海軍懲罰令・抄(明治四十一年勅令第二百三十九號)
最終改正 平成三年勅令三十四號
朕樞密顧問ノ諮詢ヲ経テ海軍懲罰令改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
勅令第二百三十九號
海軍懲罰令
第一章 総則
第一條 本令ハ海軍軍人ニ之ヲ適用ス
第二條 左ニ掲クル者ハ海軍軍人ニ準ス
一 海軍軍属(勅任官及同待遇者ハ将官ニ、奏任官及同待遇者ハ佐官及尉官ニ、判任官及同待遇者ハ准士官ニ、雇員、傭人及工員ハ兵ニ準シ其ノ他ノ者ハ兵部大臣ノ定ムル所ニ依リ軍人ニ準ス)
第二章 犯行
第九條 左ニ掲クル行為アルトキハ其ノ故意ニ出ツルト過失ニ出ツルトヲ問ハス之ヲ懲罰ス
二十三 秘密ヲ漏泄シ又ハ漏泄セムトシタルトキ
第三章 懲罰
第十條 懲罰ハ左ノ如シ
一 謹慎
二 拘禁
三 禁足
第十一條 謹慎ハ准士官以上ニ拘禁及禁足ハ下士官兵ニ之ヲ科ス但シ拘禁ハ之ヲ軍属ニ適用セス
第十二條 謹慎ハ六十日以内トシ勤務ヲ停メ居宅内又ハ艦船其ノ他勤務ノ場所ニ屏居謹慎セシム
第十三條 拘禁ハ三十日以内トシ演習及教育ノ他勤務ヲ停メ一室ニ閉錮ス
第十四條 禁足ハ六十日以内トシ勤務ノ他艦船、部隊、官衙、学校及居宅ヲ出ツルコトヲ禁ス
第六章 懲罰執行
第三十二條 懲罰権者ハ受罰者改悛ノ情顕著ナシト認ムルトキハ懲罰ノ執行ヲ免除スルコトヲ得
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クワ・トイネ公国マイハーク港西部日満共同租界 海軍専用埠頭
― クワ・トイネ公国海軍第2艦隊作戦参謀 トーマス・ブルーアイ
私はマイハーク港の軍用埠頭を見渡せるこの海軍用の倉庫に併設してある休息所が好きだ。倉庫を運営する会社の売店で缶コーヒーを買い、飲みながら埠頭を眺める。何もなかったこの場所にこれだけの施設を作り上げる日本には驚きを隠せない。
マイハーク西部地帯の港湾地帯には二つの区域がある。一つは商業区域。大型のタンカーや貨物船・貨客船といった商業目的の民間船が停泊する区域で第一埠頭が最近完成し、第二埠頭も数日中には完成する。今、公都の中央政府は、対日貿易に必要な大型船舶の購入について日本側と満洲側に交渉している。帆船では日本の最南端台湾に行くのも大事である。
いや、勿論できないというわけではない。我が国の遠洋航海可能な帆船にも風神の涙は搭載されている。ロウリアとは表立った関係がなかったため船舶による貿易関係はなかったが、パーパルディア、クイラ、アルタラス、マオ、リームなどと大地の神の祝福を受けた我が国の豊富な農作物を輸出品目とした対外貿易は行われていた。
だが、対日貿易に用いる船舶は我が国の保有する帆船では日本側の要求量を満たすことはできない。日本側の貿易要求量は莫大だ。とても帆船による貿易では達成することはできない。
おまけに日本側の提案で日本では栽培が難しいというコーヒー豆などの特殊な作物を我が国は栽培し始めた。これらの特殊品目と呼ばれる作物は、我が国の言い値で購入してもらえる。日本から様々な工業製品を輸入している我が国にとってこれらの特殊品目の輸出は重要だ。おまけにこれらの特殊品目は、日本だけではなく満洲にとっても輸入したいものであるらしい。
今中央政府は、これらの作物の栽培を農家に奨励している。公国直轄領を中心にして、大型船舶購入の目途がつけば、貴族領でも栽培を奨励する予定らしい。農家に渡す奨励金を大量に公布してもなお余剰資金は潤沢で、如何に日本国が特殊品目を高値で購入してくれているのかがわかる。
