「えー?? 私も高杉のところについて行くんですか?? 嫌なんですけど! 敵なんですけど!」
「この捕虜うるせえわ。なあ殿様、殺すか?」
「そうやってすぐに戦国脳発揮するのやめて欲しいんだけど!」
茶髪の少女が赤毛の武者にツッコミを入れている。
捕まって翌日のことである。
「まあまあ、久助さんも高杉さんとは旧知じゃないか。下関で一緒にいたって聞いてるよ、積もる話もあるんじゃないかな」
ノホホンと微笑む龍馬に敵対してるって分かってんのか、と流石に呆れた。
つーか縄で縛るなら武装も解除しろって都合がいいので指摘はしない。
捕まった際に腕は後ろ手で縛られている。
しかし私の腰には未だに大小の刀が差されているのである。
「斎藤さんの奥さん! おはようございます」
「……お早う御座います」
「改めまして藤丸立香です! 斎藤さんにはいつもお世話になっていまして!」
「はあ……」
改めてと自己紹介をされた。ああ、そういえば面と向かって自己紹介はされていなかったかもしれないと思い至る。
名前もカルデア所属だとも、もう知っているため大した感慨はない。
藤丸立香が警戒も薄く近寄ってくる。腕は封じられているけど、足も口も動くんだけど不用心すぎるのでは?
「縄の痕が残ったら大変じゃないですか? 外します?」
「ではお願いできますか」
「いいですよ」
「やめてね、マスター。縄を外したら久助さんが逃げちゃうから」
「え、でもこんな奥様って感じの人を縛ってるのはそれはそれでコンプラに違反してない?」
「まあ今の久助さんは不逞浪士感薄いもんね」
すいすいと目の前をお竜が通り過ぎては戻ってくる。私の周りを回ってどうやら警戒しているらしい。
その姿を目で追いながら、ゆるい会話に混ざっていく。
お竜の腕が首に回され、ピトリと頰同士が重なる。こうしていると柔肌なのだけど、刃を通さないとか誰が思うか。
「でも中身はバチバチに不逞を働くぞ、リョーマに刀を向けたコトお竜さんはまだちょっと怒ってるからな」
「不貞を働いたことは一度もないけどなあー」
諸々の会話を挟んでカルデア一行は高杉重工へ。
その手前で高杉が現れた。
「誰ってそりゃあもちろん僕が、──高杉晋作」
気配を消して巨躯をもつ赤毛の武者の影に隠れる。
変わらず後ろ手で縛られているままだ。
「〜〜」
「〜〜!!」
話をしている。
高杉の視点から見た先生の動向とかなんとも興味が湧かない。敵対してる相手の動きを悪くいうのは当然だ。
でもムカつくから殺すか。
動かせば手首を縛る縄がギチギチと音を立てる。皮膚に食い込んで多少の痛みが走りだして、皮膚が裂けたと察する。
「君たちには死んでもらうとしよう」
高杉の号令とともに、ずらりと銃火器を持つ男たちが立ち並ぶ。
「な! どういうことでありますか!」
「どうもこうも、よりにもよってここに邑田くんを連れてくる奴らが居るかよ。彼女、人間だとしてもソコソコやるんだぜ?」
「もう縛って無力化してあるんですけど? ニコニコ話して急に死ねとか殿下じゃないんだからやめて欲しいし!」
「それとこれとは別の話だ。だって──君にそんなの大した意味なさないだろ?」
細められた高杉の目がジッと私を見ていた。
力技で無理矢理に縄を千切って、両手の縛りを外す。槍が飛んでくる前に、飛び退いて刀の柄に手を触れる。
「まあ、たしかにそうなんだけども」
「ハハ! ほらな! 撃て!!」
飛んできた無数の銃弾を刀で斬った。鉄の斬れる感触に火薬の臭い。
思考を端に追いやって、一歩。床を蹴った。
奇兵隊の間を縫って、高杉の目前まで歩いて行く。
