者はざっと百人以上いた。カメラの台数が、絶対の存在と思われた『三強』を、『大逃げ』で正面から破ったという事実がどれほど大きいのかを物語っている。

 

 

「ほっ、本日はお集まりいただきありがとうございます。えー、これから記者会見を始めさせていただきます……!」

 

 

 できる限り声が震えないように、ついでに手汗が落ちないように祈りながら言葉を作る。こんな規模の会見を目の当たりにしたのは生まれて初めてだが、泣き言なんて言っていられない。

 

 

「まっ、まずはファンの皆様にお礼申し上げたいと思います……! オグリキャップ、並びにツインターボを応援していただきありがとうございます!」

 

 

 やりきらなくちゃいけない。動揺が顔に出る前に頭を下げてごまかした。ターボに恥をかかせるわけにはいかないと念じながら台本を思い出して喋る。

 

 レースがウマ娘の本番なら、この場こそがトレーナーの正念場。こうして苦手な記者会見を開いたのも、二人をより広く知ってもらってより多くのファンを増やすためだ。

 

 

「本日この場を設けたのは、二人の今後についてお伝えしたかったためです」

 

 

 今日のレースに勝ったことでターボは日本一注目されることになった。一躍時のウマ娘になりあがったターボを、これからも応援してほしいと伝えなくてはならない。汗で滲んだ手で滑らないように気をつけながらマイクを握りしめて宣言する。

 

 

「オグリキャップはクラシック三冠の菊花賞へ。そしてツインターボは、秋の天皇賞への出走を表明します」

 

 

 その瞬間。フラッシュが今までとは比べ物にならないほど激しく焚かれた。視界が白く染まる。俺は内心怖くて泣きたい気持ちでいっぱいだったが、二人のトレーナーとして恥は晒せない。最高峰GⅠ挑戦の宣誓だ。できる限り堂々とうつるように努めた。

 

 

「……以上です。今日はツインターボに関するご質問にお答えしようと思います。それではマイクをお返しします」

 

 

 ひとまずやりおおせてホッとした。俺が長々と喋るのはここまでだが、問題はここからだ。

 

 質疑応答にはいったとたんに、会場の半数以上の記者が手を上げた……マジか。俺は立ち尽くして絶望した。しかし俺の内心など知らず、司会として来てくれたトレセン学園のスタッフが先頭の一人を指名する。腕に記者である証の腕章をつけた男がマイクを手に立ち上がった。

 

 

「東京レースウマ娘新聞です。まずはオールカマー勝利、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「オグリキャップさんはクラシック三冠、ツインターボさんは初のGⅠ挑戦ということですが。この場で、お二人の意気込みをお聞かせいただけますでしょうか」

 

 

 横に視線を向けるとターボはぽかんと口を開けていて、オグリが先に「大丈夫だ」と首を縦に振った。視線で促すと、オグリは自分の前にあるカメラにしっかりと目線を送りながら、置かれたマイクに口を近づけた。

 

 

「三冠ウマ娘になることが目標だ。応援してくれる人の期待に応えたい。次のレースは必ず勝つから、どうか私を見ていてほしい」

「おおっ」

 

 

 頼もしい言葉に記者はどよめき、そして期待の眼差しが注がれた。「これがあのシンボリルドルフが期待するウマ娘か」……と記者の誰かがつぶやいたのが聞こえた。

 

 百年に一人の素質の持ち主だと改めて思う。オグリキャップには人を惹きつける特別な才能がある。走る才能のみではない。見る人を安心させて、わくわくした気持ちを持たせてくれる特別な素質だ。そして、記者はさらに追加で質問をした。

 

 

「以前の日本ダービーの会見で、意識されているウマ娘がいると仰っておられましたが……改めてお聞きしても構いませんか?」

「ああ。ツインターボだ」

「ターボさん……ですか。それは姉妹弟子だからということですか?」

「ああ。出会った時から私の目標なんだ。これからも一番のライバルで、いずれはこのトゥインクルシリーズで戦いたいと思っている」

 

 

 オグリが宣言すると、おおっと会場がどよめいた。

 

 まあ具体的なレース予定ってわけじゃないし、このくらいの情報公開は構わないか。これで二人の関係性も明らかになった。オグリキャップが意識している相手がツインターボだったというのは、記者を納得させるに足る内容だったようだ。メモを取るのに熱中して追加の質問はなかった。

 

 そしてオグリがマイクから手を離すと、自然ともう一人のウマ娘に視線が集まった。もちろん今日のオールカマーのMVP。勝利をもぎ取ったツインターボだ。

 

 

(固まってる……っ!?)

