天保13年 土佐。
邑田という上士の家に二人の子供が産まれた。
よく似た顔の男女の双子。畜生腹、前世で心中した男女。
女の方を寺に預けるか、養子に出そうと父親は言った。
けれど母親は鬼気迫るというに相応しき形相にて産まれた双子の、とりわけ連れて行こうとされた女の方をキツく抱き締め離そうとしない。
しまいには娘を取り上げようとする夫へ気が狂ったように襲いかかる始末であったので。
数日の攻防のあと父親は諦め、けれど生まれたばかりの男女の双子の両方に男児の名を付けたのである。
男児の名を与えられた姉の方は、同年代の誰よりもそれこそ片割れである弟よりも大きく早く、スクスクと成長していく。
反対に弟の方は病気がちで体も小さく成長は遅く、明日にでも死んでしまいそうなほど病弱だった。
ならばいっそ姉の方を本当に男児として育てて後継者にしてしまおうか、などと父親が愚考し始めた頃。
姉の暴走が始まってしまう。
大きな体に秀でた腕力。
体は軽く、足はいつでもどこまでも疲れを知らずに思うまま動くものだから、その生まれ持った天性の肉体を姉は持て余していた。
その後、姉は恩師と出会い、他がために剣を振るう喜びを知ることになる。
けれど人を傷つけることを厭うことは生まれてから死ぬまで終ぞなかった。
そんな機会に逢うことがなかったのだと、きっと喜ぶべきなのだろう。
★
坂本探偵事務所の様子を見ている。
「よお、キュースケ」
「おお、お竜か」
「そんなところでなにしてるんだ?」
「お前らの様子を窺ってる」
「へー、事務所に来るか? お茶あるぞ。饅頭に煎餅も」
「あーあの、CMでや流れてる維新なんちゃらだろ? いやあ、これでも私も勤王党だからなあ。中々食べづらいぜ?」
「そういうものかい」
「いや、ノコノコお前も来てるなよ、龍馬」
あっさりと見つかった。
探偵事務所の向かいにあるビルの屋上から隠れもせずに見ていたわけで、お竜が相手ならまあ、見つかるのも分かる。
やれやれと平然と隣に並んでくる龍馬には納得がいかない。
くそ、これもサーヴァントの恩恵というやつか!
「うん、でも久助さんは敵じゃないだろ」
「はあ? お前が高杉と接触したの知ってるぞ」
「なら尚更だ、今も僕が生きてるってことは久助さんに殺す気がないってことじゃないか」
「は〜〜! 龍馬、そういう訳知り顔は嫌われるぞ」
「ありゃ困ったね」
探偵事務所の窓際にマスターとかいう少女と赤毛の武者が何かを話しながら立っている。
窓の外のSAITAMAの景色を眺めているようだ。
都市の外から来たというのも事実ではありそうである。
「あの娘はどこから来た」
「カルデアという場所さ」
「お前らが斎藤を知っているのは?」
「カルデアに召喚されたサーヴァントなんだよ、彼も」
……?
サーヴァントというのは死人だと聞いている。
龍馬の言葉と意味を理解したとき、血の気が引いた。
サーヴァントになった先生に再会したとき、斎藤を巻き込みたくなくて置いて来た。
……先生の助力もあって出来うる限りの安全策は講じたと思うけど。
実際、それがアイツの信念を裏切るものなら自由気ままに動き始めるだろう。
それでもきっと約束を守ろうとはするだろうが、人は簡単に死ぬものだ。
「死んだのか?」
「……いや……、カルデアは2000年以降に設立された組織でね。僕らは未来からやって来たってことになる」
「はあ〜〜??? 意味わからん〜〜」
「魔術には縁がなかったからね、仕方ないよ。ねえ久助さんも事務所に来ないかい。サーヴァントの斎藤くんと話したいことはない?」
「やめておこう」
カルデアは未来にできる組織で、時間逆行的なことをしてるわけなのか。魔術ってスゲー!
