【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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お待たせしました、ナイスネイチャ編です。






過去編 ナイスネイチャは諦めない(前編)

 

 ナイスネイチャは、自分自身の理想に至れないウマ娘だ。

 

 中央トレセン学園に入学してから一ヶ月が過ぎた頃、新入生ウマ娘を集めた選抜レースが行われることになった。トゥインクルシリーズの登竜門よりもさらに前段階、中央トレーナーからスカウトを得るための大切な機会だ。

 

 新品の赤色ジャージ姿のナイスネイチャはこのレースに参加していた。まだ学園に慣れておらず、ようやく馴染み始めた矢先でのレースだ。ウマ耳は絞られて、表情も緊張で見るからに固くなっていた。独り言で自分に言い聞かせる。

 

 

「大丈夫。いつもみたいに走るだけだ……」

 

 

 いよいよ夢への挑戦が始まる……というにはいささか早すぎるのだが、これが大切なレースであることも事実。ぐっと握った手も汗ばんでいた。冷静でいなければいけないと分かっているのに、どうしたって緊張してしまっていた。

 

 この選抜レース。ひょっとすると、トゥインクルシリーズ本番よりも重要かもしれないのだ。早く脈打つ心臓に手をあてがって落ち着くように念じていたものの、いまいち自信を持ちきれない。時間が経つほど不安がつのっていく。

 

 しかしそんなネイチャの隣には同じ赤いジャージ姿で、真逆に大はしゃぎする一人のウマ娘がいた。レース場を見回している青い毛並みのウマ娘は、トレセン学園で友人になったばかりの娘だ。

 

 

「わー、すっご! すごい! ターボ、こんなにたくさんウマ娘が集まってとこ見るの初めてだぞ!」

 

 

 彼女は名前はツインターボという。同じく今日の選抜レースに参加する、トレセンで初めての友人だ。このレースに人生がかかっているというのに図太いなあと、ネイチャは感心した。

 

 

「ツインターボ。あんた緊張とかしないわけ? いや、アタシみたいに変に緊張するよりはいいけどさ」

「ネイチャはわくわくしないのか!? ターボ、こんなすごい場所で走れるなんて初めてだ!」

「いや。アタシみたいな小市民にはちょっとプレッシャーが大きすぎるっていうか……」

「だらしないな〜〜。ターボのことを見習ってもいいぞっ!」

 

 

 ターボはふふんと胸を張ってみせた。ものすごい自信……というよりも無謀なだけな感じもするけれど。いまは羨ましい。その元気を少し分けてくれないかなあ、なんて思いながら苦笑いした。

 

 

(まあ、テンパっても仕方ないからこの方がいいのか……無理だけど。んで、この中には『本番』を知った上で自信に溢れてるウマ娘もいるのよねぇ)

 

 

 ネイチャもターボも、いわば素人だ。これまでに経験したレースは地元の学校のかけっこ大会や、ちょっとした野良レース程度。しかし実際のレースを知ったうえでターボの余裕ぶっているウマ娘も混ざっているのが恐ろしいところだ。

 

 ネイチャの視線が、ターフで準備運動している鹿毛のウマ娘に向いた。彼女はまるで何も感じていないかのように片足を伸ばして屈伸運動している。

 

 

「伝説のウマ娘が認めたエース。トウカイテイオー、か……」

 

 

 特徴的な白い髪のラインが入った彼女、トウカイテイオーのことを知らない者はいない。今日のレースの目玉は間違いなく彼女。実際に目の当たりにすればよく分かるが、格の違いは素人が見ただけで感じ取れるレベルだ。

 

 まず知られているのは入学試験のレース成績が一位ということ。トレセン学園の伝説として語り継がれている、あのシンボリルドルフに並ぶウマ娘だと囁かれている。

 

 

「とんでもない相手と同期になっちゃったな」

 

 

 あれと戦うかもしれないのか……と、辛い気持ちが増してくる。とはいえ今日の選抜レースの出走順はくじ引きだ。まず間違いなくボコボコにされてしまうので、同じレースになるのは絶対勘弁してほしい。三女神様に祈っておこうか。

 

 しかし悪い方に考えて気持ちが落ち込んでいたところで、ツインターボがネイチャの背中をどんと叩いた。

 

 

「わっ!? つ、ツインターボっ……!?」

「大丈夫だぞ! ターボもネイチャも、ぜったいいちばん取れるからな!」

「……それ、根拠は?」

「勝ちたいからっ!! ターボは勝つためにここにきたんだぞ!」

 

 

 ターボはやはり無根拠で、しかし誰よりも自信満々に言った。

 

 ネイチャは一瞬あっけにとられたが、すぐに気が抜けたように笑った。今はターボのほうが正しいのかもしれない。名家の出もなければコネもない自分たちが、そもそも自信なんて持てるはずがないのだ。勝負する前からこんな気持ちじゃ勝てるものも勝てないか、と思い直した。

 

 

(大丈夫。アタシはちゃんとトレセン学園に入ったウマ娘。ちゃんと自主トレーニングだってしてるしっ!)