思ったよりも斬った数が少ないのは、カルデアのサーヴァントも戦っているかららしい。
「相変わらずの一騎当千だな。それにそっちの彼の鎧もなかなか面白い機構を備えてるみたいだ。君らの相手をするならもう少し強化が必要かな」
「ああん!? こんな雑兵どもにサーヴァントの相手が務まるわけねえだろうが! そっちの女は知らねえけどよ!」
「務まるんだな、それが。よーし、大体の仕組みはわかったぞ。そら──イノベート 」
銃火器を構えるのみであった奇兵隊が鎧を纏う。赤毛の武者の鎧に似ている。
鎧の奇兵隊はズラリと、高杉を守るように私の前へと立ちはだかり囲み出す。
「こいつら鎧を纏ったでありますよ!?」
「志があるならば、如何なるものであろうと一騎当千の兵へと強化する。それが僕の宝具──『奇兵隊』さ」
意気揚々と高杉が宣言して、私へ笑みを向け指を指す。
まーた宝具だよ。マジで宝具ズルすぎじゃん。
私にもくれよな。
「どうだ! 邑田くん! これならいくら君でも骨が折れるだろ!」
「……」
勝ち誇る高杉の首へ刀を添える。こんな狭い空間に兵を展開すれば、当然生まれる死角も多い。
兵の間を縫って死角を移動すれば、あら不思議。
ほんの一瞬で敵の首魁の背後をとれるわけである。
「いや瞬間移動かよ!?」
「森くん! 止めて!」
「よっしゃ殺すぜ!」
「チッ」
高杉のツッコミと藤丸の指示、それから赤毛の武者の槍が飛んでくるのが同時だった。
宝具であるらしい槍の危険度を計りかねて、高杉を殺すよりも逃げることを優先する。
なんとなくあの槍からはバシバシに嫌な予感がするのである。
あと指示と同時に槍が飛んでくるんだから、それはもう指示いらねえだろって感じなんだけど。
高杉の背後から飛び退いて、息を吐く。次の敵は赤毛の武者か。
「まーたお前かよ、面倒臭えなあ……」
「今度こそ殺すぜ!」
「その槍、なんだか嫌な予感がするんだよなあ」
「森くん殺すのは無しでね! 無敵貫通だしなあ……もしや久助さん、心眼(偽)持ち?」
むむ、となにやら呟く藤丸の言葉を聞き流す。
龍馬は困ったと眉を下げているし、お竜は龍馬から離れようとしない。
うむ、私とアイツの一騎打ちならまだなんとかなりそうだ。
ようは槍に触れなきゃいいわけである。
思考と感覚が冴えて研ぎ澄まされる。死線の上を歩く懐かしい感覚である。
それらを不要とし、削ぎ落として目前の敵にのみ全神経を集中させる。
それは何よりも生きる為。
「礼装起動──霊子譲渡!」
「ヒャーハッハッハッ!!! ──嗤え『人間無骨』
槍と纏う死の気配が一段と濃くなって、目前に穂先が迫る。
穂先が開いて十字槍の形へと変形した。
咄嗟に左腕が動いた。
──高杉重工の社長室に鮮やかな血肉が飛び散る。
「ほーん、そういう感じか」
「っ、あ、ぁあ……」
肉盾とした足元に転がっていた奇兵隊の一人を掴み上げていた手を離す。
開いた穂先は皮膚と肉を千切り、骨ごとズタズタに粉微塵とした。
「へえ、やるじゃねえか」
「いいな、お前。中々の強者だ。血がたぎる」
「ヒャハッハッハッ!!! おい殿様ァ!! やっぱこいつ殺そうぜ!! 味方じゃねえんだから生かしといたら危険だわ!!」
高笑いをする赤毛の武者に、頰が緩む。
全身の神経が総毛立つような、懐かしい死線を渡る感覚だ。
目の前の、この男は私を殺すのに一匙の抵抗すら感じないだろう。
「ステイステイ、森くん!」
「ああん?」
「殺しちゃ駄目だってば!」
剣を構え、いざ斬りかからんとしたとき私を庇うように背を向けて藤丸が男と私の間に立ちはだかった。
高揚していた気分が一気に白ける。
