【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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お久しぶりです、長らくお待たせしました。

【前回までのあらすじ3行】
・ツインターボがオグリキャップと、地方トレセンから中央に移籍した
・退学の原因を作った前トレーナーが告発されて罰を受けた
・秋の天皇賞に勝って未勝利でGⅠウマ娘になった






第37話 ダブルジェット

 

 

初めてツインターボと出会った日は育成に失敗して、トレーナーを辞めようと思っていた。失意の中で足掻こうとするウマ娘に惹かれて、二人とも後先なんて考えることをしなかった。

 

退学するしかなかった未勝利ウマ娘と運命をともにするなんて正気ではない。人生を賭けなければ得られなかった職を失うことを受け入れて、ブレーキの壊れたエンジンで走り続けて、いつ暴走してクラッシュしてもおかしくなかった一年半。その暴走は奇跡を起こした。いや、互いに諦めずに希望を求めたからこその必然だった。タイトルホルダーの古バを退け、秋の天皇賞の歴史に名前を刻んだ、その瞬間に報われた。

 

 

『さあ、ジャパンカップもいよいよクライマックス!最後の曲線に差し掛かる!』

 

 

 

トレーナーとして担当との約束を果たした。できもしないと誰もが笑う、空想のような契約。だが現実はその上を行く。今、俺はあの秋の天皇賞と同じ場所、東京レース場で再びコースを見守っている。眼下ではレースが行われている。動員数はなんと40万人超え。満席どころか、会場外に立ち見まで出ているという。そのレースで、ツインターボは逃げていた。

 

 

『三冠ウマ娘を高らかに宣言したツインターボが先頭!! 依然として他ウマ娘を大きくリード! 圧倒的な走りで場内を沸かせている!このまま逃げ切るのか!?』

 

 

ウマ娘界のスターと問われて誰の名前が出てくるかは人それぞれだ。俺の世代であれば、代表的なのはシンボリルドルフやマルゼンスキーだ。近年であれば『三強』と呼ばれるウマ娘。今の世代であれば、俺の隣でレースを見守っているオグリキャップもその一人といえるだろう。

 

彼女たちはメイクデビューに目を光らせるファンたちに見つけられる。あるいはもっと早く。血筋や幼少期の際立った成果などがあれば、走る前から支援者がつくことさえある。ツインターボはそのどれでもなかった。彗星のように忽然とレース界に姿を現し、異色の走りで鮮烈な記憶を刻みつけた。だからこそ、そのレーススタイルも相待って異質に映った。

 

 

『しかし、後方から猛追するウマたちが現れた!最後の直線、ここからが勝負だ!』

 

 

世界のウマ娘が集うこのGⅠの広告で大々的に打ち出された。一年前は中央未勝利であったウマ娘──ツインターボ。観客の期待に応えて、2400mというほぼ長距離の舞台でもペース配分を無視して『大逃げ』をかます。中盤戦では10バ身以上の圧倒的大差をつけて駆け抜けてきた。最初から先頭をとり続けて、最後まで走ってゴールすれば勝てる。幼いウマ娘がレースを見て最初に思い描く景色を現実にしようとする圧殺戦法。

 

だが、当然現実はそううまく運ばない。ゴールに近付くほどにツインターボの動きが少しずつ鈍ってくる。当然でスタミナには限界がある。最後の直線、スピードが落ちてくることを読んで、焦らず余力を残してきた他のウマ娘は一気に距離を詰めてくる。

 

 

『ツインターボに迫る一団、じわりじわりと距離を詰めてきた!一気に襲いかかるか!?ツインターボ、ここで抜かれてしまうのか!』

 

 

二人のウマ娘がツインターボの背後に迫る。残存スピードは減り、残距離はまだ長い。彼女達の鼻先は、緑赤黒白のカラフルパーカー勝負服を着たターボの背中を確実に捕らえた。誰もが身を乗り出して手元のバーを握りしめ、悲鳴のような声を上げた。

 

 

 

 

ツインターボは──敗けない。

 

燃料を使い切って絞り出したスピード。その慣性で走るしかなかったターボエンジン。だが、真横にウマ娘の存在を感じたその瞬間。限界を迎えて細まっていたオッドアイに刃のような鋭さが宿る。

 

追い抜かされた瞬間、力強くバ場の芝を踏み込む。小さな体躯と体重からは考えられないほど深く沈む。残された余力を使い切る。最後の必殺技が──解放される。

 

 

「うッ、おおおりゃあああああああっっっ!!!!