 

 

 できる限り、今を精一杯頑張ればよいのだ。地道に。そして地道な積み重ねなら負けない。

 

 自分は特別なものを持っているウマ娘じゃない。でも、今はみんな同じスタートラインに立っているのだ。「じゃあお互いやったりましょか」「おーっ!」とその場でターボと意気投合。ツインターボの存在に助けられて、ネイチャのやる気は一気に好調まで引き上げられた。

 

 

 

 出走レースのくじ引きの結果。ネイチャが出走することになったのは、警戒していたテイオーや、友人のターボのどちらとも違うレースだった。ひとまず一番心配していた事態にならなくてホッとする。いつかは戦うとしても、まだ気持ちの準備ができていないのでありがたかった。

 

 

「新人ー! それじゃあ全員位置につけー」

 

 

 ターフに立ったネイチャは、先輩ウマ娘の声を聞いてスタートラインの上で真剣に構えた。

 

 応援してくれる人に応えたい。

 

 スタート直前にネイチャが思い浮かべたのは、学園に送り出してくれたのは商店街の人たちと、母親だ。引っ込み思案な自分の背中を押してくれたから、こんなキラキラした場所に立つことができた。ここで勝てば、夢が大きく拓けることになる。

 

 

(勝つ……!! 勝つ、絶対に勝ってやる……!!)

 

 

 いつになく。自分には似合わない、熱い気持ちを抱きながら真っ直ぐにコース上を見据えた。頭の中に大切な人を思い浮かべているうちにフラッグが振られて一斉にスタート。ネイチャは全力で疾走する。

 

 

 序盤は、明らかにスタートダッシュに失敗したウマ娘を除いて横並び。しかし徐々に差が開いていく。その明暗を分けたのは地道な努力の積み重ねだった。

 

 ネイチャの走りはまだ発展途上だった。トゥインクルシリーズに出走するウマ娘には到底及ばない。だがそれはほかのウマ娘も同じことだ。何人かのウマ娘が出遅れてそのまま失速。レースが進むにつれて途中で「無理ぃ〜〜っ」とスタミナ切れを起こしたり、普段の走りができずに沈没していくウマ娘が続出した。

 

 

(勝てる……!! 勝つっ……勝って、アタシもキラキラしたウマ娘に……!!)

 

 

 頭の中は真っ白だ。今できる全力は未熟で、しかし誰よりも速い。下地ができあがっていたナイスネイチャが見事に一着でゴールを決めた。終盤で引き離したあたりから後続のウマ娘の気配は感じておらず、勝利を確信していた。

 

 

「はぁ、はぁっ……!!」

 

 

 コースを一周し終えたネイチャは、少しずつ減速して立ち止まって。両膝を抑えながら必死に呼吸を整える。肺に酸素を送り込むうちに徐々に嬉しさが込み上げてきた。

 

 

「やった。勝った……! アタシが勝てたっ……」

 

 

 他のウマ娘が遅れてゴールしてくる中で、誰にも見られないよう密かにぐっと拳を握りしめた。

 

 初レースでの初勝利は、自分のものとなった。トゥインクルシリーズで夢を叶える最初の一歩、確かな手応えがあった。積み重ねてきた努力が無駄ではなかったのだ。そうやって万感の想いで喜んでいるとき──隣のレース場でわあっと歓声があがった。

 

 観客席のほうから集まっていた視線が一気に別なほうに向く。ネイチャもそのほうを見て……何が起きたのかを察した。

 

 

 

 そこで、圧倒的なレースが繰り広げられていた。

 

 別なレーンで行われている八人のウマ娘が出走した選抜レース。そのうち七人のウマ娘をはるか後方に引き離して、余裕ありげに微笑みながら大差をつけているウマ娘がいた。

 

 彼女は自分のレースよりもずっと華々しく、格の違いを見せつけるようにゴールに辿り着いた。

 

 

「トウカイテイオー……」

 

 

 そのレースを駆け抜けているウマ娘は、泥臭い自分のレースとはかけ離れていた。夜空に輝く一等星のようにキラキラと輝いていた。

 

 圧倒的な強い走りを見せつけたトウカイテイオーを見て、突然現実に引き戻されたような気がした。ネイチャのウマ耳がへにょりと垂れる。そりゃ注目されますわ。でも、なにも自分の走ったレースとかぶらなくてもいいじゃないかと落ち込んだ。

 

 

「トウカイテイオー……すごいなあ。トレーナーにめっちゃ囲まれてる」

「ええ。そうですね」

 

 

 せっかくスカウトされる機会だったのに。レースに勝っても全部持っていかれてしまった。しかし同時に納得もできた。噂通り、トウカイテイオーのレベルは自分よりも遥か高みにあったからだ。テイオーの走る姿はネイチャが夢見ている、届かない理想そのものだった。遠すぎて、呆れたように笑うしかない。

 

 

「キラキラしてて凄いなあ、さすが主人公タイプってね」

「ナイスネイチャさん、少々よろしいでしょうか」

「やっぱアタシ程度じゃ、トレーナーさんに見てもらうのは厳しかったかー。あはは……」

「あの、ナイスネイチャさん……?」

「はいはい……うぇ!? ……なななっ、なんですか!?」

 

 

 自分の世界に入り込みすぎて、ネイチャはすぐそばに人が来ていることに全く気付いていなかった。だから飛び上がった。びくんとネイチャのウマ耳と背筋が伸びる。

 

 振り返るとちょっと困ったように笑った男性がいた。知らない人だったが、ネイチャはまず優しそうな人だなと感じた。見るからに人がいい感じがする。そして胸元に金色の蹄鉄バッジをつけていることに気付いた……この人、トレセン学園のトレーナーさんだ!

