ロデニウス大陸の南東部を領土とするクイラ王国は気温が高い。このため、家屋も風通しがよいような造りをしていた。一日中部屋の窓を開け放ち、少しでも熱が室内にこもらないよう大きな団扇を使って風を送る職員がいたものであった。
しかし、日本国と満洲国が転移して以来、その生活様式に変化が起こった。我等が持ち込んだエアコンという家電は、クイラ王宮内の温度を劇的に下げることに成功した。クイラ王宮の屋根には所狭しと太陽光発電パネルが敷き詰められ、エアコンを稼働させていた。特に日本国は、国交樹立後、同地の開発担当とされた三井住友系の財閥が王室にエアコン数台と大量の太陽光発電パネルを献上品として持ち込み、あっという間に設置された。
まず、王宮の中でも後宮といわれる国王の私的空間に3台が設置された。国王の私的な御用部屋の他正室が昼間に過ごす部屋、そして側室が昼間に過ごす共同の部屋に設置された。王の家族は、王宮街にも足を運ぶこともあったが、皆その快適な空間からはなかなか出てこないのだという。次に、王宮内にある国王の公的な空間にも設置された。国内貴族の高官である政府要人とも会見をすることがある執務室に設置され、政府高官とも会議が行われる会議室に設置され、そして宰相の執務室にも設置された。宰相個人の会議室にも設置され、そして王宮からは外れるが王弟の屋敷にも設置された。
エアコンが設置される空間は日に日に増えていき、屋根の上のソーラーパネルが不足するようになると、首都バルラートに沿って流れるチグリス川に水力発電用の水車が大量に設置された。大量の電力を得て、バルラート宮殿は急速に電化が進み、日本国内の一般家庭が取りそろえるような家電の類が完備されるようになった。
この動きは、政府の中央集権化を促すという副産物を生じさせた。王城の最内郭である城壁が拡張され、その中に宰相府が設置された。これまでは、最内郭にある王宮の一角に宰相の執務部屋があるだけで、政府施設は王城の外郭外に散らばっていた。
クイラ王国も他の封建国家の例に同じく、国内の貴族が王城に寄り集まって、中央政府を構成していたが、その執務は各貴族の屋敷地にて行っていた。クイラは国内に砂漠地帯が多く、貴族は王より各地に封じられたとはいえ、地方に行ってもろくに食えぬ有様であったため、比較的過ごしやすい王都に集まっていた。だが、そうであっても封建領主であるために、代官を送り、連絡が少しでも取りやすいように王城の外郭外の領地に一番近い場所に屋敷地を構えていた。
王城の電化の動きは、国内の貴族にも魅力的に映ったのであろう。王家は未だ電力の国内開放を認めていない。ならば、快適な生活を送るためには、王城の王宮に近いところに居を構えるしかない。宰相府には各行政責任者の貴族が執務室を設け、そこには王家からの下賜として机上電算機と呼ばれるデスクトップパソコンが設置された。卓上電算機と呼ばれるノートパソコンも貸し与えられた。
クイラ王家はこの流れのもとに官制改革を断行した。封建制は、貴族が王から与えられた領地を運営し、運営に依って得られる利益を貢納したり、領民を兵士として用いて軍事奉仕をすること以て国家行政を運営する制度である。先にも書いた通り、クイラの国土には不毛な土地が多い。そして、そのような土地を領主貴族に分け与えていては、貴族からの反感を買う。つまり、クイラの油田地帯や鉱山地帯の多くはクイラ王家が所有していた。
ムーを相手にわずかな利益を上げていたそれが、日満の国家転移に依って大化けした。三井・住友の日本の財閥、そして石油採掘に一日の長がある満洲の石油業者の手によって、王家の持っていた不毛な大地はたちまちのうちに金の成る木に化けた。
王家への富の一極集中は国内貴族の嫉妬心を生じさせる。だが、それを王家は逆手に取り、「版籍奉還」を断行した。すなわち、これまで貴族が代々有していた土地所有権それ自体は認めるが、各領地の領土と領民は王国の土地でもあり王国の民でもあるとし、王家が公租を賦課する権利を得たのである。各貴族は王都への集住が許され、王国政府に参画する権利が保障される。しかもこれまで自己の財産を用いて王家に奉仕していた行政活動の形態が改められ、行政活動に必要な経費は王家が支出する形となった。それが、パソコンの支給という形となった。
さらに、官制改革は大臣制度の導入に及ぶ。これまで外務卿、大蔵卿と呼んでいた行政権の部門長の名称を外務大臣、大蔵大臣と呼び名を変えることとした。これは日満の制度に倣った形であるが、これまでのやり方を一掃するという性格を持つ。そして外務省や大蔵省は宰相府に設置されている。外務大臣や大蔵大臣に就任したいというのであれば、それぞれの屋敷で政務をとるのではなく、王城に集えと言うサインなのである。
これは、クイラが国土の多くが農作物が十分にとれぬ地であったために諸侯の反発が少なかったためにできたことであり、クワ・トイネにおいては、現時点でここまでドラスティックな改革はできていない。クイラは、この中央集権の動きを加速化させ、国内の開発を進めたがっている。
故に、今回勃発した対ロウリア戦争はクイラにとって痛手である。三井・住友系の財閥が計画していた油田採掘施設や火力発電所の建設計画が一部施行延期となってしまった。戦争遂行にそのリソースを割くためであった。主戦場となっているクワ・トイネの開発に三井・住友系の財閥も駆り出されていた。そのため、クイラ王国は、対ロウリア戦争の早期の終結を願っていた。戦争が終結すれば、クイラの開発計画が再開され、それは日本にとって大きなリターンが見込めることは間違いがない。
