日本の軍用ヘリを乗り継いでクワ・トイネ公国から台湾南部に到着した満洲帝國外交団一行は、高雄市に到着すると日本外交団に別れを告げ、台南市の大日本帝國陸軍航空隊第九航空師団駐屯地に駐機していた満洲帝國空軍の輸送機に搭乗し、一路首都新京に戻った。その後、徹夜で報告書をしたため、五相会議を報告の場として、クワ・トイネ公国での外交活動を報告した。
「何はともあれ、森山さん、強行偵察お疲れさまでした。」
李陽詢国務総理大臣はその朗らかな微笑みを浮かべながら、森山外相の労を労う。外交ではなく、偵察。外見とは似つかわしくないこの鋭さがこの老人にはある。
「それで、森山さん、日本政府は今後どう動くと読めるかね。」
「マオ王国とは国交を結ぶとは外相はおっしゃっていましたが、パーパルディア皇国に対してどのような対応に出るのかということまでは、総理に報告してからということでしたので、わかりません。」
「ふむ、東部から北部までの国境線は安定する公算が高いということか。とすると、黒竜江軍と中央軍の限定動員を解除し、兵を休息させ、興安軍と西部軍の動員維持に努めるのか、黒竜江軍の西方派遣で前線全体を手厚くするのか。難しい判断ですな。」
ローベルト・コチェルキン軍政部大臣は、退役陸軍中将であり、武官時代の最終ポストは、幕僚総監部統帥本部次長である。日本でいえば、陸軍参謀本部次長職に相当するため、軍関係者へのパイプは極めて太い。
「しかしコチェルキンさん。相手側の戦力は、西部から南部方面、つまりパーパルディア皇国に隣接している地域ほど高いという話です。いかに、相手の戦力が中世程度のもので、兵器の質については圧倒しているとはいえ、我が軍将兵のメンタルは低下しています。関東軍の増派があるといっても、このまま維持するのは危険では?」
「現地警察も治安維持を主任務として、後方地域の安定にはおおよそ成功しております。これは、吉林、奉天、安東、新京の省警察、警視庁から応援を出して対応しております。もし、前線の哨戒網を突破されて、後方を錯乱されたら、警察の対応では限界があります。コチェルキン先生、中央軍を前線に出すべきではないでしょうか。」
森山外交部大臣、遠山民生部大臣の二大臣が異論を展開する。国境線に接していない、三省(日本の都道府県に該当する地方自治体)と新京特別市(市の規模が他の市と比較して著しく大きいが、一省とするには面積が小さいことから、省に準じる権限を有する自治体として設置)からは自治体警察の応援が行われている。首都新京特別市の警察本部は、日本に倣って警視庁と呼ばれているが、日本の警視庁が内務省の外局である国家機関であるのに比べて、新京特別市の警視庁は自治体警察である。
「先生方には申し訳ないが、中央軍は戦略予備です。せめて、マオ王国側の戦線が終息して、北部東部に中央軍が出動しないという形をとってからでないと、動かすことは難しいですよ。ただ、森山先生のクワ・トイネ訪問の報告から、マオ王国との間の協調が可能と判断できるので、中央軍の分割を行い、一部部隊だけでも西方に派遣できないか、幕僚総監部には検討をお願いしているところではあるのですが・・・。」
「中央の部隊には、転移に関する情報がいろいろと入ってきているようですから、転移当時なし崩し的に戦闘状態に突入することになった各前線部隊とは違って、メンタル的なところでは、安心できそうですな。」
「そうですな、劉先生。ところで、森山外相、マオ王国・パーパルディア皇国に対する外交使節の派遣について外交部ではどのような見解ですか。」
李総理大臣が森山外相を見据えて話しかける。老人はオンオフを区別して相手の呼び名を変える。政府閣僚として返答を命ずるときは官職名で、雑談とのときは、さん、先生、大人などで相手を呼びかける。李首相は、国家としての決定を下すことを決めたのだ。
「はい、すでにクワ・トイネ公国のカナタ首相・リンスイ外務卿から親書を頂戴しております。この親書を持たせた外交官を国境付近に派遣し、外交担当者との接触を図りたいと思います。マオ王国側には、戦線が落ち着いている部隊の将校から外交官の派遣を依頼する旨の話をしてもらっておりますが、相手がだれだかわからないという状況から色よい返事がいただけておりませんでした。今回の親書の入手はこの事態を打開する切り札となるのではないかと思います。