 

 

「は、はいっ、ナイスネイチャです!」

 

 

 スカウトかも……!? 緊張して、ネイチャは思わず気をつけの姿勢をとった。

 

 自分のところに来てくれたたった一人のトレーナーさんだ。それなのに、失礼なことをしてしまっただろうか。ネイチャは緊張で心臓がばっくばく、汗も流れていた。

 

 この人は自分をスカウトしにきてくれたのでは……という思いと、そんな都合のいい展開があるかと信じきれない自分、両方が胸の中にいた。

 

 

「先程のあなたの走りは見せていただきました。まずは一着、おめでとうございます」

「えっ。あ、あの。ありがとうございます」

 

 

 彼はしどろもどろになったネイチャに「私、こういう者でして」と、物腰柔らかく一枚の名刺を差し出した。シンプルな白い紙面にトレーナーの名前と連絡先、学園のメールアドレスが記載されている。学生のネイチャは名刺を貰うなんて人生で初めてだった。

 

 

「単刀直入にお聞きします。ナイスネイチャさん。トレーナー契約にご興味はありませんか」

「はえっ」

 

 

 アタシなんかを見てくれるトレーナーさんもいるんだ、とのんきに考えていたところの不意打ち。思わず、変な声が出た。

 

 目の前の男性は真剣な眼差しをネイチャに向けている。豪速球ストレートな申し入れに、胸がどくんと高鳴った。この人は自分をスカウトしに来たのだ。しかし信じきれずにネイチャは自分自身を指差して尋ね返した。

 

 

「アタシと契約って。あの、本気ですか?」

「ええ、ネイチャさん。あなたです。勝ちたいという想いが伝わってくる、いい走りでした。その才能を預けてみませんか」

「え、ええっと。あの、そんな。心の準備が──」

 

 

 あわあわと顔を真っ赤にして戸惑った。 なんという醜態だろう。両手で自分のツインテをモフりつつ、視線を下げてトレーナーから顔を隠しながら必死に考える。べタ褒めされるとも思っていなかったし、そもそも心の準備ができていなかった。

 

 

(どうしよう、どうしようっ。即決しないと気を悪くさせちゃうかな? でもこんな大切な話、すぐになんて決められないし……)

 

 

 ネイチャは決められない以前に、焦って考えをまとめられなかった。

 

 しかしトレーナーはそんなネイチャの初々しい様子を見て全てを察し「すぐに決めなくても大丈夫ですよ」と言った。人生の大きな決断だから、あくまで一つの選択肢として考えてくれればよいと、そう続けた。ネイチャにとってはありがたい言葉だった。

 

 しかしひとまず胸を撫で下ろしたところで異変が起こった。落ち着いて考えようとしたところで周囲が騒がしくなり、なんだか物々しい空気が流れ始めたのだ。当然、二人もそれに注目が流れる。

 

 

「何でしょう。トラブルでしょうか」

 

 

 まだ名前も知らないトレーナーがそう言って視線を向ける。近くにいたトウカイテイオーや、テイオーをスカウトしようとしていた何十人ものトレーナー達も注目している。ネイチャからは、人混みの中から担架が運び出されているのが見えた。

 

 白い担架の上に乗っているのは小柄なウマ娘だった。自分の脚を抑えて、脂汗を滲ませて苦しんでいた。見ているだけで不安が掻き立てられるような苦悶の表情を浮かべている。そのウマ娘が友人だと気付いてぞっとした。

 

 

「……ツインターボ!!」

 

 

 周辺のウマ娘の中で、ナイスネイチャだけが激しく青ざめた。とんでもないことが起きたことを知った。スカウトされて高鳴っていた鼓動も、混乱も全部どこかに飛んでいった。

 

 

「すみませんっ。トレーナーさん、あの子、アタシの友達なんです。お話、後でお伺いしてもいいですかっ!?」

「分かりました。私のことはいいので、行ってあげてください」

 

 

 ネイチャは頭を下げて感謝を示し、何もかもかなぐり捨てて慌ててその場を去った。初めての友達がとんでもないことになり、頭が真っ白になっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波瀾万丈の選抜レースが終わった後、ナイスネイチャはトレーナーと契約を結んだ。

 

