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大東洋共栄憲章
クイラ王国国王陛下、クワ・トイネ公国首相閣下、大日本帝国天皇陛下及満洲帝国皇帝陛下は、
神武天皇即位紀元二千六百七十五年即ち中央歴一千六百三十九年三月三十日に発せられた「ロデニウス大陸の平和維持に関して行う大東洋諸国の共同宣言」における崇高な精神を想起するに、
大東洋諸国間に平和的共存関係を尊重せむとする国際的理解が醸成されつつあることを確信し、
之を維持増進せむが為には、同年四月十二日にロデニウス大陸に於て勃発せりし戦争に於ける同盟各国の紐帯を益々強固なものとし、
大東洋各国に対し国際紛争解決の為に戦争に訴へざるの義務の存在を主張し、
各国間に於ける公明正大なる関係を提唱し、
各国政府間の行為を律する規準として大東洋各国間に国際法の原則が確立せむことを願い、
以て国際協力を促進し、且各国間の平和安寧を維持せむが為、
格別な条約を締結することに決し、之が為左の如く其の全権委員を任命せり。
クイラ王国国王陛下
内閣総理大臣 アスアド・フラート・アル=バータジー
内務大臣兼
諸侯会議統裁官 ハムダーン・フワイリド・アル=ハーンジー
外務大臣 アイーラ・メッサル
クワ・トイネ公国首相
公国首相 エミサスカ・カナタ
自己の名に於て且自己の固有の権限に基き行動す
外務卿 ビーデン・リンスイ
大日本帝国天皇陛下
内閣総理大臣 山上誠一
外務大臣 侯爵徳川義輝
衆議院議員 白山松五郎
満洲帝国皇帝陛下
国務総理大臣 李陽詢
外交部大臣 森山直次
衆議院議員 アロイス・ボワレー
因て各全権委員は互に其の全権委任状を示し、之が良好妥当なるを認めたる後、クワ・トイネ公国スピアウオータ市マルメディア宮殿において真摯な討議を行ひ、茲に大東洋共栄憲章を協定せることを宣言す。
第一條 神武天皇即位紀元二千六百七十五年即ち中央歴一千六百三十九年四月十二日に発せられた「クイラ王国、クワ・トイネ公国、大日本帝國及び満洲帝國の共同宣言」に於て創設せられたる四箇国の同盟関係は、同日より行われたる戦争の終結以後も継続されることを確認す。
二項 前項の同盟関係は、前記同盟国以外の第三国から前記同盟国の一又は二以上の国が宣戦を布告せられたる場合、其れ以外の国は当該第三国に対して宣戦を布告する義務を有することに依りて規律さるるものとす。
第二條 同盟国は「ロデニウス大陸の平和維持に関して行う大東洋諸国の共同宣言」にて期待されている大東洋諸国間の紛争発生を予防する為積極的な外交活動を実施することを約す。
第三條 同盟国は、前條の活動を実施するに際しては左の一般的原則を尊重する義務を有す。
一 同盟各国相互及同盟外各国との政治的対等なる関係
二 同盟各国相互及同盟外各国との友好的協調関係
三 同盟各国相互及同盟外各国との関係を公明正大に紀律する国際法の存在を前提とする関係
四 種族の如何を問わざる対等なる関係を同盟各国が保障する必要性の認識
第四條 大東洋共栄憲章の精神を尊重し、大東洋の平和と安定に寄与せむことを祈念する此の憲章署名国以外の第三国は、同盟関係に加入することを得。但し、其の国際義務遵守の誠意あることに付有効なる保障を与へ且其の陸海及空軍の兵力其の他の軍備に関し同盟の定むる所に依る準則を受諾することを要す。
二項 前項の場合においては第三国の加入に付ては、此の憲章の署名国を原加盟国とし、原加盟国の総意を含む過半数の賛成を以て加入を許可すべし。
三項 同盟国は二年の予告を以て同盟を脱退することを得。但し脱退の時迄に其の一切の国際上及本憲章上の義務は履行せられたることを要す。
第五條 本憲章に基く同盟の行動に際しては、首脳会議、外相理事会及常設同盟国事務局に依りて之を為すべきものとす。
第六條 同盟国首脳会議は同盟各国の元首又は其の代理人を以て之を組織す。
二項 首脳会議の議長の任期は一月一日に始まり十二月三十一日に終了す。
