【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

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第39話 前夜

 

 

国内最大級のウマ娘の祭典、有マ記念は毎年恒例の行事として前夜祭が行われる。祭りと名はついているものの、実際には一般客が参加する賑やかなイベントではない。出走するウマ娘が集結してメディアを通してお茶の間に姿を晒す、いわば前日パドックのようなお披露目中継の舞台だ。

 

会場は華やかな装飾が施されていた。天井には豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、クリスタルの光が会場全体をきらめかせている。壁には金と深紅の絹が垂れ下がり、荘厳で格式高い雰囲気を醸し出していた。名家が代々主催しているためか並大抵ではない。

 

そして中央のステージには、白地に金の縁取りが施された大きな看板が掲げられている。『有マ記念前夜祭』と堂々と書かれている。秋の天皇賞やジャパンカップの勝利後の会見よりも多くの報道陣が集まっており、数十台の報道カメラとメディア関係者たちがひしめき合っている。

 

人々は壇上のウマ娘たちの一挙一動を見逃すまいと、緊張感が漂っていた。俺はその群衆の後ろのほうで様子を見守っていた。もちろん担当ウマ娘が出走することになったトレーナーは全員揃っている。知り合いはお世話になった初瀬トレーナーや、ナイスネイチャのトレーナーくらい。有名人ばかりで肩身が狭かったが、今は気にならなかった。なぜなら、今は担当のツインターボが注目されているからだ。

 

 

「ツインターボさん、いよいよ有マ記念ですね! チームメンバーのオグリキャップさんとの初対決、どう感じてますか?」

 

「もし勝てば、宣言通りの秋シニア三冠達成ですが、プレッシャーはありますか!?」

 

「人気投票3位で選ばれたことについて、ファンの期待にどう応えますか。何か特別な準備はしましたか!」

 

 

ウマ娘の姿を照らすスポットライトが、まるで彼女たちがこの夜の主役であることを示しているかのようだった。GⅠの舞台でしか許されない勝負服に身を包み、輝く瞳で前を見据える彼女たちの姿は、会場の華やかさを一層引き立てていた。

 

ステージ上には、今回の有マ記念に出走する16人のウマ娘たちが整然と並んでいる。今はツインターボがインタビューを受ける番だ。トレーナーたちに混じって舞台下からその姿を見上げていた俺は、鮮烈に瞬くフラッシュに囲まれて嬉しい反面、大丈夫かと心配していた。しかしターボは余裕たっぷりの笑顔で応えていた。

 

 

「ツインターボさん、最後に意気込みをお聞かせください!」

 

「みんな、勝つのはツインターボだぞっ! 明日はターボが主役だから、ぜったい見逃すな!!」

 

 

ターボはギザギザの歯を見せながら大きく笑った。俺は酒も飲んでいないのに、まるで酔ったかのような浮かれた気分になった。嬉しくて気をやってしまいそうだ。だってこんなすごい舞台で、担当が勝負服姿で立っている。凄すぎる、本当に。

 

投票時には『一度見たら忘れられないウマ娘』と紹介されたツインターボ。唯一無二の個性がファンの心をガッチリと掴んで、なんとターボはファン投票で3位を勝ち取った。有マ記念は実質トゥインクルシリーズの全ウマ娘ランキングであり、経歴を考えると信じられない躍進だ。

 

感動で胸が熱くなりながら見守っているうちに、マイクが次へと渡される。マックイーンやライスシャワー、ナイスネイチャ達は無難にインタビューを終えており、残るは、ツインターボよりも得票数の高かった二人だ。ターボよりも多くのファンの視線を集めた彼女は、堂々と勝ち気な笑顔で無数のカメラに顔を晒した。

 

ファン投票2位に選ばれたのは、『三強』のトウカイテイオー。白を基調とした『皇』を感じさせる勝負服。昨年度、宣言通り無敗クラシック三冠を達成した衝撃を忘れたファンはきっと一人もいない。だからこの大復活は、日本中が注目していた。

