【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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過去編 ナイスネイチャは諦めない(中編)

 

 

 トレセン学園に戻ったナイスネイチャは、腰を落ち着ける間もなくターボのトレーナー室に押しかけた。冷静であれば先にアポを取ってから動くのだが、今はいてもたってもいられなかった。

 

 

(あの時のターボみたいに走れるようになれたら、アタシもきっと……!!)

 

 

 ネイチャを突き動かしていたのは、一刻も早く現状を抜け出したいという強い衝動だ。その勢いのまま突撃をかましてしまった。迷惑をかけてしまう可能性もあったのだが、幸いなことにターボもトレーナーも部屋にいて、二人はネイチャを待っていたかのように歓迎して真剣に話を聞いてくれた。

 

 その日のうちに、ネイチャのための模擬レースが開催されることになった。

 

 

「あの、トレーナーさん。本当にいいんですか?」

「もちろん、君は俺とターボの恩人だからな」

 

 

 あまりにもトントン拍子で話が進んでいくものだから、願い出たネイチャはビビり散らかした。

 

 まあそりゃあ、いくら並々ならぬ関係がある者同士とはいえ、一応他所のウマ娘だ。ライバルになりうる相手だ。自分にメリットがありすぎやしないだろうかと不安になった。しかしターボのトレーナーはナイスネイチャに心から感謝しているようだった。

 

 

「君がいなかったらターボは今ここにはいない。このくらいはお安い御用さ」

「そんな、大袈裟ですよ。アタシは結局何もできませんでしたし」

「そんなことない! 他にもできることがあれば、いつでもなんでも言ってくれ!!」

 

 

 未勝利戦の時のことなら友人として当然のことをしただけだ……と言っても、きっと聞いてはくれないだろう。押し問答になりそうだったのでやめた。それにこの話は、ネイチャにとって喉から手が出るほど欲しい機会だ。チャンスはありがたく受け取ろうと自分の中で納得した。

 

 強くなったターボともう一度競争したい。一対一で戦うだけだし、そんなに難しく考えることはないのかもしれない……と、そう思ったところで。

 

 

「うぇっ」

 

 

 軽い気持ちでコースに出てきたネイチャは、ターボと並んで準備運動するウマ娘を見つけて卒倒した。そこにいたのは、トウカイテイオーに次ぐ今年度のキラキラGⅠウマ娘(オグリキャップ)。ネイチャが目指している『先の世界』にいるウマ娘だ。

 

 

(な、なんで今年のテイオー級が……うへぇ、この人がトレーナーなんだった)

 

 

 ターボ復活の件でビックリしすぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。信じがたいことだが、なんと。頼りないと思っていた彼がオグリキャップのトレーナーなのだという。

 

 しかし考えてみれば、一度は騙されたツインターボが心を開いて全面的に信用した人柄に、自力で走れなくなったターボを半年で復帰させた腕前を持っているのは事実だ。むしろ初対面の印象を改めなければならないのは自分のほうなのかもしれない。

 

 

「半年で未勝利だったターボを復帰させて、ほかのウマ娘をGⅠに勝たせたってことですよね……いやほんとに、移籍したあとに何があったんですか?」

「その話は長くなるから、今度時間があるときにでも、ターボと一緒にゆっくりと話そう」

「ぜひお願いします」

 

 

 きっと一冊本が書けるような内容が聞けるに違いない。その話の中にターボが強くなったヒントがあるだろうし、ネイチャはそれはそれで楽しみに待つことにした。

 

 しかし、とりあえず今は目の前の模擬レースだ。

 

 オグリキャップ先輩も自分を知ってくれていたみたいで、仲良くなって三人一緒に走ることになった。昨年度のテイオーと同等の相手だ。不足はない。少し遅れてやってきた自身のトレーナーの二名の観衆の中、ネイチャはターボとオグリキャップの二人と正面からぶつかりあった。

 

 ネイチャが本番同然の全力を出してあたった結果は、オグリキャップの完勝だった。

 

 

「負けた……」

 

 

 両手をついて四つん這いの姿勢で体重を支えながら、何滴もの汗を額から芝生に落とした。愕然とした。シニア級の自分が全力で走ったのに追いつくことができなかった。実力の差は大きくないが、普段感じている『壁』に阻まれた感覚があった。

 

 その場に座り込んで敗因を考えていると、ターボのトレーナーに話しかけられる。

 

 

「どうだった?」

「ターボは強くなりすぎ。オグリ先輩は、信じられないほど強かったです」

 

 

 敗けて悔しい。しかしそれよりも今は自然と、なぜ自分が1着を取れなかったのかを考えるほうに集中した。それほどに二人の走りはネイチャにとって衝撃をもたらした。

 