 契約日から数ヶ月が過ぎた昼下がりのこと。木枯らしが吹き、紅葉が散るような季節に差し掛かった冬頃のことだった。トレーナー室のソファに腰掛けたネイチャは、一年の総決算をするかのごとく入学からの日々を思い出していた。

 

 

「ネイチャさん。珍しくぼうっとされて、どうされましたか?」

「ああ、ごめんトレーナーさん。疲れたとかじゃないの。ほら、今年は色々あって大変だったからさ」

 

 

 ネイチャは苦笑いして弁明した。過去を思い出していたのは本当のことだ。

 

 トレセンに入学出来たことや、トゥインクルシリーズの挑戦が始まったことは思い出深いが、一番印象に残っているのは選抜レースで初めての友人が怪我をしたことだ。あの時は焦ったっけ。付き添った先の病院の先生に、完治する怪我だと言われるまで二人揃ってハラハラしたものだ。あの時はトレーナーさんにも迷惑かけたっけ。

 

 

「ねえ」

「はい、なんでしょう」

「トレーナーさんってさ、どうしてアタシのことをスカウトしてくれたの?」

「ふうむ。難しい質問ですね」

 

 

 ネイチャは思い出したように、パソコンの前で仕事をするトレーナーに尋ねた。

 

 抽象的な質問に彼は考え込んでしまう。しかしネイチャとしてはそんなに難しいことを聞いたつもりではなかったので、言葉が足りなかったと慌てて付け加えた。

 

 

「いやさ! ほら、アタシをスカウトしてくれた時って、テイオーも一緒に走ってたでしょ。だからみんなそっちを見てて……アタシは別に特別なウマ娘ってわけでもないわけで。注目される理由なんてなかったじゃない」

「もちろん、競合が少なくてスカウトしやすそうだったから‥…というわけではありませんよ」

「トレーナーさん。アタシの頭の中読んだ?」

 

 

 ネイチャは自虐的な笑顔をそのまま引き攣らせた。トレーナーはキーボードから手を離して座ったまま体を向け、優しい微笑みのまま答えた。

 

 

「ネイチャさん。あなたが走る姿を見て惹かれました。走ることに対して真摯に向き合う姿勢と努力は特別です。素晴らしい素質を持ったウマ娘なのですから、自信を持ってください」

「いやいやいや褒めすぎ! アタシなんてその辺にいる、ごく普通のウマ娘ですよ!?」

「メイクデビューでも一着を取れたじゃないですか」

「それは運がよかったといいますか。イクノ先輩にもずいぶん助けてもらってるし。一番はトレーナーさんの指導がよかったから……」

「仮にそうだとしても、走るのはあなた自身ですよ」

 

 

 ネイチャは気恥ずかしい心持ちになった。褒められるのはどうにもくすぐったい。見事にデビュー戦に勝ってしまったこともあって、否定しようと思っても反論し辛いのが困りどころだ。

 

 ソファに座り直して深く息をつく。とりあえず自分の話を振るのは、恥ずかしいのでもうやめておこう。

 

 

「ねえ、トレーナーさん。ついでにもう一つ……全然話が変わっちゃうんだけど、いい?」

「何でしょうか?」

「アタシの友達。ほら、選抜レースで担架で運ばれてた子がいたじゃない。ツインターボっていうんだけど」

「……ええ。覚えています」

 

 

 ソファに腰掛けたネイチャは雰囲気を変えて、神妙な面持ちで言葉を出した。それに気づいたトレーナーも真剣な表情に変わる。

 

 

「なんか最近ターボの様子がおかしくて。事情を聞いたら、契約したトレーナーに面倒見てもらえないって言ってるんだけど。そんなことってあるの?」

 

 

 怪我を治した後に、ターボはトレーナーと契約を結んだと喜んでいた。その時はネイチャも一緒に喜んだ。しかし指導を受け始めてすぐに雲行きが怪しくなって、聞けばどうにもうまくいっていないのだという。トレーニング室に一人で放置されていた、なんて同期伝に噂も耳にした。

 

 だが、この名門のトレセン学園でそんなことあるはずがないと思っているネイチャは半信半疑だった。こう言う時はトレーナーに聞くのが一番だ。そんなことがありえるはずがないと否定して欲しかったのだが……彼は首を横に振る。トレーナーは「これはあくまで一般論ですが」と前置きをした。

 

 

「この学園に所属しているトレーナーの指導方針はさまざまです。何人も担当を抱えていらっしゃる方は、付きっきりで指導を行えませんし。中には名義貸し……つまり指導を一切行わずに、レースの手続きのみを担当する方もいます」

「それって……いいの?」

「指導を受けたいウマ娘が、それを受けられない。これは改善されるべきです。しかしそれを完全に無くしてしまえば、レースに出走できないまま引退する子が大勢出てしまうのです」

 

 

 契約を結んでいないウマ娘が身の回りにいないネイチャにとって、それはショッキングな話だった。

 

 全てのウマ娘がスカウトを受けられるわけではない。面倒を見られる枠が限られている以上、トレセン学園に合格しても、望んでいたような指導が受けられない可能性はどうしても出てきてしまう。