何の緊張もない小さく華奢な背中だ。
私が後ろから刺すとは微塵も思っていないような、そんな無防備な。
納刀して、その肩に手を置く。やはり華奢だ。少し力を込めれば簡単に砕けてしまいそうな細さでかる。
「お前は阿呆か?」
「エッ」
肩を掴み、耳元で囁く。手のひらを首へと回す。ドクドクと微かに早まる脈が手のひらから伝わってくる。
「敵と言ってるだろうに、私に背中を向けて殺されないとでも?」
「い、いや、ちが……」
「斎藤の妻であるという前情報はそんなに信用に足るものであったか、そういう阿呆から初めに死んでいくんだ。このように」
キュ、と手のひらに力を込める。
途端に飛んできた穂先を後ろに下がって、避けた。
「ふふ……」
「殿様、殺そうぜ」
「だ、駄目だよ、森くん」
「私はやってもいいんだぜ」
「貴女も殺す気がないくせに不穏な空気を出さないで!」
藤丸の言葉に、手のひらを離した。
勢いよく振り返った藤丸にキッと睨まれる。
「人が悪いですよ!」
「まあ、そうだね。久助さんに殺す気があったらそんな忠告しないだろうし」
「そうだぞー、キュースケ」
続け様に龍馬とお竜が責めてきたので、口を閉ざした。まあそう思ってるなら都合もいい。
「よーし、話はついたな! いやしかし僕の奇兵隊はあっさり負けちまったな! 自分の宝具には自信があったんだけど、ちょっとショックだ」
「え、ええーい! 話を戻すであります! 主様に刃を向けた報いは受けてもらうでありますよ!」
「今さら後悔してもおせーんだよ! こいつはぶっ殺してもいいよな、殿様! いやもう殺すわ!」
「おっ高杉殺すなら力貸すわ!」
「ステイステイステイ」
話を遮るように手を叩く高杉へ眼帯少女と赤毛の武者が無邪気に殺気を放つ。
いいっすね〜、と私もその流れに乗ろうとしたところ再び制止されてしまった。
高杉と手を組むなら問答無用でお前らも敵認定なんだけどぉ?
高杉とカルデア一行の同盟成立を見届けた。両腕は自由となり、坂本探偵事務所に戻っていく一行の後をついて行く。
「お久 さんは殺意高めな割りに実力行使には出ないんですね」
その道すがら藤丸の言葉にニッコリと微笑む。
「決めあぐねてるんでな」
「?」
「誰を殺すべきかを」
「高杉さんは敵なんですよね?」
「それは間違いないが、……今アイツを殺すとちっくとばかし面倒なことが起こる気がする」
つい今さっき殺そうとしたばかりだけど、敵の首魁だ。殺せそうならそりゃ殺す。
摩天楼のような高杉重工を振り返る。そもそも先生にまだ殺していいと言われていない。
全て斬れ、と言ってくれさえすれば先生の前に立ちはだかる全て斬り捨てるのになあ。
とはいえそれも、今の鈍った私では無理かもしれない。
そうだ、私は鈍ってる。
──俺は死なない。絶対に何があっても、生き残る。
脳裏をよぎるのは斎藤との約束だった。
私が約束したことではないけれど、そう誓わせてしまったのなら同じ内容を返すのが礼儀というものだ。
それに、私は置いていかれる痛みをすでに知ってしまっている。
ただ先生の剣になるにも、もう私にはどうしたって死ねない理由が出来てしまっていて、せっかくの千載一遇のチャンスであるのに、思うまま剣となることが出来ずにいる。
無性に斎藤の顔が見たくなった。
早く家に帰りたい。先生のために剣を振るいたい。
相反する願いを同時に抱く。
まだ私の剣は坂本に届かない。
まだ終われないのだ。
「ちなみに斎藤さんとはどういう経緯でご結婚されたんです?」
「ハ……?」
坂本探偵事務所で、藤丸にこっそりと耳打ちされた質問に思わず低い声が出た。
いや教えるわけないじゃん?