大日本帝國召喚   作:もなもろ

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こういう形となりました。親父の逆襲です。


アルタラス王国王都ル・ブリアス 王立専用ビーチ 中央暦1639年5月19日(火)午後1時

アルタラス王国王都ル・ブリアス 王室専用海岸文明外国家区域

 ― アルタラス王国駐箚ロウリア王国大使 ローデリヒ・ベルシュ

 

 海の中とはこれほど美しいものであったか。

 マニャール公使から貸してもらったウェットスーツを纏い、酸素ボンベを背負って海中を泳ぐ。きっとロウリアの海もこのような美しい世界なのだろうな。秘書官も同じように海に入り、わしの手伝いをして、銛を使って魚を捕る。わしより幾分若いこともあって、俊敏な動きだ。わしが1匹仕留め、秘書官が2匹を仕留めて我々は船に揚った。女どもは、まだ揚がってこない。海中散歩を楽しんでいるようだ、早く獲れたての魚が食いたいのだがな。

 ややあって、彼女らが船に揚ってきた。ローズモンド・マニャール駐亜満洲国公使、ルミエス・ラ・ファイエットアルタラス王国第一王女、そしてルミエス付きの上級女騎士。マニャールめは、またしても揺れる船の上で、見事にバランスを取りながら、立ち上がりウェットスーツを脱ぐ。目のやり場に困るから、脱ぐなというのに。その身体は目に毒だ。

 

「ベルシュ大使。どうでしたか、海の中は。」

 

 彼女は海から身を乗り出し、柄杓で真水を救いながら、髪を洗う。髪が海水で濡れたままというのは嫌らしい。

 

「お主がこの海を気に入ったと言っていたのがわしにも少しばかり分かった。水中眼鏡をつけていたので、海の中の様子がよくわかったしな。確かに海の中の世界というのは美しいな。」

「そうでしょうそうでしょう。でも、貴方が「美しい」という言葉を使うのは意外ね。そういう芸術的な感性とは無縁な感じがしていたから。」

「お主はちとわしに対して遠慮がないな。」

 

 わしが呆れていえば、彼女は、あら、私たちは敵国同士よ。なんの遠慮がいるのかしらととふてぶてしい笑みを浮かべながら言った。全く勝気な奴だ。わしは美しいものには目がないぞ。お主の肉置きなぞ誠に美しいのうと返せば、やはり貴方は下品ねと大笑いしながら言った。ふん、余計なお世話だ。

 船は驚くべきスピードで海の上を走り、我々を陸へと運んだ。満洲国、やはり尋常な国ではない。このような高速で進むことができる船を軍ではなく一公使が所持しているとは。速やかな停戦が必要だ。このままでは我が国は危うい。

 我々は真水で身体を洗い流し、水気を取ると、海岸に設置している寝椅子に座った。我々が話し込む間に獲った魚が調理されるというわけだ。満洲国公使館の料理人の料理は美味であった。自分で獲った魚ならばもっとうまいというマニャール公使の勧めでわしも海も潜った。早く食いたいものだ。だが、仕事が先だな。

 

「ベルシュ大使。良いニュースと悪いニュースがあるわ。どちらから聞きたいかしら。」

 

 ふむ・・・。苦い思いを先に終わらせるに限るな。わしは、悪いニュースから先に聞くこととした。

 

「昨日の話だけど、日本政府は日本海軍によるカルーネス軍港への攻撃計画を正式に発動したわ。おそらくここ数日中の内にカルーネス軍港の軍事施設と軍船は日本海軍によって破壊され、カルーネス一帯は日本軍によって占領されることになるわね。」

 

 むう・・・。これは。よくないな。マインゲンはマース川以東の領地だ。クワ・トイネから奪った土地である以上、奪い返されたにすぎぬ。それに国境の街というだけで、特にめぼしい資源があるわけではない。だが、カルーネスは違う。ロウリア王国の中でも人口が多く、海軍の基地として多数の軍船を保有する。それに、元々は貿易港であったこともあり、大型船舶の運用のための設備も充実している。それに、領主のサンデル伯が商業港を持とうという動きも見せていた。我が国にとって、軍事的にも経済的に重要な拠点だ。

 

