また、皇軍最高司令官のアルデの役職も変更です。実戦部隊の最高指揮官のような名称よりも皇帝補佐の軍令系統の名称のほうが作中の彼の役割に合致していると思いました。
パーパルディア皇国皇都エストシラント パラディス城 地竜の間
― パーパルディア皇国国家戦略局企画官(皇威拡大担当) ヘンリー・イノス
今日が勝負の時だ。今日を乗り切れば私の地位は何とかなる。
「では、国家戦略局より皇帝陛下に献策がございます。この計画を企画した、イノス企画官より詳細を発表させていただきます。」
局長から国家戦略局からの発言願いを出してもらい、皇帝陛下がこれを了承する。
「発言を許されましたので、計画案を発表させていただきます。私は、皇国の威勢を拡大し、第三文明圏を拡張することを任務としておりますが、今回の計画は、皇国監察軍を使用せずに皇威を拡大することを目指しております。
7月1日をもちまして、レミリア・フォン・ブラウンシュバイク公爵令嬢が事実上の皇后陛下としてレミール侯爵夫人の尊称を皇帝陛下より賜ることが宮内府より発表されております。皇帝陛下の伴侶となられるお方の立后に向けまして、我が国家戦略局は、皇后陛下の名を内外に宣布するために次の二案を奏上いたします。
まず第一案としまして、アルタラス王国に命じまして、アルタラス王家の保有する鉱山の中でも最も有名であり、且等級の高い魔石を採掘するシルウトラス鉱山をエミール鉱山と改名するように要求します。併せて、王家の保有するハルトマイム鉱山のいくつかの坑道を我が国に譲渡するよう要求します。
この計画の目的は、レミール侯爵夫人の名を中央世界に広める目的があります。シルウトラス鉱山から算出される魔石は、ミリシアルにも輸出されており、彼らから非常に高い評価を受けています。ミリシアルの貴族の間でシルウトラスの名前に変えてレミールの名が使われるのです。皇国の威勢が拡大することは間違いありません。
更に、重要なのは、ミリシアルにとって評価が高いのはシルウトラス鉱山の魔石であって、アルタラスの魔石ではないということです。ミリシアルからしてみれば、魔石の輸出が間違いなく行われる限り、反発は薄いものと考えられます。
文明圏外国家がミリシアルから高い評価を受けるというのは皇国にとっては面白いことではありません。そこで、この計画案を提示させていただきました。」
帝前会議参加者から様々な声が聞こえた。これまでの皇国の国土拡張政策とはやり方が違うことに戸惑っている様子だ。ここだ。ここを乗り越えねばならぬ。
「ご列席の各位が不審に思うのも無理はありませんが、文明圏外国家にも関わらずアルタラス王国はミリシアルとそれなりの付き合いがあります。ミリシアルがどう動くかこれを見定め、かの国の介入を排除するためにも、まずはこの程度で済ますべきであろうと思います。まずは、我が国がアルタラスに手を出してもミリシアルの魔石取引は継続して実施されるという実績をみせることが重要でしょう。
またこのやり方については、副次的に以下のような効果をもたらします。それは、文明圏外国家の盛衰は我が国やミリシアルと言った列強が決定づけるということです。アルタラスを始めとする文明圏外国家が介入できぬところで、自国の運命は決定されるのだという現実を彼らに教育することは、今後の戦略上重要であろうと思います。アルタラス王国の支配下に置く第一弾であり、このような政策を積み重ねていくことで、徐々にアルタラスを屈服させ、最終的にアルタラス王国は完全に皇国に従属させることを国際戦略局はみています。」
ほうぼうから、驚きの声が聞こえる。なるほど一兵も用いずにアルタラスを手に入れるかという感嘆の声や少し時間がかかるなという訝しむ声が聞こえる。質問は後だ。まずは先に話を先に進めるべきであろう。第二案のフェン王国の話を行った。フェン王国についても事前に決定されていた策を開陳する。会議列席者からはやはり戸惑いの声が多く聞こえた。