 

 

スプリングの如く収縮した脚部の力が解放された。彗星のように、レース場を翔んだ。

 

 

『きた、きたっ!! ツインターボはまだ余力を残していた!残り一ハロンで驚異的なスピードで加速する!秋の天皇賞で見せたダブルジェットだ!! その圧巻の走りが再び!ツインターボ、一気に引き離す!これが大逃げウマ娘の真骨頂だ!』

 

 

強者特有の強さでもなければ、優雅な走りでもない。地を這い泥をすすったツインターボが開花させたスピードの極地。沈んでいくだけだったツインターボの背中を押して、トップスピードで浮上して頂点を奪い返す。一度は先頭を奪ったウマ娘も、その最速の世界へは至れない。

 

 

『一瞬の静寂から、歓声が再び沸き起こる! ツインターボ、圧巻のスピードで先頭を奪い返し、ゴールが目前だ!迫りくる後続バを寄せ付けない!息を呑む瞬間、観客全員がその目を見開いている!』

 

 

ジャパンカップのゴールに誰よりも速く至ったのは、未勝利バのツインターボ。弾けたような大歓声がレース場の内外から上がった。

 

 

『そして今!ツインターボ、ゴールイン!そのまま突き放して、勝利を収めました! これで秋シニア三冠の二冠目を見事に達成! ツインターボ、歴史にその名を刻む偉業を成し遂げました!これがウマ娘の頂点に立つ者の力だ!』

 

「やった、やったぞトレーナー!! ターボが勝った!! これで目標達成だな……!」

 

 

俺は立ち尽くして観客席のバーを握りしめた。苦楽を共にしたオグリも隣から俺の手を取って、頬を赤く染めながら自分のことのように喜んでくれる。

 

ゴールに飛び込んだツインターボは、少し危なげに体を揺らしながら減速して、歩くほどの速度になったあたりで、ばたんきゅーと仰向けに倒れた。余力を使い果たしてしまったらしい。呼吸で胸のあたりが上下している。目を瞑ったまま、空に向けて高く片腕を掲げた。勝利宣言だ。未勝利戦を除けば、GⅠを含む全ての重賞を無敗で勝ち取った。

 

 

「……マジか」

 

 

嬉しい。ターボが勝って死ぬほど嬉しい。しかし夢を見ているみたいに気持ちが浮ついてしまう。勝者のトレーナーとしてしっかりしなければいけないのに。頭が全くついてこない。だって現実味がなさすぎる。中央に復帰して公式戦1勝をあげられれば御の字で、それだけでも凄いことだったはずなのに。秋シニア三冠の2つ目を達成してしまうなんて、誰が想像できただろう。中央トレーナーになって最高のウマ娘を育てる夢は遥か先に跳んでいた。

 

 

信じられない想いを抱いているのはトレーナーだけではない。レース後の会見は、それはもう凄い数のメディアが詰めかけた。オグリキャップとの約束も果たして慣れたかと思いきや、全然そんなことはなく。俺は脚光を浴びながら震えていた。

 

 

「ツインターボさん!! 宣言通り二冠目を達成した今の感想をお聞かせください!!」

 

「今回、見事にダブルジェット、決まりましたね! あの技はトレーナーに教わったのでしょうか!?」

 

「次回の有馬記念にも出走予定と伺っていますが、意識しているライバルなどはいますでしょうか!」

 

 