「公使。公使は以前、日本政府と満洲政府は、対ロウリア戦争で相手国を屈服させるに足る十分な戦果を獲得した。マインゲンの割譲、賠償金の支払いなどの講和条件の検討の時期に入ったと言っていたが、あれはどうなったのだ。」

 

 わしがそう問うと、マニャール公使は顔をしかめた。寝椅子に寝ころび、片手を額にあて、うんざりした顔をしてわしに答えた。

 

「戦争屋が、まだ戦争をしたりないって言ってるってことよ。腹立たしいこと限りないわ。ロウリアがまだ体力の在る内に講和を吞ませなければ賠償金の話もできないというのに。」

「その通りだな。ロウリアは、急激に膨張したこともあって、特に南部の貴族は征服してまだ3年程度しか経っておらず、王家への臣従が十分であるとは言い難い。西部もまたそれに近い。このままだと、王国は分裂しかねん。そうなっては、賠償金の支払いなど難しくなるだろう。ない袖は振れぬ。」

 

 わしが祖国の状況をかいつまんで説明すると、公使はしかめ面のまま寝椅子から起き上がり、わしに問いかけた。

 

「何、他人事みたいに言っているのよ。だいたい、貴方、本国政府にどう説明したのよ。今ここで決断すれば、我々はロウリア本国政府の降伏ではなく、四か国とロウリアの間で講和という形で終戦へと導くことも可能。もちろん、講和条件はそれなりに厳しいものになるけど、日満主導でロウリア国家の体面はできる限り傷つけない形で条約を結ぶことは可能と説明したわよね。」

 

 そうだ。初回の交渉の際に始めてこの女から講和条件の骨子を聞いた時は、わしも驚いたものだ。

 賠償金は、戦争に使った実費負担のみ。日本、満洲、クイラは領土の割譲を求めないが、クワ・トイネにマインゲンを割譲すること。捕虜は講和条約発効後に全員返還するが、その際に捕虜のために使用した生活費などは、捕虜の労働報酬を差し引いた形で請求される。これは、賠償金とは別枠での請求であって、捕虜の労働報酬が生活費補償額に相当する額に達するまで返還期日を延長することでも対応可能としてあった。

 マインゲン割譲後のクワ・トイネとクイラの国境線からロウリア側約10kmに相当する地帯を非武装地帯として設定し、ロウリア王国軍や諸侯軍はこれに侵入しないこと。勿論、盗賊などのことも考えてあって、クワ・トイネ、クイラにその所属を明らかにしたうえで、最低限の武装をした100名以下の衛兵のみを常駐することができるとしたこと。

 ロウリア海軍軍船の単船排水量及び保有数に上限を設けること。現有のうち、航行可能な軍船の半数をクワ・トイネ、クイラに引き渡すこと。ただし、軍船を引き渡す際に一定数の風神の涙は取り外して持ちかえってもかまわないこと。

 ロウリア王国は、満洲帝國、大日本帝國、クワ・トイネ公国及びクイラ王国と正式に国交を樹立すること。交換される使節団の中には当然に亜人が含まれるため、ジン・ハーク市内における亜人排除政策は全て撤廃すること。更に、亜人の国内法における身分制度については、他の身分制度と同様の扱いをすること。

 更にクワ・トイネやクイラなどの日満両国と国交を有する国が批准している、外交関係に関するウィーン条約、領事関係に関するウィーン条約にロウリア王国も加入批准すること。クワ・トイネ・クイラも批准している不戦条約、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約などに加入批准すること。

 ここまででも驚きの内容であったが、なにより驚いたのが、ロウリア王家である、テールマエ家のロウリア国家統治の権限は、講和条約に反せざる限り、四か国が之に掣肘することはないとした内容だ。我等はこれまで、征服した土地の領主からは権力を取り上げるか、血を断つかしてきた。海を越えたフィルアデス大陸でもパーパルディア皇国は属領とした地の王族を処刑し、恭順してきた場合でも臣民統治機構という皇国の機関を恭順した王家の上に置き、支配したりしてきた。

