いきどまりの鬼   作:あん仔

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投獄の報

「そういえば斎藤さんと初めて会ったとき、あのときの暴力女ァ! って道場に殴り込んできたんですよね、なつかしい」

「はあ」

「いやあ、アレってお久さんのことなんですね! いい迷惑でした! すぐに土方さんがシメたんですけど!」

「そうですか」

 

 

 そうですか、としか言いようがない。むしろどう反応しろと。

 

 斎藤投げ飛ばし事件イン京から市内で会うたび沖田が声をかけてくるようになった。

 おかげで間者活動が進まない。

 いや、新撰組の状況が直接聞けると思えば便利ではあるのか?

 

 ないな。

 

 

「すみませんが、これから八十さんの稽古があるので」

「あはは、お邪魔しましたね、それじゃあ私はここで」

 

 

 篠田邸に戻ると、普段と空気が違った。

 

 

「……、お久さん、今土佐から文が…武市さんが投獄されたと、」

 

 

 山内の奴、ついにやりやがった。刀の柄を触れようとして帯刀していないことを思い出す。

 

 

「なんの罪です」

「京師の沙汰により、と記されておりますが……詳しくは」

「チッ」

 

 

 思わず舌打ちが溢れた。

 ようは何でもよかったんだろう。武市先生を捕らえるためのこじつけだ。

 

 

 篠田様から文を受け取り、文字を目でなぞる。

 一言、先生が斬れと言ってくれたら私が先生の前を塞ぐ一切合切を斬り捨てるのになあ……。

 

 

 先生はきっと、そうは言わないだろうとなんとなく察していた。

 

 

 

「あ、どうも〜、新撰組ですぅ」

「はあ……」

「いやあ朝早くにすまんね、最近ここらで攘夷志士を見かけたとか聞きまして、巡回してるんだよ」

「そうですか……、申し訳ありませんが、しばらく篠田様方は不在でして」

「あー、そこはお気になさらず。ちょっと話を聞きにきただけなんで?」

「……そう、ですか」

 

 

 武市先生の投獄の報を聞き、不穏を感じ取ったらしい篠田家はしばらく親戚を頼ると京を離れた。

 商人らしい何かの勘だろうか。

 

 一早い篠田様の行動に、まさかとは思いつつも不安になってしまう。もちろんはっきりとした理由のない投獄ではあるから、すぐに自由になられると思うけどな……。

 

 けれどヘラヘラと門口に立つ新撰組三番隊隊長には流石に眉が寄った。

 新撰組はそんなことまでするのかと、少しの呆れ。

 本当に聞き込みとかまでしたりするの?

 もしかして私が疑われてない?

 

 

「攘夷志士?」

「そうなのよぉ、土佐出身のちょうどアンタと同じくらいの背丈の男でさ……ここらで見なかった?」

「いや、見ていません」

 

 

 記憶を探るけど、江戸でも今もコイツの前で土佐弁を話したことはない気がする。

 それともまさか、あの夜に出会った鬼久助が私だと気がついて…?

 

 

「この近くに攘夷志士がいたんですか。物騒ですね」

「いやホントにねえ?」

 

 

 斎藤の様子は変わらずヘラヘラと笑っている。

 下関から京に戻って以降、いやそもそも以蔵が京に来てから私は暗殺に関わっていない。

 

 私を捕縛とか出来るはずもないけど、……ここに来て我流の剣士と相対したあの夜の出来事が足を引っ張ってきた。

 つまり私が攘夷志士として動いたのはあの夜の、この男の前でだけなのである。

 

 夜闇で顔もはっきりと見えていないはず……だけど勘が鋭ければ声でも分かるだろう。

 私があの夜の我流の剣士と斎藤一が同じ人物であると気づいたように。

 

 冷や汗が背中を伝う。

 

 

「その名前をお聞きしても?」

「斎藤一です」

「え?」

「えっ、あ……、探してるのは岡田以蔵って呼ばれてる人斬りね」

 

 

 へらり、と誤魔化すように斎藤は笑みを深めた。

 あれ、探してるのは私じゃなくて以蔵なのか?

 

 斎藤の出した名前に少し拍子抜けしてしまう。

 そういえば斎藤に腕を掴まれる前に以蔵の姿をほんの一瞬だけだけど見かけた気もする。

 

 

「名前だけではなんとも。その人相が分かれば、思い出すなり出来るやもしれませんけど」

「あー、うん、そうだよねえ。……ところでさ、僕に敬語とかいらないからね、アンタ、僕より年上でしょ?」

「……武士にタメ口なんて使えませんけど」

「あんな投げ飛ばしといてぇ? 僕の知ってるアンタはもっと偉そうな物言いしてたと思うけど」

 

 

 斎藤の言葉にそれもそうかと息を吐く。

 

 

「……、わかった。お前には今後敬語は使わん。それでいいな、斎藤」

「うひゃー、呼び捨てまではしていいって言ってないけど」

「……面倒臭いな。なんて呼べばいいんだ」

「一ちゃんって気軽に呼んでよ。お久ちゃんっ」

 

 

 ぽっ、ニコ、と頬を染めて斎藤は破顔した。

 なんだコイツ……。

 

 