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クイラ王国首都バルラート バルラート宮殿 国王執務室
― クイラ王国首相 アスアド・フラート・アル=バータジー
クイラ王国国王陛下の弟君である、マルワーン・ナースィル・アル=スラーン=クイラ殿下が、国王陛下に対して熱い弁論を繰り広げておられる。どうしても日本に行きたいらしい。
「国王陛下、いや兄上。頼む。私を今週末対日親善使節として渡日させてくれ。東京が、いや府中が私を呼んでいるのだ。」
国王陛下は呆れ半分で机に肘を着けて話を聞いておられる。やれやれ、王弟殿下の馬好きにも困ったものじゃ。
「マルワーン。余としても、お主が対日親善のために骨を折ってくれるというのは、うれしいことじゃ。だがのう、卿、対日親善の仕事で渡日するのではなかろうが。」
図星とばかりに責められて、マルワーン殿下も目をそらす。オークスは我慢したのじゃ、ダービーは是非ともと小声でぶつぶつといっておられる。
「ふう・・・。クイラは戦争中であるぞ、マルワーン。そのような中で王族が遊び惚けてなんとする。」
「いや、兄上。これは国内の馬産という産業の振興、王立競馬場建設という王都の経済振興、国民への娯楽提供という観点も兼ねておる。ただ、私が遊びたいだけというわけではないのだ。既に日本の財閥の三井高義氏とは、会合を重ねており、バルラートに王立競馬場を誘致する計画はもう発行間近だ。10日ほど前にバスラで会合した際にも、戦争がそろそろ終わるだろうから、いろいろ延期されていた建設計画も再開されるだろうし、競馬場建設の余裕も出てくるだろうと請け負ってくれた。これはビジネスだよ兄上。」
マルワーン殿下が力説するが、国王陛下の顔は変わらぬ。しかし殿下はあの件は御存じではなかったのか。
「マルワーンは知らなんだか。ふー・・・、アスアド。マルワーンに入って聞かせてやれ。」
「はっ。殿下。殿下は御存じないようでございますが、対ロウリア戦争の終結が近いとするお話ですが、雲行きが怪しゅうございます。」
「・・・。詳しく話してくれ。」
わしは、ここ数日の日本国内の動向を知らせる。マインゲン攻略に成功した日本軍の戦果を以て、ロウリア王国を屈服させようとした日本政府と満洲政府であったが、日本海軍が当初の予定通り、カルーネス攻撃を強硬に主張。空軍がジン・ハークを空から攻撃する作戦を主張し、日本政府も空軍の作戦案を軸にしようと修正しようとしていた。満洲政府ともその方向で調整しようとしていたが、クワ・トイネ海軍部が日本政府にカルーネス攻撃を予定通りに行うように依頼してきた。日本の外務省も事態を検討しているさなかに、日本の国民議会がカルーネス攻撃を指示してきた。日本の政府は国民議会を無視することは難しい。日本政府は再度カルーネス攻撃についての検討を行っている段階であることを説明した。
わしの説明を聞き終わるや殿下は天を仰いだ。
「なんということだ。それでは、我が王立競馬場の建設計画は。」
「今の段階では、三井の財閥もそこまでの余裕はできぬかと思われまする。もし、ある程度の余裕ができたとしても、発電所や油田施設の建設の再開の方が先でしょうな。」
「おお・・・なんという事だ。兄上、いや国王陛下。ロウリアは死に体です。軍を動かさずとも、我等に有利な講和を結べます。クワ・トイネはマインゲンを得て、我等クイラとしてもロウリアの大軍がギム経由で襲来してくるのよりもさらに余裕が出ております。我々からすれば、国内開発に尽力したい時期です。日本政府にとっても講和の時期と判断していたはずでしょう。我等の利害は一致していたはずです。なぜ、日本政府を助けませぬ。」
「無茶を言うな・・・。アスアド。」
わしは、国王陛下の求めに応じて、王弟殿下に説明した。今日本国内で内紛が起こっている。これの片一方に肩入れするのは拙いこと。そして、我等はロウリアをほぼ独力で撃退した。日本軍や満洲軍から武器を頂いたとはいえ、我等にそう大きな危機はない。だが、クワ・トイネは主戦場だ。だからクワ・トイネがロウリアを徹底的に叩きたいという気持ちは分かる。だからこそ日本の内紛に口を出してもそれは自己の生存を基にした話であるため、まだ気持ちは理解できる。だが、我らが口を出すのは、我が国の発展を鑑みてのこと。四か国で共同戦線を張っている中、自国の利害のみを優先した発言になりかねないために危険であること。以上のことを説明した。
「無念だ・・・。」
王弟殿下が項垂れておられる。全く困ったことじゃ。ふと、執務室のドアにノック音が鳴り、陛下が入室を許可する旨を告げた。入ってきたのは、アイーラ・メッサル外務大臣。何やら紙を持って居るが。
「宰相閣下もこちらにいらっしゃいましたか。ならば、同時に報告させてください。駐日公使館から至急電が届きました。日本の荒池内閣書記官長が本日午後5時に記者会見を行い、その場で、カル―ネス軍港への攻撃計画の発動が承認された旨の発言がありました。今公使館職員が日本外務省や兵部省に説明を求めに向かっているところだそうです。ターミル・バフール公使が山上首相と緊急会合を行う予定となり、首相官邸に向かったところです。その会合には、クワ・トイネ公使や満洲大使も呼ばれているようです。詳しい報告はまた別電で入ります。宰相閣下には、宰相府で待機されてください。席を外す際は、携帯電話の携帯をお願いします。私は外務省棟に戻ります。」
ふむ。山上首相はとうとう押し切られたか。クイラにとっては無念なことよ。わしは国王陛下と王弟殿下に退出の礼を行い、執務室を出た。