用意された東京レース場の大会議室は満席だ。所狭しと巨大なカメラが並べられて、極太の黒いケーブルが地面を這っている。絶え間なくフラッシュが焚かれて、生中継を示す赤いランプが二桁以上点灯していた。地上波、ネットの大半の番組が部屋を映しているのだ。人見知りで大勢に囲まれるのを恐れていたターボもご満悦の様子。

 

 

「ふふふ……! ターボが一番注目されてるなっ!!」

 

 

と、ずっとこんな調子である。前は不安いっぱいで、トレーナーである俺の服の裾を掴んでいるくらいビビっていたのに、今は腕を組んでふふんとドヤ顔で質問に答える。

 

ターボが嬉しいのは俺も嬉しい。だってかねての夢だった最高峰レースに勝ったのだ。その余韻と、ウィニングライブ後のアドレナリンで恐れ知らずになるのは分かる。俺だって人前に出るのが苦手じゃなかったらドヤ顔してた。だって担当がGⅠに勝ったのだから。

 

 

「トレーナーさん。秋の天皇賞でされた三冠達成宣言。見事二冠を達成されましたが、今の気持ちをお聞かせください!」

 

「ターボが勝ってくれたこと、非常に誇らしい気持ちでいっぱいです。正直、まさか本当にここまで来られるとは思っていませんでした。これもファンの皆様が応援してくれたから。そして何より、ターボが応えてくれたおかげです」

 

 

用意していた回答をスラスラと答える。それなりに練習したので、想定外の質問でなければ、取り繕うこともできるようになった。トレーナーがおどおどしていたら、ファンを不安にしてしまう。担当に悪い印象を与えてはいけないのだ。ターボのためなら、そのくらいの努力はできる。

 

実際、本当に誇らしい。天皇賞に勝った時に終わりだと思っていたのに。一緒に走ってきた彗星は俺の手を掴んだまま『先』の景色を見せてくれているのだ。大きく胸を張るターボの肩に触れて、世間に存在を示しながらマイクを握りしめる。

 

 

「次のレースも勝ちます。ツインターボを見ていてください」

 

 

信じている。だからウマ娘の隣に立つトレーナーとして、胸を張って宣言できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああ"ああ"ぁぁぁぁ〜〜〜…………」

 

 

数日後のトレセン学園、体育館。

 

記者会見の威風堂々としたメッキを張る必要もなくなった俺は、その場で深く頭を抱えていた。そんな俺の背中をさすってくれているのは、もう一人の担当ウマ娘のオグリキャップだ。休憩中だというのに、わざわざ俺を気遣ってくれているようだ。

 

 

「ターボが勝ってからずっとその調子だな、トレーナー」

 

「だって、やばいよ。ただの新人トレーナーなのに、とんでもないこと言っちゃってさ……」

 

「私は、格好よかったと思うぞ。ほら、写真写りだって全く悪くない」

 

「ああ"あ"あ"あ"ああ"、見せないで」

 

 

半狂乱になってイヤイヤ首を横に振った。雑巾を絞るように体をひねって全力で目を逸らすと、最新の新聞を持ったオグリは困り果てた顔をした。先日のジャパンカップ勝利後の記者会見の記事だ。

 

トレーナーはあくまで指導者。レースやウィニングライブの舞台に立つウマ娘を支える役割を持った大人でしかない。だから担当ウマ娘だけ取り上げてほしかったのだが、ここまで来たら、そういうわけにもいかなかった。

 

 

『まあ……ローカルシリーズ出身の子を二人ともGⅠに勝たせたトレーナーさんですからね。偉業ですよ。今までにないことですから、引退後は教科書に載るかもしれませんね』

 

『自明ッ! 歴然ッ!! 担当をGⅠに導いた君の実力は疑う余地なし!! これまで勤めてくれたトレーナーには全て感謝しているが、特に君には敬意を表したいっ!!』

 

『え。穴があったら入りたい、ですか……? ご謙遜なさらずとも、本当に素晴らしいインタビューでしたよ。初心を思い出させていただきました。私達も負けていられませんね』

 

 