 わしの持っている常識では測りかねる。そう思い、この内容は本国も承知したうえでのことなのかと問うてみたが、本国に報告した上でわしに接触したのではないと言ってきた。ならば、独断専行であって、何の保証もないはずだ。根回しもしていない発言に価値はない。だがならばなぜそんな真似をと思考を続けていたが、確かにこの内容は本国に了解を取ったわけではないが、開戦前に満日両国で合意された対ロウリア講和条約の基本方針を参考にして伝えたものであるし、開戦後の経過を基にして多少のアレンジを加えてはいるが、大体の内容について本国政府を説得する自信はあると言ってきた。

 なるほど。理解したが、理解できない。考えがまとまらずに黙っていると、講和条件の目的を伝えてきた。満日両軍は圧倒的な火力を背景にロウリア軍を圧倒する予定で、戦争計画を立て、それはほぼ達成している。ロウリアに勝算の目はない状況ではあるが、講和条件を過酷なものにすれば、ロウリアは抵抗を続ける可能性がある。従って、ロウリアを追い込まずに逆にロウリアを懐柔し、ロデニウス大陸を一気に平和に導く。そうすることで、大東洋における満日両国の指導的立場を確立する。いきなり現れた未開の国が文明外国家の雄ロウリアを瞬く間に懐柔すれば、それは、その国の国力がすさまじいものであることを如実に示すものとなる。また、戦費は安ければそれに越したことは無い。最小のコストで最大のリターンを得ることを満日両国政府は意図している。そして、それは短期間でなされればなされるほど、満日両国の衝撃力が伝わりやすい。ただ、それは、満日両国の都合であって、クワ・トイネとクイラの言い分としては、隣国の弱体化を望むはずであるため、ロウリアにある程度の軍備制限を呑ませることは必要だろう。そういう関係から、ロウリアの軍備制限条項を設けてあるが、ロウリアの体面を保護するため王室には手を出さないことにしたのだという。

 以上の経緯からマニャール公使は満日側の講和するための要求条項を考えたという。なるほど。やはり、満日両国は我々の常識とはかけ離れた考え方をする国家だ。

 そう思いながらも本国にとって有利な状況にあると考えた、わしは、ひそかに本国政府に連絡を取った。大使館の魔信担当官に本国外務局に連絡をとらせて、マオス外務卿を呼び出してもらった。そのあとは、職員をそれぞれ排除し、密談を行った。外務卿は、わしの話を聞くや驚いており、真っ先にブラフの可能性を指摘してきた。外務卿も信じられない様子であった。わしだってそうだったのだ。外務卿も同じ思いに相違ないことは容易に理解できた。

 わしは、根気強く説得を行い、とにかく相手の思惑にのれば、ロウリアの国際的な地位は敗戦国にもかかわらずある程度保障される。国内の新たに服属した貴族に対しても臣従を継続させることはギリギリ可能だ。長時間の会話であったが、マオス外務卿は、敵の思惑に乗ることを決断したのだろう。まずは宰相に話してみると言い、後日の連絡を待った。

 マオス宰相は、この話に乗り気であることが後日知らされた。しかし、そこから一向に話が進む気配がない。なぜ、この好条件で根回しが進まぬのか。本国からの連絡がないまま、マニャール公使との2回目の会合が行われた。

 わしは、本国外務卿に話を通したことを伝え、そちらからの正式なコンタクトがほしい旨を伝えた。満日政府の政治的意図を考えれば、スピード決着を望んでいるはずだ。開戦からわずか一月でロウリアを降した。この国際政治における評価は貴重だ。故に大っぴらに接触ではなくても満洲国側から正式な提案があれば、それを機に本国へ正式に話が来たことを話すことができるそう思ったが、マニャール公使は首を縦に振らなかった。まずは、ロウリア本国の腰が定まることが先決だという。満洲国側としては、先に動くようでは、焦っているような印象を与えてしまう。それは得策ではないと言い返してきた。それ自体は一理ある。故にこの話は表ざたにはしないことを約束したが、それでも不可と言ってきた。

 満洲国側の意図としては、我々が四か国に和を乞わせる使者を出させるという形式にあると理解できる。だが、マニャール公使の顔が普段とは違い、少し硬い印象を持ったわしは少し不審に思い、会合終了後に部下に命じて、背景を調べさせることとした。アルタラス外務局局員への聞き取りや満洲国や日本国そしてこの戦争についての公開されている情報を丹念に調べさせた結果、彼女の隠していた事実が判明した。なるほど。これは、満洲国側から我が国に話が出せないわけだ。

