いきどまりの鬼   作:あん仔

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剣は折れず

 右目の傷の責任を取り嫁にもらうという斎藤ら新撰組の申し出は丁重にお断りさせてもらった。

 仮にも攘夷志士である矜持から、幕府側の新撰組に身を寄せるのは御免だ。

 士道なんちゃら、切腹に関しては私が先に刃物を持ち出したと誤魔化させてもらった。

 武士道やら切腹やら馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

 

「え? 別によくない? アンタが鬼久助だって知ってるの僕だけだし。知らなきゃ誰も気にしないよ」

「逆になんでお前は気にしないんだよ。敵だろう」

「敵とかねぇ、もう刀を握らないんならただの娘さんじゃないの、お久ちゃんも」

「ちゃんをつけるな」

「あはは」

 

 

 篠田家の一室である。

 少し離れた縁側であぐらをかき、肘をつく斎藤が楽しげに笑い声をあげた。

 

 鏡を覗き込み、瞼の傷を見る。

 処置が早かったからか傷はすぐに塞がったものの傷痕は残っている。

 だが真っ直ぐで綺麗な傷痕だ。

 

 

「いい腕だ」

 

 

 これで、ただの女として生きろという先生の言葉を実行することも出来なくなってしまったわけである。

 フフン、顔に傷のある女を嫁に貰いたいと思う男はいないだろう。

 結果的に斎藤を選んだのはよかった。嫁入りだなど、私ははなから望んじゃいないのだ。

 

 

「そこ褒められても嬉しくねえんだよなあ」

 

 

 縁側の方からゴニョゴニョと聞こえてくる。

 なら前髪を伸ばして隠すか……。

 

 

「先生! 斎藤さんを追い出してください!」

「何故ですか、八十(やそ)さん」

「先生の顔に傷をつけました! 信じられません! 殺しましょう!」

「目の前で無礼ですよ」

「殺しましょう!」

 

 

「物騒だなあ……」

 

 

 手習いから帰った八十が縁側に座る斎藤に気が付いたのか眉を吊り上げて縁側を駆けてきた。

 殺意マシマシな八十に斎藤の呆れ声。

 

 

「私は気にしていません」

「気にしてください! 殺しましょう!」

 

 

 殺しましょうbotになってしまった八十にどうしたものかと思案する。

 どうも八十には今回の刃傷沙汰がどうしても許せないらしい。

 

 

「初めに刃物を持ち出したのは、お久ちゃんだからね」

「それでも、斎藤さんが無傷なのは納得できません。せめて指の一本か二本を頂きましょう」

「あはは……ホント物騒」

「八十さんがそこまで言うならば仕方がありません。斎藤、両手親指でいいな?」

「嫌ですよ?」

 

 何でよりによって親指なのよ…、とため息を吐かれた。

 親指をなくしたら刀が握れないからだよ?

 そろそろ屯所に帰るという斎藤を玄関まで見送る。

 留守を預かっている以上、新撰組隊士に篠田邸を好きに彷徨かせるわけにはいかない。

 特に斎藤は勘が鋭いようだしね。

 

 

「いやあ嫌われたな」

「私も八十はもっと大人しい子だと思っていた」

「人って見た目によらないからねえ。誰かさんみたいに」

 

 

 どこか含みのある言い方だった。

 

 

「新撰組も暇じゃないだろうに、よくよく訪ねてくるな」

「いやあ、こうでもしなきゃ会えませんし? どうよ、僕って結構一途でしょ?」

「そうだな」

「へっ」

 

「普段はヘラヘラしていても死合いになったら手を抜かないのはいいことだ」

「……そんな話してなかったよねえ?」

「オラ、さっさと屯所に帰りな。壬生狼」

 

 

 半目となった斎藤を門から蹴り出す。

 

 

「なんだよ、誤魔化しやがって……」

 

 

 なんて毒づきながら、トボトボと離れて行く斎藤の背中を曲がり角まで見送った。

 斎藤の言う通り、誤魔化している。

 あれだけあからさまな好意を露にされて気づかない奴は余程の朴念仁だろう。

 そして好かれば、それが余程嫌悪する相手でなければ多少は絆されてしまうもの。

 その本心がどうであれ、だ。

 

 傍目から見れば斎藤は私に惚れていると見えるだろうし、新撰組相手に刃傷沙汰を起こしたことになっている私も斎藤に惚れていると思われているかもしれない。

 

 

 

 信じるとか信じないとか、そんなことではなくて私が絆されることで先生を窮地に追いやるかもしれない。

 そんなこと絶対に御免であるので、気づかないふりで誤魔化し続けるのが結果的に最適解となるわけ。

 

 

「家にまであがらせるだなんて、先生は甘すぎます……いくら斎藤さんがほんの少しだけ沖田さんの足元にも及ばないけどカッコいいからって!」

 

