いきどまりの鬼   作:あん仔

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船斬りと再会

新兵衛が自害をしたそうだ。

 姉小路公知の暗殺の嫌疑をかけられた末の結末だったとか。

 

 

「お(ひさ)くん、これ運んでくれる?」

「自分で運べ」

「わー! 相変わらず辛辣だなあー!」

 

 

 お茶やらを示して指示を出してくる高杉からそっぽを向いた。

 私は潜伏していた京を一旦離れて長州藩の元に身を寄せている。

 

 下関で長州の高杉らは海峡を武力で封鎖していた。一応幕府の攘夷実行の命令に従ったという形ではある。

 

 

「いやあ、まさか土佐にこんな剣豪がいるとはね! 面白い! 奇兵隊に入らない?」

「さっさと先生のところに帰りたいんだが?」

「しかも武市くんに忠実な犬ときたもんな! あんなつまらない男のどこがいいんだか!」

 

 やれやれと肩をすくめる高杉に純粋な殺意が湧いた。

 そのつまらない男とやらの先生の指示で私はここにいるんだけど?

 

 

 長州での攘夷実行の動きを察知した先生に下関では尽力するべしと命じられ、そのままフランスだかイギリスだかの外国船を斬った。

 

 

『やあやあよく来たな! 岡田と坂本から君の話は聞いてるよ! とはいえ刀を振り回すしか能のない土佐者に出来ることはお茶汲みくらいだけどな!』

『ふうん、あの大砲を構えた船を斬ればいいんだな』

『いやだから』

『斬る』

 

 

 沖に見える外国船に、八艘飛びよろしく船を梯子して刀を抜いた。

 途中で鳥も踏んだ気がする。

 

 

 “斬る“ことに全意識、全呼吸を集中させた。

 

 

『Something's flying!』

 

 

 斬った。確かな手応え。

 幾人かの言葉が判別としない悲鳴が聞こえ、ぼちゃん。

 

 空中で納刀して気がつけば海に落ちていた。手足を動かし自力で浜辺と戻ることにした。

 

 

『あははは!!! なんだ今の! 面白すぎるだろ!!!』

『あ?』

『見ろよ! イギリス船が沈んでいくぞ! 身一つでこんなことして、本当に人間かよ!? 君!!』

 

 

 泳いで浜に戻ると高杉の大爆笑に出迎えられた。

 

 

「そらお茶だぞー、坂本から聞いたけど君、甘いものが好きなんだろ。僕が奢ってやるよ」

「団子くらい黙って奢れよ」

「君んとこの岡田には江戸滞在中に借金たんまりと、こさえられてるけどなあ」

 

 そんな出来事がつい一週間ほど前のことだ。

 

 少なからず事態は膠着していて、高杉の用意したお茶と団子に口をつける。

 

 この一週間で何度か敵船という外国船を斬って沈めた。

 長州藩も大砲をバカスカ打っているけど、外国船の数は増え続けている気がする。

 そろそろ報復がありそうな予感もしている。

 

 

「邑田さん! 剣の稽古をつけて頂きたいんですが!」

「はあ?」

「あははは! なんで今、刀なんだよ。そら君のせいだぞ、なんとかしろ」

 

 

 そんな折、長州の若者に声をかけられた。

 長州はたった今戦争中という話になっていなかった?

 それも今更刀の稽古をする意味はあんまりないんじゃない?

 

 

「刀より銃を上達させた方が多く殺せる」

「い、いえ。邑田さんの剣の腕を見て、是非僕も同じように強くなりたいんですよ!」

「無理だろう。お前には才能がない」

 

 

 刀だけで船を沈めることは出来まいという意味だ。

 あれは私がはちゃめちゃに天才だから出来るのであって、剣を極めれば簡単に出来るだなんて思われたくない。

 

 若者の細い腕を見る。刀を多く握ってこなかったろう肉刺のないまっさらな掌も。

 

「時間の無駄だ」

 

 

 今から時間をかけて刀に打ち込んだところでたかが知れていた。

 若者は傷ついたというように、顔を強張らせて去っていく。

 

「やはり辛辣だなあ。稽古くらいつけてやればいいじゃないか」

「お前たちは今、戦争中なのだと思っていたが? そんな事に時間を割く余裕はないんじゃないか」

「まあそうなんだけど! 正論で殴るな、面白くない!」

 

 鼻を鳴らして半目となった高杉が湯呑みに口をつける。

 

 

 

「坂本は神戸で海軍を作ろうとしているらしいぞ」

「へえ」

「なんだ、それにも興味が薄いんだな」

「龍馬は勝手にやってくだろ」

「奴の隣のとんでもにはもう会ったか」

「お竜か。会ったよ、あれは確かにとんでもないな」

 

 

 先日あった龍馬の隣にはお竜と名乗るやたら強い美女が寄り添っていた。

 噂に聞く妻かと思えば、違うらしく彼女が一体なんなのか私にはよくわからない。

 