と。出会う人は口を揃えて讃えてくれた。トレーナーとして認められたみたいでめちゃくちゃ嬉しいのだが、それはそれとして裏方でいたいのだ。

 

 

「みんなに見てもらえるのは、すごく嬉しいことだと思うのだが。トレーナーは違うのか?」

 

「嬉しいさ。けど手塩にかけたウマ娘のほうを見て欲しいんだよ。あと日本中に生中継されてるの、ミスったらと思うと普通に怖いし恥ずかしい……」

 

 

 

今のところ何とか取り繕って乗り切っているが、日本中に流れる生インタビューがこの先もあると思うと吐きそうだ。

 

……とまあ、そんなことを体育館の端で雑談している最中、元気の良い叫び声が響く。

 

 

「だりゃああああああっ!!!!」

 

 

練習しているのは、トレセン指定ジャージを着たツインターボだ。実際のコースに比べれば比べ物にならない短い距離を繰り返し走り続けている。シャトルランと違うのは、必ず歩いて元の位置に戻ってから、一方向に走り続けていること。そしてターボの走る姿勢が、例の(フォーム)であることだった。

 

超低姿勢でダッシュして、テープで引いた白い線に靴が至った瞬間。一気に速度を緩めて重心を戻していく。その様子はジェット機の逆噴射を見ているかのよう。だが速度を失い切る前、保っていた姿勢を崩す。少し危なげによろめき、壁際に取り付けた衝撃吸収マットにぼふんっと倒れ込んで、床に青白いウマ尻尾を垂れた。失敗だ。

 

 

「だめだあぁ……」

 

「うーん、本番よりも踏み込みが浅くなっているな」

 

 

ターボは両手を前に突き出してうつ伏せに倒れたまま、情けない声を出した。このままではいけない。俺はマットの上に倒れ込んだターボに近づいて指導する。

 

 

「止まるタイミングが早くなっているぞ。もう少し粘っても大丈夫だ」

 

「さっきは行き過ぎって言ってたじゃん〜〜」

 

「完璧にできるようにならないと、有マ記念で走る許可は出せないぞ。同じことを、同じように安定してできることが大切なんだ」

 

 

ターボも今の練習が他の何を差し置いても重要なものだと理解している。だから体力切れでグッタリと倒れて、なかなか勘を掴めずに苦しんでも文句は言わない。元々わがままを言う子ではないのだが、顔はしっかり憤っているのが伝わってくる。なかなか理想が現実にならないことに苦しんでいるのだ。

 

 

「ダブルジェット、なかなかうまくいかないものだな」

 

「スタートダッシュの時ならともかく。ゴール直前でやるとなると、難易度が桁違いだからな。脚質的にも不安が残るし……」

 

 

オグリの問いに難しい顔をしてかえす。

 

ツインターボは元々地力があったが、GⅠに勝利するほどではなかったと見られていた。それを覆して、秋の天皇賞、そして先日のジャパンカップの2連勝を決めてみせた。ベテランや専門家からオールカマーで途切れると思われていた勢いは、トレーナーである俺さえも想像し得なかったジェット噴射によって限界を突き抜けた。それが、2回目の大噴射(ダブルジェット)である。

 

 

「本当は怪我のリスクが大きいから使わせたくないんだが、そうも言ってられない。どうも世間ではもうターボの代名詞みたいになってるし、有マ記念で勝負するためには、絶対必要だ……」

 

「あのターボは凄かったからな! 私もあれに勝ちたい!!」

 

「本番のレースで勝負するのは移籍前以来か。まあ、とりあえずは足の調子を戻さないとな」

 

「うん、それが先か……」

 

 

クラシックウマ娘随一の実力を持ち、菊花賞を勝ち取った(・・・・・・・・・)オグリは子供のようにワクワクと気持ちを昂らせた……が、しょんぼりとウマ耳を垂らす。ターボと一緒に練習していないのはこれが理由。怪我をしたり、病気にかかったわけではないのだが。連戦を終えた今は休息を必要としていた。

 