 

 

「トウカイテイオーさん、一年間のブランクを経ての復帰戦での勝利に続いて、有マ記念への挑戦になりますが。どのような思いで挑まれますか?」

 

「正直、もう戻って来れないんじゃないかって怖かったよ。苦しくて何度も諦めかけたけど、それでもボクは走りたかった。だから、死ぬ気で戻ってきたよ!」

 

「おおっ。それほどまでに強い気持ちを持っていたんですね。ファンの声援が力になったということでしょうか!」

 

「そうだね。ファンのみんなが待っててくれたのは、すごく嬉しかった。だから勝つ。それが今ボクができる最高の恩返しだ。 いえいっ!」

 

 

テイオーはブイ、と指でピースサインを作ってみせた。現役の頃に見せていた決めポーズだ。唐突なファンサービスに会場が沸いた。

 

 

(今回は特に誰に注意するべきとか、そういうのはない。全員が強すぎるから。それでも一人選ぶとしたら……トウカイテイオーだ)

 

 

やはり完全に復活したんだな……と改めて認識する。普通、一年のブランクがあれば期待値も下がるものだが、トウカイテイオーは先々月に復帰戦としてGⅢに出走している。そのレースを見た誰もが理解した。帝王は衰えるどころか、更なる力をつけていると。

 

そのレースは帝王の帰還と銘打たれ、未勝利ウマ娘(ツインターボ)の初GⅠ勝利と2大ニュースとして扱われた。今回巻き起こった大ウマ娘レースブームの一柱を担った彼女の知名度は健在だ。彼女の担当である初瀬トレーナーは、誰よりも大きな拍手をテイオーに送っていた。

 

そしてトウカイテイオーのインタビューが終わり、いよいよ人気投票一位に視線が集まる。会場がしんと静まった。全てのウマ娘の頂点に立った、彼女の言葉を聞き逃さないように。

 

 

「──オグリキャップだ、よろしく頼む」

 

 

オグリキャップが、マイクを握った。誰一人として成し得なかったローカルシリーズからのクラシック三冠達成。昨年度のトウカイテイオーの巻き起こした大旋風の継承者だ。興奮も躊躇もなく、全く普段通りの冷静さでカメラ群に向き合った。まるで太陽のように眩くフラッシュが焚かれるがものともしない。手を上げた一人の記者が質問を投げかける。

 

 

「オグリキャップさん、ファン投票で1位おめでとうございます。選ばれた理由は、何だと思いますか?」

 

「選ばれたのはレースに勝ったから。だがそうなれたのも、三冠という目標を達成できたのも。支えてくれたお母さんやトレーナー、応援してくれたファンのみんながいてくれたからだ。私はこのレースで、その期待に応えたい」

 

 

おおっと会場がどよめく。オグリキャップは勝ち続けて今年のMVPを勝ち取った。重賞レース観客動員数は平均を大きく上回り、グッズは飛ぶように売れたという。ファン投票数自体も過去最多を記録しており、間違いなく歴史上最高のウマ娘として知られることになるだろう。

 

 

「憧れのレース、全てを懸けて走る。だから私を見ていてほしい」

 

 

オグリキャップの言葉は短くシンプルで、だからこそ響く。普段は穏やかな灰色の眼に、強い闘志の炎が宿った。勝ち気なトウカイテイオーとは別種の静かな威圧が場を支配した。

 

シニア級以上のウマ娘には、越されたことに複雑な感情を抱くものもいたが、全ウマ娘の頂点に立つ得票数を集めたことには納得せざるを得なかった。トレーナーはそのオグリの様子を見つつ、冷静に考えていた。

 

 

(オグリは元々強かったが、今年一年で信じられないほど伸びた。でも人気投票の順位とレースの順位は関係がない。勝負の行方は分からない)

 

 