 

 

 俺がその方を見ると、ターボは続々と焚かれるフラッシュを前に凍りついていた。ぽかんと口を半開きにして呆然と動けなくなっている。会見が始まったときは何ともなかったのだけれど……人見知りな性格が出てしまったようだ。

 

 一向に話し始めないターボに記者が怪訝そうにしはじめたので、俺は耳打ちしてこっそりと促した。

 

 

「今後のレースの意気込みを話すんだよ。GⅠに勝つこと、だよな」

「あっ……そ、そう! ターボは誰にも負けない、みんなを笑顔にできるようなウマ娘になる!! それでね、GⅠでマックイーンに勝つぞっ!!」

 

 

 おおうっ!? ターボさん!!? 聞かれるまで名前は出さないようにって言ったのに……!

 

 しっかり打ち合わせしていたにも関わらず、ターボは意気揚々と席を立ってぶっちぎって、突っ走った。しかし俺がたいへん焦る一方、無難なコメントになるだろうと思っていた記者たちは色めき立った。話題になる要素なんてどれほどあってもいいのだと、食いついてきた。

 

 

「マックイーンといえば、もちろん『三強』のメジロマックイーンさんですね」

「そう!! 最強のウマ娘を倒したら、ターボがそれにかわって最強になれるからな!」

「ライバルのオグリキャップさんとの勝負も楽しみですね。彼女も次世代の『三強』候補として名前が上がっていますが」

「もちろん。その時はターボがもう一度オグリを倒すもん!!」

 

 

 一度喋り始めると調子が出てきたようで、そのままふんすと自信ありげに胸を張った。だが、トレーナーとしては心穏やかではいられない。ドキドキしたが……今の不遜な発言は宣誓として好意的に聞いてもらえたみたいだ。

 

 とりあえず何事もなく最初の質問を乗り切ったが、これで終わりじゃない。司会に当てられた次の記者にマイクが渡る。

 

 

「月夜報道社です。えー、ツインターボさんは未勝利バであるとの報道がありますが。こちらは事実でしょうか」

 

 

 一番話し辛い問題に突っ込んできたな……だが、まあ絶対に聞かれると思っていた内容だ。もちろん答えは用意してきている。

 

 

「事実です。ターボは未勝利戦に勝っていません」

「未勝利からわずか半年での中央復帰というのは、その。かなり珍しい状況かと思いますが。経緯をお聞かせいただけませんでしょうか」

 

 

 記者は言葉を濁しながらも、虎視眈々とした眼差しで情報を狙ってくる。まあそりゃあ、半年での復帰はドラマチックとか劇的とか以前に不自然だもんな。後ろ暗い事情があるかもしれないと推測するのは当然。世間が知りたがっている内容だ。

 

 実のところターボの存在が広まり始めてから、ゴシップ記者が学園を嗅ぎ回りはじめていると報告を受けていた。トレセン学園、ないしはURAに何らかの不祥事が起きたのではないかと一部が勘づいたのだ。

 

 

(こうして公の場で聞かれた以上は答えなければいけないな)

 

 

 GⅡで勝利するほどのウマ娘が、一度はローカルに転落することになった理由を世間は求めている。そのためには、かつてターボが悲惨な目に遭ったことも、境遇も。全ての経緯を語る必要があった。

 

 マイクを握って息を吸い込んで言葉を発する直前。脳裏に、ついさっき控室で起きたばかりの光景が蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出したのは、ウィニングライブの直前のこと。

 

 ターボの舞台衣装への着替えを終えて最終チェックをしていたところで、控室に予定外の訪問者がやってきたのだ。

 

 

『え。り、理事長!? どうしてこんなところに……』

 

 

 入ってきたのは二人。ナイスネイチャのトレーナーと、そして……なんと秋川理事長だった。

 

 ネイチャのトレーナーは元々、このレースに参加しているから分かる。しかしどうして理事長がレース場にいるのか。理事長は学園の全ウマ娘を監督する立場ゆえ、常に日本中を巡ってウマ娘のために働く多忙な人だ。いちレースを観戦するためにレース場に足を運ぶことはない。俺はわけがわからなかった。