大丈夫だと俺は笑いながらその背中を叩く。今は制限をかけていても、何ヶ月も走れないとかそういうものではないのだから。十分有マ記念には間に合う。勝負がなくなることはない。だから今のオグリの課題は、脚を万全な状態に整えておくことだ。

 

 

「違和感もだいぶ無くなったと思うんだが……」

 

「自覚症状が残っているならなおダメだ。レース後に触って見つけた時は肝が冷えたもんだ。精密検査の結果も微妙だったし、どう考えても今週は安静だ」

 

 

秋の天皇賞の後。ライバルに呼応するように菊花賞に勝ち、『クラシック三冠』の栄誉を手にした。レジェンドと呼ばれるに値するウマ娘となった。だがレース後の触診で、脚に普段と違う感触を見つけ、本人もそれを訴えたので病院に直行。そして今に至るわけだ。

 

走りたいと願う気持ちはウマ娘の本能だが、ここは我慢してもらわなければ。出走予定だったマイルCS、あるいはターボと直接対決の機会だったジャパンカップを逃したことを悔しがっているのは分かっていたが、トレーナーも神ではないのだから今は我慢してもらう。

 

 

「有マ記念前に一ヶ月のブランクが生まれて不安になるのは分かる。当面の目標を成し遂げたことだし、走る許可も出せるはずだからそんな顔するな」

 

「ターボが練習しているのを見るとどうも気が焦ってしまうんだ。他のウマ娘だって、きっと練習している。取り残されているみたいで寂しい」

 

「そりゃあ理屈上はトレーニングを続けた方が強いに決まってる。けど逆にそんな幸運なウマ娘はほとんどいないぞ。去年度のクラシック覇者に至っては、丸一年以上のブランクがあるからな」

 

「確かに……ターボも最初に怪我をしたというし。ネイチャも怪我で秋は休養だった」

 

「そういうこと。逆に怪我をせずに現役をやってる重賞ホルダーのウマ娘なんて、俺は一人しか知らないな」

 

 

今まで戦ってきたウマ娘や、知り合いの中で現役で怪我をした経歴がないウマ娘といえば、徹底した自己管理を成してきたイクノディクタスただ一人だ。それだってそもそも『怪我をしない』を目標に活動しているからこその成果。中央で重賞を勝った経験のあるウマ娘で、怪我ゼロというのは、それもまた偉業なのだ。

 

 

「う、おりゃああああああーーーーーっ!!!」

 

 

 

さて、その一方でツインターボの課題は明確だ。それはダブルジェットをものにすることだ。

 

ただでさえ制御が難しい(フォーム)を土壇場で出すことで、既存の常識を破壊する大技。秋の天皇賞で『三強』と呼ばれるメジロマックイーンとライスシャワーを超える力をもたらしたが、2500mでそれを制御して使わせるためには、可能な限り精度を高めなければならない。Aボタンでダッシュを発動させて加速……みたいな気楽さで指示していい技ではない。相応の怪我のリスクが伴うのだから。

 

 

(ターボには、オグリほどの優れた体幹やバランス感覚はない。前傾姿勢のままバランスを崩して前に倒れる……なんてことがあれば悲惨だ。今はこの練習を徹底させる)

 

 

体育館に引いたラインに沿って走らせ、安全な状況で何度も止まる(・・・)練習をさせているのは、危険のない止まり方を体に覚え込ませるため。ウマ娘の全力スピードでバランスを崩せば、最悪一生走れない体になるかもしれない。三冠などと言っていられる場合ではなくなってしまうだろう。その意味では、単純に危険が伴うこの技を使うべきではないのかもしれないが、しかし『ダブルジェット』無しでの三冠達成は不可能。

 

だからこそ、ツインターボの課題を『ダブルジェット習得』とした。残り一ヶ月間。強敵に勝つためのスピードやスタミナを鍛えるよりも、優先すべきことをこれに定めた。

 

 

「おおおおおおおーーーーーおっ、おっ!? お、おおーーーぶへっらっ!!」

 

