ロウリア王国東部都市マインゲン市
― 元マインゲン出入国審査所長 アウゲスト・ハンメル
先月12日の我が祖国の開戦のときから俺の人生は大きく狂ってしまった。
祖国が開戦を決めてから出入国審査所の仕事は規模が縮小されて、自分は市役所の渉外担当部局の長に就任した。仕事は市役所が納入する資材や消耗品の管理購入だ。出入国審査所では商人とも面識があったので、商人との交渉を任されたと言ってもよいだろう。そして、今回抜擢された経緯として最も大きかったのは、東方征伐軍の存在だ。マインゲン市は東方征伐軍の補給を手助けする役目も担っていたため、軍が求める物資の調達を一部任されることとなった。顔見知りの行商人がいたので、この役目はそう難しい事ではない。何、少しの間だけ忙しいだけで、この後彼らは東へ進軍するのだ。必要な物資はまた東征先で集めればいいのだから。確かに、その時はそう思っていた。
先月10日。市上層部から12日を期して東征が開始されるため、補給を十分に行うようにとの連絡があり、俺は翌日にはマインゲン郊外の農家から大量の食料品を買い付けて、市役所に納入した。市長はこれで軍にも顔が効くようになると大喜びだった。その日の夜はどこの酒場も大繁盛し、兵士たちが飲み食いして騒いでいた。
兵士たちの笑い声が響く街中で俺はあの日本人の外交官のことを思い出した。彼がギムでもてなしてくれた部屋は、この喧騒とは無縁な静かな部屋であった。王都で一度見たことがあるオルゴールが鳴らされて、心地よい時間を過ごした。あの者は無事祖国に戻ったであろうか。よもや未だギムに未だ逗留しているとは思えないが、そうだとすれば確実に命が危うい。かといって、今の自分に何ができるものではない。ギムから脱出してくれたと思うより他にない。
彼からもらったお茶ももう半分はなくなった。審査所から異動する際に部下のシュワルコフを始めとして主だったものに、今まで世話になった礼にと渡してしまったのも減りが早い一因だったが、勿論一番呑んでいるのは、俺自身だ。うまいものだからとつい飲みすぎてしまったが、あの日本人の顔を思い浮かべると何故だか少ししんみりとした表情になってしまう。
翌日、意気揚々と進軍を開始した東方征伐軍先遣隊はその当日中に音信不通となった。先遣隊には、このマインゲン市軍も参加しており、顔見知りの人間もいた。マインゲン市騎兵隊の隊長は酒場でよく話をしていた間柄であったので、俺は、彼の安否が気がかりであった。市長にも状況を尋ねてみたが、市長も状況を把握していない。
まさか3万の大軍が一日で崩壊したなどと考えられなかった。数日の間落ち着かない日々を過ごしていたが、開戦から5日後に俺は軍司令部から呼び出しを受けた。何事かと思って尋ねてみれば、俺にはクワ・トイネの間諜の容疑が掛かっていると言われた。3万の大軍が一度に壊滅した。それには用意周到な準備があったとしか考えられない。お前は何度かギムの街に渡って状況を見てきているはずだ。なのに異常があると報告をしなかった。それがスパイ容疑として扱われたのだ。
冗談ではない。ギムの街は、そしてそこに至るまでの街道はこれまで何の異常も見られなかったし、3月25日の最後に向かった日も同様だ。用紙周到な準備など行われていなかったし、ギム西方陣地にあった出入国管理所もいつも通りだった。だいたい、俺がスパイだってんならどうして糧秣の調達をした。補給計画など十分に実施しないだろう。どうして未だに此処にいる。本当にスパイならとっくの昔に行方を晦ましている。他にも、マインゲンとギムの間は行商人なども行き交いしている。その連中からも聞いてみろと怒鳴りつけてやった。
俺は思いの付く限り反論した。あえてとどまっているだの、未だに任務があるだのと言ってきたが何の証拠もないじゃないかと反論した。ややあっているうちに、我等のやり取りを聞いていたパンドール将軍が、証拠もない状況だし、間諜であると結論づけることも出来はしないが、疑いが晴れるまでは、拘束させてもらうと言われたため、やむを得ず従った。
その後は、ずっと拘置されていた。行商人や馬車の馭者もそれぞれスパイ容疑で拘置されてきたが、彼らも俺と同じような証言しかしなかったらしい。それは当然だ。用意周到な準備などなかった。それは勾留されている全員がよく知っている。ときどき増えるスパイ容疑の人間をしり目に時は流れ、そして、本日俺に対する釈放の処分が出された。
・・・・・
久しぶりに見る日の光は目に毒だった。薄暗い環境に半月ほどいたのだ、眩しく感じるのも仕方ない。
マインゲン城の内門を出てみるとそこには雰囲気の違う集団が多数いた。彼らの顔つきにはどこか見覚えがある。はて、どこで見たのか。そう考えていると、所長と俺を呼ぶ声が聞こえた。声の方に目をやってみると、そこには出入国審査所所長時代の部下であるシュワルコフがいた。
「長期の勾留お疲れさまでした。我々も必死で無罪の嘆願をしたのですが、何の役にも立てずにすみません。」
「ああ、私のために動いてくれていたのか。ありがとう。しかし、こうして釈放されたのだ。シュワルコフの嘆願が届いて、疑いは晴れたのだろう。」
俺がそういって感謝の意を伝えるとシュワルコフは困った顔になってそうじゃないんですと言ってきた。疑いが晴れたわけではない。ではどうして俺は釈放されたのだ。
「所長。後ろを見て下さい。」