 

 

『ツインターボ、すまなかった……!』

 

 

 俺とターボの前で理事長は深々と頭を下げた。これ以上ないほど深く、土下座にほぼ匹敵するほど。振り絞るような声色で俺たちに謝罪をした。しかし謝られたターボはまったく意味が分からずにオロオロとするばかり。

 

 

『決着がついたんですね』

『肯定ッ。彼と、たづなから報告を受けた……! これでようやく君に謝罪できる……ッ』

 

 

 しかし俺は二人が足を運んだ意味を理解した。わざわざここまで来るなんて、そのほかに理由を思いつかない。理事長も即座に肯定して、ネイチャトレーナーが補足してくれる。

 

 

『お忙しいところ申し訳ありません。ですが一刻も早くお伝えする必要があったのです。ターボさんの元トレーナー、彼女を先ほど更迭しました』

 

 

 そう教えてくれたネイチャトレーナーの顔は、普段の穏やかな笑みではない。疲れたような気配を感じた。

 

 しかしどうして今になってあのトレーナーの悪事が暴かれたのか……と思ったところで。彼はポケットからボイスレコーダーを取り出した。それを見て俺は全てを悟った。

 

 

『あの会話を録音していたんですね』

『勝手なことをしてすみません。あれが決め手になって、学園側もようやく動くことができました』

『しかし、どうしてあなたがそんなことを?』

『実は私、学園から調査を依頼されていまして。彼女は以前から同じようにウマ娘の育成を放棄し、不正に契約解除をしているのではないかと疑われていたんです』

『ターボの他にもそんな目に遭う子がいたってことですか……?』

『無念ッ。学園のシステムを変えようと動いていたが、時間が足りずこのようなことにッ……』

 

 

 普段は扇子を握りしめている拳を、血が滲むのではないかと思うほど強く握りしめている。帽子のつばに隠れて表情は見えなかった。しかし理事長は後悔に震えていた。その姿を見た俺もターボも、一緒にいたオグリも何も言えなかった。

 

 

『我々は彼女の悪行を一刻も早く止めなければなりませんでした。ですが、今まで彼女は決して尻尾を出さなかった。目を光らせていたのですが……今回、ターボさんの契約を止めることができませんでした』

 

 

 ネイチャトレーナーも表情が暗く、契約を止められなかったことを酷く後悔しているようだった。

 

 しかし改めて言われてみると確かに妙な話だ。元トレーナーは経歴だけで見れば非常に優秀だ。何せGⅢまで何度もウマ娘を送り込んだ実績がある。後半の選抜レースまでウマ娘をスカウトできないような、パッとしないトレーナーとは明らかに違う。

 

 そんなトレーナーが残っているということは……俺の勝手な推測だが、つまり『不幸な誰か』が出ないように契約を阻止していたのだろう。たとえば、契約を結ぼうとしたウマ娘に事前に相手がどんなトレーナーなのか忠告をするとか。

 

 

(焦っていたターボは、スカウトされたその日のうちに契約を結んでしまった。止める間もなかったというわけか……ああそうか。だからこそこの人は、ターボを親身に見てくれていたんだな)

 

 

 彼は担当のナイスネイチャを通してターボのトレーニングの面倒を見てくれていた。

 

 親友という繋がりがあることを考慮してのことだと思っていたけれど、それにしては出会った頃のターボの基礎能力は整いすぎていた。それこそトラウマさえ解消すれば、成長期の怪物(オグリキャップ)に対抗できるほどだ。計画を都度考えてくれていたことは明らかだ。

 

 心のどこかで、この人は他所のウマ娘に対して親身すぎると思っていた。だが彼が裏で止める役割を請け負っていて、それに失敗したことを負い目に感じていたとすれば、辻褄は合う。真実かどうかに関わらず悪評を吹聴するのはトレーナー間の妨害行為にあたり、下手をすれば職を失いかねない危険な行動だ……証拠がない以上、こうするほかになかったのだろう。

 

 もちろん、全ては俺の勝手な推測でしかない。

 

 この件はこれ以上深く尋ねるべきじゃないと考えて、推測の全てを胸の奥にしまっておくことにした。いつまでも二人に頭を下げさせ続けるわけにはいかない。

 

 

『ターボ、どうだ?』

 

 

 隣のターボを見ると、ウィニングライブのドレス衣装のまま大人びた顔で目を細めていた。意外なことに反応はとても薄いものだった。達観したような表情を見て、ターボには似合わないなと思った。

