プロローグ
とめどなく血の雨が降る。
旧幕府の軍服を着た死体の山が足元には出来ていた。
新しくおろしたばかりの小袖は真っ赤に染まってしまった。まあいいか。
鬼は血塗れで丁度いい。
ここは埼玉で、私は鬼久助。
江戸城流血開城が起きたのはつい先日のことだ。
「……見事な腕だ、久助」
「ほうじゃろ、わしは剣の天才やきのう」
「ああ。より多く敵を斬るとき、お前ほど頼れるものはおるまい」
かけられた声に顔が綻ぶ。褒められて悪い気はしない。特にそれが誰よりも必要とされたかった相手なら。
黒いスーツを纏う武市先生が立っている。
側に寄れば人でない気配が強まって、この先生は確かに死人であるのだと強く改めて感じさせる。
「武市先生、周囲に他に敵はおりません」
「索敵ご苦労、田中くん。久助も、さあ本部に帰ろうか」
その背後に巨大な体躯が突如として現れて、辺りの血の臭いが濃くなった。
歩き出したそのあとを、追いかける。
死人でも影法師に過ぎなくても、先生といる。
先生が目の前にいる。
それだけのことがなんて嬉しい。
「やあ武市さん」
その先に立つ者の姿に途端に歓喜は萎む。浮ついていた意識はどこまでも研ぎ澄まされて。
「坂本くんか」
武市先生が大蛇を連れない坂本龍馬の名前を呼んだ。
酷く冴え冴えとした空気を放つその男を、先生は龍馬なのだと呼ぶ。
傍らにお竜がいないのに?
目つきが時折、なんとも冷たいものに変わるのに?
「今日も大活躍だったようだね、久助さん。まだサーヴァントでもないのに、さすがは久助さんだ」
「おう、そうだろそうだろ。もっと褒めてもいいんだぜ」
「あはは、久助さんは変わらないね」
それは紛れもなく龍馬であるけど、何かが違うと本能のようなもう一つの声が叫ぶのだ。
確証も何もなくコイツが龍馬でないと訴えても無駄だろう。
「どうやら聖杯は高杉くんが持ってるらしい」
「そうか……では彼が我々を裏切って……」
武市先生が悩ましげに眉を顰めて息を吐く。
その様子を坂本が眺めて、ほんの一瞬だけゾッとするような目で見下ろした。
それはすぐに掻き消えて、ノホホンとしつつも真剣な顔の龍馬に戻る。
やっぱり何かに取り憑かれてる。
でもまだだ。まだ、まだ私の剣は届かない。
龍馬に取り憑く見えない何かを斬るために、不要なものを自分から削ぎ落とす。
削ぎ落として、削ぎ落として、残ったものはどこまでも研ぎ澄ましていく。
先生たちの召喚された聖杯戦争は終結しても、何故だか先生は消えないまま。
特異点、という場所になったらしい。よく分からない。
「以蔵、お前もサーヴァントってのになってんのか」
「ッ!!! 久助!! どいておまんがおるぜよ!? おまんはまだ、この時代にゃ生きちゅうはずじゃろ……!?」
数年後に現れたのは、やたらといい生地を使ったスーツの以蔵だった。
大輪の花のような人だったと思う。
彼女が鮮やかな青い空の下にいたことも確かにあったけれど晩年の雪景色の中で佇む彼女の姿の方がより強く瞼の裏に焼き付いている。
触れれば雪の結晶のように溶けてしまいそうで、触れなくとも吹雪の中で見失ってしまいそうな──青い空の下で笑うのが似合っていた彼女は──気がつけばそんな儚げな人になってしまった。
生まれは土佐であると、彼女の口から語られることはついぞなかったが流石に察していた。
東北の厳しい冬とは縁遠い土佐で育った彼女に、あの寒さはどれだけ堪えたろうか。
どんなときでもその背中はシャンと真っ直ぐに伸ばされて、弱音や文句など漏らすことすらしなかった。
のちに彼女が土佐の上士の家に産まれていたのだと知らされて、あの寒さが、あのひもじさが、彼女をどれだけ惨めにさせただろうかと自分が何とも情けなくなったものである。
もしも次に会うことがあったならサーヴァントの身となって、もしも再会が叶うのならば今度は彼女の我儘を目一杯叶えてあげたいと願う。
苦労ばかりさせてしまった自覚があるだけに、せめて彼女が[[rb:此処 > カルデア]]に召喚されることがあったなら、なんて泡沫の奇跡のようなカルデアにいると叶いもしない夢を見てしまう。
そうなったらそうなったで、彼女が勤皇志士の一人であったと副長らに知られてしまって面倒そうだ。
それに出来れば血に濡れる彼女を見たくはないと、思ってしまうのは自分の我儘だろうか。
せめて死後では彼女が穏やかに眠っていると信じることに……。
『君は……久助さん?』
『おお、龍馬かえ』
『龍馬さん、知り合い?』
『あ、ああ……彼女は邑田久助さん、僕らの幼馴染で……』
突如現れた特異点。
消えた織田信長の首に、維新都市SAITAMAにて真っ白な小袖を纏って現れた彼女に頭を抱えた。
帯の代わりにベルトを腰に回して、そこからホルダーが下がり大小を帯刀している。
白いレースのショールを肩にかけ、同じく白いレースの手袋と編み上げブーツ。
僕の奥さん、可愛くてなんでも似合っちゃうんだもんなあ。
生前ほとんど見ることのなかった奥さんのお洒落な姿に現実逃避をする。
「……どうして、お久さんがSAITAMAに? しかも坂本さんとお知り合いだったんですか」
「斎藤ォ! どういうことだ!!!」
「あーいやいや……ちょっと僕に聞かれても困るんですけど?」
眉を吊り上げる副長と沖田に誤魔化しながら、頭を掻く。
「ちなみにマスター、その方は斎藤さんの奥さんですよ」
沖田がわざわざ通信に割り込んでまで、マスターに告げた。
おい。それ今絶対に重要じゃないだろ。
『へー、お久さんって斎藤さんの奥さんなんですね』
『斎藤? そんな人、知らないけど?』
マスターの見ているSAITAMAの映像に察してしまう。
生前ついぞ着させてあげることの出来なかった繊細な作りの洋装混じりのお出掛け着。
心の中で欲しいと思っても、彼女は僕にねだったりはしないだろう。
僕と結婚して彼女はそういう人になってしまったから、……つまり今の彼女は僕と一緒にいない。
「あーマスターちゃん。その人、敵だわ」
カルデア職員の通信越しにマスターへと忠告をする。
すぐ隣にいた沖田がドン引きというように表情になるが、旦那とか知らんって言われて怒ってるわけじゃないからね。
「その人が僕のこと隠すなら、そら弱みを握られたくないからでしょ。敵にわざわざ家族の存在を明かす阿呆じゃないからね、その人」
『よっしゃ、じゃ殺すか!』
答えたのはマスターでなく戦国DQN四天王こと森である。
「いや、お前は座ってろ!!」
お前だと殺しちゃうだろ!!!