【完結】ツインターボは諦めない   作:クロ

5 / 47
過去編 出遅れツインターボ(前編)

 

 薄く雪が降りつもる冬の季節。厚い灰色の雲の下、北海道のとある赤煉瓦の建物に多くのウマ娘が集まっていた。建物の入り口には『日本ウマ娘トレーニングセンター学園 中等部入学試験』と正式名称で書かれた看板が設置されていて、そこに幼いウマ娘たちが集っていた。

 

 今日は日本屈指の名門・中央トレセン学園の入学試験の日。そして部屋で待つ彼女たちは受験生。控室では緊張した面持ちで深呼吸をする者、手を合わせて祈りを捧げる者など。それぞれに精一杯に時間を過ごしていた。

 

 そして今まさに面接中の会場の中で一人、特別に異彩を放っているウマ娘がいた。

 

 

「それではツインターボさん、あなたが入学を志望する理由を教えてください」

「もちろんさいきょーのウマ娘になるためだぞ!」

 

 

 ツインターボという名札をつけたウマ娘は、驚くほどの自信に満ち溢れていた。その特徴的な尖った歯と鮮やかな青い毛並み、赤青のオッドアイ。彼女の放つ圧倒的な存在感が面接官に強い印象を与えていた。しかしそんなことはおくびにもださず、決められた通りに淡々と深掘りしていく。

 

 

「最強というのは具体的にどういうことですか」

「誰にも負けない、ずっと勝つ、強くて格好いいウマ娘のこと!」

「なるほど……提出して頂いた資料によると、学校で一番足が速かったそうですね。地元のレースでも良い成績を残したとありますが、いかがですか」

「もちろん、ターボは速いからな! トレーニングだって毎日ちゃんとやってるし!」

 

 

 決まりきった答えだと言わんばかりにドヤ顔を浮かべた。幼さを感じさせる言葉遣いだが、まあ初等部の受験生なのでそんなものだろう。ハッキリと自分の意見を言えるのは好印象だ。

 

 面接官の手元の資料にはターボの今までの経歴が事細かに記されている。身体能力面での素養は十分に満たしていることが読み取れた。学力はかなり不安が残るが……トータルで合格基準は満たしている。

 

 

「トレセン学園には日本で最高峰の環境が整っています。最強のウマ娘を目指すのであれば、これほど相応しい環境はないでしょう」

「そう! それで絶対行きたいって思ったの!!」

「ええ。ですがそもそもあなたに限らず、最強を目指すウマ娘達が集まる場所でもあります。ですので競争相手とたくさん出会うことになる。私も多くのウマ娘と接してきましたが、辛い経験や境遇で夢折れる子、諦めた子もたくさん見てきました」

 

 

 面接官はツインターボが特別なものを持っていることは感じていた。生まれながら勝利が宿命づけられるエリートウマ娘のような分かりやすい(・・・・・・)素質ではないが、それとは違う形で『何か』をやってくれそうな気配を感じとっていた。

 

 中央で生き抜くためには普通ではいけない。レースウマ娘になる以上、憧れだけではだめだ。険しい目つきを向けるとターボはびくっと身をすくめた。この子はレースの世界で生き抜くことができるのか。この場でそれを詰めていく。

 

 

「最強を目指ということは、全てのウマ娘の頂点に立つということです。トゥインクルシリーズのGⅠやドリームシリーズについては、当然知っていますね」

「う、うん。見たことあるぞ」

 

 

 一部知らない単語が出てきたために、ターボの視線が横に逸れた。どちらも一般的に使われる用語で、受験対策に先生にも教わっていたのだが、座学が苦手なターボは聞き流してしまっていた。まずいことになったと冷や汗を流す。しかし肝心なのはそこではなく、知っている前提で重々しく問いかけられる。

 

 

「頂点に立てるのはほんの一握りの才を持つウマ娘のみ。夢を追うことで辛い現実を目の当たりにするかもしれない。辛くて動けなくなるくらい打ちのめされることもあるでしょう。厳しい話をしますが、毎年、心折れて走れなくなる子が何人も出ています」