 

 

『うん、いいぞ』

 

 

 返事もあっさりとしたものだった。それは理事長やネイチャトレーナーにとっても意外な返答だったようで、驚いたように頭を上げて正面を見た。

 

 ターボはうつむきながら、隣に立っている俺の手を掴んで、存在を求めるようにかたく握りしめてきた。

 

 

『すごくいやだったけど。今はとれーなーと一緒に勝てたしっ。それに前のトレーナーとは、ちゃんとさよならできたから……いいよ』

 

 

 ツインターボは傷つけられた。走れない状態まで追い込まれた。心に傷を負わされて、夢を断たれて学園を退学することになった。もし俺が同じことをされたのなら絶対に許さなかったに違いない。だからあえて理事長のいる前で言葉にして尋ねる。

 

 

『なあターボ。俺はターボには、前のトレーナーに仕返しをする権利があると思う……どうする?』

『そんなことしないぞっ』

 

 

 質問にターボはほぼ即答で首を横に振った。ずっと話を聞いていた二人は戸惑っていた。そういう反応になる気持ちはよく分かる。

 

 俺もターボの気持ちを最初に聞いたときは、信じられなかったものだ。

 

 

『このあと記者会見がある。そこで全部言えば日本中の人が話を聞いてくれる。そこじゃなくても、この先はいくらでもチャンスはあるが……』

『やだ。言わないもん。てか、前にもそうするって話したじゃん!』

『困惑ッ……本気か?』

 

 

 本気で戸惑っている理事長が、思わず口にする。

 

 

『一時は走れなくなるほどに酷い仕打ちを受けたというのに? キミは、我々を恨んでいないのか?』

『うん!』

 

 

 ターボは、ふふんと胸を張ってドヤ顔で笑った。

 

 

『そんなことしても、みんな困るだけだからな! ターボのいめーじにも傷がつくしっ。それにそんな暗いことばっか考えてたら気持ちよく走れないもん!』

 

 

 そう言い張るターボは、いつの間にか普段の子供っぽいツインターボに戻っていた。もう恨み辛みはどこにもない。過ぎ去った過去に振り返ることなく、ただ明るい未来だけを感じさせた。

 

 

 

 ……少し先の未来で、中央トレセン学園は岐路を迎えることになる。

 

 元トレーナーの罪を追求するのはこれからだ。ターボの他にも退学に追い込まれたウマ娘がいる。ことが明るみにされた時、夢を奪われた彼女たちは躊躇なく元トレーナーを糾弾するだろう。管理しきれなかったトレセン学園側も重い責任を負うことになる。

 

 そこに一躍時のウマ娘まで成り上がったターボが関わったかどうかで、世間に及ぼす波紋に天地の差が生まれる。しかしそのターボが、犯した罪さえきちんと裁かれるのならそれでいいと言った。

 

 当然、元トレーナーの裏切りを許したわけじゃない。

 

 変わらず大嫌いなままだし、話の中で触れるたびに嫌な顔をするあたりしっかりと根に持っている。それでも自ら報復という手段を手放した……それはつまり、中央トレセン学園と秋川理事長が正しいことをしてくれることを信じたことに他ならない。

 

 

『ということです。秋川理事長。すみませんが、ターボの件だけは内々で進めていただけませんか』

『すまない……。すまない、ツインターボ……ッ』

 

 

 ターボは自分の心に従って判断した。辛い目に遭ったのは本人だから、俺から言えることは何もない。

 

 秋川理事長は何度も、すまないと、涙声で深々と頭を下げた。ネイチャトレーナーは口を閉ざし、オグリもしんみりとした表情でうつむいた。静かにターボの選択を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、メディアの前に立ってマイクを握っている。

 

 今からターボが中央から転落し、復帰した一連の事情を説明しなければならない。世間が求めているのは経緯だ。ここで全てを話せば元トレーナーの悪行は世に暴かれる。彼女をとことん糾弾することができるだろう。

 

 しかし、俺は全てを明かさない。元トレーナーの非道をメディアに明かさないことを決めている。

 

 

 

「トレセン学園に入学してすぐにターボは怪我をしました。幸いにも完治までは時間がかかりませんでしたが、怪我は治っても元通り走れるようになるまでに時間がかかるケースがあります。ターボの場合はそれ(・・)が原因で、未勝利戦のチャンスが終わってしまったのです」