このマイハークの港湾地帯のもう一つの区域が海軍を始めとする軍用区域だ。今も軍用の埠頭には日本海軍の駆逐艦が2隻停泊している。その駆逐艦の一隻は、クワ・トイネ中央政府の高官に対して日本の高度な技術を紹介するために公開されているのだという。私も何度か乗艦させてもらったが、駆逐艦というのは日本の海軍の艦艇の中では小さな艦にあたる。私はこれまでも戦艦や空母、巡洋艦といった海軍艦艇に乗せてもらっている。これらの艦に比べると駆逐艦は確かに小さい。だが、クワ・トイネ海軍の艦に比べると大きい。海軍の主力艦である片舷に5本の櫂を持つガレー船の数倍の長さを持つ。ロウリアの軍船に対抗するために3枚の帆を持つ帆船型軍船も建造が開始されていたが、それであっても我が国の艦は小さい。おまけに武装は我が国の艦艇は話にならないほど強力だ。そして、それはロウリアについても同様で、ロウリア海軍は、先の海戦で日本海軍に対して、文字通り一矢も報いることができなかった。
今、日本海軍は次の戦いに向けて補給を万全にしている。ここマイハーク港には日本や満洲から様々な軍需物資が輸送されてくる。この物資は、マイハークから延びている鉄道を使用して、ギムに運ばれる。そしてそれは満洲陸軍を主力とする満日陸軍によるマインゲン攻略戦にも使用された。
次の戦いには私も参加することが予定されている。当初、クワ・トイネ海軍は占領地の警備を担当する予定でいた。しかし、我が海軍は日本海軍と交渉を重ね、日本海軍の特別陸戦隊の上陸に併せて上陸戦を行うこととなった。私も日本海軍の陸戦武官から銃剣術の手ほどきを受け、歩兵銃を持ち、10人程度の部下とともに出陣する。我が国もロウリアに対する攻撃に加わることで我が国が始めから終わりまでずっと日本におんぶ抱っこであったわけではなく、攻撃に参加したという実績を残すことが必要であると海軍当局は判断した。
私がこの攻撃に参加する。無様な真似はできない。私の活躍がこの国の歴史に残るのだと思うと誇らしく思う。故郷の両親も名誉に思ってくれるだろう。
日本海軍陸戦武官による訓練は実に厳しい。彼らには月月火水木金金という言葉があるらしい。訓練に限界はないという事らしいのだ。我等志願兵の中には頑張ったが、彼らの要求する水準に届かなくて涙を呑んで作戦に参加できなかった者もいる。その彼らの分まで我等は働かなくてはならない。
埠頭では、今も駆逐艦の艦上で説明を受けている中央政府海軍卿と第二艦隊司令の姿があった。我々に対する説明のために停泊している駆逐艦は埠頭を挟んで反対側に停泊しているもう一隻の駆逐艦があるが、この艦には物資の積み込みが行われている。ショベルカーと呼ばれる車が埠頭と倉庫を行ったり来たりしている。この埠頭で働いている職員の中には海軍の軍人以外の軍属という人もいる。民間人ではあるが、海軍の求めに応じて雇用されているらしい。軍人だけではなく、民間人も我等に力を貸してくれるのだと思うと心強く感じる。
さて、そろそろ休憩は終わりとしよう。今日の私は休息日であるが、自主訓練は欠かせない。埠頭の売店で購入した缶コーヒーを捨てようと思って、休息所を出ようとしたら日本人が二人休息所に入ってきた。柱に隠れていた私のことは見えていないらしい。挨拶して出ていこうとしたら、聞き捨てならぬ言葉が聞こえてきた。
「じゃあ、するってえと何か。今度の海軍の上陸作戦は実施されないってことか?」
私は息を呑んだ。そして、柱に隠れるようにして立ち上がるのを止め息をひそめた。
・・・・・
― 三菱倉庫株式会社本社直属マイハーク出張所第二倉庫担当副主任 白浜幸雄 海軍兵待遇軍属
三菱倉庫株式会社は三菱財閥の中でも主流の企業だ。俺は大学を卒業後、三菱倉庫に入社した。親父も三菱財閥の関連企業である三菱地所に入社しており、ま、はっきり言って、コネなところもあるが、それなりにやっている。大きな問題も起こしたことは無い。中国四国支社からこの地にやってきた。