「…………」

「あなたはどうですか。何があっても諦めずに夢を追い続けますか。ターボさん」

 

 

 厳しく問いかける。面接官はツインターボを虐めたくて言っているのではない。中央トレセンには入学したうちの八割が卒業を待たずに退学になるという現実がある。その残った二割の中でも、最もグレードの低いプレオープン戦に勝てるのはさらに一握り。最高峰のGⅠレースに勝利できるのはわずか数人だ。

 

 彼女たちは正しく血の滲むような努力をもって、頂点に立つ。受験の場とはいえ、威圧された程度で心が折れるようでは学園で生き残ることはできないだろう。まだ幼いターボに対する配慮も遠慮もありはしない。これで弱気になったならそれまで。ここは頂点に続くレースウマ娘の登竜門。『最強』を名乗った以上、幼い子供ではなく一人のレースウマ娘として扱われる。

 

 元々人見知り気味のターボの膝は震えていた。しかし、すんでのところで弱気な気持ちを表に出すのを堪える。全力全開で前に進むことしか知らない。だから怖くても引き下がることはしない。

 

 

「ターボやるもん」

 

 

 青いウマ娘の少女は怯えるかわりに、面接官を威圧しかえさんばかりの勢いで声を張り上げた。引き下がる考えは頭の片隅にさえ存在しなかった。ここでも立ち止まらずに前に駆け出した。

 

 

「ターボは何があっても諦めたりしない! 絶対、ターボがいちばんのウマ娘になるから!!」

 

 

 椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がって吠えた。絶対に敬語を使いなさいと、受験前に両親や先生にさんざん言い聞かされたのも忘れて。これが夢の舞台の足がかりになる面接であることは頭から抜け落ちていて。持ち前の負けん気の強さで、威圧された分をそのまま押し返した。

 

 

「ほかのウマ娘にも負けないくらいたくさん走るっ! それから、レースでターボより凄いウマ娘はいないって、みんなに言わせてやる!! ターボが勝つんだっ!!」

「……コホン。ひとまず座ってください」

 

 

 対面する面接官に冷静に促され、ターボはハッとした表情に戻って青ざめる。やってしまった。受験中なのにこんなことをしたらさすがに不味いと気付いた。

 

 座ったターボは震えながら、おそるおそる面接官の顔色を伺った。

 

 

「あ、あの……ごめんなさい」

「他の部屋では受験が続いていますから気をつけてください」

「はい……」

「面接は終了です。あなたは合格です」

「えっ」

 

 

 面接官は表情一つ動かさずにターボを見ながら言った。平然と告げられたのは求めていた結果だ。しかしあまりにあっさりとしていて最初は理解できなかった。

 

 

「追って書類を送りますが、来年から学園へ入学することを許可します。それでは次の受験生が待っているので退室してください」

「ターボ、トレセンに通ってもいいの?」

「あなたがそれを望むのなら」

 

 

 ぽかんと口を開けていたターボは一秒後、両目を見開いてきらめかせた。わっと喜びの大声をあげかけて……察して構えていた部屋のスタッフに即座に口をふさがれることになった。そこから試験場の建物を出るまで、なんとか叫びたいのを我慢した。

 

 建物を離れてから喜びを抑えきれなくなった。

 

 ターボは口をウズウズさせて、青白いウマ尻尾を振り回してめいっぱい叫んだ。

 

 

「やったぁーーーーっ!!!」

 

 

 地方で生まれた一人のウマ娘が、ツインターボが合格を勝ち取った。こうして中央トレセン学園でレース走者としての道を歩み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本最高峰のトレセン学園、中等部に所属したターボの学園生活が始まった。東京に引っ越したターボは寮の荷物をなんとか片付けて、憧れだった紫色ベースの制服に袖を通した。

 

 

「ふっふっふ。『しょーぶふく』もすぐに手に入れてやるぞっ」

 

 

 初日から嬉しくなって笑みを抑えきれておらず、不敵な態度で鏡の前で腰に両拳をあてがって、自分自身を見ながら胸を張る。

 