 

 ……誤魔化せているはずだ。

 プンスカと頬を膨らます八十の頭を撫で、小さな口から溢れてくる耳年増なお小言を聞き流した。

 

 

 

「キュースケはあの新撰組とかいう男とケッコンするのか?」

「突然なんだ、お竜」

「さあ? リョーマが心配していたから聞いたんだ。キュースケにはもっと、ノホホンと血生臭いのとは無縁なのんびりした男がいいんじゃないかとも言っていたぞ」

「相変わらずお節介だな、龍馬は」

 

 

 幕府側とはいえ新撰組もいつ死んでもおかしくない組織である。

 

 

「結婚しない」

「そうか」

「待て、お竜。龍馬の耳に届くまで私が新撰組の隊長とどうのこうのと広まっているのか」

「この間キュースケが血を流しながら一緒に歩いているのを見たからな。キュースケが女だって知ってる市中にいる奴は、みんな知ってるんじゃないか」

「なら結構少ないな」

 

 

 私が女と知るのは同郷くらいだからね。

 もしかしたら高杉もなんとなく気付いているかもしれないけど、指摘はないから問題なし。

 

 なしとする。

 なしだっていってんだろ!

 

 

 こうなってくると心配なのは血気盛んな土佐勤王党に所属する奴らの私を裏切り者だとする報復行為になってくる。

 私はともかく、居候先の娘である八十の安全についてのことだ。

 同郷なら私に誰も敵わないことを知っているから、必然的に狙うなら弱い者に限られる。

 

 ……まあ先生の言葉を奴らが聞くうちなら平気か……。

 

 

 だって私が剣を捨てたのは先生の意思だし!

 新撰組のなんちゃらとアレコレはマジで偶然だけど!

 ともかく八十に護身の術を教えた方がいいかもしれない。

 

 

 

「八十さん、剣に興味はありますか」

「えっ! 先生に教えていただけるんですか!?」

 

 そんな風に一人で数日ほど悩んだあと、本人の意思を尊重しようと八十に問いかけた。

 パッと笑顔を浮かべる八十へ首を横に振る。

 

 

「いえ、私でなく斎藤に」

「えっ!? 聞いてないよ!?」

「近頃物騒ですから、護身術を身につけることも大事でしょう」

「教えていただくなら先生がいいです…」

「私は剣を教えるのに向いていません」

「ええ……ちょっと、待ってよ。僕も割と忙しいんだけど……?」

 

 

 いつだかと同じく篠田邸の縁側で寝転がっていた斎藤が困惑する気配。

 向かい合って座る八十は一転して真剣な顔に変わる。

 

 

「忙しいと言うわりにしょっちゅうココへ顔を出しているのは、気のせいか?」

「いやだから、それはアンタに会いに来てんのよ?」

「そもそも篠田邸には剣を教えるのに十分な設備がありませんからね。八十さん、新撰組の道場を借りましょう。斎藤ならきっと貸してくれるはずです」

「ちょっとぉ、お久ちゃ〜ん? 聞いてる〜? そんな無視されちゃ、一ちゃんが泣いちゃうよ〜?」

 

 

 寝転がったままの斎藤が縁側にてバタバタと両手を動かしている。

 顎に手を当て考え込む八十の様子を見つめる。

 

 

「では先生と斎藤さんではどちらが強いのですか? 八十は強い方に教えていただきとうございます」

「私ですね」

「僕でしょ」

「……八十さん、私はもう剣を握らぬと決めております」

「教えていただくだけなら竹刀でしょう?」

「あーあ、もうやってらんね」

 

 

 八十を見つめるが、八十は頑なである。

 そして無視され続けて斎藤は不貞寝を決め込むことにしたらしく、庭へ向かって寝返りを打った。

 

 これ以上八十は一歩も引かなそうだ。よほど斎藤へのヘイトが高いと見える。

 女の顔に傷を作るのはそこまで罪であるのか。以蔵なら平然と鼻くそでもほじりながら軽い謝罪で済ますだろうに。

 それも元より敵方の目の前で抜刀した相手なんだしなあ……。

 

 

「わかりました。近くの道場を借りましょう」

「えー、ならウチ来る〜?」

「……」

「……」

 

 

 

 場所は変わって、新撰組屯所内の道場である。板間の広い空間だ。

 

 

「なるほど、物騒な世の中ですからね。女性であっても護身の術は必要でしょうね」

「それ沖田ちゃんが言っちゃう〜?」

 

 

 何故か観衆が増えた。まあ新撰組の屯所だしな……。あんまり出入りしたくないよ、それこそ裏切り者って言われちゃう……。

 

 

「八十さん、竹刀構え」

「は、はい!」

 

 

 動きやすい袴を履いた八十は声をかける。竹刀の握り方に構え方の基本は既に教えてある。

 対して私は普段と変わらずだ。

 そもそも襲われたら着替える時間もない。

 

 床を蹴る。

 

 

 床の揺れる懐かしい感覚が足の裏から伝わってくる。

 竹刀で八十の顎を打った。ダァン、と大きな音。

 

「きゅう……」

 

 目を回した八十が道場に倒れた。

 

 だから斎藤にしとけって言っただろ!