「じゃあ、今度は人相画でも持ってくるから、そん時にまた教えてくれよな」

「はあ……わかった」

「よろしくぅ」

 

 

 

 斎藤が去っていく。

 その背が曲がるの確認してから玄関の戸を閉めた。

 

 

「あの壬生浪、また来る気かよ。えてがわるいのう」

「以蔵。ここは世話になってる篠田様から預かってる屋敷だ。あの家族にまで下手な嫌疑がかかるのは困るぞ」

「わかっちゅう。もう用は済んだき、……落ち着くまではここには来ん」

 

 

 じゃらと以蔵の袖から銭の音が鳴る。

 借金で首が回らなくなったからと以蔵が屋敷に顔を出したのが、ついさっきのことだ。

 あのやたら勘の鋭そうな斎藤と鉢合わせることがなくて心底ホッとする。

 

 

「じゃあの、久助。あとその着物、似合っちょらんぞ」

「死ね」

「冗談ちや、綺麗なおべべ着ちょっても久助は久助じゃのう。おおこわいこわい」

 

 

 ぶるりと肩を震わせ、笑いを漏らしながら以蔵が斎藤の去った方とは逆方向へ向かって行った。

 酒の臭いと遊女の好む香の匂いが染み付いていた。

 

 

 まあ……遊びに使うんだろうなあ。借金返済という名目で金は渡したものの、なんとなく行く末を察しながら以蔵を見送る。

 

 

 

 後日、斎藤から渡された人斬り以蔵と達筆で記された人相画は随分と下手くそで笑ってしまった。

 

 これじゃあ探しても見つからないわけだ。

 

「ふふ、岡田以蔵は本当にこんな顔をしてるのか?」

「……さぁ? 実は僕も実物は見たことないんだよねえ。もう一人の人斬り鬼久助になら会ったことあるけどね」

 

 

 言いながら人相画を斎藤の手が取り上げた。

 紙を抜き取られた手のひらを斎藤の指が撫でる。太く長く、節くれだった傷だらけの指。

 

 

「いくら別人と振る舞っても目の色と手のひらの肉刺は早々隠せねえよなあ? おい鬼久助。あの夜、腰に差してた刀はどうした?」

「……何のことだか」

 

 

 威圧するように斎藤の目の片方が細められ、もう片方は見開かられた。

 手のひらは重なったまま動かない。膠着。

 相手より先に動けばいいだけだけれど、それをするのに重なった手を離さなければならない。

 もしくは空いてる手でいち早く刀を掴めばいいのだが、この距離では難しいだろう、

 

 斎藤一は大小を帯刀している。しかし両方の手を柄に触れてはおらず、むしろ私の方を逃すまいと動いているような気がする。

 私の武器は帯に挟んだ小刀だけだが斎藤はそれを知らない。余裕をみせれば他に武器を携帯していると勘違いしてくれるかもしれない。

未知の武器はそれだけで脅威だ。

 

 実際に刀を抜かれたら死ぬのは私であるため、私も積極的には動けない。

 完全な膠着状態だった。

 

 

「岡田以蔵を匿ったか」

「匿うとかするはずないね」

 

 そんな記憶は私の中にはない。あれは匿うとかじゃなくて借金返済のアテにされただけだからね。

 なんなら渡した金も借金返済じゃなくて遊びに使ってるからね。

 

 斎藤の目がグググ、と細められて途端にへらりと破顔した。

 あまりの変わりように一瞬困惑する。

 

 

「いやあないならいいんだよ。ないならねえ……今後、ここに岡田が現れたらアンタも同罪。沙汰がどうなるかなんて、わかるだろ?」

「脅しのつもりか」

「まさか忠告だよ」

 

 

「先生……?」

「わー! 何してんですかー! 斎藤さん!」

 

 

 睨み合う最中、暢気な声が割って入ってくる。

 道の先に八十と新撰組の沖田が並んで立っている。

 篠田家族は遠方へ発ったはず……。

 

 

「八十さん、何をされてるんです、どうしてまだこんなところに」

「だって、だって先生を置いていきたくなかったんです…、お引越しならば先生も共に参りましょうって、言おうと……」

 

 

 握られていた斎藤の手を振り払う。

 八十の草履は泥だらけのボロボロで、どうやら引越しの道中を急いで京へ戻ってきたらしい。

 恐らくは両親に何も伝えずに……きっと心配しているだろうに。

 すぐに飛脚をやって八十は無事だと文を書かないと。

 

 斎藤へ背を向けて、涙を湛える少女八十の元へと歩み寄る。

 

 

「……」

「……ハッ」

 

 

 背を向けても斬られる気配がなく、思わず鼻で笑ってしまった。

 以蔵を匿っていないと信じたわけではないだろう。

 それとも何も知らない少女の前だから、存外に甘い男であるらしい。

 

 

「八十さん、とりあえず屋敷にお入りください。疲れたでしょう?」

「う、うう……はい」

 

 

 

「もー、斎藤さんったらあの方のことやけに気にしてるって思ったらそういうことですか? ホント手が早いですね、このヘラヘラ新撰組!」

「あははぁ、バレちゃったなあ。副長たちには内緒にしてくれよな、沖田ちゃん」

「お団子で手を打ちましょう」

「はいはい」

 

 

 外からそんな会話が聞こえてきた。

 

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