 ツインターボには野望があった。それは『最強』と呼ばれるウマ娘になって、たくさんの人に褒められること。さらにその中でもレースウマ娘だけが着ることのできる『勝負服』を手に入れることだ。これから輝かしい未来が広がると思うと、楽しくて、嬉しくて仕方がない。

 

 意気揚々と鞄を掴んで、「ターボがきたぞぉーーーっ!!」と叫びながら校舎に走り出した。

 

 

 

 

 学校生活でターボはすぐにクラスメートと打ち解けた。もちろん最初は知り合いなど一人もいなかったが、初日のうちに友達ができた。ナイスネイチャと名乗ったそのウマ娘のおかげで友達の輪は広がり、ターボはとても楽しい日々を送ることができた。

 

 ある日。同学年の生徒が揃って、合同のオリエンテーションが行われることになった。

 

 授業内容は今後のレースウマ娘としての進路について。黒板にチョークを走らせるのは、学園でいちばん偉い人の秘書。緑色の制服が特徴的な大人の先生だった。駿川たづなと名乗った彼女は黒板に文字と絵を書いていく。一般的に知られている、トゥインクル・シリーズのレースの種類の一覧だ。

 

 

「皆さんはこれからトゥインクル・シリーズを目指すことになりますが、出走するレースはそれぞれに違ったものになります」

 

 

 ダートと芝。

 短距離、マイル、中距離、長距離。

 

 メイクデビュー・未勝利戦から積み上がるように重なっていくピラミッド状のレースグレード。その一通りの略図を書き終えたあとに改めて生徒のほうに振り返った。

 

 

「ご自分の適性をすでに把握している方も、これから調べるという方も。順番にレースを勝ち進むことを目標に、最高グレードのレース『GⅠ』を目指してトレーニングを積んでいくことになります」

 

 

 グレードを示すピラミッド状の天井に記されているのは、全てのウマ娘の頂点『GⅠ』だ。ターボはきらきらとした眼差しで、描かれる未来予想図を見つめていた。そして何の前触れもなく立ち上がり、手を上げて自己主張した。

 

 

「はいはい! 最高グレードってことは、それに勝ったら最強ってことだよね!?」

「わわっ……!?」

 

 

 ターボの大声に教室の注目が集まる。すぐ前に座っていた赤毛のウマ娘・ナイスネイチャも、思わぬ大声に尻尾を尖らせて驚いていた。たづなさんは笑顔で答えた。

 

 

「そうとも言えますね。GⅠホルダーの称号は、最も速いウマ娘の証明になるでしょう」

「それじゃあターボも早くじーわん出たい!!」

「そうですね。ですがGⅠに出走するためには条件があります。最下層のグレードから徐々に実績を積み上げて、それをクリアしていく必要があるんですよ」

「え、そうなんだ。むむっ。クリアってどうすればいいんだ……?」

 

 

 自分の頭を指先でくるくると弄るツインターボを見て柔らかく微笑みながら、講義ホールに集まった全員に少しずつ視線をうつしながら解説する。

 

 

「まず最初にメイクデビュー・未勝利戦に勝つ必要があります。その次にプレオープンやオープン、GⅢから順に、GⅡ、GⅠと勝ち進んでいくのが一般的です。出走条件が複雑なものもあるので、そのあたりは契約したトレーナーさんと方針を相談してくださいね」

 

 

 講義室でたづなさんの話を聞いていた他のウマ娘は、納得したという様子で頷いた。しかし質問した当のツインターボは「???」と頭の上に疑問符を浮かべていた。そうしていると前に座っていたナイスネイチャが振り返って、ジト目で抗議してくる。

 

 

「ツインターボ、急に声をあげたらびっくりするじゃないの」

「んー。ネイチャ。『とれーなー』って何だ? おいしいのか?」

「えぇ……?」

 

 

 ナイスネイチャは『マジか』と言いたげな呆れ目をツインターボに向けた。ウマ娘にとって最重要な『トレーナー』の存在を知らないとは思っていなかったのだ。

 

 するとその疑問を耳ざとく聞いていたたづなさんが、間髪入れずに補足した。

 

 