中央でのトレーニングや夏合宿、仲間との練習を経てローカル時代からさらに実力を伸ばした。しかし『三強』と呼ばれたウマ娘を筆頭とするシニア級も、新星もいる。順当に格付けがされるのか。番狂わせが起きるのか。それは誰にも分からない。

 

 

(オグリキャップとツインターボの真剣勝負というだけじゃ済まない。テイオーは強い。ネイチャも強い。無視できるウマ娘は一人もいない)

 

 

同じ壇上に立っている他のウマ娘を順に見ていく。ウマ娘同士に因縁があった。ネイチャとイクノとは秋天以降、顔を合わせていなかったが、遠目にも仕上がっているのが分かる。残りの『三強』二人も秋天の時と変わらない闘気を放っている。クラシック級のみだった菊花賞とは全く違う展開になるだろう。

 

 

(今回、二人とも確実にマークされる。特にオグリの場合は自分のレースを貫けるかどうか。本番で他のウマ娘に対応できるかが勝負だ)

 

 

俺はステージに立つウマ娘たちを見上げながら、無意識に拳を握りしめていた。確かに有マ記念は大舞台だが、これほどまでに強力なライバルたちが集まることは、歴史上一度もない。オグリキャップの冷静で力強い姿、トウカイテイオーの復活を宣言する堂々とした態度、そしてツインターボの自信満々な笑顔。記者たちのフラッシュが絶え間なく焚かれ、その光に照らされる彼女たちの姿は、まさにスターそのものだ。

 

それぞれが今この瞬間にかける想いを胸に、最高の舞台に挑むことを決意しているのが見て取れた。誰一人として後れを取るつもりはない。その闘志が舞台の上でぶつかり合う瞬間への期待を高めて、レース前最後の記者会見が幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はヘルメットを装備したツインターボをバイク(ツインターボ号)に乗せて高速道路を走っていた。今日はトレーニングを休みに設定したため、出発した時点で空は茜色だった。ターボは背中越しに前方を見つめ、全力で走っている時と同じスピードの世界を楽しんでいるようだった。

 

前夜祭と銘打たれてた会は終わっている。あんな名前がついているが、実のところレースまで数日の猶予があった。そのわずかな期間を使って連れてきたのは、有マ記念の会場である中山レース場だ。今日はまだその当日ではないが、ここに来た理由があった。

 

駐車場前で中央ライセンスを示す。事前に話を通しておいたため守衛の警備員にも通してもらうことができた。ヘルメットを外したターボを連れて一般客席のほうに向かう。薄暗い道中に人の気配はなかった。

 

 

「なあターボ、気持ちはわかるけど、バイクは長く乗ると疲れるし、こんな大切なレースの前に来なくてもよかったんじゃないか?」

 

「いいの!! とれーなーだって、最初にターボのこと連れ出したじゃん」

 

「未勝利戦の時のことか? それは、まあそうだけど……」

 

 

先にやらかしたのは俺だから何も言い返せない。これがわがままなら寮で英気を養ってほしいと家に帰したのだが、どうしてもと言われて連れてこざるを得なかったのだ。それに普通の青春を我慢して、ここまでついてきてくれたターボのために何かしてやりたいと思うのも事実。

 

突然のターボの願いを叶えるのは大変だった。色々な人の協力を経て強引に押し通し、なんとか、前日にレース場に来ることが許された。すっかり暗くなってしまったけれど、先走って通路を進むターボは特に気にしていないようだった。

 

 

「とれーなー!! 明かりついてるのに、誰もいない!!」

 

 

先に到着したターボが興奮した様子で振り返り、口を大きく開けてブンブンと指で示してきた。夜の帳が降りた中山レース場は、鮮やかなライトに照らされている。ナイターレースが行われる時と同じだが、観客やウマ娘は一人もいない。20万人収容可能とされている設備は、呆然と立っているだけで圧倒される広さだ。

 

……ターボがここに来たがった理由は、もしかして。

 