それにしても、この地はいい。マイハーク出張所は、支社系列ではなく、本社直属の組織だが、全体的にのんびりした雰囲気だ。しかも、どこに行っても日本人はチヤホヤしてもらえる。日本の通貨は人気で、内地じゃ昼飯代くらいにしかならない金でも素人と寝ることができる。休憩所に俺とやってきたのは、三菱倉庫東海支社から配属された黒石武夫。こっちにやってきてから親しくなった。
「そんで、どういうことだってばよ。またお前の細君の縁からの情報か?」
俺の家内は、田舎での生活を嫌がって、こっちには来なかった。子供も小さいしな。でも、それだけじゃない。家内の実家は優秀な人間がいる。一人は大蔵省主計局で雇員としてデータ入力をしている姉で、もう一人は海軍一等軍曹として軍令部勤務している妹だ。おっと、雇員だって馬鹿にしちゃならねえ。雇員は官吏じゃないが、大蔵省に勤務できるってのは簡単にはいかないんだからな。
「ああ、そうだ。三姉妹の真ん中で、いろいろと仕事の愚痴を聞かされるらしいからな。そして、その愚痴を俺にも愚痴ってくるから、俺もいろいろ知ってしまってな。」
「そんで、どういうことなんだよ。俺たち今日も軍艦へ荷積みやってんだぞ。やらねえんだったら、こんな作業なんで続けんだよ。」
「まあ、焦るなって。まだ、中止が本決まりの話じゃないんだからよ。」
愛用のセブンスターを出して火をつける。黒石はマイルドセブンだ。しかし、俺は10本1円の使い捨てライターで火をつけるが、黒石は30円もしたというジッポーで火をつける。まあ、ジッポーで火をつけるのはかっこいいがな。
「事は4日の軍事参議院会議で起こったらしい。始めは定例報告で問題なく進んだらしいんだが、統帥部から議題提案があったようだ。陸空軍がロウリア王国の首都に精密爆撃を行い、敵軍の戦力士気低下や敵政府の早期降伏を目指す新たな作戦案を提示したらしい。そうなると海軍の作戦はどうなる?する必要がなくなるだろ。なんせ、海軍が目指すのは、軍港カルーネスだ。敵国の軍事施設が目標であって、それは戦術目標。まあ、敵国の一大軍港ってことを考えると戦略的な目標であることもあるにはあるが、それよりも首都直撃の方が戦略的な価値は高い。そうなると、海軍の作戦は蛇足だ。経費もかかるし、やる必要性についての疑義が出るのは当然だわな。」
「なるほどな。じゃあ、海軍は作戦中止を受け入れたってことか?」
「事はそう単純じゃねえよ。だったら、なんで軍艦に物資を補給しているんだ?それも油だけじゃなくて、弾薬もきっちり補給を済ませている。」
「いや、まてよ。うーん・・・。」
一本目が吸い終わった。缶コーヒーのプルタブを開いて、まずは一飲み。しかし、この会社の三菱系のみの取扱いはホントどうにかならんものか。缶コーヒーならキリンだけしか取り扱わないって・・・。などと埒もないことを愚痴りながら、新たに新たにもう一本煙草に火をつける。
「軍事参議院会議で作戦中止に言及したのは李蔵相って話だ。意味はわかるだろ。」
「なるほど。まあ、あの爺さんならわからんでもないわな。」
8年前の話だ。当時財政が悪化していた北海道夕張市がついに財政破綻を起こした。これに対して当時政権与党の政友会政調会長の地位にあった李俊太郎は、市としての規模が維持できないのであれば、町か村に戻すべきと発言し、物議を呼んだ。時の内閣は火消しに奔走した。北海道知事や北海道会が内務省を通じて抗議の意を示したり、札幌に本店を置く地銀が低金利での融資を行ったりして、結果的に夕張市は持ち直したが、あれ以来、北海道の多くの選挙区では、政友会の議員の落選が相次いだ。ただ、町村よりも市の方が格は上であり、自治体の責任で用意すべき経費もかかる。対面が維持できなくなった以上、経費を削減することはやむを得ないという声も多く、実際の世論調査では李発言を擁護する声も多かったため、李氏はその後も政治家として活動し、現在大蔵大臣の顕職にある。
