大日本帝國召喚   作:もなもろ

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会議の舞台裏のシーンが続きます。会議参加者の背景もこれで大体説明が終わりました。他に説明が必要そうな背景があったら教えてください。


クワ・トイネ公国スピアウオータ市マルメディア宮殿 中央暦1639年6月6日(土)午後6時 / ヤゴウの手記(5)

クワ・トイネ公国スピアウオータ市マルメディア宮殿

― 大日本帝国外務省欧州局英国課長補佐 朝田泰司

 

 

「そちらの状況はどうでしたか。」

 

 本国の池田欧州局長との調整を終え、日本側代表団の会議室に戻ってきたところ、石黒条約課長から声を掛けられた。そして、私の帰りを待っていた日本側代表団の面々が顔を向けてきた。

 

「私のところも依然と同様の訓示でした。クワ・トイネ側がどれだけ抵抗しようとも交渉決裂ということは無い。日本の外交姿勢を前面に打ち出し、どうしても合意が形成できないとなった場合は、両論併記の形で報告書を取りまとめ、外相会談での決着をつける形で問題ないとのことでした。クワ・トイネにはクワ・トイネの言い分があろうから言いたいことは言わせて、それを尊重するようにとのことでした。ただ、できれば、事前折衝の段階で合意形成がとれていると大変喜ばしいとのことでした。」

 

 座の一同が静まり返る。不思議な外交折衝だ。最終的な合意形成を果たさなくてもよいと言われるとは。

 

「ということは、本国の上層部同士ではある程度の合意はできていて、この折衝はクワ・トイネ側のガス抜きの目的という事でしょうか。」

「そういうことだろうな。ここまでタフな交渉を行うとは予想外だった。」

 

 山本情報課長の言は、誠にもってその通りだった。私を含めて、日本代表団の面々は、上司から難しい交渉にはならないはずだ、休暇のようなものだと言われてここに来た。これでは、休暇どころの話ではない。

 

「噂では、外相が軍令部総長に抗議を行ったそうですが・・・。」

「だが、軍令部総長は、海軍軍人の再就職を外務省がどうこう言うのは筋違いだと突っぱねたそうだな。」

「山本課長は、この問題で、軍令部総長の更迭もありうると思いますか?」

「わからん。だが、大本営総監がこの戦争終結後に皇軍兵士に被害が出たことの責任を取って辞職する意向を示しておられる。そういった状況で、これ以上人事をいじるようなことは難しいのではないか。」

「確かに人事の混乱は好ましくありませんね。それに、軍令部総長の人事には、参謀総長と作戦総長の同意も必要です。内閣と海軍が鍔迫り合いをしているなら、陸軍と空軍は相対的に好意的にみられるはずですから、それも美味しいですね。」

「国内の問題は国内の連中に任せよう。とりあえず、我々の現状を再確認して明後日につなげよう。」

 

松平書記官と山本情報課長の話を石黒課長が中断させて議論が再開された。最大の問題は賠償条項だ。

 

「今一度、本国からの方針を確認する。乳牛や食用で繁殖する牛や豚などの現物支給については、欧州大戦の講和条約においてもあった話だ。そういった前提でいえば、クワ・トイネとクイラの要求それ自体は理解できる。だが、あまり賠償を厳しくすれば、ロウリア国内が敗戦の余波もあって経済が混乱する。それは戦後秩序を回復し、我が国の外交戦略上好ましくない。我が国の外交戦略は、クワ・トイネとクイラに近代化を施し、満洲国を加えた四箇国を中心にして、大東洋地域に公明正大な法の支配と平和と安定をもたらす。そのためには、ロウリアの混乱を最小限に抑えて、混乱の余波がクワ・トイネやクイラに及ばないようにする。何と言ってもこれらの国とロウリアは陸続きだ。ロウリアが混乱して難民がクワ・トイネとクイラに行くようなことがあってはまずいというのが、本国の方針だ。」

「しかし、第一回の交渉ではクワ・トイネとクイラも現物賠償を望んでいますね。国内向けのアピールも兼ねているとあっては、交渉で撤回させるというのは難しいですね。」

「そうは言ってもだ松平君。そもそも賠償というが、クワ・トイネとクイラもこれらの家畜を実際にロウリアにやられたわけではあるまい。欧州大戦の講和条約にてドイツがオランダやベルギーに負った賠償は、確かにこれらの家畜が損害を受けたことに起因するものだ。つまりこれらは、賠償というのは建前で戦利品として要求しているに過ぎないじゃないか。」