 

 

――――――

 ― アルタラス王国駐箚満洲帝国特命全権公使 ローズモンド・マニャール

 

「もちろん。わしも本国に丹念に話を通している。我が国がロデニウスにおける覇権はもはや諦めねばならぬ。だが、それでも敗戦国としては常識外なほどに我が国の地位は保障される。早急に講和の申し出を為すべきであるとな。外務卿や宰相はこの話に乗り気だ。彼らからすれば、そしてもちろんわしもだが、こんな好条件の話を蹴ることなぞ考えられない。当然、おぬし等の意図も伝えている。感情はさておいて、強い者が上に立つのは社会の摂理だ。わしは、おぬし等には大東洋の指導的立場に立つ資格があると思っている。」

「なら、なぜ今になっても本国政府からの講和を乞う要請がないのよ。開戦宣言の通告文書にも書いてあるわよね。今後の交渉は、アルタラスかシオスの公使を通じて交渉をするようにと。まさか、ある程度話が進んでいる私との交渉を切って、日本側と交渉するつもりかしら。」

 

 どうもイライラしているわね。いけない、いけない。少し落ち着かないと。交渉事は熱くなってはいけないわ。クールに構えないと。あの子が見てるんだしね。

 

「まあ、文官連中は自国の危機を感じ始めている。このままでは、祖国が分裂しかねんとな。何と言っても力で抑え込んでロデニウス大陸の西半分を統一している状況だ。その力が失われればな。」

「文官連中はということは、この話に反対しているのは武官ということね。」

「その通りだ。流石に上層部は慎重姿勢を取り始めているが、中堅連中や各諸侯がな。パンドール将軍の仇を討てとの声が大きい。それに、ここで大きな戦果を挙げれば、ひょっとしたら、パンドール将軍の後釜に座れるかもしれぬと思っているようだ。狩りもせぬうちに献立を準備するようなものだな。度し難いことよ。」

 

 そして、講和に向けての大きな障害となっているのが国王の存在らしい。ロデニウス制覇の野望、亜人嫌いの感情とパーパルディアからの借款などから及び腰のようだ。武官連中がまだ戦意を喪失していないことも国王が講和に舵を切らない原因となっているとのことらしい。

 

「どうするのよ。このままだと、満日が開戦前に準備したプランでの講和が難しくなるわ。それは、お互いにとって利益にならないどころか、損害よ。」

 

 そう。このままだと、戦争を早期に終結させて、満日両国が文明外国家群の指導的地位を確立するという事前の計画が先送りにされる。下手すると弱体化して分裂状態になったロウリアが誕生して、賠償金もふんだくれない状態での講和となりかねない。交渉を下準備していた私の功績も台無しになってしまうわ。

 

「まあ、待て。いくらここで吠えてもどうにもならん。それよりも、良いニュースの方を聞かせてくれぬか。」

 

 ふてぶてしいわね。いったいこの余裕は何かしら。これまでの状況はこの親父にとっても、良くない話ばかりなのに・・・。まあいいわ。とにかく話を先に進めることが重要よ。

 

「そうね。少なくとも正式な交渉に向けて一歩前進したという事よ。本国が、私とベルシュ大使との秘密交渉をこのまま継続させることを認めたわ。少なくとも我が国は交渉の地均しとして、ベルシュ大使との協議を有効に活用する気ね。これから、我が国と日本国、クワ・トイネ、クイラの四か国の首脳が集まって、講和条約の要求条項を議論する場がもたれるわ。その際にはある程度のたたき台が必要となるけれど、それを我々で作成する。あるいは、その会議の場で修正されるところも出てくるでしょうが、この場での合意事項から大きく外れることは無いと思う。要求条項がある程度わかっているとなれば、利点は大きいんじゃないかしら。」

 

 私はそう言って相手の様子を探る。大使は顔を下げて、考え込んでいる。これから先のことは不確定事項が大きい。何と言っても、根回しもすんでいない話だ。だが、ここである程度の合意を作り、それを中央に持っていけば、講和に貢献したわたしの功績は大きい。あるいは、中央に呼び戻される可能性があるが、まだこのアルタラスに私の影響力は浸透していない。ルミエス王女を旗頭にして、政府首脳を私に友好的に引き込む。アルタラスの力を背景にして、本部の局長の椅子に座る。