「そういうこった。蔵相であれば、経費削減は考えて当然。効果の薄い作戦という事であれば、中止を求めてもおかしくはない。だが、海軍はやりたがっている。一つは、既に承認され、発動中の作戦だ。出かかった小便は止まらねえってことだわな。それに海軍軍人の戦時手当の問題もある。出征手当は、内地を出た時点から加算が開始されるが、実際の戦闘地で発生する危険地手当がこのままだとつかねえ。陸軍の将兵に比してってことだな。そして、もう一つが、」
「海兵隊構想ってことだな。この間お前が言っていた。」
「そうだ。柳沢軍令部総長は、海軍では珍しく米国への駐在武官の経験がある。その時にアメリカ海兵隊に感銘を受けたらしい。陸軍に頼ることなく海軍で水陸両用作戦を実施できるってな。その実績作りのためにも連合艦隊直属の特別陸戦隊を持ってきている。それが、官界、特に海軍界の理由だ。」
「ん?海軍と大蔵省だけの理由ではないってことか?」
「そうだ。今回のことは政界や財界に、そして陸海軍全体の問題でもある。」
「なんだか、おっかねえ話だなあ。大丈夫かそんな話をしていて。」
黒石も2本目の煙草に火をつけた。俺もコーヒーをあおる。
「まあ、所詮は噂話も含む。それに昔からある話だ。どうってことはないさ。海軍は三菱系、陸軍は三井系、民政党は三菱系、政友会は三井系って話だ。」
「なんだ、その話か。そいつは現代日本じゃ常識じゃないか。」
「そうさ。別にアブナイ話じゃない。政権与党である政友会からしたら陸軍の大功が得られた時点で、ロウリアが降伏してくれれば、万々歳だ。後ろ盾も満足だ。だが、うちら三菱の人間としては、もっと海軍に功績を上げさせたい。だが、そこに陸空軍が絡んできた。陸空軍の得意先は、三井財閥系の富士重工業だ。そこに住友系の住友重工業も加わる。うちは海軍航空隊との距離が歴史的にも近くて、戦略爆撃機の製造ラインはない。陸空軍の作戦が成功してみろ。長距離攻撃という事であれば、艦艇主体の海軍よりも陸空軍の方が効果が高い。ますます、三井への発注は増えるだろう。」
「なるほどな。それは俺もいい気はしねえな。」
「お、なんだ。愛社精神ってやつか。」
「からかうなよ。まあ、俺もいろいろと理解したぜ。だが、実際のところどうなんだ。海軍の作戦は中止されるのか?」
二人ともに煙草の火を消し、コーヒーを飲む。俺は腕を組んで一つ考えてから言葉を出した。
「わからん。だが、正直かなり微妙だ。義姉の話では、軍事参議院会議以降、大臣命令が下って、主計局では兵部省と軍令部から提出された資料を根こそぎ洗いなおして作戦中止に向けた資料作成が行われているらしい。その準備に義姉も駆り出されて大変だったらしい。義妹のほうも義妹のほうで、大蔵省を説得するための資料の作成に追われているらしい。先日海軍と大蔵省で予備交渉をしたらしいが、喧々諤々の討論が開かれたが、この結果はわからんらしい。陸軍は静観しているらしいが、三井本社と富士重工の役員が兵部省・大蔵省に呼ばれたとの話もある。それに、民政党の山井政調会長が大蔵省を訪れて何やら話をしたらしいが、それの結果もよくわからん。」
「なんだわからないことだらけじゃないか。」
「そりゃそうだ。義姉妹だって何から何まで家内に話しているわけじゃないだろうしな。だが、家内の話によれば、義妹のほうが顔が暗かったって言っているから、海軍の旗色が悪いんだろうな。」
飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨てて、休憩室を後にする。まあ、上がどうなろうと俺らの仕事に変わりはなし。この楽な仕事が続くならばいいんだがねえ。
海軍の作戦は?
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実施される
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中止される