三項 首脳会議は年一回議長国の招待を以て開催す。但し臨時必要により特別に首脳会議の開催さるることあるべし。
四項 首脳会議は憲章に規定する同盟国の行動範囲に属し又は大東洋の平和に影響する一切の事項を其の会議に於て処理す。
五項 同盟各国は首脳会議に於て各一箇の表決権を有す。
第七條 同盟国外相理事会は同盟国の外交担当閣僚を以て之を組織す。
二項 外相理事会の議長の任期は、首脳会議の議長国の任期に従ふ。
三校 外相理事会は年数回定期的に議長国にて開催す。但し臨時必要により特別に外相理事会の開催さるることあるべし。
四項 外相理事会は憲章に規定する同盟国の行動範囲に属し又は大東洋の平和に影響する一切の事項を其の会議に於て処理す。
五項 同盟各国は外相理事会に於て各一箇の表決権を有す。
第八條 第四條第一項の規定に依り同盟国加入国が生じたるときは前條同盟国外相理事会は同盟国原加盟国外相理事会とす。
第九條 常設同盟国事務局をクワ・トイネ公国に置く。
二項 常設同盟国事務支局をクイラ王国、大日本帝国及満洲帝国に置く。
三項 事務局と事務支局は常に連絡あるべし。
四項 事務局及事務支局の経費は同盟国首脳会議に於て決定する割合に従に同盟国之を負担す。
五項 事務局職員は同盟国の事務に従事する間外交官の特権及免除を享有す。
第十條 本憲章は前文に掲げらるる締約国に依り批准せらるべく且各国の批准書が総てクワ・トイネ公国政府に於て寄託せられたる後直に締約国間に実施せらるべし。本憲章の実施後は、クワ・トイネ公国政府は各国の批准書を事務局に移牒すべし。
二項 本憲章は前項に定むる所に依り実施せられたるときは、大東洋の他の一切の国の加入の為必要なる間開き置かるべし。一国の加入を証する各文書は常設事務局に於て寄託せらるべく本憲章は右寄託の時より直に該加入国と本憲章の他の当事国との間に実施せらるべし。
右証拠として各全権委員は第三文明圏共通言語、日本語及協和語を以て作成せられ、各本文共に同等の効力を有する本憲章に署名調印せり。
神武天皇即位紀元二千六百七十五年即ち中央歴一千六百三十九年 月 日、スピアウオータに於て作成す。
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クワ・トイネ公国スピアウオータ市マルメディア宮殿
クワ・トイネ公国代表団個人控室
― 軍務局顧問兼外務局出仕 日本帝国退役陸軍少将 大野陽介
今日の会議もようやく終わった。日満鍬杭四箇国を含む大東洋の平和と安定に寄与するための大東洋共栄圏の提唱に関する宣言条約だ。この問題は、クワ・トイネ中央政府には、あまり関心がなかった。何と言っても、今まで隣国のクイラとの関係を最重要視し、パーパルディア、アルタラス、マオ、トーパなど第三文明圏と文明外国の数か国とは、一応の付き合いがあった程度の外交関係だ。積極的な外交活動などやってこなかった国だ。第三文明圏を含む広大な地域を大東洋という枠組みでとらえなおすだけでも外務局では一仕事だっただろう。幸いにして、軍務局には顧問という形でわしがいたので、日本語の新聞・雑誌などを通して、前世界の大東亜共栄圏に関する理念や政策の実行を方法などを前もってレクチャーすることができた。このため、対ロウリア講和問題を事前に国内で外務局と調整する際には、外務局に対するリードを保つことができた。軍務卿が外務卿と話し合い、わしを外務局出仕にしてくれたおかげで、同盟国会議事前折衝で積極的な発言をすることができた。クワ・トイネの立場を十分に説明することができたであろう。
本国では陸軍少将にまで上り詰めたが、投機にハマって身を持ち崩して陸軍を首になってしもうた。同僚にも迷惑をかけてしまったことは忸怩たる思いだ。幸いにして郷里の在郷軍人会の世話になって、飯を食うには困らなかったが、生活は苦しくなった。そんな中でもう一旗揚げたいとクワ・トイネにやってきた。陸士で学習した現代戦術であっても、中世風にアレンジすれば、クワ・トイネの軍備強化に役立つとも思い、軍務局に自分を売り込んだ。果たして、それは成功し、一定の成果を上げてきた。そして、顧問という肩書までもらい、準男爵の称号まで頂いた。3年前はもうわしの人生も終わったと思っていたが、もう一花咲かせることができた。クワ・トイネに骨をうずめてもいいかもしれぬわ。