 

 毎年、多くのウマ娘が志望してこの学園の門を叩いてくる。しかし現状、最低限必要な試験をくぐり抜けて採用され、多様な現場の業務を経験している中央トレセン学園のトレーナーは希少だ。需要に対して供給が追いついていない。だから、そのような状況も見逃されてしまっている。

 

 

「で、でも……これって何とかならないかな、トレーナーさん」

「…………」

「ターボ、いつも辛そうにしてるの。でも契約解除はしないつもりみたいで……絶対に別なトレーナーさんのところに行った方がいいと思うけど。そんなこと、無責任に強要もできないし」

 

 

 親友が半ば放置されているにも関わらず作戦だけを勝手に決められている。酷い指示を受けて、かつレースにも負けている現状を知っている。それは許せない。

 

 しかし他のトレーナーの指導に口を出せば、中央トレセン学園のルールや慣習上、自分のトレーナーの立場が不味いことになることもネイチャはよく理解していた。だから言えない。それでも尋ねずにはいられなかった。日々ボロボロになっていく親友の姿を見ていられなかった。

 

 

「残念ですが、ネイチャさんの仰った通りです」

 

 

 彼は少し逡巡して、やはり暗い表情で首を横に振った。

 

 

「他に契約されているウマ娘に私の方から干渉することは、いかなる場合でも許されていません」

「そう、ですよね」

「ですが……それはトレーナーに限られた話。これは例え話ですが。ネイチャさんが自分の意志で、ご友人に力を貸すことは誰にも止められません」

 

 

 トレーナーはそう言って立ち上がると、棚からほぼ新品のバインダーを取り出す。そしてそれをソファに腰掛けているネイチャのテーブルの前に置いた。

 

 ネイチャはそれを手に取ったが、何なのか最初は分からずに戸惑った。中を開いてページをめくっているうちにその表情が驚きに染まっていく。バインダーの中身は、トレーナー手作りの指南書だった。

 

 

「これって、ウマ娘の育成指南書……」

「私なりに育成ノウハウをまとめたものです。いつでも自由に読んでいただいて構いません」

「いやいや! これって、トレーナーさんにとって超大切なものなんじゃないの!?」

 

 

 ネイチャはたいへん慌てた。過去何十人も見てきたウマ娘の経験から、どのようなトレーニング方法が効率的だったのか、可能な限り怪我を減らすための運動法など。アスリートとして活躍していても、指導者としては素人なネイチャがすぐに理解できるほどわかりやすい内容が載っていた。

 

 しかし同時にその価値を、賢いネイチャは理解していた。これはいわばトレーナーにとっての飯の種だ。生々しい話だが、優秀なウマ娘をスカウトするためには他と差をつけなければいけない。だからトレーナーから他のウマ娘への干渉はほぼ禁じられているし、情報の公開も行われない。それを自由にしていいというのだから、これは大変なことだ。

 

 

「どうしてターボのためにそこまで……?」

「ウマ娘の支えになるのがトレーナーの役割ですから」

 

 

 ある意味では正しくて、しかし全く納得のできない答えがかえってきた。賢いネイチャは、いくつかのおかしな点に気付いていたからだ。

 

 まずこのバインダーと手作りの書類が新しすぎる。最近作られたものであることが分かった。もう一人、トレーナーが契約しているイクノ先輩のための資料というのなら分かるが……使い込まれた雰囲気は一切ない。

 

 

「こういうのって秘蔵なんでしょ。アタシのわがままのために、いいの?」

「お気になさらず、大したものではありません。怪我だけはしないように注意してくださいね」

 

 

 改めて確認したが了承の答えは変わらない。どこか納得できない気持ちはあったものの、ネイチャはそう言われて指南書を受け取った。ありがたいことに変わりはなかった。

 

 その翌日に一人で過ごしていたツインターボを呼び出し、自主トレに付き合わせてもらうという形でトレーニングを申し入れた。ターボも一緒にトレーニングする相手ができたのが嬉しかったようで、「ほんとか!?」とすぐに食いついた。ネイチャと一緒にいる間は以前のような満面の笑顔を見せてくれた。

 

 その後もターボは未勝利戦に勝てなかった。

 

 でもいつか勝てると信じて、二人で一生懸命に頑張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに時は過ぎた。

 

 ナイスネイチャが皐月賞とダービーに敗れて、ツインターボは中央トレセン学園を去った。結局、親友を助けることはできなかった。明らかに悪意のあるトレーナーから酷い仕打ちを受けていたのに、何もできずに見過ごしてしまった。

 

 

「はあっ、はっ‥…! っはっ……」

 

 

 誰よりも早く起床して早朝トレーニング。日が昇る前から走り込んでいた。

 

 誰もいない学園の道路を走っている間、風は心地いいはずなのに、なぜこうなる前にターボを救ってやることができなかったのかと後悔した。勝ちきれなかったレースのことも思い出して、悔しい気持ちが蘇った。

 

