目の前を奇兵隊員が立ち塞いだ。
地面を蹴って、低い位置から新たに借りた先生の刀を横に薙ぐ。
サーヴァントの武器であるからか、あれだけ硬かった鎧が紙のように景気良く斬れた。
纏う鎧ごと足を斬られた奇兵隊員たちはグラリと崩れ落ちていく。
「胴の辺りに仕込みがあるからな、狙うならそこ以外だ」
足を抱えて呻く奇兵隊員の兜の隙間へ刃先を流してとどめを刺していく。
手間だなあ。
奇神アラハバキ。
デカい! 説明不要ッ! という圧がある。
天逆神・坂本を連れて龍馬が逝った。私からすれば初めてのはずだけど、二度目だと私の中の別の記憶が教えてくれる。
天逆神を高杉が裏切って、アラハバキにシュートされて行ってしまった。
話が簡単になって助かる。
つまりあのデカブツをぶった斬れば万事解決というわけだ!
「どうだ! 邑田くん! いくら君でもこの奇神は殺せまい!」
勝ち誇ったように高杉が胸を張る。フラグというやつでは?
中に入ってる天逆神に、動力源となっているのは信長の首。
信長の首をカルデア一行のサーヴァントたちが奪い去っていく。
あの槍、刀で受けなくてよかった〜〜!!
「しかし残念だったな、高杉。今の私に斬れないものはない」
アラハバキへと向かって駆け出す。
先生から借り受けた、新しい刀。その刃先まで自分の一部と認識を広げる。
これは私だ。私の体の一部だ。
──自我領域拡大。
手足のように操れる。
目の前にそびえるアラハバキへ全意識を集中させた。
他の一切が遠ざかり、もはや私にはアラハバキしか見えていない。
──目標確定。
その他、斬るために邪魔となる全ての感覚を遮断。
感情など不要、思考など無駄。
斬るためには何もかも削ぎ落とす。
──機能限定。
息を吸い、吐く。私は剣だ。
“斬る“
── 無駄を削ぎ 研ぎ澄ます。ただ"斬る"。
『活殺自在・剣法三三昧』
全身全霊を込めて剣を振るう。
機体のうち足場になりそうな部分を選んで、足を進めアラハバキの機体を縫うように登って頭の上に立った。
確かな手応えがあった。
遥か地面に先生と藤丸達が私を見上げている。別ブロックで戦う青いだんだら羽織まで見えるようで思わず頰が緩んだ。
高杉が何かを言っているが、ここまでは流石に声も届かない。
グラリ、と足場が崩れ始める。
一拍遅れてアラハバキの機体の断面がズレて、グラグラと崩れていく。
「先生、どうだ。斬ったぞ……!」
勝鬨をあげ、ぷつりと途切れたのは集中である。体から力が抜けて、崩れるアラハバキの部品とともに体が落ちていく。
落ちていく。
意識もろとも落ちていく。
「久助!!」
完全に落ちる前、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
★
「姉さん」
「姉さん」
(弟が呼んでいる)
姉は振り返らない。
「姉さん、武市は死んだ。以蔵も、龍馬も死んだ」
(答えない)
答えはない。
「土佐に帰ってきなよ、勤王党は終わったろう? もう誰も姉さんに剣を振るうことを求める奴はいやしないよ」
(誰もが振るうことを求めずとも、今も強く在ることを望むのは他でもない弟である)
剣を振るう理由を失くして姉が最早、剣を握ることを二度としないだろうと弟は理解していた。
「帰ってきて、土佐に。私のところに」
(もう、誰かのために生きるのは疲れてしまった)
どうしてよりにもよって新撰組だなんて負け犬を伴侶に選んだんだ。
「私はここで生きる」
「どうして」
(一緒に生きたいと思ったから)
「アイツが約束してくれたから」
(決して死なないと)
意識が浮上する。
瓦礫の上に立っていた。落下したとばかり思ったけれど、無意識に着地したらしい。
流石は私。
とはいいつつ完全に力を出し切り、意識もなかったはずなので恐らく私の中にいるというサーヴァントがやってくれたのだろう。
ナイスアシスト。
アラハバキを斬ってから、どれくらい経ったろうか。
先生の元に急がないと、だってようやく終わるのだ。
宙ぶらりんは辛い。
どっちつかずは苦しい。