 

「君にならアレを殺せるかい」

「先生が斬れというなら斬ろう」

「ハハ! 迷いなしかよ」

 

 

 刀の柄を握る。

 高杉の問に斬れるだろうか。と考えて先生が言うなら斬るだけだと結論を出す。

 

 存外身内に甘い先生は龍馬の隣に立つ者を殺せだなんて言うはずもないんだけど。

 

 

 八月。京で政変が起きた。土佐に戻った先生から送られてきた文により、私は長州側から離れて再び京で潜伏することになる。

 

 以前ならば暗殺闇討ちに暗躍していたのだろうけど、しかし今回は少し趣きが違う。

 私に求められてるのは京での各派閥の動きを逐一先生へ伝えるというものだ。

 間者のような、働きを求められ少し不安になった。

 

 剣を振り回すならともかく、そんなこと私に出来るのか。

 

 

 

 ☆

 

 

「お久さん、お加減はどうかしら」

「おかげさまで。突然押しかけてしまい申し訳ございません、篠田様」

「いえいえ、ウチも武市先生にはお世話になっておりますから」

 

 

 武市先生の知り合いという、とある商家の元で世話になっていた。

 篠田家の用意してくれた小袖を纏い、それこそ良家の子女のような扱いを受けている。

 世話になる代わりに篠田家の娘さんに習字や琴、さ生花やお茶の作法などを教える。

 昔取った杵柄だった。

 先生の道場に入門してからは、興味も薄れて離れていたけど存外に覚えていた。

 

 

「お久先生、どうでしょう」

「始めたばかりの時分に比べれば随分と上達したと思いますよ」

「やったあ!」

 

 

 八十(やそ)という少女が生けたばかりの花を前に歓声をあげる。

 

 

「今日はここまでに」

「なら先生、お出掛けいたしましょう!」

 

 

 パン、と八十が手を叩く。

 篠田様たちには手習いの実践だと説明して八十と出掛ける。

 懐に短刀を仕舞い込んでのお供だ。

 

 今は女物の帯であるため帯刀できない。すっかり帯刀してないと落ち着かない体になってしまった。

 

 

「新撰組の沖田さんをご存知ですか?」

「ほう、新撰組」

「眉目秀麗で物腰も穏やかだと寺子屋の同級たちの間で話題なんですよ」

「左様でございますか」

 

 

 壬生浪士組はいつからか新撰組と名を改めて、随分な活躍をしているらしい。

 容姿が良ければ年頃の少女たちは色めき立つものらしい。

 

 

「……わぁ! 見てください、先生!」

 

 

 ポッと頰を染めた八十の視線の先に青いだんだら羽織を纏う集団がポツポツと歩いていた。

 噂をすればという奴だ。

 周囲の京人たちと新撰組をチラチラと確認している。

 

 

「八十さん、あまりはしゃいではなりませんよ」

「はあい」

 

 

 しばらく見ないうちに大所帯になっている。

 視界に入りたくなくて、はしゃぐ少女に釘を刺す。

 紛いなりにも攘夷志士である自覚があるし、数ヶ月前に相対した記憶も新しい。

 何より今は動きづらい小袖に帯刀すらしていないもので、その青いだんだら羽織の集団の脇をすれ違う足は自然と早くなる。

 

 

 細い路地の先。

 見覚えのあるボロの襟巻きが過ぎて行く。早足が止まり、その路地の方へと向かっていく。

 

 

「いぞ──、」

「おい、アンタ」

 

 

 思わず名前を呼びかけたとき、背後から腕を掴まれた。

 あんまり突然のそれだったもので、掴まれた腕を引いて掴んできた腕の手首をギュ、と握る。

 

 

「あ!?」

 

 

 ぐるり。

 視界の端で鮮やかな青が一回転した。

 だあん! と大きな音を立てて青いだんだら羽織を纏う男が地面に転がる。

 くねくねと波打つワカメのような髪に、目の下に隈の残る三白眼。

 

 

「何してるんですか、斎藤さん」

「先生!?」

 

 青いだんだら羽織の少女と八十が目を見開いて叫ぶ。

 周囲は騒然として、視線がチクチクと刺さってくる。

 地面に倒れ込んだワカメの男は呆れを浮かべながらも、ため息を吐く。

 投げ飛ばされて、それでも私の腕を離さない。

 

 

「この投げ技……やっぱアンタ、あん時の凶暴娘だなぁ?」

「……どなたです?」

「何年か前の江戸で今みたく投げ飛ばされた山口だよ!! 今は斎藤って名乗ってるけどね!!」

 

 

 男の叫びに、そういえば江戸滞在中にそんなこともあったようなと記憶が蘇った。

 さな子さんの着物を汚したクソガキの一人だ。

 

 いやまて、この声。

 あの夜の我流の剣士でもあんじゃん、お前。

 

 

 

 奇妙な縁に気が付かされて、流石に冷や汗が流れていく。

 そんなことある?

 

 

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