 周囲のウマ娘はすごいすごいと、GⅠで入着したナイスネイチャを称えた。同期の中で際立った成績だ。それを上回るのは他のGⅠで勝ったウマ娘くらいのもので、もはや普通のウマ娘どころか、同期の中では5本の指に入る存在になっていた。

 

 それでもネイチャは驕るどころか、むしろ取り憑かれたように努力を続けた。学園では勉学に励んで、トレーニングの時間は徹底的に自分を追い込んだ。トレーナーを何度心配させたことだろう。

 

 早朝にもトレーニングをして、午後にも指導のもとで練習用のコースを走り込む。疲労はピークに達していた。コースを一周し終えて汗を流して膝を抑えるネイチャに、先輩のイクノが新品のタオルを差し出した。

 

 

「ネイチャさん。本日はそろそろ終わりにしておきましょう」

「ううん。まだやれる……! もっと速く走れるようにならなきゃ……!」

「これ以上は怪我のリスクが増大します。疲労もかなり蓄積しているようですし、設定した目標タイムからも離れています。今日はここまでにするべきです」

「…………分かった」

 

 

 冷静なイクノの言葉に止められて、歯噛みしながら頷いた。

 

 ネイチャは焦っていた。その理由はGⅠに挑むようになってから、呪われたように勝てなくなったことにあった。自分自身の限界、越えられない壁のようなものを薄々感じはじめていたのだ。

 

 自分が戦ってきたのは入学時から腰が引けていた相手。無敗ウマ娘のトウカイテイオーだ。他のウマ娘は相手が悪かったから仕方がないという。しかし、だからといってネイチャがそれを勝てないことの言い訳にすることはなかった。

 

 明らかに実力の差があったのなら諦めがついたかもしれない。しかし勝てるかもしれないと思うところまで手が届くのだが……勝利はするりと寸前で逃れてしまう。一着に手が届きそうなのに届かない。何度もそんな経験をしていると、悔しい気持ちのほうがずっと沸き立ってくる。

 

 そして何よりも、親友と交わした約束がある。

 

 ツインターボは地方トレセン学園に移籍することになっても、必ず戻ってくると言った。ネイチャは今まで何もできなかった。実際に奇跡が起こるかも半信半疑だったが、わずかに残されたターボのためにできることは待つことだけだ。

 

 ずっと待っているからと再会する約束をかわした。ここで待つためには、あの状況でも誇り高く、強く在ったツインターボに誇れる自分でいなければならない。それが、助けられなかった親友に対して、唯一ネイチャができることだった。それなのに。

 

 

「……くそっ」

 

 

 寮に戻って一人になって。悔しさのあまり、廊下で拳を壁に叩きつけた。

 

 どれほど努力しても届きそうで届かない現実が辛い。レースを重ねるたびに、キラキラと輝いているウマ娘が自分を追い抜いていく。どうしようもない壁があって、それを超えるための素質が自分に備わっていないことが歯痒かった。

 

 ナイスネイチャは抱えている苛立ちを誰にも見せることはなかった。こんな諦めるような言葉も、情けない気持ちも吐き出せない。勝つまでは断じて弱音を吐けない。だから一人で抱えることしかできないでいた。

 

 トレーナーも周囲の人も、こんなにも大切に自分を支えてくれるのに応えることができない。

 

 そのことが、もどかしくて辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 停滞していたネイチャに転機が訪れるのは、先の未来。

 

 シニア級に上がった4月。満を持して臨んだ有馬記念の悔しさをバネに、さらにスピードを鍛え上げて挑んだ大阪杯も三着という結果に終わってますますへこんだ。ファンの前では笑顔で振る舞ったが……トレーナーの前でも、いつの間にか無理に笑うことしかできなくなっていた。

 

 トレーナーもイクノも自分のために最善を尽くしてくれている。ならば自分の努力が足りないんだと、そう思うほかになかった。諦めるわけにはいかなかった。才能の限界という、ひしひしと感じている現実からは目をそらし続けた。

 

 ナイスネイチャは早朝に栗東寮を抜け出すようになっていた。もちろんトレーニングのためであり、問題ないと寮長にも許可をとってある。指示されているよりもトレーニング量は越えていたけれど、これは気持ちを落ち着かせるために必要なことだった。良くないと分かっていても早々に目が覚めて、体が勝手に動いてしまうのだ。

 

 

「はぁ……アタシなにやってんだろ。ん……?」

 

 

 凍えそうな空気の中、軽く走り始めたあたりで暗闇の中に小さな人影を見つける。

 

 最初は誰か全く分からなかったものの、気づいたネイチャの目が大きく見開かれる。中央トレセン学園を退学になったはずのツインターボだと気付いたとき、今までに感じたことのない感覚があった。

 

 頭が真っ白になって、その場で再会を喜び合い。一緒に柄にもなく大泣きしてしまった。

 

 

 

 そしてターボはその日のうちに復学を果たし、かつてのクラスメートをたいそう驚かせた。一人だけ先に知っていたネイチャだけが冷静で、ターボは一日中ドヤ顔をしっぱなしだった。