 

「ふむ。クワ・トイネとクイラ、そして日本国を抜きにして、ある程度の素案をまとめるか。悪くない。いや、交渉がスピーディーに進むことはわしらにとっても重要だ。敗戦のショックからいち早く立ち直るためには、早期に国際社会に復帰する必要がある。だが、もう一声欲しい。やはり、武官連中を黙らせるためにも、正式に講和交渉を提案してもらえぬか。」

 

 ふう。それは無理だと前回も言ったのにな。和を乞う姿勢を見せること、手を出してきた側がかなわぬとして白旗を挙げる姿勢、それが重要だと言ったが、ベルシュ大使はそうではないと首を振ってきた。大使は秘書官に命じて、書類束を差し出してきた。読めない文字だけど、文字とはわかる。この段組みの構成は・・・新聞かしら。

 

「これは、ムー国で発効されているオタハイト・タイムズという新聞だ。オタハイト・タイムズ社は、ムー国内の新聞社の中でも発行部数は最大であると聞いている。まあ、有力な新聞とでも思えばよろしかろう。わしら外交官は、神聖ミリシアル帝国の公用語である大陸共通言語、まあこれは第三文明圏共通言語とさほど違いはないが、ムー国の公用語であるムー語を習得している。ミリシアルは列強第一位。ムーは第二位。外交官としては、かの国々の情勢を無視しては務まらん。故に我々は、第三文明圏共通語の他に三か国語の読み書きが可能だ。」

 

 なるほど。確かに我々の世界でも、フランス語が外交の世界での共通語であったし、多国間条約の正文にはフランス語が採択されることが多かったわね。しかし、このタイミングでムーの新聞?いったい何が。

 

「これの発効日は4月26日となっている。まあ、約3週間前の新聞だな。そしてこの新聞の国際面には、4月12日の我等の戦争の開戦記事が掲載されている。ほら、ここの左下の欄だな。」

「・・・だいぶ小さな記事ね。それに開戦から2週間たってから、開戦の記事が載るなんて、どんだけ遅れた情報を掲載しているのよ。」

「そうではない。第二文明圏筆頭のムーにとって、文明圏外の国家間で発生した戦争などどうでもよい取るに足らぬ記事なのだ。故に記事の扱いは小さいし、速報性も薄い。おそらく書く記事がないようなときに載せたのだろうな。」

 

 ゲラゲラと笑いながら記事を解説するベルシュ大使だが、私は再びイライラし始めた。如何にこの世界の常識と言い、我が国が参加している戦争が取るに足らない情報というのは面白くない話だ。それで、この記事はなんて書いてあるのかと睨みながら聞いた。すると、ほう、やはり読めぬかと言ってきた。当り前じゃない。ムーなんて国交もない遠い国のこと。

 

「フフフ。この記事の見出しには、こう書いてある。『文明外国家の身の丈に合わぬ挑戦/ゴレスバード宣言なる茶番』とな。」

 

 血の気がサーっと引いていくような気がした。まさか、この男・・・。ギリッと噛み締めた奥歯が鳴った音が聞こえた。

 

「なるほど。なかなかおやりになるのね。流石は腐ってもロウリアの外交官という所かしら。」

 

 キッとした眼で大使を睨みつけると、ベルシュ大使はニヤリと口元を動かす。

 

「そういうことならば、私からはこれ以上言うことは無いわね。貴方の想像の通りよ。我が国からロウリアにアポイントを取ることはゴレスバード宣言に完全に抵触するわ。そして私が貴方とやっている交渉は完全な抜け駆け。根回しと言い切ることもできないわけじゃないけど、日本国とクワ・トイネ、クイラに了承を取っての接触じゃないのが痛いわね。」

 

 この親父を甘く見た。文明外国家には新聞というコンテンツはあまり発達していない。だから、アルタラスやマオ、トーパといった国々でゴレスバード宣言のことが特にニュースになっていないことを前提に話をしていたが、まさか、ムー国の新聞から情報を手に入れる、オシントの手法をやってのけるとは・・・。

 