2000年代って、そりゃ斎藤も死んでるだろうな。
生きてたら長生きだ。
そしてこの時代の斎藤じゃないなら別に話すことはないな、と龍馬の提案を断った。
特異点とかレイシフトとか、そんな話を聞かされた。
代わりに私もここ維新都市について、先生から聞かされ話せることは話しておく。
情報交換だ。
この程度なら少し情報収集をすれば簡単に知れることである。
「もうわかったと思うけど、先生と高杉は敵対関係にある」
「うん……、どうやらそうらしい」
「それでも高杉と手を組むんだな」
「信長公の首を渡してくれるなら、それもしないで穏便に済むんだけどね」
「ハッ、相変わらず甘いことを」
「僕らの目的は特異点の消滅だからね、出来るなら誰の血も流れない方がいいだろう?」
にこやかに微笑む龍馬へと刀を抜く。するとすぐさま龍馬を庇うようにお竜が前へ出た。
「では敵だな」
「……久助さん」
「リョーマを殺す気か、いくらキュースケでも容赦しないぞ」
悲しそうに眉を下げる龍馬。コンクリートの床を蹴った。
お竜の肌はとても硬い。
お竜の肌を斬って龍馬を殺せれば、あの龍馬にも私の刃は届くだろう。
全て全てを思考の片隅に追いやって、ただひたすらに刀を振るう。
"斬る"
"斬る"
ただひたすらに"斬る"
私はそれだけでいい。それだけで。
目の前を過った黒髪の毛束が舞う。
「ム、お竜さんの髪を斬るとはやるな、キュースケ」
「髪だけか」
「久助さん、やめよう。こんなこと」
ガチガチと人の肌を斬りつけるているとは到底思えないような音が辺りに鳴り響く。
お竜は人じゃないしな。
龍馬の心情を優先してからお竜の動きに殺意はない。
狙うならそこなんだよ。
こんなもの死線とは程遠い生温い戯れだ。それでも、お竜の首を目掛けて渾身の一閃を放とうとしたとき
「キェエエエエエイッ!!!!!!!!!!」
離れた場所から聞こえてきたのは聞き馴染みのある猿叫で、動きが止まる。
その隙にお竜の腕がキツく私を羽交い締めに巻きついた。
隙を見せちゃったのは私ってか!
馬鹿野郎。
「……新兵衛か。どうやらお前らのマスターのピンチでは?」
「…お竜さん行こう」
「キュースケはどうする」
「久助さんも一緒に行こうか」
「甘いなあ。仮にも刃を向けてきた相手だろうっての、殺しとけ?」
龍馬がどこからか取り出した縄に繋がれてしまった。ギッチリと隙間なく絞められ、縄抜けも出来そうにない。
「私、縄に繋がれるの初めてだ」
「僕もだよ、友達を縛るのはね」
「よーし、お竜さんが連れてくぞ」
そのまま探偵事務所に連行された。
「なんでコイツがいるでありますか!」
「いやあ、ついさっきそこで会ってね」
「お竜さん大勝利の巻だな」
「あーあ、困ったなあ。捕まっちゃったあ……助けて〜、以蔵〜、新兵衛〜」
ぴえんと泣き真似をしながら助けを求める。当然答える声はないし、助けなんて以ての外だ。
「よっしゃ、殺しとくか!」
赤毛の武者が槍を構える。穂先に顎を持ち上げられて、薄皮が切れたのか血が首筋を伝って着物に赤く垂れていく。
せっかく先生が用意してくれたなのに、また汚してしまったなあ。
「やめようね、森くん」
『〜〜』
『〜〜??』
「なんか声が聞こえる気がする」
「気のせいでは?」
マスターの少女が赤毛の武者に声をかけるまで、多少の間が開いたのが気になった。
気になって聞いてみれば、そっと目を逸らされた。
★
「殺すな!!!! テメエを殺すぞ!!!!!」
「五月蝿えぞ!!!! 斎藤ォ!!!!!」
「いや土方さんの声の方がうるさいですよ」