「た、ターボーーー!?!!??」

 

「お、おお……あの大きなマットが見たことがないくらい形が変わった。すごい勢いだ」

 

 

……案の定。白線を越えて立ち止まろうとしたターボが、途中でバランスを崩して転倒する。それを見越して置いてあった特殊素材のマットに顔から突っ込んで、ぐにょんと、体ごと深く沈み込んでいった。スライムに飲み込まれたような絵面に焦って駆け寄り、練習を眺めていたオグリも引き気味だ。特別なマットを使っていなければ大惨事である。

 

この通り、まだ完璧ではないのだ。GⅠは気合と根性と運でなんとかしていたに過ぎない。ツインターボの気合と根性は誰よりも信じているが、運などという曖昧なものに任せるわけにはいかないのである。

 

有マ記念までの残り時間。万全で望むために、日々を使っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツインターボは美浦寮の同期の中で、誰よりも早く起床する。

 

朝一番。目覚まし時計のベルを止めて、寝ぼけまなこの半自動でジャージに着替える。一緒に抱いて寝ていたぬいぐるみ(ツギハギウサギ)を、自分の身代わりとして暖かい布団をかけて部屋に残し、部屋を出て階段を降りた。

 

朝食の用意をしているヒシアマゾンと出会った。中央に戻ってからすっかり早朝の顔馴染みだ。「おうターボ、地面凍ってるかもしれねえから気をつけな!」などと声をかけられつつ、手を振って冬空の外に出ていく。刺すような寒さが肌を貫いて、ぽやぽやとしていた頭の中が一瞬で冴えていった。

 

 

「……さっむい!!」

 

 

開口一番叫んだ。思わず両手で体を覆う。鼻水が出そうだ。布団の中に戻りたいという衝動に駆られるも、全力で首を横に振って耐えぬく。これを見越してちゃんと寒さ対策はしてあるのだ。それにどうせ走ればあったかくなるし。

 

 

「ようし。とれーなーと有マ記念に勝つぞーーっ!! さむいけど今日も、がんばっていっこーっ!!」

 

 

まだ暗い空に向けて両腕を上げて、寮前を起点にしながらツインターボはダッシュする。ただのランニングだが、通常よりもかなり速いペースでの運動だ。最善の効率ではない。トレーナーも教本通りに走るように指導しようとしたのだが、ターボの全力出したがりな性格には勝てず、ついに矯正は叶わなかった。もっともモチベーションが保てるので、ツインターボにとってはこれが最効率なのである。ここで『大逃げ』をやらなくなったという点で大きく進歩したというものだ。

 

ターボも誰もいない道を走るのはとても楽しくて大好きだった。昨日の自分よりも強くなれる感覚が大好きだった。しかしこの日は、背後からウマ娘の気配が近づいてくるのを感じてウマ耳を揺らす。同じく早朝ランニングをしているウマ娘がいそうだ。スピードを緩めて振り向く。

 

 

「はぁ、はぁ……誰だ? ネイチャか……?」

 

 

心当たりがあった。同じトレセンの敷地内で、ナイスネイチャとは同じルートを走ることが多い。せっかくだからと一緒にランニングをしたい。そう思ったが、いつもなら声をかけてくれるところ今日はそれがなかった。

 

 

「残念、ネイチャじゃないよ」

 

 

違う。そう言われてターボも身をすくめて警戒する。初めて出会うウマ娘。ネイチャ以外のウマ娘と出会ったことはあまりない。朝日が出てないゆえに最初は顔も見えず、相手が誰なのか分からなかった。だが相手はターボを知っていた。

 

 

「おまえは……」

 

 

徐々に見えてくる。同じジャージ姿。白い流星の入った鹿毛の髪とポニーテール。そしてターボと同い年くらいの、可愛らしい容姿。街灯に照らされた彼女は、強い既視感があった。

 

 

「キミに会いにきたんだよ、ツインターボ」

 

 

 

立ちすくんだターボに、にいっと笑いかけた。

 

 

 

 

 

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