圧巻で、寂しい光景を見た時にある記憶が頭をよぎった。コース前の柵まで飛び出したターボに歩み寄ると、さっきまでのハイテンションが嘘のように一点を見つめていた。視線はゴール地点。俺の知る限り、そこにツインターボは二度立ったことがある。

 

 

「最初のレースのことを思い出しているのか」

 

「うん」

 

 

ターボと過ごした日々の中で、一生忘れられない記憶がある。

 

最初の記憶は未勝利戦。ほんの僅かな差で運命に敗れたターボは、静かに掲示板を見上げていた。トレーナーに植え付けられた恐怖の中にありながらも全力を絞り出し、絶対に一着を取らなければいけなかったレースで負けた、俺たちの原点。

 

泣きながらもっと走りたかったとターボが言ったあの時。俺はトレーナーとして引退しても構わないと思った。その後悔はない。結果的に成功したから……というのはそうかもしれないけれど。仮に中央移籍が叶わなかったとしても、同じことを言ったと思う。二人でそういう歩み方をしてきた。

 

 

「次は前のトレーナーとの勝負だったオールカマー、それから今回の有マ記念か。こんなに大変なレースを走ってるのはターボくらいだろうな」

 

 

2戦目がオールカマー。あの時は、本当にどうなるかと思った。初めて『三強』ライスシャワーを意識しなければならないレースだと思っていたら、ツインターボを騙して捨てたトレーナーとの因縁の決着をつけるレースに変わり果てた。

 

そして明日は、俺たちが最初に約束した夢の果てだ。一度や二度なら珍しくないだろうが、レース外の事情で、これほど大きな想いを懸けてきたのは俺たちだけだろう。今後一生、中山レース場に来るたびに思い出すに違いない。

 

俺がぼんやりコースを眺めていると。隣でターボがうっ、うっ、と、えづく。ひょっとしてセンチメンタルな気持ちになってしまったのだろうか。俺と同じように。

 

 

「ターボ……」

 

「あ、ち、ちがうぞっ。泣いてない! ただこわくなっちゃっただけ!」

 

「怖い?」

 

 

ターボは目尻に涙を溜めていた。しかし指摘する前にブンブンと首を横に振る。

 

 

「だって、ターボ走れないで終わってたかもしれないんだぞ」

 

「……そうだな。一つでも何かが違ったら、こうならなかった」

 

「ね、とれーなー、これ夢じゃないよね?」

 

「心配なら頬っぺたつねってみるか」

 

「やってみて!! ん、あだだだっ!?」

 

 

差し出された餅のような頬をつまむと、痛そうに「う〜〜〜」と唸った。しおらしく俯いていたターボは、今度は痛みとは別な理由でオッドアイに涙を溜めた。手を離すと、ターボは頬を撫でながら「夢じゃない!」と少し嬉しそうに口角を吊り上げた。そんなターボと隣り合い、いまいちどレース場を見渡しながら思う。

 

 

「……なあ。ターボはどうして、レースを走り続けたいって思ったんだ」

 

 

ふと口をついて出た。今更な質問かもしれない。何度もその話をしたことがあるターボもそう思ったのか、不思議そうな顔で俺を見た。確かめたくなったのだ。過去を振り返っているうちに現実感がなくなって、俺も自分で思うより不安になってしまったのかもしれない。

 

 

「俺がトレーナーになろうと思ったのは、キラキラしてるウマ娘のレースに憧れたから。でも連れてきてもらって分かったよ。憧れはすごく遠かった」

 

 

トレーナーに就任してからの後悔はいくつもある。ツインターボと出会う前、俺は自分の存在意義を見失うところまで悩んでいた。担当を導いてやれなかった。夢を叶えるのは決して簡単なことではないと知った。

 

しかしツインターボの折れない姿を見て学んだ。そして憧れた。辛く理不尽な目に遭い、全力を出して走るのが大好きなのに奪われた。中央の夢を失うに至った。しかしターボは悪足掻きではなく、いつだって真剣にどうにかしようと前を向いていた。