「マニャール公使。我々は協力できるはずだ。満日の意図していることを実現するためには、早期の講和が必要だ。それには、公使の力で本国を動かしてほしい。早期に四か国の講和条件策定会合を開かせ、このアルタラスを窓口とする。本国の連中に現実を突きつけるためにも、カルーネスの占領はやむを得ない話だ。しかし、それはコントロールされたものである必要がある。軍事施設と軍船の破壊は極限にまで抑える必要があるだろう。違うか。」

「クワ・トイネとクイラの関心を買うためなら、同地の徹底的な破壊も選択肢に入るはずよ。」

「バカを言え。政情不安定な地になったロウリア本国など満日の戦後構想には邪魔なだけだろう。それとも、満日の戦後構想とクワ・トイネとクイラの関心が同価値とでも思っているのか?ロウリア本国が屈服しつつ、お主らの旗下に入るのであれば、ロウリア本国の弱体化はコントロールされたもので無くてはならんはずだ。傭兵連中が盗賊化でもしてみろ。クワ・トイネに編入されたマインゲンとロウリア都市の間の交易が難しくなるぞ。満日がロウリアを傘下に置くのならば、ロウリアはある程度の規模を維持したうえでなければお荷物にしかならん。荒れ地や焼け野原を貴族に与えても、反感を買うだけだ。うま味がある土地であってこそ、喜ばれる。お主も喜ばれるためには、ロウリアがそういう地であったほうがよかろうが。」

 

 クッ・・・。この親父、こちらの泣き所を的確につついてきたわね。だけど、これは逆手にとって、本国に叱咤を掛ける方が得策ね。でも、癪に障るわね。とりあえず、ハッタリだけは利かせておかないと。

 私は、スッと椅子から立ち上がり、ベルシュ大使の寝椅子に向かう。大使の寝椅子に片足を乗せ、顔を近づける。

 

「上等じゃない。そこまで言うのなら、私もやってやるわよ。その代わり、貴方も本国内の根回しを急がせなさい。ロウリア側から和を乞わせるという形式だけは是が非でも守ってもらうわ。」

 

 相手をギッと睨みつけながら言うと、この親父はニヤリと笑った。

 

――――――

 ― アルタラス王国第一王女 ルミエス・ラ・ファイエット

 

 マニャール公使とベルシュ大使の外交交渉は、第一回の交渉、第二回の交渉とともに終始マニャール公使がベルシュ大使を圧倒しているように見えました。あの文明外国家の雄ロウリアがわずか一月程度で降伏に追い込まれる。その衝撃的な事実を基礎に、ロウリア側に次々に通告通知される要求の数々。これらに対して、ベルシュ大使は、本国に連絡する、本国に手配させる、現在本国で調整中と防戦一方でした。あの時のベルシュ大使は、そうまるでこのストローのように、マニャール公使の言い分を本国に通すだけの存在でした。

 しかし、第三回目の交渉、今日は違いました。ベルシュ大使には会談当初から余裕がありました。マニャール公使も前回の交渉とは違う彼に攻めあぐ寝ているご様子。そこへ聞こえてきたゴレスバード宣言ということば。はて、ゴレスバード宣言とはなんでしょうか。そう思うよりも早く、マニャール公使の美しいお顔が歪み、影が差しました。何という事でしょうか。マニャール公使の目が相手を睨みつけています。対するベルシュ大使の表情には幾分の余裕があります。

 あの新聞一つでベルシュ大使はマニャール公使に有効な反撃を行ったのだと理解しました。この王立専用ビーチは、外交戦の最前線。私はその特等席で満ロのつばぜり合いの最前線を見学させてもらっている。やはりこの場は勉強になります。口先一つで状況を変える。外交官の本懐ともいうべき言語による攻撃。軍事力では圧倒的な敗北となり、そしてまたさらなる敗北が決定しているロウリアにとってこの美しい海岸は、まさしく最後のそして唯一の勝利の機会を得られる戦場なのでしょう。

 マニャール公使は、ベルシュ大使の顔に最接近して勢いよくタンカを切った後に、すぐさま自分の秘書官に命じて卓上電算機(ノートパソコン)を準備させ、自身はパーカーを羽織り、髪を纏め始めました。そして、ベルシュ大使にも上から何か羽織るようにと伝えて、準備させました。今日初めてベルシュ大使があたふたする姿を見せました。やはり、マニャール公使は奇襲攻撃がお得意のようです。