 

 腕を組んだ石黒課長が松平書記官に答えると、松平書記官は苦笑しながら次の話をし出した。

 

「クワ・トイネとクイラの話では、戦時の際に国内から徴発して、軍馬となったり、軍の食料などの材料になったというのが、賠償の根拠となっております。軍馬はともかくとして、消費された肉牛や豚肉というのは、まあ根拠がないわけではないかと。」

「ならば、それに限って賠償とすべきだろう。」

「とはいえ、国内向けのアピールという面は無視してよいとも思えません。クイラはともかくクワ・トイネは国内の基盤が近代国家と比べたら脆弱です。各諸侯による連合政権という側面は捨てきれません。現に、今回の同盟国会議が公都ではなくこのスピアウオータで行われているというのもそれを裏付けています。クワ・トイネ中央政府の大蔵卿の領地で行われているという点は、国内諸侯に対する配慮に他ならないでしょう。我々の立場からすれば、クワ・トイネの中央権力を弱めるような申し出をするのは難しいのではないでしょうか。」

 

 松平書記官の言葉に我々外務省側の人間の顔がゆがんだ。

 

「クワ・トイネとクイラの要求量を落とす方向で話を纏めていくより他にないですね。軍馬は元の所有者に返還すればよいだけですから、馬は大幅に削りましょう。クワ・トイネもクイラもこれから近代化を控えています。近代化に必要な物資がロウリアから得られるのであれば、そして、それを今の文明レベルではロウリアが扱えないというのであれば、それをロウリアからの賠償物としてクワ・トイネとクイラに納めさせましょう。そうすれば、ロウリア国内の混乱を最小限に抑えつつ、クワ・トイネとクイラの実利を確保できる。」

 

 俺がそういうと、周りもそれに同意した。

 

「朝田課長の主張を軸として説得していくより他にないな。なるだけ合意を取り付けなければ、我々が無能扱いとして勤務評定されかねん。そこは注意せねばな。」

 

 石黒課長の発言に我々は首を縦に振った。同感だ。

 

―――――

6月6日

 

 同盟国会議の交渉、特に対ロウリア講和問題の交渉は、実に厳しい。日本側提案の内容に真っ向から反対するような内容ばかりが我が国の交渉内容になっている。しかし、今思えばそれは事前にわかっていたことではないかとも思う。

 同盟国会議の開始前にリンスイ外務卿とカナタ首相に呼ばれて、クワ・トイネとしての立場を十分に説明するようにと訓示があった。そのうえで、ギリギリまで粘ったうえで、日本側・満洲側提案に近いように譲歩するようにとの話だった。

 日本国との関係を考えれば、我々に悪感情を抱かれない程度で粘るようにとの話であった。それはそうだろう。この対ロウリア戦争は、本来であれば、我々の勝ち目は薄かった。戦前の分析と開戦後に判明した敵の兵力を考えるとあっという間に前線は吞み込まれたはずだ。おそらく公都も陥落しただろう。リーン・ノウの森まで下がって、ようやく神の力を借りたうえで何とかなったはずだ。この戦争に勝利できたのは徹頭徹尾、日本と満洲のおかげなのだ。それを思えば、日本に対して要求を行うなどということ自体ばかげている。

 日本の提案を丸のみとまではいわなくても、日本の提案に真っ向から反対するような内容を要求項目とすべきではない。私は、リンスイ外務卿とカナタ首相との面会の際にそう申し出た。これに対して、リンスイ卿は、数枚のレポートを見せてきた。今や我が国の中央政府は滅多なことでは羊皮紙を使わない。日本から輸入したコピー用紙を使っている。大量にして安価に入手できる文房具。これ一つとってみても、日本に悪感情を抱かれるような外交交渉はさけるべきなのだ。

 話を戻そう。リンスイ卿が渡してきたレポートは、オランゲ駐日公使が日本外務省の役人と会合した際に掴んだ、対ロウリア講和条約のおおよその中身という話であった。これを見た私は愕然とした。名誉ある講和、賠償は後日に無理のない範囲で決定、ロウリア国王の至高なる権力への不干渉、固有の領土以外の不割譲、非武装地帯の設定、保障占領の早期の終了。このような内容は、戦勝国が記述するべき内容ではない。まるで敗戦国が記述するような内容ばかりではないか。読み終わった私は、リンスイ卿とカナタ首相の顔を見た。二人とも困ったような苦笑いをしていた。

