いきどまりの鬼   作:あん仔

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京の夜

「先日義兄弟の契りを交わした田中新兵衛くんだ。田中くん、こちらは私の同郷で土佐勤王党の同志である邑田久助だ」

「初めまして、田中くん」

「おいは田中新兵衛じゃ。よろしゅうたのみあげもす」

 

 ぺこり、と筋骨隆々の大男が先生の隣で頭を下げた。

 先生も私も上背がある方だけど、田中新兵衛の大きさには流石に驚かされた。

 

 

 

 

「けっ、なぁにが田中くんじゃあ。武市にへいこらしちょって気に食わん」

「以蔵、先生をつけろ。また他の奴らにギャアギャア言われるぞ」

「おまんらのその喋り方も気に食わんぜよ。リョーマも武市もちっくとも土佐弁を使わんき、故郷がどこか忘れてしもうてんやないか?」

「まさか」

 

 

 酒瓶を片手に飲んだくれる以蔵にほんの少し呆れながらも否定する。

 

 

「お国言葉で出身がどこだか知られたら、面倒だろ?」

「そがに話すことないろ」

 

 

 先生の指示で要人の暗殺をしているわけだから、正体をなるべく隠したいと思うのが私にとっては自然だった。

 むくれて以蔵はそう言うけど、以蔵自身は割と闇討ち中に話している気がする。遠目に見ているだけだからあまり詳しくはない。

 

 

「なんでわしが新兵衛と組まにゃならんがか」

 

 

 と、と、と。刀の柄を指で叩く。

 義兄弟の契りを交わしたというものの先生が新兵衛と共に行動することはほとんどなく、主に以蔵と新兵衛が暗殺を行なっている。

 遅れて京へやって来た以蔵と入れ替わるように、私が人斬りを命じられることはトンと、なくなっていた。

 おそらく以蔵が気にしているのはそこだろう。

 

 けれど人斬りの仕事は新兵衛と以蔵がいれば事足りよう。

 

 

 

「先生がそう判断したなら仕方ない」

「おまんは納得しちょるんか」

「別に私の納得はいらないよ」

 

 

 先生の尊王攘夷の思想も私は特に同調しているわけじゃない。

 私に剣をくれたのが先生だったから、私は先生のために剣を振るうだけだ。

 

 すると飲んだくれの眉間にグッと皺が寄る。

 何か言われるかと思いきや、以蔵は何も言わずにお猪口に口をつけてそっぽを向いただけだった。

 

 

「まあ、最近じゃあ壬生浪士組とかいうのが徒党を組んではしゃいでるらしいから気をつけろよ」

「フン」

 

 最後に忠告をしたものの以蔵から別れの言葉はなかった。

 以蔵はそういうやつだ。

 

 

 

 夜。

 京人たちも寝静まっているようだ。

 近頃の暗殺事件もあり夜がふけてから出歩く者は随分と減った。

 

 

 

「こんばんわぁ、お兄さん。こんな夜中に一人でどこ行くの?」

 

 

 青いだんだら羽織を纏う男に声をかけられた。男は行灯を右手に、左手を腰の刀に触れている。

 灯りの照らす範囲は狭く、その腰の辺りしか見えない。

 

 

「その羽織…、壬生浪士組だったか」

「あらぁ、ウチも有名になりましたなぁ。そうですぅ、すみませんねぇ、最近夜に事件が多いもんで巡回してるんですよ」

 

 

 ヘラヘラ。

 行灯が揺れ、緩く笑う口元が微かに覗く。

 

 

「友人の家で晩酌をしていたら、夜更けに喧嘩をしてしまってな。気まずくなってトボトボ一人で家に帰るところだ」

「あらあら、そんならそこまでご一緒しますよ。なにぶん、物騒な世の中ですし」

 

 

 男の左手は未だに柄を握ったままだ。

 だからかやけに含みを持たせる男の言葉に明確な敵意、といかなくとも猜疑を感じとる。

 

 

「いらんよ。見回りご苦労さん。私はこの刀で身を守れるから、な!」

 

 

 男へ見せるように刀の柄を握り傾ける。

 一息。

 抜刀し、目の前の男へと刃を振り抜いた。

 

 両断された行灯が地面に転がり、ボボ、と明かりが増えた。

 刃に肉を絶った手応えはない。ふむ。柄を握り直す。

 

 

「……てめえ、やっぱり鬼久助(おにきゅうすけ)かぁ。その夜闇に浮かぶ気味のわりい赤目と今の抜刀。聞きしに勝る凄腕っつーわけかい」

「へえ、首を獲ったつもりだったが。避けるとは重畳重畳」

「チィ……」

 

 

 明かりの範囲に草履の先が見えた。私が抜刀した瞬間に行灯を捨てて背後の闇に紛れたらしい。

 中々の身のこなしだ。

 

 

「しかしその動き、どの流派もおさめていないな?」

 

 

 京に集まった日本に数多ある剣術流派のどの特徴も欠ける動きだった。

 あちこちの剣術剣法にやたらと詳しくなってしまったのは以蔵の影響だ。

 

 

「そりゃおたくも同じなんじゃないのぉ? 今の居合は我流だろ?」

「フフ」

 

 

 あらゆる剣術剣法を見ただけで模倣出来る相手をして勝ち続けるのに一つの流派に拘ってはいられない。

 

 型に嵌まらず、常に新たな剣術の型を編み出し続ける。それが私の剣なのだ。

 相手もまた我流の剣士。

 それも私の居合いを避ける練度を持つ。

 コイツを斬れば、また私は強くなる。そんな予感に頰が緩む。

 

 

「抜けよ、壬生浪士。お前の剣を私に見せろ」

「……戦闘狂かい。面倒なの引いちゃったなあ」

 

 

 

 男が頭を掻く。

 飄々とした仕草だが、その目にともる炎は私と同じ。

 壬生狼とはよく言ったものだ。

 

 

「斎藤さん! どうかしたんですか!」

「あらら、残念至極」

「! てめえ、逃がすわけねえだろ!」

 

 

 足音と行灯の火がいくつも近づいてくるのが路の先に見えた。

 明かりの届かない闇に紛れれば声を荒げた男の鍔鳴りが耳に届く。

 

 

 脇差を抜き男へと投げる。

 キィン、と刃のぶつかる音を確認する前に地面を蹴って近くの民家の屋根へ飛び乗った。

 

 

「チィ! 忍者かよ!」

 

 

 そのまま屋根を駆ける。

 下方から聞こえる悪態に邪魔さえ入らなければとほんの少し惜しくなった。

 

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