 マニャール公使は寝椅子を片付けて、その代わりに丸椅子に座りました。簡易机に設置されたパソコンにスピーカーが設置され、大きなアンテナを設置していた秘書官から通信繋がりましたとの声が発せられたところ、公使はパソコンを操作し始めました。ややあってから、スピーカーから声が聞こえてきます。

 

『ん?遠距離通信が入って誰かと思えば、マニャール君か。君は今、有給中なのか?』

「いえ、今は我が国の未来を左右する重要な会談の最中です。」

『重要な会談って、その格好でか?』

 

 スピーカーから知らない男性の声が聞こえてきました。笑っています。まあ確かに普段のマニャール公使の服装を前提に考えれば確かにおかしな話です。

 

「格好はともかくとして、極めて重要な案件は確かです。そう、この戦争の結末を我が国がコントロールできるか。日本国に恩が売れるかという重要な局面にあります。」

『君、何を不用意な発言を!』

「ご紹介します。アルタラス王国駐箚のロウリア王国大使、ローデリヒ・ベルシュ閣下です。」

 

 すっとパソコンの前にベルシュ大使が進み、マニャール公使の秘書官がパソコンを少しずらして、マニャール公使の横の丸椅子に座るベルシュ大使が映りました。

 

「お初にお目にかかります。アルタラス王国駐箚のロウリア王国大使、ローデリヒ・ベルシュです。満洲帝國国務院外交部大東洋司長閣下にお会いできて光栄であります。」

『っ!!お初にお目にかかります。満洲帝國国務院外交部大東洋司長を務めております、楊大源と申します。大使閣下、私が今有する権限では閣下とこれ以上のお話しすることは認められておりません。すみませんが、マニャール公使とお話をさせていただきたい。』

「無理からぬことと存じます。私は席を外します。」

 

 またしてもベルシュ大使はすっと席を立ち、私の方に歩いてきました。スピーカーからは楊司長の怒号とも悲鳴ともいえる声が聞こえてきました。

 

『マニャール君、君は一体何を考えているんだ。君とロウリア大使との会談は秘密交渉のはずだ。本国に長距離通信だなんて、』

「ご安心ください。外交部専用の暗号化通信を用いております。他庁や軍はおろか、日本の情報部にも知られることはありません。」

『そうではない。ロウリア大使との会談は君の責任で行われることだ。何故、本部との通信に彼を出させた。私を巻き込んでどうするというのだ。』

「初めに申し上げた通りです。重要な局面にあたって、我が国がイニシアチブをとるべく、本国の行動が必要となります。司長は、速やかに次官や大臣と折衝の上、国務院を通じて日本側に提案を。そう、攻撃計画の一部修正を。大至急です。」

『無茶を言うな。日本海軍の作戦は既に発動されている。マイハークからの出航も今日明日と言ったところだぞ。』

「それでも動いていただきます。我が国の主導で戦後秩序を構築するためにも。」

『・・・』

 

「マニャール公使はやはりやり手だな。」

 

 側に立っていたベルシュ大使が言いました。顔を動かして彼を見ると、彼も私を見て言いました。

 

「押しが強い女性というのはたまにおるが、それに加えて有能な女性というのはなかなかみない。特に彼女のような表の世界で歴戦の外交官を相手に手八丁口八丁でやりあうようなのはな。殿下にとっても、彼女はいい教師でしょう。だが、殿下の御性格ではなかなか彼女のような真似は難しいでしょうが。」

 

 あるいはそうかもしれません。生来の性格というのはなかなか変えられません。

 

「だがまあ、やり方は人それぞれでしょうな。自分に合ったそれを見つけるためにもご精進を続けなさることです。」

 

 自分に合ったやり方・・・。王族として、私がこの国のために何ができるか。そうですね。それを中心に考えて、外交官とはどうあるべきかと常に自問し続けることが大切ですね。

 マニャール公使は、身振り手振りも交えながら、本国の外交部に説明をしている。彼女のように国を動かす外交官となるには、まだまだ私は力不足です。もっと、修行しないといけませんね。

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