「皆さんはそれぞれレース適性が違うように、違う個性を持っています。身体に合ったトレーニングメニューや、レース方針を相談する相手が必要になるでしょう。そのお手伝いをするのがトレーナーさんです。トレセン学園にはたくさんの優秀なトレーナーさんが在籍しているんですよ」

「質問です! 私たち、どうやってトレーナーを決めればいいんですか?」

 

 

 教室にいた別のウマ娘の一人が手を高らかに上げて質問する。今度は他のウマ娘も同調して頷いた。彼女たちも噂では『トレーナー』の存在を知っていたがイメージが湧いていなかったのだ。これからの人生を左右するような相手を選ばなければならないと思うと、不安でいっぱいだった。

 

 そんな新入生を安心させるように、たづなさんは余裕ありげな笑みを崩さない。

 

 

「トレーナーさんを選ぶために学園で選抜レースを用意しています。さっそく今月末、第一回の公式選抜レースが行われます。そこで今の走りを見せてください」

「私たちが走るところを見てもらえるんですね!」

「はい。将来のトレーナーさんも、皆さんが出走されるのを楽しみにしていますよ。まずはスカウトを受けて、お互いに同意すれば契約が成立します」

 

 

 納得したことでウマ娘たちの不安はおさまっていく。席についたツインターボは、腕を組んで何度もうなずいた。

 

 

「なるほど、完全に理解したぞ。つまりいちばんすごいトレーナーを見つけたら、ターボも"じーわん"に出られるってことだな!」

「いや違うでしょ」

「頑張り次第ですが、契約が最初の一歩であることには間違いないですね」

 

 

 分かっているようで半分も理解していない。何人かのウマ娘は妙な理解をしたターボを見て苦笑していた。このまま放っておいたらまずいと思ったネイチャが、友人のターボをこっそりたしなめた。

 

 

「あのねツインターボさん。トレーナーは慎重に決めなきゃダメだから。そこんとこ分かってるの?」

「他のウマ娘に負けないように、いちばんはやくけーやくすればいいんじゃないのか?」

「話はそう単純じゃないわよ。トレーナー候補の人なんて何人もいるし。有名なトレーナーはだいたい目星をつけてくるスカウトに来るから、もう勝負はついてるって場合も多いのよね」

「なにそれフライングじゃん!!」

「仕方ないことだけどね。例えば……あの子とか、もうスカウトされてるって噂よ」

 

 

 ネイチャが視線で示した先にターボも目を向ける。たづなさんの講義を退屈そうに聞いている一人のウマ娘がいた。髪をポニーテールに束ねた彼女は、同期に限らず学園でも有名なウマ娘だ。しかしツインターボは知らなかったので首をかしげた。

 

 

「あれ誰だ?」

「トウカイテイオー。今年のウマ娘で一番強いかもって言われてる子よ」

「へー。でもターボのほうが凄いから、スカウトの速さも負けないぞっ!」

「その自信はどこから来るのやら……知らぬが仏か。ま、アタシもテイオーが走るところはまだ見たことないケドさ」

 

 

 ツインターボは自分に関わりのないウマ娘のことはさっぱり興味がなかった。ナイスネイチャは、無駄に自信に満ちたツインターボに言い加えて注意する。

 

 

「話を戻すけど、トレーナーを選ぶときは腕がいいとかだけじゃなくて、相性だって考えなきゃけないの。あたしたちウマ娘にとって、担当トレーナーってレースの申し込みとかしてくれるだけの人じゃないの。勝利に導いてくれる何より重要な存在なんだから」

「そうなのか? ネイチャって詳しいんだね!」

「まあ、気になって調べたことがあっただけ。焦って変な人を選んじゃダメだからね?」

「わかった、ネイチャが言うなら気をつける!」

「本当にわかってるんですかね……」

 

 

 できれば自分で色々と調べてほしいところなのだが、ターボには難しいだろうなと。ナイスネイチャは自分が面倒を見てあげなきゃなあと、ちょっと疲れたように息をついた。そして相手は同級生なのに親心を出してどうするのかと心の中で自分自信に突っ込んだ。

 

 