 

 

「ツインターボは一度も折れなかった。負けた時も、全力で走れなかった時期も。辛いトレーニングをしていた時期も。心折れてもおかしくないことが、何度もあったのに」

 

 

結果。有マ記念の出走まで叶ったツインターボを侮る者は、もう誰一人としていない。見放されたターボを強者にいたらしめたのは、身体的素質でもなければ奇抜な作戦でもない。夢を貫く原動力。諦めない心があった。口にしたことはないけれども、俺では釣り合わないのではないかと思ったことは何度もある。

 

 

「俺は本当に、ターボの夢を支えることができたんだろうか」

 

 

俺がいなければ中央に戻ってこられなかっただろう……などと自惚れるつもりは毛頭ない。ツインターボは元々強かった。どんな状況でも全力で頑張れるウマ娘だった。俺でなくても、素質を引き出してやれるトレーナーはいたと思う。そんなターボをトレーナーとして支えられていたのだろうか。

 

 

「もちろん!! 走り続けたいって思ったのはね……とれーなーが見つけてくれたから!」

 

 

ターボは当たり前のことのように、俺の望んだ答えをくれた。ツインターボはお世辞や嘘は言わない。絶対に本心でしかものを言わない。好きなものは好きと言うし、嫌いなものははっきりとそう口にする。そのターボが、当たり前だと。そう言ってくれる。

 

 

「とれーなーが勝てるって言ってくれたから、頑張れたんだぞっ!!」

 

 

ターボらしい尖った歯を晒す、にいっという擬音がつきそうな満面の笑顔が俺は大好きだ。トレーナーとしてこれ以上の幸せはない。「ありがとう」と、ウマ耳を避けてターボの頭を撫でた。ターボは頭を撫でられて頬を赤らめていた。

 

 

「どうして三冠を目指したいって言ったんだ?」

 

 

少し重いトーンで切り出しつつ、意識を切り替えて視線を俺の顔に戻す。撫でていたターボの頭から手を離した。見下ろして、見上げる。身長差がありながらも視線を合わせて話し続ける。

 

 

「もちろん嫌って話じゃない。本当に成し遂げられたら死んでもいいくらい嬉しいし、そうなってほしい。でも秋の天皇賞に勝った時に、ターボは即答しただろう。俺と違うものを見てるかもって思ったんだ」

 

「なーんだ、それは簡単なことだぞっ!」

 

「聞かせてくれるか?」

 

「だって一番凄いウマ娘にならなくちゃいけないもん! ネイチャに、オグリに、トウカイテイオー! みんな強いけど、全員倒して三冠を取る!! そうすればターボが最高で最強のウマ娘だ!!!」

 

 

俺は息をするのを忘れてツインターボを見つめて、やがて表情を緩めた。ああ、なぜこんな当たり前のことを忘れていたのだろう。ターボのやりたいこと、最初に願った夢。最強のウマ娘の約束を叶えるために契約を交わしたというのに。

 

GⅠは一つの到達点だと胸を張って言える。最悪の状態からレース史に爪痕を残せたことは途方もない成果だ。しかし俺が思う最強には上限があった。勝手に付けていた。ターボにはそんなものはなかった。行けるところまで行く。それがツインターボの到達点。

 

また教えられた、と思う。

 

俺はツインターボに学んでばかりだ。こんな風に続きを見せられてしまったら、一緒に行けるところまで行くしかない。ブレーキなんてこの職を投げ捨てる覚悟を決めた時に破壊した。

 

 

「なあ、ツインターボ。俺たちは必ず勝つ。そうだな?」

 

「もちろん!!」

 

 

屈んで目を合わせた俺の問いには、えっへんと。当然のように胸を張って即答する。

 

勝つ。そして夢を叶える。それは口にするほど簡単なことではない。本気でツインターボを導くためにすべきことがあった。真剣なことを伝える時の声のトーンで口にする。

 

 