 

 そしてドヤ顔のターボと一緒に久しぶりの学食に向かって近況を聞いていると、ターボは自慢するかのように胸を張った。

 

 

「え。ツインターボ、GⅢのレースに出るの?」

「そうだぞ!! すごいでしょ!」

 

 

 少食だった以前とは比べ物にならないほど大盛りになったご飯を食べる手を止めて、えっへん、と。ツインターボは「どやややっ」とますます自慢げな顔で胸を張った。

 

 

「けど結局未勝利戦には出てないんでしょ。オープンもすっ飛ばしてるし、いいの?」

「とれーなーが出ていいって言ったからな! ターボなら勝てるって言ったんだ。だからじーすりーで勝つ!!」

「ま、まあ。あのトレーナーさんが言ったならいいのかな……?」

 

 

 ネイチャが思い浮かべたのは、新人でツインターボの担当を引き受けたトレーナーの姿。彼を思い出したネイチャは大丈夫だろうかと、若干の不安を抱いた。

 

 ほぼ指導を放棄したあげく契約を強引に破棄した最初のトレーナーとは天と地、彼は絶対に信頼できる人だと断言できる。しかし実力のほどは不明。それほど自分に自信を持っているわけではなさそうで……なんなら今目の前でで無謀に胸を張っているターボのほうが自信を持っているように見えるのと、あと、なんといっても若いのが不安だ。

 

  しかしすぐに首を横に振って、自分の考えを振り払った。自分が不安に思うことなんて何もないじゃないかと。何せあのトレーナーは、ターボを復帰させるという約束を見事に果たしてみせたのだ。それは誰が聞いてもすごいことだ。

 

 

(未勝利でいきなりGⅢに勝てるというのは飛躍し過ぎな気もするけれど……)

 

 

 実績があると分かっていても、やはり未勝利からGⅢなんて大丈夫なのかとどうしても思ってしまう。GⅢに勝つのは大変なのだと身をもって知っている……しかし勝つ見込みがある、ということなのだろう。地方に移籍してまでターボを見続けてきたトレーナーが言うのなら、口出しはできない。ネイチャは言葉を飲み込んだ。

 

 

「分かった。応援してるから、ぜったい勝ってくるんだぞ」

「とーぜんだっ! ターボが全員ぶっちぎって勝つもん!」

 

 

 そう言い張るターボの姿は、かつて見た選抜レースの時のツインターボとまるきり同じだった。根拠が全くないように聞こえる自信満々な宣言だ。成長しているのか分からない。

 

 ネイチャはますます不安になり、同時に興味も抱いた。

 

 この半年でターボはどこまで強くなったんだろう。どうやらターボは一人のレジェンドウマ娘に気に入られてスカウトを受けたらしく……それは以前よりも実力をつけたということに他ならない。そんな走りができる子だっただろうか。気になりすぎて悶々としたネイチャは、決めた。

 

 

「福島に行きたい……ですか」

「はい。ターボの復帰戦をどうしても見に行きたくて。ダメでしょうか」

 

 

 思い切ってトレーナーに申し入れた。GⅠでもなく、かつ直接的に自分と対戦するライバルが出走するレースでもない。そのために遠征を組むのは、それなりに無茶だと分かっていた。

 

 

「構いませんよ。最近ネイチャさんは根を詰められていましたし、きっといい息抜きになるでしょう」

 

 

 あっさりと認めてもらって、ネイチャは申し訳ない気持ちになった。最近の自分は張り詰めていた自覚があった。だが、思いのほか心配させてしまっていたらしい。ネイチャは気まずさからつい視線を逸らした。

 

 保護者としてトレーナーに付き添ってもらいながら二人で福島レース場に現地入りした。レースを見に行くことをターボには伝えなかった。突発的だったから、ということもあるけれど。現地でびっくりさせてやろうという悪戯心が働いたのだ。

 

 

 

 

 

 福島ウマ娘ステークス。

 

 トゥインクルシリーズの中でも上位グレードである重賞・GⅢのレースが始まり、ツインターボはいの一番に飛び出し、最前線でレースを駆け抜けた。

 

 そして復活した大逃げは、ゴールに至る最後まで他のウマ娘に影も踏ませなかった。

 

 

「ターボっ、ぜんかああぁぁぁぁいいいいーーーっ!!!!!」

 

 

 可能性は、花開いた。

 

 親友の勝利を信じていなかったわけではない。ただ目の前の光景が信じられなかった。驚かされたのはナイスネイチャのほうだった。

 

 笑顔で先頭をぶっちぎって、堂々と一着を獲ったツインターボはキラキラしていた(・・・・・・・・)

 

 それはネイチャが走り始めてからもとめてやまない『特別』だった。

 

「ターボが、勝った……」

 

 

 ターボは芝の上にぶっ倒れながら腕だけを上げて観客にガッツポーズしていた。ネイチャは似ても似つかないターボに、トウカイテイオーの姿を重ねていた。

 