(アタシたちが頂点に立つのは難しいけど、やれるところまではやってみたいかな)

 

 

 自分もターボも、同期のトウカイテイオーのように最初からスカウトを受けるレベルの華々しい才能の持ち主ではない。しかし負けてられないというのはターボと同意見だ。トウカイテイオーの背中を羨ましげに眺めつつも闘争心を燃やした。一方でツインターボは明るい未来思い描いていた。

 

 そうして、それぞれ自分の未来を想像で思い描きながら、ウマ娘たちは、最初の試練までの時間を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式から一カ月後、新入生ウマ娘の参加する最初の選抜レースが開催された。

 

 会場はトレセン学園敷地の中央に建設されたコースだ。練習用といってもその広さは本番のレース場に匹敵する。芝やダートなどのコースが全て使用することのできる、学園理事長肝いりの特別な設計だ。

 

 観客席も本番と変わりない造りとなっている。外部の人間を招いてレースを行うこともあるためで、そして今日はその席の大半が埋まっていた。客席にはスーツ姿のトレーナーと、先輩のウマ娘たちが大勢集まっている。その中にはテレビ番組に日常的に出てくるような有名な顔もある。目当てはもちろん、今日初めて走る姿を見せる新入生ウマ娘たちだ。

 

 本番さながらの恐ろしい雰囲気であるがゆえに、これから走る新入生ウマ娘たちに大きなプレッシャーがかかっていた。トレセン指定の赤ジャージをゼッケンをつけた彼女たちは動揺して、口々に弱気な言葉をつぶやきあう。

 

 

「わわっ。こんなに人がいる中で走るの……!?」

「スカウトされなかったらどうしよう」

「緊張して、ちゃんと走れるか不安になってきちゃった」

「いつも通りやれば大丈夫。きっとそうよ」

 

 

 レースは初めてではない。例えば地元のちびっ子レースや、学校の運動会レベルならなれたものだ。しかしトゥインクルシリーズにつながるような『本番のレース』が初めてだ。しかも今日のレースに人生が懸かっているのだからたまらない。

 

 しかしそんな中でも平静を保っているウマ娘がいた。まず目立つのは、レース家系の生まれで本番慣れしている者。今年の目玉はなんといってもトウカイテイオーだ。鼻歌を歌いながら周囲などまったく気にせずに軽く準備運動して体を温めている。

 

 

「あれがトウカイテイオー。シンボリルドルフが目をかけているウマ娘か……」

「この雰囲気の中で余裕があるのはさすがね」

 

 

 幼い頃から英才教育を施されている故に、この程度のレースで動じることはない。

 

 そしてほかにも動揺していない者もいた。それは本番だろうが練習だろうが全く揺らがない強靭な精神を持つ者。そしてプレッシャーを感じない楽観的な性格の持ち主だ。まるで動じていないツインターボは後者のタイプだった。

 

 

「わー、すっご! すごい! ターボ、こんなにたくさんウマ娘が集まってるとこ見るの初めてだぞ!」

 

 

 ひりついた場の空気に気付いておらず、大勢の観客がいることに大興奮してバタバタと腕を振り回していた。一方で緊張しまくり、プレッシャーを抑えるために両腕で自分を抱きしめているのがナイスネイチャだ。彼女も今ばかりはターボの性格を羨ましがった。

 

 

「アンタすごいわね……いや、変に緊張するよりそのほうがいいんだろうけどさ」

「ネイチャは楽しくないのか!? こんなすごい場所で走れるんだぞ!」

「アタシみたいな小市民にはちょっとプレッシャーが大きすぎるっていうか……」

「なんだネイチャはだらしないなー。ターボを見習ってもいいぞ!」

 

 

 堂々とした態度を崩さないターボを羨みつつ、ネイチャはちらりと別な方向を見た。ターボもそれに気づいて追いかけるように何を見ているのかを探す。そこには同じターフ上で視線を集めている存在がいた。

 

 流星のような白いラインの入った鹿色の髪のウマ娘。同期最強と噂されているトウカイテイオーだ。オリエンテーションで出会った彼女のことを、この時ターボはすっかり忘れていた。『誰だっけ……?』と首をかしげた。