「他のウマ娘がやらなかったことを、他のトレーナーがやらなかったやり方で、誰よりも努力してきたから俺たちはここまで来られた。だが逆にそれが弱点だ。今のままだと有マ記念で勝ち目はない。そのことは分かっているな」

 

「……うん」

 

 

俺の言葉にターボは少し躊躇いながらも頷いた。ターボも、それを分かっている。勝ち目が薄いことだって、もう伝えてある。なにせ相手は最高峰のウマ娘。ターボを知り尽くした最高のライバル達を相手にすることになるのだ。

 

 

「だから今回のレースは、文字通り全部を懸けて挑む」

 

 

俺はツインターボにどのようなレースをさせるべきかをずっと考えていた。そして作戦を立てた。

 

今までは作戦なんて必要がなかった。他のウマ娘を完全無視して、自分のレースを徹頭徹尾貫けばよかったから。コースの状態などを読むことはあっても、オグリのように他を意識した作戦は不要。しかし今回はそうは問屋が卸さない。

 

子供の頃に誰もが想像する逃げウマ娘の理想的なレース。それをやろうとすれば、ツインターボが負けるのは分かりきっている。弱点は知れ渡った上で、コース距離は限界を超えた2500m。開幕でぶっ飛ばして最後まで先頭を取って走り切るいつもの戦略は使えない。

 

 

「……すでに伝えた作戦。あれが、勝つための唯一の方法だと信じてる。でもターボに辛いことを強いることになんじゃないかと正直悩んでる」

 

 

しかし普段と作戦を変えることは、大小あれども全力を制限する(・・・・・・・)ことを意味する。

 

それはツインターボには想像するよりも遥かに辛いことかもしれない。全力を出し惜しまずに走っていれば、未勝利戦で敗北し、退学という結末を迎えずに済んだかもしれない。トレーナーの指示で我慢して走ったせいで負け続けたターボには、耐え難いことだと分かっていた。

 

 

「それでも、どうかやりきってほしい。お願いだ」

 

「わかった!!」

 

 

分かっていながら頼みこむ。指を深く食い込ませ、拳を力いっぱい握りしめた──のだが。ターボは躊躇うどころか、大したことだと考えていないようだった。この大舞台で全力を制限するような指示を出してしまったというのに。どうして。

 

 

「いいのか?」

 

「前のトレーナーだったら嫌だぞ。でもとれーなーはターボを走らせてくれた! 一緒に走ってくれれば勝てるって知ってるからなっ!!」

 

 

……ああ。

 

ターボは想像していたよりもずっと強かった。信じてくれていた。不安は正直あるけれど、これが一番だと死ぬ気で考え抜いた選択を受け取ってくれた。ありがとう。そう言葉にすると、ターボは緩み、ほころんだ顔を見せた。

 

改めて立ち上がって視線を戻す。俺たちは、柵に両手をかけて、空席が広がる中山レース場を見渡した。その広大な静寂が、明日の激闘の前触れのように感じられる。

 

 

「明日はこの会場が、ファンで一杯に埋まる。俺たちが勝つところを見にくるんだ」

 

「うん、ターボが勝ってみんなを笑顔にする!!」

 

「ああ、それでいい。ウマ娘のレースは勇気とか希望とか。人に幸せを与えられるものだと思ってる。俺はな、ツインターボにしかできないレースをファンに見せてやりたい」

 

 

ツインターボはレースを楽しんでいる。走ることそのものを愛している。だからターボはキラキラしているのだと俺は思う。かつて子供の頃に憧れた輝きを、ツインターボはすでに持っている。そんなツインターボを世界に知ってほしい。

 

 

「獲ろう三冠を。そうすれば最強のウマ娘だ!」

 

「うん!! ターボ、ぜったい最高のウマ娘になるから!!」

 

 

隣り合わせの俺たちは、拳を合わせて約束を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日。

 

約束を果たす舞台、最高のレースの幕が開いた。

 

 

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