ふとしたとろで、手が挙がった。皇軍統帥本部総長のシニョール・フォン・アルデ伯だ。やはり彼は一言あるだろうな。
「国家戦略局の意図は理解した。しかし、アルタラスにはミリシアルと言った懸念材料があるので、企画官のそれも理解できるが、フェン王国に対してもそのような手練手管の類を使う理由は何かな。聊か迂遠な方法であると思う。第三外務局の観察軍を動かし、フェン王国を占領すれば、その森林地帯も容易に手に入り、フェンの政府と交渉をすることなく植民も容易に可能であろう。面倒な手続きを踏んでいるだけのようにも思えるが?」
ふむ。この発言、アルデ伯のもとには日本と満洲の情報は未だ届いていないという事か。いやまて、結論を急ぐべきではない。アルデ伯とて不用意に発言できることではない。だが、まずは、表向きの理由を述べねばなるまい。
「アルデ統帥本部総長閣下の疑問につきましては、国家戦略局からは2点、今回の計画を献策する理由がございます。まず一点目につきましては、先進兵器開発研究所から説明担当官を呼んでおります。皇帝陛下、国家の重鎮のみ出席を許されます帝前会議の場ではございますが、彼に発言の機会を賜りたくお願い申し上げます。」
陛下よりお許しを頂き、先進兵器開発研究所の主任研究者を入室させた。幾分、いや相当に緊張しておるな。私が、彼の自己紹介を代行し、おおよその現在の計画を代弁した。室内がまたしてもざわめく。
「すると何か。兵研で魔法通信・魔導通信の研究を行うために軍から魔導師士を派遣させて、軍に配備される予定の魔石も兵研が大量に納入させるために皇軍の軍事行動を制限する必要があり、それがためにこのような献策を準備したというのか。」
アルデ総長が聊か強い眼で私を睨みながら、いらだった口調で問いかけてきた。やはり、軍事予算に手を付けるというのは、良い思いをされないだろうということは分かっていた。しかし、ここで退くわけにはいかぬ。
「統帥本部総長閣下。順序が逆であります。皇軍の軍事行動を抑える必要があるというのは、研究を実施するための副次的な結果に過ぎませぬ。魔法通信・魔導通信の技術向上が先です。詳しい説明を主任研究者にさせますので、まずはお聞きください。」
「は、はい。兵研では、通信技術の格段の向上を行いたいと考えております。まずは魔法通信技術につきましては、ミリシアルで実用化されております文字を通信する技術。これを実用化したいと考えております。元来人の声を魔法通信では送っておりますが、これを文字を送る事を考えております。試作機を動かすには魔導師の力が必要であるとは思いますが、いずれは魔導士レベルでも可能な技術にしたいと考えております。御承知の通り、魔法通信には魔導士同士で会話を行い、それを書き写すという工程がありますが、これをはじめから報告書を送るという形式に変えることができるのであれば、各機関の業務品質の向上が期待できると思います。
次に長距離通信技術です。高品質の魔石を利用することで魔導師レベルでの運用を行っておりますが、これを低品質な魔石を利用して魔導師レベルで対処可能とするか、高品質の魔石を利用して魔導士レベルで対処可能とするのか改良を重ねたいと思います。長距離通信を行える魔導機械は高価であります。そして、ランニングコストも馬鹿にはできません。そして装置を実行する魔導師の力量では魔石の消費量も大きいものです。ここで改良に成功できますと、長距離通信の頻度も挙がり、情報を収集する効率も上がると思います。
魔導通信の分野についてですが、これも大幅な改良を進めたいと思っております。ミリシアルで実用化されております、総天然色の魔導通信を我が国でも実用化するための研究をさせていただきたいと思います。現在我が国であのような装置を作るとなれば、大魔導師レベルの魔力量が発動には必要なります。魔石の魔力との交換効率もすこぶる悪いです。魔導士レベルでも起動と運用が可能な形に、現在の白黒画面の魔導通信機の運用方法が可能な形にまで研究を重ねたいと思います。