言われたとおりに振り返ってみれば、いつもロウリア王室旗が翻っているところに違う旗が翻っていた。見たことがある。あれはクワ・トイネ公国旗とクイラ王室旗だ。しかし見たことのない旗もある。あれは一体なんだ。
「シュワルコフ。あれは一体どういうことだ。マインゲンはクワ・トイネとクイラに占領されたのか。東方征伐軍は敗れたのか。七万もいた軍勢はどこに行ったのだ。」
俺は旗を指さしながら、シュワルコフに問いかけた。シュワルコフは、落ち着いてくださいと言って、俺を制した。まだ内門の前だから、少し歩きながら話しましょうと言われる。
「所長のおっしゃることは半分正解です。マインゲンはクワ・トイネとクイラに占領されています。ですが、占領の主体は彼らではありません。この街を占領したのは、満洲国軍と日本国軍です。」
「日本国軍、日本だと!」
俺は驚きから目を見開いてシュワルコフを見た。あの外交官の派遣国が日本国であった。我が国に国交の樹立を求めてきた国。彼らの軍隊がここまでやってきたというのか。そう言えば、先ほど見た雰囲気の違う集団。彼らの服装や顔つきは日本人に酷似していた。そうか、日本軍がマインゲンを占領したのか。だとすれば、あのことも・・・
「シュワルコフ。東征軍先遣隊はギムの攻撃に失敗したのだな?それには日本軍が関わっているということだな?」
「その通りです。なんでも彼らは開戦前から我等に知られぬように軍備の増強を進め、先遣隊は半日ほどですべての部隊が壊滅したそうです。」
「壊滅?!3万の軍勢が半日でか!」
「そうです。そのまま、我が軍の攻勢計画は頓挫しました。敵を偵察しようにも偵察はことごとく失敗し、小さな情報も持ち帰ることが出来ぬままでした。その結果、軍の士気は低下し、脱走兵が続出する有様でした。そして、今に至ります。」
なんということだ。私が拘置されている間にそんなことになっていたとは。だから釈放されたということだな。もうスパイ容疑などどうでもよいと。
「ん?すると、私が釈放されたのは、マインゲンが占領され、東征軍や従来の市組織が無くなり、日本軍がマインゲンを管理下に置いたことで、スパイ容疑がどうだとかもうどうでもよいからだな?でも、なぜ私だけ釈放されたのだ?」
「所長が収監されていたのは、確かにスパイ容疑ではありました。東征軍が降伏したあとには、所長たちの身柄は東征軍からマインゲン市衛兵隊に移管されました。そして、衛兵隊は一応取り調べは継続する意向らしいのです。」
「ん?まて、マインゲン市衛兵隊だと。市の組織はなくなっていないのか?」
「ええ、マインゲン市の組織自体は今もなお存続しています。市長も権限の一部、市の最高執政者や市命令の発布の権限などですが、それらの権限が凍結されてはいますが、市の責任者として今も執政しております。」
占領地の行政組織を残して統治を継続するとは、日本軍は思いもよらぬことを考えるな。それでは、この市の利権や物資を接収できぬではないか。どういうつもりなのだろうか。いやまて、それではなぜ私は釈放されたのだ?再度シュワルコフに問いかけてみると、有力者の釈放要求があったとのことだ。
「その有力者とは誰だ。市長殿か?確かに市長殿とは顔見知りだが・・・」
東征軍に拘置されていた時に釈放されなかったのだ。市長殿が口利きをしてくれたとは考えにくいが。しかし、そうであったならば礼を言わねばならん。
「いえ、動いてもらったのはそれより上の人間です。所長も何度かお会いしたことがあると思います。交際は短い期間でしたが、私も会合のおこぼれを幾度と頂戴しました。」
「それは、ひょっとして。」
「ええ、日本国の外交官大場殿です。」
思いもよらぬところからの釈放要求だ。しかし、それは大丈夫なのか。スパイ疑惑に真実味を与えてしまう事にもなりかねないが。
「問題はないでしょう。なんせ所長の身柄は釈放されたとはいえ、一応未だ取調べの対象であるらしいです。大場殿が責任を以て身柄を預かるとのことです。彼が衛兵隊と交渉して、保釈金という身代金を収めてくれたそうです。もし、所長がこのまま脱走でもすれば、その金は衛兵隊に没収されるという性質のもので、所長が無罪放免となった際には返金されるらしいです。」
「なんということだ。お世話になった以上礼を言わねばならぬな。」
「ええ、そのために大場殿の官舎までご案内しております。」
「む?いやそうだったな。私の身柄は大場殿の預かりであった。するとシュワルコフ。お前も大場殿に雇われたのか?」
「はい、所長の部下として雇われております。大場殿は、所長に今まで通り、ロウリアとの窓口を続けることを希望されています。現在マインゲンは日本軍などによって占領されていますが、彼らが言うには、まだロウリアの国土らしいのです。所長から王都に送る使者は検閲を受けますが、禁止されてはいません。そこで大場殿は、所長に中央政府との間の講和交渉の窓口になってもらいたいようです。」
驚きだ。確かに私は内務省の役人であったがゆえに最低限のパイプは持っている。しかし外交官の身分ではない。そのあたりはどう考えておられるのだろうか。
「質問事項は官舎に到着してからなされるといいでしょう。ほら、あの旗がみえているところです。あの旗は日章旗と言って、日本国の国旗なのだそうです。」
道路の左側にあった建物。あそこは東方征伐軍が駐屯するために一時貸していた市の庁舎だった。中には近隣の町村から収められていた租税関係の土地台帳や人民の戸籍が収められていた。そうか。マインゲンの台帳は接収されたとみて間違いないな。
結局、再会はしませんでした。