 まずはツインターボ。最後に追い抜くことができたが、距離が短ければ危ないところだった。残念なことに今の勝負では、GⅢレースを生で見た時に感じた『キラキラ』を感じることはできなかったけれど、ここまで差を詰められているとは思っていなかった。

 

 そしてオグリキャップだが、彼女の走りは紛れもなく『キラキラ』を感じた。紛れもなくトウカイテイオーの同類、自分とは違う世界に生まれたウマ娘。だから敗北するのもある意味当然で、敗因は完全に自分の力不足だった。

 

 今の模擬レースはそれだけで多くの刺激をもたらしたが、一番驚いたことが何かと問われれば一つしかない。

 

 

「一体どれだけ努力したんですか。トレーナーさん、実は超ベテランだったとか?」

「オグリの地盤を作ったのは俺じゃないぞ。トレーニングも普通のことしかしてないしなあ」

「ターボの走り方は?」

「ああ。あれはオグリの影響を受けて(フォーム)を変えたんだ。オグリもターボの走り方を参考にしてて、皐月賞でもスピード重視の戦略をとっていただろう?」

 

 

 尋ねればターボのトレーナーは快くなんでも話してくれた。余所のウマ娘に言ってしまっても大丈夫なのか……と思うようなことも普通に教えてくれる。その中から必要な情報のみをインプットしていった。現状を打ち破る参考になるはずだ。

 

 

「あのロケットスタート。あれヤバくないですか? アタシ度肝を抜かれちゃいましたよ」

「ふふーん。ターボの新しい必殺技『ターボジェット』だぞ!!」

「まんまじゃん」

「ネイチャもどーんって走れるようになったら強くなれるぞっ!」

 

 

 力尽きてぶっ倒れていたターボがいつの間にか復活して、成長した部分を聞いてほしい! と、目をキラキラ輝かせてネイチャに迫った。過去に『差し』を強制されていた頃の暗い姿は見る影もない。走りも、メンタルも。復活した上でさらに強くなっている。

 

 そしてネイチャはここに着目した。

 

 この『ターボジェット』なる必殺技。地道な努力に加えて、あれがツインターボを中央まで再び押し上げたのだ。あの難しい技を成立させていることから、ライバルと高めあい、ひとときも欠かさずに励んでいたことがわかる。

 

 

(これがターボのキラキラの正体、なのかな)

 

 

 同じ走り方をすれば自分も現状を打開できる、というほど安直なものではない。

 

 あんな低い姿勢で走る自信はないし、そんなことで求めている『キラキラ』が手に入るなら苦労していない。今掴んだのはあくまでヒントだ。求めるものの正体にたどり着く最初の一歩。諦めずに続けた努力の結晶であるあの技こそが入り口になってくれるはずだと確信を得た。

 

 

「でもまだ完璧じゃないんだ。だから今日はね、もっと『ターボジェット』をすごくするための練習だ! ネイチャも一緒にやる!?」

「えっ、そういうのって秘伝なんじゃないの。一応部外者よ、アタシ?」

「教えてほしいなら構わないぞ。教えあったほうがみんな嬉しいし、もっと強くなれる。一緒に練習しよう」

 

 

 ターボはもちろん、他でもない『ターボジェット』の基礎を教えたオグリまでもが同意した。二人の指導者であるターボのトレーナーも同意見の様子。

 

 

「うちは問題ない。せっかく一緒に練習するなら、ナイスネイチャ、何度もGⅠを経験している君の視点からオグリとターボの役に立ちそうなことを教えてくれると助かる」

「そうですね。それなら、大丈夫です」

 

 

 自分の今まで戦ってきたレースや、教わってきたことならば伝えることができる。しがないウマ娘とはいえ、これまでのトゥインクルシリーズの経験をきっと役に立ててくれるはずだ。

 

 念の為ため自分のトレーナーのほうを見ると、彼はいつもの柔らかい笑顔を浮かべながら頷いた。こういうのは難しい問題のはずだが……まるで事前に話がついていたような話の速さだ。まあお互いある程度気心の知れた相手で、悪い話じゃないから、こんなものなのかもしれない。

 

 

 その日からネイチャは、定期的に二人の練習に参加するようになった。ターボとオグリは新しい仲間の加入に大喜びだった。

 

 二人と同じトレーニングを課したり、直に話を聞いたりしたけれど、やはり早々に自分の課題が解決することはなかった。一応(フォーム)も教わったけれど、ネイチャには強靭な脚力も柔軟性もなく、ターボのように特別体重が軽いわけでもない。その取り組みは失敗に終わった。