 序盤から目を見張るほどの加速を決めて、10バ身を超えるリードを取った。自分でも追いつけるか怪しいほどの凄い走りだった。ターボは自分にはないものを宿したからこそ、中央トレセンに戻ってくることができたのだ。

 

 嬉しい気持ちは間違いなくあった。それと同時に、いずれツインターボは自分より先に勝って夢を叶えるだろうと確信してしまった。そう分かった時、何とも言えない感情が胸の奥から溢れだした。

 

 

「ネイチャさん、どうされましたか……?」

「……」

 

 

 両手で固く握りしめた柵を手放した。誰にも顔を見られないように、コースの上で大喜びするターボに背を向けた。モヤモヤとした気持ちが胸を覆った。でもそれはきっと間違った感情だ。だからナイスネイチャは自分自身を覆い隠すため、誰とも言葉を交わさずにレース場をあとにした。

 

 

「行かなくてよかったんですか」

 

 

 帰りの新幹線に乗り込んでからトレーナーが尋ねる。帰路につくまで、彼がネイチャに話しかけることは一度もなかった。さすがに気持ちも落ち着いていて、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

「……うん。ごめん、トレーナーさん」

「気にしないでください」

 

 

 時間を置いても自分の中のモヤモヤした気持ちを整理しきれないままだった。ウマ娘の出せるスピードよりもはるかに速い車両の中で、頬杖をついて流れていく景色を眺めていた。

 

 勝ったターボにおめでとうと一緒に喜びたかった。それなのにどうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。幸いターボには福島まで来ることは伝えていなかったので、帰ってから何事もなかったように振る舞うことができる。それだけが救いだった。

 

 

「それにしてもツインターボさん、本当に見違えました」

「……うん。きっとすごく頑張ったんだと思う」

 

 

 あの走りはツインターボの努力の証だ。見違えた。きっと自分なんかよりも血の滲むような努力をしてきたのだろう。そう思いながら……ふとネイチャは、ターボがどんなふうに頑張ってきたのか何も知らないことに気付いた。

 

 

(あの子はもともと人一倍頑張ってた。地方に行っている間、ターボに何かあったんだ)

 

 

 ナイスネイチャにとって、ツインターボは自分と近い存在だった。

 

 性格も走り方も違うし、話だって言うほど合うわけじゃないけど。ずっと一緒に過ごしてトレーニングをしてきた。だからお互いの経験してきた努力量も素質の限界も理解している。

 

 

 ネイチャが知っているのは中央トレセン学園を退学になる寸前までのツインターボだ。あそこからGⅢに勝利するほどターボを強くしたものがある。ネイチャが求めてやまないものを、親友が身につけて戻ってきたのは悔しいけれど、それを知ることができれば──。

 

 

(あ……そっか。アタシ、羨ましかったんだ)

 

 

 そこまで考えて、ネイチャは自分が焦り、そして焦がれていることに気付いた。

 

 例えば自分を四度も打ち負かしたトウカイテイオーのように。あるいは過去レースに憧れを持つきっかけになった歴代のレジェンド達のように。最高の舞台で、自分のできる全てを尽くしてキラキラしたい。自分も夜空に浮かぶ星のような輝きをレースで放ってみたい。それがナイスネイチャの夢だ。

 

 しかし自分には、テイオーみたいにキラキラする才能がないと思って諦めかけていた。才能の限界を感じていた。だから、憧れをものにしようとしているターボを見てモヤモヤした気持ちになったのだ。

 

 しかし考えてみれば、そうじゃない。

 

 ターボのスタートラインは自分と同じだった。テイオーや、過去のレジェンド達のように最初からキラキラしたウマ娘じゃなかった。それでもあんなすごいレースで圧倒していた。

 

 自分も、たどり着けるだろうか。

 

 ツインターボに手を伸ばせばキラキラに至れるかもしれない。いや、石に齧り付いても辿り着くのだ。ネイチャは閉ざされていた暗闇の中で、一筋の光を見つけたような気がした。

 

 今感じている壁は、どうしようもない才能によるものじゃない。その考えに思い至った時。レース場を出た時から抱えていた嫉妬のような感情は綺麗さっぱり消え失せた。

 

 

「トレーナーさん、お願いがあるの」

「何でしょう?」

 

 

 行き場を失っていたエネルギーが、目的地に向かってただ一点を向いた。まだ間に合う。福島レース場を出た時とは全く違う前向きな気持ちでトレーナーの目を見ながら言った。

 

 

「トレセンに戻ったら、ターボと走ることってできるかな」

 

 

 質問を受けたトレーナーはネイチャを見て固まったが……何かを察したような顔をしたあとで、こくりと縦に頷いた。

 

 

 

(アタシだって、あんなふうに勝ちたい……!!)

 

 

 才能がなかった……なんて、簡単な言葉で夢を諦めたくない。

 

 最高の舞台、GⅠに勝ってキラキラしたい。本当に欲しいのは3着でなく1着だ。

 

 ナイスネイチャは本気で、勝ちたいと願っていた。

 

 

 

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