どっちかを選べ、とかそんなの出来るわけないだろ。どちらも大事に決まってる。
先生が大好きなことに変わりはなく、斎藤も特別だった。
終わらせるのだ。
きちんと綺麗に、でなければ次が始まらない。
何故かいる龍馬とお竜にボコボコにされた天逆神。
それが先生の方に取り憑く瞬間を見た。
終わりがここにある。
「こいつはこいつだけは、我々勤王志士が……、いや、国を思う全ての者を虚仮にしたこいつだけは!」
先生が言う。
そしてカッと目を見開く。
「──武市瑞山、参る!! ……ぬんっ!」
自らの腹へ脇差を突き立てた。その傍らに立つ。
「久助! ないをしちょっ! はよ先生を止めんか!」
新兵衛の叫び声が聞こえる。
止めても、やめちゃくれないんだから無駄なんだよ。
決めたならその通りに行動するだけだ。先生はいつだって、そういう頑固者だもんな。
三度の割腹。
「わかっちゅう、以蔵。おまんのことは誰よりわしはわかっちゅうき」
涙を流す以蔵へわだかまりを解くように、微笑みかけて新兵衛へも姉小路の件を話す。
許してくれ、とは言わずに憎んでも構わないと。
激痛を堪える余りに噛み切った唇から血を流す先生が私を見上げてニヤリと悪戯を成功させた幼子のように笑う。
「報いは受けさせた……では頼む」
「ああ、先生」
「お前は強い子だ。久助、自分らしく生きなさい」
都合よく先生の刀である。
そんなことのために借りていたわけではないけど、都合が良いことに変わりはない。
抜刀する。
「いざ、介錯仕る」
首の骨の間を目掛けて刀を振り下ろした。手応え。
首の皮一枚のところで刃を止める。
ゆっくりと先生の首が落ちていくのを眺めた。
ゴトン、と音がして体ごと首は光の奔流となってかき消えた。
座というところに戻ったのだろう。消えるのを見届けて、望み通りにきちんと終わったはずなのに何故だか胸の奥が重かった。
「……ハハ、今更自分らしくとか、そんなん言い残す奴があるかよ」
先生の最期に水を差したくはなかったけど、どうしても言わずにいれずに笑いながら呟く。
ポタポタと、水が頬を伝って流れていく感触がした。水滴は顎を落ちて地面にシミを作っていく。
ツンと鼻の奥が痛み始めて、視界が滲む。
「せんせい、せんせえ……ッ!!」
嗚咽が喉から漏れた。
いくら呼んでも返事などないこともわかってる。無駄なことだと分かってるはずなのに、呼ぶことをやめられない。
声をあげて、生まれて初めて泣きじゃくった。先生から借りた刀も先生と共に消えてしまった。
──ああ、本当にこれでおしまいなんだ。
「行くぞ、久助」
以蔵に手を引かれて、その場を去った。特異点の崩落だとか何とか、私はここの人間なんですけどね?
場所は移り、坂本探偵事務所だ。
戦闘で負った細かな傷をお竜に舐め回されて治療され一晩。
カルデアに戻るという一行と向かい合っていた。
「世話をかけたな、カルデア」
「いえいえ、お久さんはそのぉ、大丈夫ですか?」
「ハッ」
藤丸の心配するような問いを鼻で笑う。
幼子のように泣き喚く姿を見せたのだから、心配も当然というものである。
「いやあ、ああして泣き喚くなど弱い弱いと思っていたが存外に気分が晴れてすっきりしてる」
「そっか、ならよかったです!」
花が咲くような笑顔を浮かべた藤丸。その背後に龍馬とお竜に以蔵、新撰組、邪馬台国の女王、何故か軍神と信長の弟に森長可と茶々。そうそうたる面々である。
斎藤はまた霊体化しているのか見えない。
まあいると分かってはいるので許してやろう。アイツはあれで真面目な可愛い奴だからな。
どうせ別れが辛いとか、情けない顔を他の奴に見せたくないとか、言いたいことはあるけど他人の前では恥ずかしいとか、そんなとこだろう。
「それじゃあ、お久さん。お元気で!」
「おう、お前らもな。いつか私もそっちに行けるといいが」
「お待ちしてます! 是非!」
そんなやりとりを最後に藤丸たちは忽然と姿を消した。
おお、本当に消えたと少し驚き、霊体化していた新兵衛に声をかける。
「おら! 新兵衛! お前は消える前に今から私の旦那さんへの土産を一緒に選ぶんだよ!」
「何故だ!?」