 

 しかしきっと道は繋がっているはずだ。ネイチャは諦めることなく、今以上に強くなって壁を超えるためのきっかけを探し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえターボ。アタシって、どうしていつも勝てないか分かる?」

「んんんあっ?」

 

 ウマ娘の集うトレセン学園の食堂、混雑するランチの時間。タイミングを見計らったネイチャは思い切ってど直球で尋ねてみた。

 

 ツインターボは七色のカラフルな野菜サラダを口いっぱいに頬張っている最中だったが、すぐに水で一気に流し込んで「ぷへぇ」と息をついた。それから口を半開きにして不思議そうに首をかしげた。

 

 

「ネイチャ、ターボよりたくさん勝ってるぞ?」

「そりゃ戦績はそうだけど、そうじゃなくて。アタシってGⅠになるといつも惜しいところで負けちゃうのよ。練習だって結構頑張ってるつもりなんだけど、うまくいかなくってさ……」

「そうだな! ターボと同じくらいトレーニングしてるのは知ってる!」

「同じ……まあ、そうね。出会った時はけっこう気ままだったけど、今じゃ真面目にやるようになったもんね」

「強くなるのは楽しいからなっ!! でもうーん、ネイチャが勝てない理由ー?」

 

 

 スランプを脱する方法を求めてツインターボに答えを求めたネイチャ。しかし、本人に直接聞くのはこれが初めてだ。とはいえターボは感覚派なので、うまい答えが返ってくるかどうか。ターボはその場で腕を組んで、悩ましげに悶々と考え始めた。

 

 

「ん〜〜〜〜……ぜんぜんわかんない……」

「わかんないかー」

 

 

 やっぱりわからなかったらしい。本気で考えていたためかターボの頭からぷしゅうと煙が出た。もともとダメ元の質問だ。ごめん変なこと聞いちゃって、とネイチャはその場を苦笑いでごまかした。

 

 しかしターボは腕を組んでひとりで納得したように頷いた。

 

 

「でも気持ちはわかるぞ。どうしても勝てないときは大変だもんねっ」

「そうなのよねえ。でもアンタはすごいよ。諦めないって言い続けて、結局何もかも覆してここまで戻ってきちゃうんだからさ」

「まだまだだけどな! そうだ! ネイチャもターボの真似をしたらいいんだ!!」

「アンタのトレーニングも必殺技も一応練習はしたわよ」

 

 

 したけれども、劇的に変わるような都合のいいものは見つかっていない。よくしてくれていることに感謝は尽きないが、スランプという名の暗いトンネルはまだ続きそうだ。

 

 しかしターボでもわからないとなると、さて困った。結局いい案は思いつかず、さてどうしようかとその後も一人で悩み続けた。

 

 

「どうするかなー。はぁぁ、世の中そんなに甘くないか」

 

 

 最近のネイチャはなりふり構わずにクラスの友人にも聞いてみているのだが、返ってくる答えは大抵「GⅠに出られるだけで凄いじゃん!」か。あるいは「相手が悪すぎるんだよ」の2択だ。どちらも求めている答えではない。ツインターボなら違う答えを出してくれるかもしれないと思ったのだが、解決には至らなかった。

 

 悩みを抱えたまま授業を終えて、放課後になった。同期が教室から出ていく最中、自分もいつものようにトレーナー室に行こうと思い、鞄の荷物を整理している最中にふと手が止まる。

 

 

「そういえば今日は休養日か」

 

 

 ひととおり荷物をしまい終えたネイチャだが、今日はトレーニングがないことを思い出して複雑な顔をした。最近は余分にトレーニングをしていることに気付かれて、トレーナーとイクノの二人から休養を言い渡されてしまったのだ。計画をしっかりと守ることこそ勝利への近道、とのことだ。

 

 体をゆっくり休めるように言いつけられているものの、しかし気持ちは全く落ち着かない。このまま寮に戻っても気が休まらないだろうなあと自分でも分かる。

 

 ネイチャは鞄を持って外に出て練習用のコースを軽く散歩しながら寮に帰ることにした。ちょっと遠回りだが、このくらいは許されるだろう。コースで知らないウマ娘がトレーニングや、野良レースで競っている様子を眺めていた。

 

 

「ターボとテイオーにあってアタシにないもの、かあ。なんなんだろ」

 

 

 あえてペースを遅く歩きながら、ぼんやりと思考を巡らせてみる。

 

 自分には足りないものがある。しかしそれは生まれつきの素質などの、努力ではどうしようもないものではないと感じている。しかしネイチャが自力で分かるのはそこまで。先ほどのターボではないが「全然わからん……」というのが正直な感想だった。