 

 しかしどうやら親友のネイチャは彼女を相当意識しているらしい。速いのだろうか。しかし自分のほうがきっと強い。そう考えたターボは気合を分け与えるかのごとく、どんとネイチャの背中を叩いた。

 

 

「わっ!? ……びっくりしたぁ、急にどしたのさ」

「大丈夫だぞ! ネイチャなら絶対にいちばん取れる! ターボがほしょーするぞっ!」

「……励ましてくれてるの? ありがと。おかげでちょっと肩の力抜けたわ」

「ふふ〜。感謝していいぞ。ついでにターボがぶっちぎりで勝つところも見ててよね」

「はいはい。アンタの順番はアタシの後だったわね。お互い勝てるように頑張りましょう」

「うん! やるぞーーっ!! ターボが最強のウマ娘になるんだぁーーっ!!」

 

 

 ターボは初めて夢のトレセン学園で走れることに嬉しさいっぱいだ。ジャンプしながら青空に向けて片手を振り上げた。ナイスネイチャも勇気を分け与えられたおかげで、胸の高鳴りは落ち着いていた。かなり子供っぽいところもある子だけれど、こういうところがネイチャはとても好きだった。

 

 

 

 そして、選抜レースが始まった。

 

 開会式を終えて番号のゼッケンをつけたターボは、いつ自分の番が来るのかと腕を組んで待ち構えていた。出走順がやってくると、待ちきれないという雰囲気をむんむんに醸し出しながら意気揚々とスタートラインに立った。

 

 ターボと同じレースに出走する他のウマ娘は緊張しまくっていた。表情も動きも固い。しかしターボは彼女たちに向かってぶちかました。

 

 

「いくぞお前ら! 最強のターボが、ぶっちぎりで勝つからなっ!」

「ひぇっ」

 

 

 ワクワクとした笑顔で、親指で自分を指差して自信満々にアピール。この場に普段のターボを知るウマ娘がいれば苦笑いしたところだが、その実力を知るものはいない。自信満々というのはそれだけで恐ろしい。この状況でプレッシャーを感じていないのはよほど自信がある証拠だ……と感じて、参加していたウマ娘の半分が大きく動揺した。

 

 

「新人、話はそこまでに。スタートするから用意しな」

「はぁい」

 

 

 スタート地点を担当する先輩ウマ娘がターボをたしなめる。ターボは笑顔を浮かべたまま姿勢を整えて、視線をターフの先に向ける。他のウマ娘も慌てて用意を整えた。姿勢を整えて、いつでも走り出せるように身構える。出走技術が求められるゲートは選抜レースでは使用されないため、聴覚と視覚が頼りだ。

 

 

「いくよ、3、2、1……」

 

 

 カウントダウンを行う。

 

 集中して音を聞き分けながら、フライングだけはしないように気をつけてタイミングを図る。そして、ゼロ。旗が振られたのとほぼ同時。ツインターボは何の迷いもなく地面を蹴りとばした。

 

 

「だりゃああぁぁぁっ!!」

 

 

 真っ先に飛び出したのはツインターボだった。そして、他の半分のウマ娘は出遅れた。そのおかげで邪魔するものがなく一気に前へと飛び出すことができる。しかもあっという間に後方集団を引き離して、五バ身、六バ身。確実に距離を稼いでいく。

 

 一人のウマ娘がありえないほど後続を突き放して先頭を走っている。その展開を見ていた観客がどよめいた。

 

 

「なんだ、あのウマ娘。いきなり飛ばしてるぞ!?」

「掛かってるようにしか見えないが……自信があるのか?」

「GⅠウマ娘のサイレンススズカに憧れただけだろう。いつものことさ。去年も、ものすごい活躍だったからな」

 

 

 純粋に驚く者、首を傾げる者。反応は大きく別れたが、ターボは構わずに後続をぐんぐん突き放す。ペース配分を完全無視した全力疾走。鮮やかな青のツインテールが風にあおられて、ジャージの背中の布がはためく。汗が首を滴って流れていく。

 

 

(ターボがっ、いちばんになる……ッ!!)

