いきどまりの鬼   作:あん仔

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逃亡

 喉に自ら血塗れの刀を添えた。少し動かせば先生の敵を殺せる。

 ようやく斬れる。

 

 

 ──敵は私であったのだ。

 

 

「やめろ!!! 久助!!!!」

 

 

 先生の声がする。

 先生の穏やかな声が好き。頭を撫でられるのが好き。先生好き。大好き。

 先生の敵は全員、誰であっても殺してやる。それが自分でも。

 また先生を斬ってしまう前に、この命を終わらせてしまおう。

 

 

 手に力を込めた。

 血の臭いが一段と濃くなる。すぐ真後ろから影が伸びて、黒い洋装の袖が、革の手袋を嵌めた手が伸びてきて刃を掴んだ。

 

 手袋が裂け、血が滴り流れる。

 その背後からの手に、ただ掴まれただけであるのに刀はそれ以上ビクリとも動かない。

 万力みたいな、とんでもない力で引き止められた。

 

 

「……」

 

 

 目玉だけを動かして、確認すれば無貌であった。顔が墨で塗り潰されたように、何もない。

 橙の裏地の黒い外套。黒いスーツに腰には大小が下がる。そして顔のない男。

 

 

 掴まれ動かない刀から手を離し、振り返り様に残る脇差でその首を斬った。

 

 

「あっ!!!?」

 

 

 藤丸の叫び声。

 しかし手応えはなく、男の姿は霞のように消え去っていく。

 

 

 

「……あ?」

 

 

 カラン、と音を立てて刀が床に落ちた。

 

 

「……しゃ、シャドウサーヴァント、です……、勝手に出てきちゃった……」

「しゃどうさーゔぁんとお????」

「ちゃんはじ……なにしてんのぉ……気持ちはわかるけどぉ……」

 

 

 赤い模様の刻まれた手の甲を掲げた藤丸が息を吐いた。

 また魔術関係かよ。

 血の一滴すら付いていない脇差と共に、足元に転がった刀を蹴り上げて再び柄を握り直した。

 

 無貌の男出現による衝撃のおかげで平静が戻ってきた。纏わりついていた黒いモヤは離れていって、坂本へ纏われているような気がする。

 

 

 

「まあいい。礼を言う」

 

 

 刀を振って、先生と新兵衛の血を払う。そして高杉と坂本へ一歩。

 

 

「欠片も面白くない寸劇だったな」

「おっとこっちに来るのか」

「当たり前だろ。斬るつもりのないものを斬るのは流石に気分が悪いぜ、なあおい! 先生! コイツは敵だ、そうだろ、私に斬れと言え!」

 

 

 先生へと背を向けて、そう叫ぶ。離れた場所から息を呑む音、それから大きなため息が聞こえた。

 先生の努めて冷静な声が耳に届く。

 

 

「……あぁ、そうだな。久助、其奴は敵だ。斬ってくれるか」

「おう、任せろ。……新兵衛、先生を頼む」

「言われるまでもない」

 

 

 

 体が酷く重かった。気分が悪い。

 

 

 龍馬と以蔵が来て、坂本は近江屋で死ななかった龍馬であんなに別人なのに龍馬自身であるだとか何とかかんとか。

 マジで?

 

「詳しい話は後でする。ここは一度退くんだ」

「おっとそういうわけにも行かないぞ。──『奇兵隊』」

 

 

 高杉の号令。

 即座に周囲に展開された奇兵隊を斬り捨てる。高杉が呆れたような表情で舌打ちをして、坂本へ視線を送る。

 

 

「あーあ、何をやってるんだか。邑田は最初に潰しておく手筈だったろう」

「精神構造も頑丈なようでね。そこの魔術師がいなければきちんと殺せていたさ」

「だが弱体化はしているらしい。休む間を与えず畳みかけろ、所詮は人だ」

 

 

 鎧を纏った奇兵隊の数がさらに増える。鎧が酷く硬く、見た目に反してやけに速い。

 ジリ貧だ。

 

「……」

 

 一人の鎧に刀を突き刺したとき中で何かの機構が動いたのか、死んでいるのに刀が動かなくなる。

 ガチガチと何かに嵌まり込んだような感触がする。

 背後で奇兵隊員が動く気配がして、脇差を腹部へと突き刺す。

 

 

 ジャキリ、と銃の音が耳に届く。

 床を蹴って一回転。

 跳ね飛び、たった今脇差を突き刺した奇兵隊の背後へと回った。

 直前まで私のいた場所に銃弾が撃ち込まれた。撃ち続ける奇兵隊へ、盾に使った奇兵隊員を蹴り飛ばす。

 

 その勢いで脇差は抜けて、ついでに蜂の巣となった足元に転がる奇兵隊の体から刀を引き抜く。

 わずかに刃毀れがある。

 やはり中で何かに引っかかっていたらしい。

 

 

「さて、武市さん。いや武市。お前から死んでもらおうか」

「やらすか! チェストォ!!」

「死に損ないが足掻くじゃないか」

 

 

 声が聞こえる。

 ダメだダメだ。集中を切らすな。先生のことは新兵衛に任せたろ。

 今目の前の敵にだけ、敵を斬れ。

 

 刀の柄を両手で握る。息を吐き、上段から思い切り振り降ろした。

 奇兵隊員もろとも床に大きな穴が空く。

 