「怪我、ですか……」

「はい。その時点で特別な成績を残していたわけではないので、そのまま復帰することができなくなりました。ですので、このような形になってしまいました」

 

 

 俺は横目でターボの方を見たが、何も言わないぞとアピールするみたいに目を瞑って黙っていた。

 

 ターボの境遇を知らない記者たちは大きくざわついたが、今の説明で納得した人も多かった。怪我で引退になるケースはよくある話だからだ。この件、これ以上のツッコミはなさそうだ。

 

 

「現在、ツインターボさんは未勝利戦を除けば3戦3勝。素晴らしい成績ですが、どのようなトレーニングでトゥインクルシリーズに復帰されたのでしょうか」

「二人でちょー頑張った!!」

 

 

 ターボがマイク記者に迫るかのごとく立ち上がり、目を輝かせながら意気揚々と答えた。しかし返答はどれも単純で短すぎて、記者たちも「え?それだけ?」という反応で困惑していた。苦笑いしながら俺が補足する。

 

 

「特別なトレーニングは何もしていません。ただ、トゥインクルシリーズGⅠ勝利は当初からの目標でした」

「高い目標を掲げていたからこそ、ということでしょうか」

「ええ。あとは運に恵まれたという側面も大きいですね。ローカルに移籍した先でどうやれば夢が叶うのか、当時は見当もつきませんでした。オグリに出会ったり、スカウトの人に見てもらえたことは幸運でした」

 

 

 振り返ってみると、本当に俺たちは恵まれた。運にも人にもだ。まるで三女神様が傍で見守ってくれているみたいに感じる時がある。マイクを握りながらそのことを思い返した。

 

 

「月間トゥインクルです!! ターボさんのみならず、トレーナーであるあなたも、一度は中央からローカルに移籍したと聞いています。どういった理由でそうなさったのですか!?」

 

 

 おお、なんかやたらとテンションが高い人が来たぞ。月間トゥインクルといえばレースウマ娘雑誌の看板じゃないか。緊張気味だけれども自分のことなら話しやすい。女性記者の質問に気楽に答えることができた。

 

 

「すでに多くのファンの方がご存知かと思いますが、俺は新人トレーナーです。そんなトレーナーにターボは自分の全てを賭けてくれました。子供の頃に抱いた夢を一緒に叶えてくれると言ってくれたんです。だから俺も賭けました」

「なるほど。トレーナーさんの夢とは……!?」

「見ている人に夢を与えられて、どんなレースでも諦めずに最後には勝つ。最強で(・・・)、最高のウマ娘をこの手で育てることです」

 

 

 言い終えると、俺に質問をした記者がわなわなと震えた。なんだろう。恥ずかしいことを言ってしまったかな……と思ったが、感極まったように。

 

 

「す、す、す」

「す?」

「素晴らしいですっ!!!!」

 

 

 うわびっくりした。

 

 急にとんでもない大声で叫ぶものだから、周りの記者も思わず身を引いている。ターボもウマ耳をピンと尖らせびっくりしていた。

 

 

「ウマ娘のために文字通り全てを賭けて一緒に挑戦する覚悟……!! ツインターボさんとオグリキャップさんが、これほどあなたを深く信頼しているのは、共通する夢あってのことだったんですね!!」

「あ、あの、ちょっと……?」

「と、いうことは、その夢を次のレース……!! 菊花賞と秋の天皇賞に勝利して成就させるということでしょうか!!?」

「あ……」

 

 

 妙にテンションの高い記者にずっと押されていたが、質問されたことで俺は我に返った。俺は少し考えてから、改めて女性記者に視線を向ける。全国に生中継されている無数のカメラの前で肯定した。

 

 

「その通りです。誰も成し遂げたことのない称号を一緒に獲って、夢を叶えさせてもらいます」

 

 

 その効果はてきめんで、無数のフラッシュは止まなくなる。全てのテレビ局が、その後も続いた俺たちの会見を報道した。一年間も無名だった俺たちの名前が日本中のファンに轟いたのだ。

 

 

 

 ──夢が、定まった。

 

 

 ツインターボを未勝利GⅠウマ娘に、オグリキャップをクラシック三冠ウマ娘に押し上げる。

 

 きっと俺の夢は、二人の夢を叶えたときに叶うのだろう。

 

 

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