一方で、パーパルディア皇国に対しては未だその段階には達していないというべきでしょうか。国境の長城には、いまでも時々銃弾が撃ち込まれることがあると聞きます。落ち着くのを待たなくては話もできません。もちろん、こちらも現地部隊から外交担当者の派遣を要請する旨の話をしてもらっておりますが、前線が落ち着くまではまず難しいかと。」
「ありがとうございます、森山大臣。各大臣どう思いますか?」
「そうですね、ここはやはり日本政府のパーパルディア接触を待つべきではありませんか。」
「しかし、遠山大臣。それでは、いつになるかわかりませんぞ。森山大臣の報告では、クワ・トイネ公国・クイラ王国ともにパーパルディア皇国をプライドの高い、偏屈な国家としてとらえております。転移したといっても、いわば我々は日本国も含めて新興国家としてしか、扱われないかもしれません。そうであれば、外交使節が鼻で笑って追い返されたり、なかなか取次が進まなかったりと時間がかかることが、それも我々の常識では考えられないような時間がかかることが予想されます。」
遠山提案の穴を劉大臣が指摘する。コチェルキン大臣もこれに懸念を示す。
「遠山大臣の提案は旧世界でしたら、当然とるべき選択肢ではありますが、この世界では大日本帝国のプレゼンスが全く効果がないだろうことが難しいところですよね。新しくプレゼンスを立てることも考えましたが、これは、相手の立場を硬化させてしまうだけで終わりそうだと、森山大臣の報告を聞く限りそうなってしまうことになりかねないと思いました。」
「コチェルキン大臣、プレゼンスを立てるというのは戦闘で勝利するということですか?」
「遠山大臣ご指摘の通りです。最小限の威圧でとどめようとすれば、相手側を硬化させるだけにとどまりかねませんし、中途半端に攻撃すると、今度は相手方の反発を招くだけ、徹底的に掃討したとしても、この世界は魔法のある世の中のようですし、中世程度の国家ならば、辺境の情報などまともに相手にされず、魔法攻撃を持つ害獣にやられただけのことを大げさに言っているという感じになりやしないかと。」
「加えて、辺境の属領が新興国にやられたと中央が判断すると、プライドの高い中央は、辺境の駐屯の弱小軍がやられただけ、中央の力をもってねじ伏せてくれる、と全力で対応してくるということですか。」
「総理のお見込みの通りかと。軍政部としては、先行きの見えない状況での戦闘拡大は危険と判断し、攻撃は必要最小限度、正当防衛に留めるのみの通達を行っておりますが、これも前線将兵のストレスになっております。撃退は容易とはいえ、一方的に攻めこまれるだけですから。」
中世の世界は、大臣全員が学校教育における世界史の授業で知った範囲のこと程度しかしらないが、情報が正確に伝わらないであろうということは理解していた。まして、相手は列強と呼ばれるプライドの高い国であることから周辺弱小国のことなど歯牙にもかけていないであろうことは、そして、末端の役人は賄賂まみれで腐敗しており、辺境の蛮族にやられたという報告を辺境の役人が中央に上げないであろうということも容易に想像していた。だからこそ、対パーパルディア皇国に対しては、紛争が長期に及ぶであろうことが五相会議の結論となった。
「森山大臣。マオ王国に対する外交団派遣については、国務院は了承します。閣議決定の前ではありますが、速やかに派遣してください。パーパルディア皇国に対しては、さらなる情報収集に努めるとしましょう。森山さん、長距離出張お疲れさまでしたが、この後、閣議を招集します。閣議までの間の短い間ではありますが、体を休めておいてください。官房長官、閣議招集手続きをお願いします。」
興信27年2月2日午後4時より開催された臨時閣議において、満洲帝國とマオ王国の国交樹立に向けた外交使節団の派遣が了承された。同日6時から国務院記者会見場で行われた、張重次官房長官の記者会見でその旨が報告されたが、国境北部・東部の情勢は、マオ王国という国名とともに語られたが、西部についての情報は、現在調査中との回答のみしか行われなかった。