 

 考えてもあと一歩がどうしても足りない。踏み出し方が分からない。

 

 しばらく考え込んでいると、目の前の練習用コースに自然と目が向いた。無意識のうちにウマ娘の姿を捉えていたらしい。彼女はターフに立てられた柵のそばで、汗を流しながらおぼつかない足取りで一生懸命に歩いていた。怪我を負ったターボの姿を重ねた。ネイチャは、それが怪我後のリハビリの動きだとすぐに分かった。

 

 

「あれって、テイオー……?」

 

 

 それは因縁のライバル、トウカイテイオーだった。

 

 生で見るのは菊花賞の時以来か。休養して以来学園でも姿を見ることはなかったのだが……少し離れた場所で、テイオーのトレーナーがタブレットを持ちながら監督していた。トレーナーと二人でコースに出てきているようだ。

 

 寮に戻ろうとしていたネイチャの脚は自然とターフのほうに向いた。邪魔しないように、足音を立てないよう気をつけながら近づいていくと、不意にトレーナーが振り向いた。

 

 

「ん? ナイスネイチャさん、久しぶり!」

「ギクッ。え、あ。あの……あはは。どうも」

 

 

 予想しないタイミングで気づかれたので、ネイチャはその場で小さく震えてわかりやすく動揺した。そして「何で声をかけちゃったのアタシ……!?」と今になって後悔した。というのもテイオーは一方的にライバル視しているだけで、レース外で特別に仲が良かったわけではないのだ。

 

 自分から近づいておきながら何を話せばよいか思いつかないでいると、リハビリ中の当の本人……ぐぬぬと踏ん張りながら重い足取りで歩いていたトウカイテイオーも一区切りがついたらしい。手近な柵に体重を預けながら息をついて、そしてトレーナーの横に立っているネイチャの存在に気づいた。

 

 

「あれ。君……ナイスネイチャじゃん」

「あはは。久しぶり」

 

 

 不思議そうに青い目をぱちくりとまばたかせる。テイオーは訪問者を不思議そうに見た。ネイチャは声をかけた理由をうまく説明できず、とりあえずお見舞いにきた体で作り笑いしながら手を振った。

 

 担当と同じ形のポニーテールで髪を結ったテイオートレーナーは、「ちょっと荷物をとってくるね。その間は休憩!」と言い放ち、おそらくネイチャに気を利かせてその場を離れた。置いて行かれたネイチャは生返事をしながら……ハッと我にかえって。つたない足取りで歩くテイオーを支えて、近くのベンチに座った。

 

 

「ごめん、手伝わせちゃって。まだうまく歩けなくってさー」

「全然いいよ! 怪我、大変だったんだってね。聞いたわよ。菊花賞のあとに、もう一度骨折したんでしょ」

「そう!! 聞いてよっ!! 復帰できるって思って出走届けも出してたのにさ!! あーもうっ、なんでいつまでも走れないかなーー!!」

 

 

 テイオーはプンプンと憤っていた。足を怪我していなければ地団駄を踏んでいそうな勢いだ。

 

 ネイチャとテイオーが戦ったのは菊花賞が最後だ。その後も有馬記念や大阪杯、春の天皇賞などの名だたるGⅠで有力視されていたが、二度骨折したせいで棄権せざるを得なくなったという。しかし意外なことにライバルの顔に悲壮感はない。ネイチャは少しだけ安心した。

 

 

「心配してたけど、元気そうでよかったわ」

「ボクの心配をしてくれてたの? なんでキミが……?」

「そりゃそうでしょ。勝ちたい相手が怪我をしたんだから。心配の一つや二つくらいしますよ」

「ふふーん。そっか、そういえばキミ。ボクにまだ一度も勝ててないもんねー!」

「元気すぎるわ」

 

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて煽ってくるテイオーに対し、ネイチャは思わず素の態度でピシッと手を当てて突っ込んでしまった。相変わらずの憎たらしさだ。まあ、でもこういうところは嫌いじゃない。一応気遣うのを止めないように気をつけながら、さらに尋ねる。

 

 

「そうよ。アタシはまだ勝ててない。いつかアンタに勝ちたいと思ってるわ」

「そっか。ならまた同じレースを走ることになるかもねっ。無敗の三冠ウマ娘の目標は達成したけど、今度はボク、七冠ウマ娘を目指すことにしたからさ!」

「うぇっ。七冠!? いくらなんでも目標高すぎでしょ!」

「だってボク才能あるもんねーっ」

 

 