このクワ・トイネという国は、下手すれば日本の片田舎よりも貧しい環境にある。電気もガスもなかった。公都の生活は、魔法のおかげもあってかそれなりに裕福な生活が遅れていた。だが、視察で訪れた地方の街は、そうではなかった。やはり貧しい生活だった。
わしが訪れたのは西部のギムの街であった。西部方面騎士団に対して防衛戦術などの改良点がないかを確認指導するためにギムの街に一週間ほど滞在した。まだ日満軍が進出し始める少し前のころで、防衛陣地の建設などは行っていないころであった。
この街はロウリアからの迫害で逃れた亜人が多くいた。わしは、ギムの歓楽街の酒場でいろいろ話を聞いた。彼らの話は悲惨の一言であった。
誤解がないようにいえば、クワ・トイネにも奴隷の待遇を受ける者はいる。しかし、それは犯罪を起こした犯罪奴隷といわれるものや破産や生活の為身売りをした経済奴隷と言われるもので、衣食住を保障される代わりに無償もしくは低賃金で働く者であり、自分の身分を買い戻せる可能性を持った奴隷という状態である。
しかし、ロウリアの奴隷はそうではなく、階級なのだ。亜人というだけで、奴隷の身分を与えられ、この身分から変わることは許されていない。社会にはこのような奴隷が担う、人が嫌うような仕事が存在するために、亜人は生かされ、衣食住が保障される代わりに無償で働かされている。そして、その存在は、社会の維持に必要であるために、再生産される。ロウリア国内では亜人同士の結婚という制度は存在しない。奴隷を所有する主人は、亜人を男女で所有し、定期的に主人通しのつながりで亜人通しを「交配」させるのだという。そして、産ませた亜人を所有する。そうすることで、社会を維持するに足る亜人を確保し続けるのだという。まことにおぞましい話だ。
亜人が財産である以上、主人はそれなりに大事に扱う。だが、主人の中には、亜人を、いわば替えの利く「物」として扱うような者もいる。そのような人物は亜人への扱いが残忍であり、些細なことで殺してしまうような者もいるという。更には、現国王の方針で、亜人を駆除対象とみるような者もいるという。現国王は拡大政策をとっており、征服した地には、亜人が平民として生活していた村もある。そのような地域の亜人は、奴隷身分として扱われる。だが、それを是とするような者は少なく、抵抗して殺されるか、逃げ出すかという状況がここ数10年ほどロデニウス大陸西部では繰り返されてきた。
ギムの街には、そうして逃げてきた亜人たちが多数生活していた。彼らから聞いた話は悲惨というより他に言葉が見つからなかった。ここ最近のロウリア人は、亜人の集落を見つけては略奪を行っていた。襲撃から逃げられなかった場合は、男は遊び半分に弓矢で射られて殺されたり、斬り殺されたりされ、女は慰み者とされて飽きたら捨てられるという話である。酒場で聞いた話だが、話してくれた者は、村の仲間を見捨て、敵に見つからぬよう必死で身を隠し、逃げてきたと話しながら泣いておった。まことにむごい話よ。
西欧の歴史にも残忍な君主は居った。そういう君主は廃位されたり、殺されたりした。その歴史を思えば、わしらも遠慮することなどあるまい。わしは、ロウリアの王のことを知らぬが、ロウリア王の亜人廃絶思想のことは聞いておる。許すわけにはいかぬ。にも拘わらず、外務省の連中は何を考えているのか。講和条約で王の退位に言及せずとは、あまりにも無分別じゃ。同盟国の国民感情を何と考えているのか。
外務局出仕としてもらって本当によかったわ。クワ・トイネ人だけでは押し切られてしまったやも知れぬ。週明けの最終討論では、何としてでもあと一押しせねばならぬ。国王礼遇停止で一応は決着したが、国王退位に関する秘密協定締結提案を提出し、退位せざる時は秘密協定を公開する。この方針案を提示して、絶対に王の退位を成功させねばならぬ。