 

「……この化け物め」

 

 

 高杉が頰を緩めながら、そんなことを呟いた。奇兵隊員に阻まれていた坂本に高杉との距離は少しずつ縮まっている。

 

 

 

 お竜が消えて、龍馬が泣いて、随分と斬り捨てた気がするけれど奇兵隊の数は増していくばかりだ。

 しかし敵は目前にいる。先生たちが逃げるには誰かがコイツらを引き付けなければならない。

 足を進めようとして、手を引かれた。

 

 

「なにしちょる! おまんも逃げて仕切り直しじゃ!」

「無理だ。誰かが残って足止めしないと」

「あぁん?! 生者が何を言うちょるんじゃ!」

 

 

 血塗れの以蔵が怒鳴り散らす。新兵衛に支えられた先生へ視線を移した。

 先生はあいも変わらず血塗れの死に体で、それでも無言で頷いてくれる。

 

 

「……以蔵、言っても無駄ちや。久助、わかっちょるな」

「分かってるよ、先生。後で必ず会おう」

「……ッ、この石頭どもがぁ! もう知らんからの!」

 

 眉を吊り上げ目を怒らせた以蔵が大きな舌打ちをして、手を離した。

 そうして以蔵が離れていくのを見送って再び奇兵隊へと向かおうとした。

 けれど以蔵と入れ替わるようにカルデアのマスターが声を張り上げる。

 

 

「だめだよ、以蔵さん! 久助さんを連れてきて!!」

「こうなりよったら何を言うても聞かん。逃げるぞ、マスター!」

「で、でも、久助さんはサーヴァントでもないのに……」

「あいつは性格が悪いし嘘ばっかり吐きよるけんど! 約束だけは破らん! 行くぞ!」

 

 

 藤丸を連れて以蔵が去っていく。

 

 

「随分と薄情な奴らだね。お前たちは昔馴染みだったのに、ただの人間が一人で残って何が出来る」

「ハッ、偽者が一丁前に語るなよ。お前は殺す。高杉、お前もだ」

「あーあ、こうなると彼女、面倒なんだよなあ……」

 

 

 刀を握り直す。

 臓物が煮えたぎるような怒りと、同時に全身の血が凍りつくほどの死の予感。

 ああ、ここは死線だ。

 

 

 

「先生は斬れと仰った。わたしにようやく……、」

「また先生先生と、うるさ──」

 

 

 坂本が嘲笑を浮かべて、そう言いかけた。

 床を蹴る。前を塞ぐ奇兵隊員の間を斬りながら縫って、背後に立ったのは

 

 

「──、」

 

 

 目を見開いた高杉が背後の私を振り返る。

 しかし口角が上がっているのを隠せていない。隠す気もない。

 

 

「私が暴れるのに観衆なぞ邪魔にしかならんと、お前ほどの男ならば理解も出来よう? なあ高杉」

「刀一振り身一つで外国船を沈めるような化け物だもんな、君! もちろん僕もただではやらせないぞ! 総員、撃て!!!」

 

 

 高杉の号令。自分もろともに私を撃つ算段らしいが、私の剣はそれよりも速い。

 

 そのうなじへ刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 もちろん、嘘だよ!

 

 袖に忍ばせていた爆弾を銃弾を撃ち込み始めた奇兵隊の方へと放る。

 

 奇兵隊員の視線が軽く弧を描きながら落下していくそれに奪われた隙に爆弾に向かって脇差を投げた。

 

 

 カチリ、と音が鳴る。

 脇差の切先が爆弾のスイッチに当たり、ぐるりと爆弾は空中で一回転。

 

 

「なっ!!!! 君なぁ!!???」

「──これは、」

 

 

 素っ頓狂な声と状況が理解できていないらしい声を素通りで、私も窓から飛び出て脱出した。

 

 背後から爆発音と爆風に多少吹かれたが割れたガラスのかすり傷だけで済んだ。

 やっぱり天才だな! 私!

 

 

「あばよ! 高杉!」

 

 

 

 先生に後で必ず会うと言ってしまったなら、そらそれを違えるわけには行かないわけだ。

 敵を斬れと言われた。けれど死ねない。ならば逃げる。

 

 社長室で奇兵隊の奴らと戦って、装備のあれこれをある程度、見ていたおかげだ。

 多少癪だけど今このときだけは高杉重工の技術力に感謝しておこう。

 

 

 ガラスで皮膚に細かな裂傷が散見している。どれも出血も大したことはないかすり傷。

 夜でも維新都市は街灯にネオンが闇を照らし出して人々はそれぞれ遊興に耽る。

 そんな中に今の状態で混ざれば流石に人目を引いてしまおう。

 

 先生たちはきっと坂本探偵事務所に向かったはずだ。

 私も向かわなければ、と人気のない路地を進んでいた足が止まった。

 

 行かなければ、先生のところに。

 先生の、ところへ行って……、行ってどうしろと……?

 詫びる言葉もない。何かに憑かれたという事実はどうあれ、あの一瞬だけ先生を恨んだのは確かであるのだ。

 

 

 体が重く、気分が悪い。臓物は怒りに煮え続けるし血管は死線を前に冴え冴えと冷え切っている。

 

 

 

 ……念のためにもう少しだけ頭を冷やす期間を置こう。

 もうきっと、その時間も僅かなのだけど。

 

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