 テイオーはふふーん、と。それが当然であるかのように言い切った。あまりにも元気すぎるので、一時は思い悩むほどに心配していたネイチャも安心してホッと気が抜けた。この大言壮語はテイオーらしい。驚かされつつも、ちょっと懐かしい気持ちになった。

 

 

「そこまで言うってことは。後遺症とかもなく、 それが治ったら元通り走れるって感じなんだね」

「さあ。わかんない」

「えっ……」

「いや、そんな顔しなくても別に走れなくなるって決まったわけじゃないよ。そんなのその時になってみなきゃわかんないじゃん。まあ、三女神がボクを待ってくれてる大勢のファンの期待を裏切るようなことをするわけないよね!」

 

 

 走れるようになるに決まってる、と。テイオーはこれまた確信を持って言い放った。ネイチャは乾いた笑いを浮かべる。どうやらまだ非確定らしい。しかし、このまま進めば本当に何事もなく復帰しそうだと思った。

 

 しかし、テイオーの復帰が近いというのは嬉しい知らせだ。

 

 ネイチャにとってテイオーはずっと目標にしてきたウマ娘だ。勝ち難い対戦相手が増えるという観点では望ましくないにしても、レースの張り合いも全然違ってくる。あとは、純粋に心配していたのでホッとした側面も大きかった。

 

 

「それで、わざわざボクを見つけてお見舞いにきてくれたネイチャはどうなのさ」

「アタシは全然。いいとこまで行くんだけど、なかなか勝ちきれなくって」

「ふうん。あっ、一応レースは見てたよ。キミが出走したレースはマックイーンがいたし。負けちゃうのは無理もないね。ボク以外にマックイーンに勝てるウマ娘がいるわけないからさっ」

「確かにマックイーン先輩には負け越してるけども。他にもライス先輩とか、強いウマ娘はいるでしょ。その謎の信頼は何なの?」

「実はボク、マックイーンにだけは負けてるんだよね。だからリベンジしなきゃいけないんだ」

 

 

 特に気張ることもなく飄々と口にした突然のカミングアウト。ネイチャは驚きのあまりあんぐりと口を開けた。『無敗の三冠ウマ娘』が負けたことがあるなんて初耳すぎる。

 

 

「そうなの!?」

「うん。入学したての頃にトレーナーが模擬レースをセッティングしてくれたんだけど、その時だね。絶対負けないと思ってたから超絶悔しかったなーっ!!」

「へー、『三強』同士でそんな繋がりがあったとはねえ」

「そんなわけで。リベンジも果たさなくちゃいけないんだよね、ボク」

 

 

 公式戦ではなかったようだが、テイオーに意識していた相手がいるというのは驚きだ。とはいえ、その相手がメジロマックイーンならば納得だ。いくら素質に恵まれていても、メジロ家の令嬢である彼女をジュニア級の実力で倒すのは不可能だろう。

 

 

「そっか、それがテイオーのやりたいことなんだね」

 

 

 話しているうちに、いつの間にかネイチャの心中にモヤモヤとした気持ちが渦巻いていることに気づく。ベンチに腰掛けながらうなだれたネイチャは「それに比べてアタシは」と、自己嫌悪で大いにへこんでいたのだ。

 

 さっきから話のスケールがでかい。やっぱりテイオーは、自分の悩みとはまったく無縁そうだ。

 

 

「ネイチャ? なんで急にへこんでるのさ」

「……こっちにも色々事情があるの」

 

 

 まさか己のライバルに正直に悩みを打ち明けるわけにもいかずに黙った。まざまざと差を見せつけられるのは本番のレースだけで十分だ。テイオーはしばらく不思議がっていたけれど、深く追求はしてこなかった。徐々に夕暮れに染まり始めた茜空を見上げながら、こちらの言葉に理解を示した。

 

 

「ま、そうやって悩む時ってあるよね〜」

「テイオーも悩むことってあるの?」

「キミ、ボクのことをなんだと思ってるのさ。怪我したら落ち込むし、普通に悩むことだってあるよ!!」

 

 

 今度はテイオーがツッコミ役に変わり、呆れるように深くため息をついた。

 

 

「ふーん。ま、いいや。ボクが復帰したら目標は叶わなくなっちゃうから、早くGⅠに勝ったほうがいいかもねー!」

「相変わらずものすごい自信ね……」

「ふふん。誰であろうと、無敗のテイオー伝説は崩させないよっ」

 

 

 両腕を組んで胸を張り、テイオーは言い切った。

 

 ネイチャはその姿にふとツインターボを重ねた。怪我で欠場を繰り返してなお、ライバルであり憧れていたウマ娘はキラキラしている。停滞しているネイチャに、その在り方は眩しすぎた。