そして、現用の魔導通信機の改良です。白黒画面の魔導通信機は魔導師レベルでないと扱えませんが、魔導士レベルでも可能な形に改良を行うことで、文明圏外国家への輸出が可能となります。
これらの研究には、多くの魔石と魔導師士が必要となります。ですがこの技術の進歩の先には、皇国の輝かしい未来が存在していると確信をもって言えます。」
主任研究員の話す内容は途方もない技術革新である。会議参加者は皆その準備に必要な資金・資材・魔石の量が膨大なものになるだろうことを考え、あっけにとられている。アルデ総長も同様だ。これらの技術が進歩した先には、皇軍のいや皇国の力の底上げが可能となる。総長とてそれ自体は理解できるはずなのだ。だが、それまでの準備が途方もない。結果が得られるまでは軍部は割を食う形となる。私は、主任研究員を退室させて、話を引き継いだ。
「ご列席各位の皆様にも主任研究員の説明を今一度思い越していただきたく思います。ミリシアルは、魔法技術の流出を恐れて、技術については輸出していません。完成品の輸出はしていますが、分解しようとすれば、起動と維持の魔法陣が消滅する仕掛けを施しています。ならば、我々が技術革新を図るしか、ミリシアルに対抗する手段はありません。皇帝陛下は、文明圏外の蛮族を纏めあげ、第三文明圏を統一し、中央列強にも肩を並べるだけの力を持つことをお望みです。我が国の地位を高め、今のようにミリシアルに一歩引いた形ではなく、対等な国家として世界に君臨することをお望みです。このために、この情報通信技術向上計画を奏上した次第です。」
会議室がシーンとしている。度肝を抜いたといえよう。よし、いい傾向だ。
「イノス。貴様の計画は余の願いに合致したものだ。素晴らしい計画であるといえる。」
皇帝陛下よりお褒めの言葉が出た。よし、これで会議の形勢は私に傾いた。
「貴様は二つの理由があると言ったな。もう一つは何だ?」
詰めを誤ることはできぬ。ふんだるのだ、ヘンリー。あと少しだ。
「はっ、畏れ多いことではございますが、陛下の外交方針に新たな視点を加えていただければと思います。」
なにっ?と陛下が言い、会議参加者からもざわざわとした声が挙がる。「次官風情が陛下の外交方針に口出しするとは不敬である」と叫ぶ声が聞こえた。だが、陛下はその者の方を向き、手でいなした。そして、続けよとおっしゃる。よし、つかみはよい。
「陛下が今後文明圏外の蛮族をまとめ上げるためには、彼らに対しては武威を以て強制的に従わせるのではなく、国威をお示しなることで彼らをして自発的に皇国に従うように仕向ける外交を展開する。皇国はその時期に来たと私どもは判断しております。列強上位のミリシアルやムーは、今そのような形で周辺に威を示しております。軍事力を行使することなく、他の国を傘下に置くような穏健的な外交方針への転換こそが、我が国を更なる高みに導くことができると考えております。勿論、文明圏外国家には、陛下にまつろわぬ不逞の輩もいることは確かです。しかし、そこは、硬軟織り交ぜた形での対応こそが肝要であると思います。既に我等は列強国として四位の地位を得ております。ミリシアルもムーも我が国の行動を見ています。彼らに我が国の国威は周辺国を自然に従わせるに至るものに成長したと見せる必要があると愚考致します。軍事力を使って相手を無理やり皇国に従わせることと相手が自らの意思で我が国に従ってくることとどちらが上であるか、何卒賢察を願わしゅう存じます。」
会議参加者は私の発言を黙って聞いていた。無理もあるまい。聊か私の発言は至尊の大権に抵触する発言だ。実に大胆である。下手すれば、私の首と胴が飛ぶ。だが、勝算はある。陛下は私の提案を内奏段階で許可しておられた。それも実に興味深そうに聞いておられた。聡明な陛下のことならば、私の提案は響くはずだ。すると、フハハと陛下の笑う声が聞こえた。