 

 

 背後には誰もいない。一番前を走るのが好きだ。この場所を守るためだけにターボは魂を燃やす。

 

 ツインターボがとったのは『大逃げ』という作戦だった。後半に末脚を発揮できない代わりに、序中盤でリードをつけてそれを守り切る。ウマ娘同士の駆け引きやペース配分を完全に無視して全速力で自分の走りを貫くのだ。もっともターボはそれを複数の作戦の中から選んでやっているわけではなかったが、その作戦を成立させるだけの脚を持っていた。

 

 奪った十バ身以上のリードが他のウマ娘を焦らせる。一方で当のツインターボは絶好調だ。脚がいつもより快調に動いてくれる気がする。ほとんどのウマ娘が無理に前に出過ぎたせいでペース配分に失敗し、途中で「無理ぃ~~」と叫んで速度を落としていく。

 

 やがてツインターボはニッと笑みを深める。最後の直線。ゴールで旗を持って待っているウマ娘と目が合ったからだ。背後には誰の気配もない。夢のトレセン学園、最初のレースで一着を取ることができる。

 

 そう、勝てる。

 

 そう思ったとき。地面を踏み締めた脚に、響く。

 

 

「ッ……!??」

 

 

 それは突然のことだった。目に見えてターボの足が鈍ってフォームが乱れたのだ。

 

 観客席……特にベテラントレーナーの表情が落胆に満ちた。ああやっぱり、と。腕の振りがゆるんで足がもつれる姿を見て、スタミナ切れを起こしたのだと悟ったのだ。スタミナを極端に消費する大逃げの弱点を克服できていない、所詮は暴走だったのかと評価する。

 

 

「やっぱりな。早々、才能を持った大逃げウマ娘なんて出てくるはずないか」

「いやちょっと待て。なんかおかしくないか」

「おい、あれ、まずいぞ」

 

 

 失速ではないと、最初に気付いたのは誰だっただろう。疲労では説明がつかない不審なレベルまで体の動きが鈍っていく。明らかに動きがおかしい。

 

 ツインターボの横を、必死に走り続けた他のウマ娘達が追い抜いてしまう。結局ターボは一着でゴールするどころか、途中で足を抑えながらその場に倒れ込んでしまう。その異常な光景に、ゴールラインに立っていた先輩ウマ娘は顔をひきつらせた。ほかのウマ娘が全員通り過ぎたあとで、レースを監督していた学園側のスタッフが慌てて駆け寄った。

 

 

「君、大丈夫かっ……!?」

「う、うぅぅ、いたいよぅ……」

 

 

 走り切ったツインターボは左脚を抑えて、瞑ったまぶたの端に涙雫を溜めていた。痛みを訴えているのは右脚だ。腫れている。駆け寄ったスタッフは大変なことになったと顔を見合わせた。

 

 

「まずいぞ。怪我をしてるじゃないか」

「おいモタモタするな、すぐに担架持ってこい! 早くっ!!!」

 

 

 脂汗を滲ませて脚を抑えるツインターボが運び出されていく。レースに参加していた他のウマ娘たちは、こんな形で決着が着くと思っていなかったため、息を切らしながら複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 ツインターボの最初の選抜レースは、順位が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「骨折ですね」

 

 病院で検査を受けた末に、診察室でレントゲン写真を持った医者に言い渡された。脚に包帯を巻かれ、白い入院着を着たターボはぽかんと口を開けて、それから口をあんぐりと開けて叫ぶ。

 

「……うえええええっ!? マジで!?」

「マジです」

 

 

 隣には友人として病院に駆けつけたナイスネイチャがいたが、突然の友人の大声にビビって慌てて両手でウマ耳を塞いだ。一方で医者は冷静に、壁に貼ったレントゲン写真を示しながら二人に説明する。

 

 

「まあ、不幸中の幸いと言うべきでしょうか。この部分を見てください。綺麗に折れているので、安静にしていれば後遺症は残らずに完治するでしょう」

「そうなんだ、びっくりしたー」

「担架で運ばれてたのを見て驚いたけど、治るならよかった……」

 