 

 

「おっといけない、長く話過ぎちゃった。トレーナーに言われる前に戻らないとっ」

「あ、ゴメン。こっちの都合で話し込んじゃって……」

「ううん。話せてよかったよ。今度戦うときは前よりもっと強くなっててよね」

 

 

 最後までテイオーは自信満々だ。にしし、と笑ってみせたあとはリハビリを続けるために立ち上がり、いつの間にか戻ってきていたトレーナーの方に戻っていった。

 

 

(やっぱりキラキラウマ娘みたいにはなれないのかな……)

 

 

 ネイチャはますます惨めになった。今語ったのは紛れもなく本音だが、GⅠに勝ちたいという目標は、負けた後に後付けしたものでしかない。モチベーションの根本が『今まで勝てていないから』で、周りのウマ娘と比べてネガティブなのもよくない。

 

 一方でテイオーはどうだろう。最初から三冠を目指して入学し、いまはさらに上を見ている。ターボだって『最強になりたい!!』と言い張って入学してきた。キラキラしていて当然だ。

 

 

 元々持っていなかった夢や情熱は、どうしようもない。

 

 半ば諦めながら、さすがだなあと思い立ち去ろうとする。その去り際にふと振り返ってテイオーをみると……

 

 

「……っ!」

 

 

 さっき話し込んでいた時と表情は一変して、真剣で必死な眼差しに変わっていた。

 

 まだ自由に動かない脚は痛みを放っているのだろう。それだけでなく、顔に悔しさが滲んでいるのがネイチャには分かってしまう。歯を食いしばっている。トウカイテイオーは必死に耐えていた。

 

 

「……テイオー」

 

 

 さっきの会話で、テイオーは言葉にはしなかった。

 

 しかしネイチャにはわかる。観客のいない練習用コースで耐えている今のテイオーは、泥臭い。名だたるウマ娘を倒してクラシック三冠を華々しく勝っていたウマ娘とは違う。それに寄り添うトレーナーも決して明るい顔ではななく、感情を押し殺し、冷徹に、そのありかたを支えていた。

 

 

(才能なんかじゃない。テイオーもターボも、夢を叶えるために本気だった)

 

 

 ネイチャは、自分が諦める理由を求めていたことに気づいた。

 

 キラキラするためには生まれ持った才能が必要。才能がないから無理。勝ちきれない。あのウマ娘と自分は違う。そうでないと分かっていながらも、心のどこかでそうに違いないと思い込んでいた。心のどこかで気づいているのに、思い込むことで気付かないふりをしてきたのかもしれない。

 

 しかしターフに戻ろうとしているテイオーの姿に、ツインターボの姿を重ねた。

 

 

「…………」

 

 

 拳を胸元で押さえつける。

 

 ネイチャは確信を得た。二人にあって、自分に欠けていたものを、とうとう見つけたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が勝ちきれない理由をずっと考えてきた。

 

 ネイチャは一つの答えとしてトレーニング量を増やしてきた。他のウマ娘よりも努力することで、素質などの差を埋めようとしたのだ。そのためにトレーナーの能力やイクノの管理スキルに頼って、自分を追い込んでいった。しかしそれでも頂きに届かなかった理由を、とうとう見つけた。

 

 

(ターボはあんな辛い目にあっても諦めなかった。テイオーもすごく悔しいはずなのに、あんなに頑張ってた)

 

 

 答えを手繰り寄せるヒントは、レースに懸ける想いの差だ。

 

 二人の陥った境遇の辛さは、ネイチャの想像を超えている。ターボのように未勝利戦に勝ちきれずに退学になっていたら納得して諦めてしまっていただろうし、テイオーのような怪我で元通りに走れるかも分からないような状態に陥ったとして、あんなに必死になれない。

 

 それが自分と二人との間にあった差。それを埋めた時、きっと辿り着ける境地がある。

 

 しかし……だからといって、どうすればそんな重い覚悟を持てるというのか。

 

 

(アタシはただのウマ娘で、二人とは覚悟が全然違うし……違う! そうじゃないっ。アタシにだって何かできるはずだ……!!)