「イノス。余を前にして聊か、いやかなり大胆な発言だ。騎士爵の身分には不相応な発言だな。だが、ゆえに褒めて遣わす。よく余に献言してくれた。なるほど、皇国が新たなるステージに進むためには、新たる視点が必要だ。国の軍事力を行使するのではなく、国の威にひれ伏させる。どちらが上策というべきかは充分に理解できる。イノス、貴様は既に国家の重鎮よ。今後はミクリッツ子爵の身分を差し許す。皆も左様心得よ。」
なんと。予想以上の評価だ。属領であるミクリッツ子爵領の当主家の名を頂けるとは思わなかった。ミクリッツ子爵家は15年ほど前に後継が絶え、皇国に吸収された家だ。議場の各位も驚いている。
「領地もと言いたいところだが、子爵、卿は中央にいてもらわねばならぬ故、実際に領地に赴任してもらうわけにはいかぬ。故に領地はイーリントン侯、国家戦略局長である卿の差配に任せる。卿の家から代官を派遣し、収益の、、、そうだな3割程度をミグリッツ子爵に給付せよ。ミクリッツ子爵、卿はイーリントン侯の寄子となり、そのまま国家に使えよ。良いな。」
やったぞ、ヘンリー。お前はこれから貴族だ。土地持ちではないが、まごうこと無き貴族階級となった。私は賭けに勝った。上司である、国家戦略局長イーリントン侯爵も陛下に深々と頭を下げている。これでわたしの地位も安定した。
「陛下の御芳情に臣は恐懼してやみませぬ。これからも皇国に忠誠を誓い、国家の発展に尽力いたします。」
「うむ。皇国に新たな貴族が誕生した門出である。卿等も寿げ。」
会議列席者からミクリッツ子爵家万歳、皇帝陛下万歳、パーパルディア皇国万歳の歓声があがる。皇帝陛下も朗らかな笑顔をしておられる。ややあって、陛下が皆を手で制した。
「さて、ミクリッツ子爵。献策に続けて卿からの報告を受けよう。話を続けてくれ。」
報告・・・。報告とは、いったい何の。
「陛下。報告とは、その、何についての?」
「ん?わからぬと申すのか?余に申し述べたきことが、いや申し出ねばならぬことがあるのではないか?」
陛下は先ほどのようににこやかな顔をしているが目は笑っていない。会議列席者もざわつき始めた。ま、まさか。
「フフフ。そうかしこまることは無いではないか。今や卿は帝国の重鎮の一人ではないか。その身分にふさわしい振る舞いが必要とされる。そうだな、エルト、いやフロイライン・マリンドラッヘ。」
マリンドラッヘ伯爵令嬢だと。ば、ばかな、なぜ彼女が。
「別にエルトと呼んでいただいてもかまいませぬ。」
「いや、ここは帝前会議の場だ。その場にふさわしき物言いをせねばなるまいて。」
「ふふ。陛下の御気持ちのままにどうぞ。さて、ミクリッツ子爵。国際戦略局文明圏外国家部長名義で処理されている発注書から極めて大量の釘の注文があったことがわかっております。更にこの釘ですが、防腐処理を施すようにとの注釈がついています。この発注書ですが、決済は子爵が行っていますね。ああ、それと国家戦略局の出納官が保存しているはずの原本が大量に存在していません。ああ、なぜ存在していないはずの発注書があると思っているのかということですが、処分に漏れがあったようですね。2枚ほど発注書兼納品完了書が残っておりましたので、発注先の船大工を訪ねて証拠とともに問い詰めたところ簡単に自白しました。口止めをしていたようですが、鼻薬を嗅がせたところ、簡単に話していただけました。発注先が大量にあったというのもここから芋づる式にわかりました。そして、製作品の送り先はロウリア王国海軍本部造船部となっていました。発注量から概算でわかる量は、三段式櫂船でいうと3000隻分にも上ります。実に大量の発注ですね、子爵。」
あ、あの連中。簡単に自白するとは。何のための口止め料だったのだ。