 オランゲが送信してきた文書には、ここ100年位の日本国の歴史の概略も記されていた。100年ほど前におきた大戦―我々の感覚でいえば第一文明圏で大国同士が争った戦争で、第二、第三文明圏からも兵が派遣されたような大戦争だ―で日本国は十分な働きを行い、ここで名誉ある講和を提唱した。この結果として戦争で負けた国も復讐心を抱かずに、世界は平和を保ってきた。もし、あの際に敗戦国を締め上げるような真似をしたら、敗戦国は復讐心から再び矛を取ったであろうという分析がなされているという話がつけられていた。そして、日本はこの前世界の外交路線を踏襲したうえで講和会議に臨むつもりなのだと記されていた。100年前の成功体験とそれによって転移直前まで得られていた列強の地位。この外交姿勢は日本にとっては常識であり、常識を覆すのは難しいであろうというオランゲの感想も加えられていた。

 リンスイ卿に尋ねてみれば、彼は徳川外相と既に話し合っていたようだ。徳川外相の話によれば、クワ・トイネがロウリアとの過去の遺恨を乗り越えて、ともに発展する途を選ぶことは、クワ・トイネにとって有益となる。仮にロウリアから賠償として様々なものを要求するとすれば、ロウリアの経済は混乱し、かえって得られるものも得られなくなるばかりか、ロウリアの治安は悪化し、難民の発生が予想されるだろう。また、ロウリアの政治体制が崩壊すれば、近年急拡大したロウリアは分裂する可能性があり、そうなったら賠償を得ることは難しくなる。ロウリアを我々のコンロトール下に置いたうえで、ロウリアの資源を長期間融通してもらう方向で調製すれば、クワ・トイネはますます発展する。ロウリアに対する感情的な負の面があることは重々承知しているが、クワ・トイネ政府においては、将来の発展のために理性ある対応を願いたいとの話であった。

 カナタ首相にも聞いてみたが、山上首相は、外交問題は第一には外務大臣の管轄であることもあり、まずは、外交部同士での調整の結果を待ちたいとのことであった。

 しかし、これは危険すぎる。この内容では、日本国が戦勝国となったことが大東洋諸国に正確に伝わらない可能性がある。日本国は我々の外交常識を知らなすぎる。このままでは侮りを受けるかもしれない。私は、二人にそう伝えたが、日本側は、日本に派遣された外交使節から我が国の真の姿は伝わるはずであり、そのような声は時間とともに消えていくだろう。物事を性急に進めてもうまくいかないことがある。じっくりと腰を据えてやっていきたいという徳川大臣の話を教えていただいた。

 確かにその話は一理ある。時の経過とともに日本国が大国であるという認識は文明圏外だけではなく第三文明圏にも広がっていくだろう。だが、そのような大国が、このような弱腰の姿勢を見せていては、誤ったメッセージを与えかねない。実に危険である。そう話したところ、だからこそ、同盟国会議の席でできるだけ反対意見を言い続けるべきだという話をされた。そのうえで、少しでも強硬な内容を講和要求に載せることができればよし、だめでもそれは日本国の責任であり、日本側の言う通り、時間の経過が解決できる問題でもある。政府上層部があまり反対論をいう訳にもいかないので、事務レベル折衝の話し合いの中で、多少の修正ができればよいだろうとのことであった。

 そして、話は現在に至る。胃が痛くなるような交渉になると持っていたが、別の形で胃が痛くなった。戦争の話ということで、軍からも人が派遣され、軍務局と海軍局の人間がやってきたが日本人の顧問を連れてきており、それらが日本側満洲側と激しい口論を繰り広げた。私は、それらの仲介で両者をなだめることが多い。実に胃が痛くなる外交交渉だ。当初予定していた、日本側にこの世界の外交的常識を少しでも理解してもらうという方針は吹き飛んだ。軍務局と海軍局はロウリアに対する敵愾心から懲罰的な講和を望んでいる。その思いは私自身も分からなくはないが、此処は外交交渉の場だ。

 実利を言えば、私はもし日本側の思惑の通りに事が進むのなら、日本提案をベースにこの世界の外交的常識を織り交ぜる形で進めるべきだとおもっているくらいだ。その意味では、軍務海軍局の連中は邪魔だ。だが、どうしようもない。最終日には、なるだけ日本側と合意しなければならない。その準備のためにも、明日は日本代表団を訪ねて根回しをしておくべきだろう。実に面倒な交渉だ・・・。

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