 

 

 布団をまるまるかぶって、ウマ耳を抑えるように頭を抱えながら。一晩中悶々と悩んでいた。

 

 覚悟を持て、なんて言っても易々とできるものじゃない。そもそも何をどうしても諦めさせようとする方向に思考が動いてしまうのだ。その思考こそが諸悪の根源だというのに、長年の癖はやめられない。

 

 しかしどうすればよいのか答えは出ない。同じ人生をなぞって地方に移籍することなんてできないし、怪我を負うのも論外だ。ネイチャは気付いた後も悶々と悩まされ、その日はひどく浅い睡眠しか取ることができなかった。

 

 

 そして翌日の真昼。

 

 ホワイトボードの前でスーツ姿のトレーナーが棒で文字を指し。パイプ椅子の席に座ったネイチャと、同チームのイクノディクタスが話を聞いていた。休養日明けの今日は作戦会議の日だった。

 

 

「ネイチャさんの次のレースですが、予定通りに宝塚記念で進めようと考えています」

「宝塚記念……」

 

 

 ネイチャは寝不足気味でうつらうつらとしていた。しかし具体的なレース名を当てられて、一気に目が覚めた。そしてトレーナーと一緒に今後について考える。

 

 

「何か不安があるのですか?」

「いや。有馬記念の時も思ったんだけど、ファン投票のレースでしょ? 負け続けてるアタシなんかが出ていいのかなって……」

「ご謙遜を。ネイチャさんが出走できないはずがありません。今や私よりも多くの人々から応援されているのですから、しっかりと自信を持ってください」

「いやいやっ!! 恐れ多いって……!!」

 

 

 たいへん慌てたが、イクノはメガネを指先で持ち上げながら「事実です」と言った。雑誌やテレビの集計でネイチャは上位につけているのは本当だ。しかし正直、目標を叶えていないネイチャにとっては、あまり現実味がないことだった。

 

 

「ファン投票の事前予想ですが、ほぼ間違いなく出走枠を獲得できるでしょう。予想では上から順にマックイーンさん、テイオーさん、ライスさんがいますが。テイオーさんはご存知の通り。ライスさんも春の天皇賞の後から不調で短期の休養をとられています」

「なるほど。『三強』のうち二人が不在ということですか。最近ネイチャさんと練習をされているというお二方は……?」

「ターボもオグリ先輩も参加しないと思う」

 

 

 十分な実力を持っているツインターボとオグリキャップの二人だが、今回の宝塚記念には出走しないだろう。ターボは知名度が届いておらず、オグリのほうはクラシック三冠に集中すると聞いているからだ。

 

 

「今年の新星オグリキャップですか。そんな方と一緒に練習できて羨ましいです」

「そういえば二人にイクノのこと紹介してないよね」

「そのことであれば、現在トレーナー間で合同トレーニングの話を進めています。夏合宿から一緒に練習できるようになる予定ですよ」

 

 

 イクノは楽しみにしています、と、トレーナーに微笑んだ。

 

 同じ担当ウマ娘のイクノも練習に参加させたい。そう思っているトレーナーは手早く話を進めてきたのだが、いかんせん仕事が多くて遅れ気味になってしまっていた。ウマ娘同士の友人関係で繋がっているわけではなかったので、タイミングを逃してきたというのもある。だがそろそろ実現するだろう。

 

 

「ありがとうございます。話を戻しますが……どうでしょう、ネイチャさん」

「うん。出るよ、宝塚記念」

 

 

 ネイチャは素直に頷いた。だが今日はそれだけでは終わらずに、食いついた。

 

 

「でも、その前にトレーナーさんにお願いしたいことがあるの」

「……言ってみてください」

「今度のレースはできる全てを尽くして必ず勝ちたい。もちろん今までもそうだったけど……今度のレースは死ぬ気でやりたいの。脚を壊すリスクを負っても、アタシはGⅠに勝ちたい」

「……!」

 

 

 トレーナーはネイチャの本気度を悟った。トゥインクルシリーズ最高峰のGⅠに出走するのだから相応の決意と覚悟は持っている。しかしいつもと同じじゃいけない。このまま流されているだけじゃいけないと、ネイチャは奮起した。

 

 

「アタシはテイオーやターボみたいにはなれない。でも、同じくらい勝ちたいと思っている。そのために必死にならなくちゃいけない。自分を追い詰めたいの」

 

 

 ネイチャは訴える。そしてその言葉の意味を二人は即座に理解した。特にイクノは真面目な表情で、問いかけるような眼差しを向けた。

 

 

「本気で言っているのですか、ネイチャさん。少し昔の話になりますが、あなたは契約した後『予知夢』を見ましたね。覚えていますか」

「うん……」

「それはレース後に何度も怪我を負って、重賞レースの出走が不可能になるというものだった。そしてあなたは、その明晰夢が何を意味するか理解されている」

「うん」

 

 

 ネイチャは頷く。その前でトレーナーは考え込むようにうつむいていた。

 