「発注した船大工の数が多すぎましたね。秘密を漏らしたことで卿の不快を買い処分される船大工の数が多ければ多いほど、不審に思う人間が増えます。それに、我が国の造船能力に穴が開きます。船大工には、秘密を漏らす者が多くなればなるほど、お前たちの安全は保障されやすくなると話しましたところ、84名の船大工が本件に関わったことが明らかになりました。こういっては何ですが、秘密を知る者は多ければ多くなるほど漏れやすくなります。そういった意味では、杜撰な計画ともいえます。」
マリンドラッヘ伯爵令嬢は続けてクワ・トイネから食料品の大量の買い付けを行い、それをロウリア王国に供給したことを報告した。起立したままうなだれる私の耳に次に飛び込んできたのは、第三外務局長のクラウス・フォン・カイオス子爵の声だった。
「本件に関連して、陛下に報告したき儀があります。今年に入りまして、国際戦略局文明圏外国家部長より、ロウリア王国陸軍の強化と訓練強化を名目に、我が第三外務局所属観察軍のワイバーン5人隊を2隊とリントヴルム2匹をロウリア王国へ貸し出してほしいという依頼がありました。もちろん、この依頼に際しても依頼書には子爵の名前がありました。貸し出しというからには後日返還があるということでしたが、5月半ばに貸し出した部隊が我が国に帰還中に嵐に遭いワイバーンとリントヴルムを載せた船が転覆したという報告を受けました。この際には、子爵も第三外務局を訪れて、謝罪をなされました。こちらとしては、航海中の事故であることから咎めることは致しませんでしたが、後日航海ルートであり、船団の寄港地でもあるシオス王国の海軍本部に問い合わせたところ、その日に嵐が起こったという記録はありませんでした。この儀如何思われますでしょうか。」
ああ、なんということだ。ロウリアでの敗戦をカイオス局長は見抜いているというのか。リントヴルムが日満両国軍に倒されたというのは、未だに裏がとれていない情報だが、クワ・トイネにやられたとはさすがに考えにくい。ならば、消去法からいってもそうなるが、我々はまだ真偽を掴めていないというのに。
「子爵、顔色が悪いぞ。」
陛下の声がし、バッと顔を上げると先ほどと同様に目が笑っていない陛下の顔が見えた。
「キールマンゼク司法尚書の発言を許す。」
「畏れ乍らお聞きしたいと思います。陛下はミクリッツ子爵に罪ありと断じられておられるのでしょうか。マリンドラッヘ局長の話によれば、ミクリッツ子爵はロウリア王国に造船用の材料と食料を大量に提供したことになります。いずれも先ごろ行われたロウリアの東方遠征を支援するために行われたものであると言えましょう。残念ながらロウリアの遠征は失敗し、資材が無駄となったことは確かです。しかし、軍の勝敗は兵家の常。皇軍が戦ったのではなく、蛮族同士の争いです。如何に優秀な我等が後ろにいるからと言って、蛮族は蛮族。子爵の期待に応えられなかった蛮族の不甲斐なさを嗤っても、これは子爵の罪とはなりますまい。一方で、発注書を大量に廃棄し、国際戦略局のかかわりを隠匿しようとしたこと、これは背信の罪ありと言えましょう。また、カイオス局長の話によれば、第三外務局の観察軍所属のワイバーンとリントヴルムを返還せずに亡失したと偽り、これらを自らに隠匿しようとしたことについては横領の罪ありと言えますでしょう。これらのこと明白ならば由々しき事態でありますが、ならば子爵を叙爵され給うたのか、臣には理解しかねます。」
そ、そうだ。陛下はなぜ私の意見を取り入れ、あまつさえ私を叙爵された給うたのか。話の流れからして、前もって陛下は少なくともマリンドラッヘ伯爵令嬢の報告は前もって受けていた様子であった。ならばなぜ・・・。
「司法尚書。功績には栄誉を以て罪には罰を以てすべきである。そして、余はミクリッツ子爵は今後の皇国に必要な男であると認識している。司法尚書、卿ならば背信の罪と横領の罪を犯した男をどう裁くか。」