 私は人に教えるのが下手なんだよ!

 

 

「……反応が遅い」

「いやあ……無理でしょうよ、それは……」

「やりますね、お久さん! さすがは斎藤さんに抜かせた女です!」

「沖田、言い方ァ」

 

 

 

 

 

「どうぞ、手拭いです。さっき井戸水で濡らしてきた綺麗なものなので」

「ありがとうございます」

 

 

 意識のない八十を道場の風通しのいい場所へ移した。

 頭を膝に乗せて高くしてから赤くなり始めた顎を持ち上げ沖田から受け取った手拭いで患部を冷やす。

 沖田は隣に座り共に八十を覗き込み、斎藤は道場手前の庭で様子を窺っている。

 

 先生はどうやって他の奴らに教えていたかな……。

 私自身に剣の初心者だった頃がないため、記憶の中の先生の姿を探るしかないけど。

 もうやめとくのも賢明かもしれない。

 

 

「しかしさっきの剣捌き、中々やりますね。どうです、私とも手合わせしませんか」

「新撰組一番隊隊長殿のお相手などとてもとても。遠慮しておきます」

「えー」

 

 

 八十の手のひらは柔らかく、腕に筋肉もついていない。

 閉じられていた八十の瞼がゆっくりと開かれ数度の瞬き。

 その焦点が顔を覗き込んでいた私に合わされた。

 

 

「先生はお強いのですね」

「そうでしょう? 私は剣の天才なので」

「ふふ」

 

 

 正面から褒められて悪い気はしない。クスクスと口を押さえて吹き出す八十が膝から頭を起こした。

 その表情は晴れない。

 

 

「そもそもの年季が違いますから、先生に負けて当然とも思うのに、とても、とても悔しいです」

「おや、その負けず嫌いは成長の余地ありですね! さあ八十さん! 今度は私が稽古をつけてあげましょう!」

「へっ」

 

 

 

 八十の手を引き、沖田が道場へと舞い戻る。

 困惑した様子の八十であるが、少しずつ顔が綻んでいく。

 八十も私と同じで剣を振るわねば生きられない人間なのだろうか。これまでに、そんな素振りはなかったけれど。

 

 

「いやあ、見事な腕だったね」

「そうだろう?」

「フン、そこは素直に受け取るんだなぁ?」

「才能があるのは事実だ」

 

 

 八十と沖田の打ち合いが始まったところで、斎藤が寄って来た。

 道場の様子を確認しながら、斎藤が隣に座る。

 

 

「でももう剣は握らないんだろ。才能は死んじまったか?」

「……折れてはいないが、鬼は死んだ」

「ふうん、どうしてまた」

「それを話すにはまだ好感度が足りてないぞ」

「ヒィ、その好感度はちゃんと上がる仕様になってんだろうな」

 

 

 ブルリと斎藤が自分の腕を抱きしめて体を震わせた。

 もうすでに絆されてはいるんだろう、とその様子に目を細める。

 

 仮に夫とするなら、私よりも強い男じゃなきゃ嫌だし。

 その点、デバフがかかっていたとはいえ私に傷を負わせた斎藤は及第点ではあるし。

 ……めちゃくちゃ上から目線だな私。

 

 

 帯に差した小刀に触れ、斎藤へだけ殺気を飛ばす。

 

 ヘラヘラとしていた斎藤の表情が一瞬で冷え切った人斬りのものへと変化した。

 眼光は鋭く、口は真一文字に結ばれる。

 

 その手は腰の刀に伸びて、鞘から抜かれる前に……斎藤が深くため息を吐き出した。

 

 

「殺す気もねえくせに殺気とばすのやめてね?」

「普段との差が癖になりそうだ」

「やめてね、俺はいつでも気が気じゃねえからな」

 

 

 私が本気で本気の殺気を放てば、何の躊躇いもなく斎藤は一太刀で私を斬り捨てるんだろう。

 遊びとはいえ死線を綱渡りする感覚に少し昂る。

 

 

 本当に鬼は死んだか?

 もしかすると、出番をなくして眠りについているだけなのかもしれない。

 剣はまだ折れていない。

 

 

 先生に文を書こう。

 私は女としての生なんて望んじゃいない。

 ただ私は先生のために振われる剣になりたい。

 

 

 剣は未だ折れず、(ここ)にある。

 

 

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