 予知夢──トゥインクルシリーズに出走するウマ娘は、自分の将来の可能性を極めてリアリティの高い夢で見ることがある。そしてこの場のウマ娘二人は、トレセン学園に伝わるそのジンクスについてトレーナーから事前に教わっていて、理解があった。

 

 

 ネイチャの夢は怪我だ。本番のレースの前後で何度も脚に怪我を負って、苦労しながらレースを走る日々を送る。時には命に関わる大怪我を負う夢を見るウマ娘もいるので、それを考えれば最悪ではないものの……あまり良いとはいえない夢だ。

 

 よほど不吉を感じていたり、あるいは話好きならば別だが、普通、ウマ娘は自分の見た夢の話を他人にすることはない。

 

 ネイチャの場合、最初は不気味に思いながらも「夢だから」と見過ごしていたが、『予知夢』の存在をトレーナーから聞かされて実際に相談したのがはじまりだった。それ以来は、怪我に注意して過ごすように気をつけていた。それが功を奏して、炎症や小さな怪我こそあったものの長期での休養はなかった。

 

 イクノが心配したのは、怪我への注意をやめた時のことだ。夢が現実になるのではないかと考えるのは当然だった。

 

 

「これまでは怪我のリスクを極力減らすことに重きを置いて、トレーニングを行ってきました」

「トレーナーさんの考えてくれたことに不満があるわけじゃないんです……ただ今よりももっと必死になりたい。そのために、アタシが自分の意志でリスクを背負いたい」

 

 

 諦めないため、ネイチャはリスクを負うことによって、言い訳を全て潰すことにした。これが今の自分に足りないものを埋める手っ取り早い手段だ。

 

 

「怪我のリスクを負いつつ、それをこえるメリットを得る方法……心当たりはあります」

「本当ですか!?」

「ですがトレーナーとしてはあまり勧めたくない方法です。本気でやるつもりですか」

「はい。怪我をしたら元も子もないことは分かってます。他の手段も考えました。でも、アタシが二人に届くために、同じくらいの覚悟を持っているっていう『自信』が欲しいんです……!!」

「しかし、やはり別な方法を……」

「分かりました。それがネイチャさんのためになるのなら、やってみましょう」

「トレーナー!!」

 

 

 トレーナーが頷いたことで、それでも否定的だったイクノは半ばその場で立ち上がって、驚きと非難の混ざった声をあげた。

 

 しかし今のネイチャには、『三強』をはじめとした強豪達に勝つための心の武器が必要だった。

 

 

「身体を壊してしまっては元も子もありません。分かっています。ですが、壁を打ち破るためにできることを全部やりたいという気持ちも理解できます。ネイチャさんの言葉は一理ある」

「でもっ……! 今まで怪我をしないように慎重にやってきたではないですか……!!」

「もちろん無闇にリスクだけを負わせるようなやり方はしません。適切な方法で管理できるのであれば、ハードトレーニングは短期間で自身を強くする手段になり得ます」

 

 

 言い返され、イクノは何かを言いたげに唇を噛んだが、飲み込んで椅子に座り直した。

 

 怪我をする『予知夢』を見たネイチャに、ハードトレーニングを課すのは賢いとは言えない選択肢だ。故障すれば今後レースに出られないまま終わってしまうかもしれない。心配することは当然だ。

 

 しかし過去にハードトレーニングで成果を出してきたウマ娘は何人も実在している。今まで見てきたウマ娘の知見や、トレーナー間の横のつながりがあるため、ハードトレーニングの管理方法には心得があった。

 

 担当を導く手札として持っていたものの実践経験はなく、リスクが大きいことに変わりはないため自発的に使う気はなかったのだが、こうなれば話は別。

 

 今のネイチャには殻を破る『何か』が必要なのは、以前から分かっていたことだ。そしてようやく見つけたかもしれない糸口をみすみす逃すわけにはいかない。

 

 

「最大限安全に、不要なリスクは取らない。この場で約束します」

 

 

 若干納得しきっていない雰囲気はあったものの「トレーナーとネイチャさんがそう決められたのであれば」と言い、最終的には二人の決断を支持した。ネイチャはへにょりと、申し訳なさげにウマ尻尾とウマ耳を垂れさせた。

 

 

「無理いってごめんなさい、トレーナーさん」

「いえ。ネイチャさんはすでに十分過ぎるほど努力されていると思っています。そのあなたが必要だというのなら、トレーナーとして応えます。後悔も、もちろん怪我もさせません。宝塚記念、必ず勝ちましょう」

「……うん!!」

 

 

 顔をあげると、トレーナーの彼はいつものように優しく微笑んでいた。

 

 宝塚記念に向けて、本気の日々がスタートした。

 

 

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