「それは、背信や横領の規模や額にもよりますが、ワイバーン10匹とリントヴルム2匹を横領したともなれば、極刑は免れぬかと。」
きょ、極刑。いや、違う。私は横領などしていない。ワイバーンやリントヴルムは倒されたのだ。
「さもありなん。では、フロイライン・マリンドラッヘ、カイオス局長、其方たちの報告と相談の続きを司法尚書に聞かせてやれ。」
「はい。ミクリッツ子爵は、部下のパルソ南方部長とともに自己の財産を以て発注した資材や食料品の代金相当額を国庫に返還する手続きを行っております。額が額のようですので、未だ全額とはいきませぬが、家財を売り払うなどして、補填を実行しております。」
「こちらも第三外務局に謝罪に来られた時に賠償を分割で支払うという念書を頂き、実際に支払が行われております。公務且やむを得ない理由での亡失であるため不要であると申し上げましたが、借りたものを返すことができなくなったのは落ち度であるとのことでしたので、受け入れております。」
な、なんと。これは、私をかばってくれているのか・・・。
「今両局長の報告にもあったように、ミクリッツ子爵の行動は背信と呼ぶよりも自己の失敗を隠匿する意図があったにすぎず、しかも損失を補填しようとする意思と行為を確認している。司法尚書、どうだ。子爵の行動は確かに問題かもしれないが、背信の意図があったとまでは言えぬまい。」
「確かに、子爵の行動は積極的な背信の意図があるとまでは言えぬと臣も理解しました。しかしながら、自己の過失を隠匿しようとする行為自体は陛下の信頼に背く行為ではありますまいか。人は皆自分の過ちを隠したがるものであります。それを許していては、国家の統制はとれぬものと存じます。何卒御賢察を願わしゅう存じます。」
「ふむ・・・。司法尚書の言も最もである。フロイライン・マリンドラッヘ、其方の沙汰を聞こうではないか。」
「はい、陛下はミクリッツ子爵の本日の献言が国家に多大な功績あるものとされ、属領の一つでありましたミクリッツ子爵家の再興を許されるという形をとりました。しかしながら、子爵は同時に陛下の信任に背くが如き行為もありました。故に属領の一つであった子爵家の再興を許すという形ではなく、新たにミクリッツ男爵家を設立し、男爵に叙爵するという形に変えてはいかがでしょうか。」
「ふむ、しかし、余は一度ミクリッツ子爵に襲爵する旨この場に於て申し渡して居るが。」
「はい。されど、宮内府典礼局からの襲爵の勅許状は未だ彼に下されておりませぬ。ならば、叙爵の勅許状を与えることに変えてはいかがでしょうか。一度子爵に襲爵したのちに剥奪して再度男爵の叙爵をするのは面倒です。」
「なるほど。しかし、それでは、罰を与えたこととしては弱いと思うが。」
「はい。これと併せて、男爵領の歳入の一部を国庫に納めさせましょう。期間は2年ほど、その額は歳入の1割でいかがでしょうか。更に国際戦略局企画官としての俸給を2年間4割カットでいかがでしょう。」
「ふふふ、流石だなマリンドラッヘ。司法尚書。どうだ。この案ならば、卿の考えるところの罰になりうるか。」
「はっ。国庫への補填が継続されるのではあれば、罪を贖うことに繋がりましょう。臣としては異論之無く。」
「うむ。では、国家戦略局企画官イノスよ。貴様にミクリッツ男爵の身分を新たに授ける。以後も皇国への忠誠に励め。」
「ははぁーー。臣の不才を御寛恕いただき恐懼に堪えませぬ。この上は全身全霊を以て職務を勤め上げまする。」
よかった。首の皮一枚つながった。
「さて、ミクリッツ男爵。監察軍のワイバーンとリントヴルムを喪失した件について詳しく報告せよ。」
な、なんと。しかし、これは、まだ裏付けも何もとれていない情報だ。これをこのまま報告してもよいだろうか。一難去ってまた一難。私はどうすれば・・・。