 

 ターボは単に軽くホッとした様子だったが、ことの重大性を理解していたナイスネイチャは深く安心して胸を撫で下ろしていた。

 

 レースウマ娘にとって怪我は致命的で、場合によってはレースウマ娘としての夢を絶たれることだってある。悪い状況であることに変わりはないが、後遺症が残らないのはかなり良い方だ。少なくとも夢が断たれるわけではない。

 

 とはいえナイスネイチャもツインターボも、怪我に対しての知識はずぶの素人だ。ことの重大性がいまいち分からない。状況を把握しようと、一緒に付き添ってきたネイチャが医者に尋ねた。

 

 

「先生。ターボの怪我はどのくらいで良くなるんですか?」

「ほーたい巻いたから明日もう走れるよ!」

「いや流石にそりゃ無理でしょ」

 

 

 親友の楽観的な発言に思わず突っ込んでしまう。包帯はあくまで怪我を治すためのもので、中身は折れたままなのだから走れるはずがない。あとで絶対に走らないように言っておかないと、とネイチャは内心で頭にメモ書きした。医者はカルテを見ながら淡々と告げる。

 

 

「ウマ娘の怪我はヒトより重くなる傾向にありますが、今回のケースでは平均より早く治るはずです」

「よかった。それはどのくらいですか」

「完治までの目安は……そうですね。二、三ヶ月といったところでしょう」

「え……」

「えーーーっ!!? ながすぎだぞっ!! そのあいだ走れないの!?」

「はい」

「どうにかならないの!?」

「無理です」

 

 

 ツインターボは車椅子のシートに両手をついて不満の声をあげた。せっかく学園に合格できたのに二ヶ月以上走れなくなってしまったのだから、思わず大声が出てしまうのも無理はない。後ろで聞いていたネイチャも表情が曇った。

 

 

「うー……これ、しばらく治らないのか」

 

 

 ここまでバッサリ言われて、嫌だ嫌だと食い下がるほどターボは子供ではない。包帯ぐるぐる巻きにされた自分の足を見て、しょんぼりと耳を垂れさせた。ネイチャに車椅子を押してもらいながら渋々と診察室を後にして、二人で大勢の患者が行き交う病院の雑多な廊下に出た。

 

 ターボは深くため息をついた。しかし一番落ち込んだのは、本人よりもナイスネイチャのほうだった。というのもウマ娘の怪我を初めて目の当たりにして、痛がる様子を見たせいで動揺していたのだ。

 

 

「大丈夫だぞネイチャ! まだちょっと痛いけど、すぐに走れるようになるからな!!」

 

 

 すると、そんな友人の様子に気付いたターボは心配かけまいと、ニッと笑顔を浮かべた。逆に励まされたことに気付いて目をまばたかせる。

 

 

「……あーもうっ。そうね、ごめん。アタシがこんな顔してちゃダメじゃん」

 

 

 ネイチャは頭をぐしぐしと掻きながらうつむき、そして振り払うように後ろからターボの顔を覗き込んだ。

 

 

「そんな怪我早く治しちゃいなさい。絶対安静! いいわねターボっ!」

「ふっふっふ。心配しなくてもターボね、すぐ怪我も治るし風邪も引かないで偉いねって先生から言われたこともあるんだぞ。だからこのくらい平気だもぃ、あだ、いだだだっ!?」

「ちょ、大丈夫!?」

 

 

 ターボは話の途中でうっかり脚を動かしてしまい激しく痛がった。ネイチャはおろおろと慌てたが、しかし我慢しきって「ほら大丈夫だ!」と涙目で無理に笑った。そんな風に強がるターボを見て、ネイチャはぐっと不安を顔に出すのを我慢した。

 

 

 ターボの怪我は治る。しかし重いハンデを背負ってしまった。ターボ本人は気づいていない様子だが、それがどれほど重いものかをネイチャは薄々感じていた。

 

 それでも今は待つことしかできない。一刻も早く怪我が快方に向かい、一緒に夢を追いかけられる日々が戻ってくることを願った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。