帝國大学令(大正八年勅令第十二號)
朕枢密顧問ノ諮詢ヲ経テ帝國大学令改正ノ件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
帝國大学令
第一條 帝國大学ハ人文科学、社会科学、自然科学及医学ノ領域全テノ学部ヲ総合シテ之ヲ構成ス
特別ノ必要アル場合ニ於テ実質及規模一学部ヲ構成スルニ適スルトキハ前項ノ学部ヲ分合シテ学部ヲ設クルコトヲ得
第二條 各帝國大学ニ置ク学部ノ種類ハ別ニ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第三條 帝國大学ニ大学院ヲ置ク
第四條 帝國大学ニハ官制ノ定ムル所ニ依リ総長、学部長、教授、助教授、幹事、助手及書記ヲ置ク
必要アル場合ニ於テハ帝國大学総長ハ講師ヲ嘱託スルコトヲ得
第五條 帝國大学ニ評議会ヲ置キ各学部長及各学部ノ教授二人以内ヲ以テ之ヲ組織ス
帝國大学総長ハ評議会ヲ召集シ其ノ議長トナル
第六條 教授ニシテ評議員タル者ハ各学部毎ニ教授ノ互選ニ依リ帝國大学総長之ヲ命ス
前項評議員ノ任期ハ三年トス
第七條 評議会ハ左ノ事項ヲ審議ス
一 学部ニ於クル学科ノ設置及廃止
二 講座ノ設置及廃止ニ付諮詢シタル事項
三 大学内部ノ制規
四 其ノ他文部大臣又ハ帝国大学総長ノ諮詢シタル事項
評議会ハ高等教育ニ関スル事項ニ付意見ヲ文部大臣ニ建議スルコトヲ得
第八條 学部ニ教授会ヲ置キ教授ヲ以テ之ヲ組織ス
学部長ハ教授会ヲ召業シ其ノ議長トナル
第九條 教授会ハ左ノ事項ヲ審議ス
一 学部ノ学科課程ニ関スル事項
二 学生ノ試験ニ関スル事項
三 其ノ他文部大臣又ハ帝国大学総長ノ諮詢シタル事項
第十條 学部長ハ必要アリト認ムルトキハ助教授又ハ嘱託講師ヲ教授会ニ列席セシムルコトヲ得
第十一條 学部ニ講座ヲ置ク
講座ハ教授ヲシテ之ヲ担任セシム但シ教授ヲ欠ク場合其ノ他特別ノ事情アル場合ニ於テハ助教授又ハ嘱託講師ヲシテ之ヲ担任セシムルコトヲ得
第十二條 講座ノ種類及其ノ数ハ別ニ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第十三條 帝國大学ニ功績アリ又ハ学術上功績アル者ニハ勅旨ニヨリ名誉教授ノ称号ヲ与ヘルコトアルヘシ
第十四條 帝國大学総長会ヲ東京ニ置ク各帝國大学総長ヲ以テ之ヲ組織ス
東京帝國大学総長ハ総長会ヲ召集シ其ノ議長トナル
第十五條 総長会ハ左ノ事項ヲ審議ス
一 大正八年勅令第十三號ニ関シテ諮詢シタル事項
二 帝國大学建制ニ関シテ諮詢シタル事項
三 講座ノ設置及廃止ニ付諮詢シタル事項
四 其ノ他文部大臣又ハ帝国大学総長ノ諮詢シタル事項
附 則
本令ハ大正八年四月一日ヨリ之ヲ施行ス
(参考)
大学令(大正七年勅令第三百八十八號)
第二條第二項 学部ハ法学、医学、工学、文学、理学、農学、経済学及商学ノ各部トス
大正八年勅令第十三號とは、「帝國大學及其ノ學部ニ関スル件」である。
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大日本帝国の大学制度には帝國大学、官立大学、公立大学、私立大学の四種類が存在している。
私立大学とは、大学の設置者が私人であり、財団法人であることが要件となっている。公立大学とは都道府県立大学又は市立大学がこれに該当し、町村立の大学は設置が認められていない。
帝國大学と官立大学は国立の大学である。この二つの違いは何か。帝國大学は、人文科学、社会科学、自然科学及び医学の全ての領域を担当する学部を持つ大学を言う。帝國大学に於ては、人文科学は文学部が、社会科学は法学部及び経済学部が、自然科学は、工学部、理学部及び農学部が、医学は医学部が担当している。帝國大学は、これらすべての学部を併せ持つ大学であり、それがために規模も大きい。官立大学は自然科学の分野のみに特化した大学を言うことが多く、工業大学や医科大学など単一の学部のみで構成されている場合が多い。
大日本帝国では、東京、京都、東北、九州、北海道、大阪、名古屋、京城、台北の九つの帝國大学が存在している。昭和14年に名古屋帝國大学が設立されて以降、新設の帝國大学が設立されていない。勿論大学自体は、数多く新設されている。5年ごとに官立の医大が一つは新設され、10年ごとに官立の工大が一つ新設されていった。昭和50年代初め田中角栄内閣は「帝國高等教育機関拡張計画」を策定し、「一県一医大」の医科大学新設又は医学専門学校の医科大学昇格を目標に計画を推し進めた。
しかし、これらの動きはついに帝國大学新設には至らなかった。
昭和27年ごろには金沢医科大学を北陸帝國大学として新設しようという動きがみられ、加賀前田侯爵家が用地を寄贈する意思を表明していた。昭和34年ごろには、広島文理科大学を帝大にしようという建議が衆議院に提出され、浅野侯爵家が広島市内の土地を寄贈する意思を示し、建議案にもその旨が記載されたうえで通過したが、この時も帝國大学への昇格には至らなかった。昭和51年、平壌二区選出の金慈盛代議士が文部大臣に親任され、彼の手で、官立平壌大学を帝國大学にしようとする動きがみられた。官立平壌大学は、医学部、工学部、理学部、法文学部を設置しており、文系学部の規模がやや小さいものの帝大昇格への期待は大きかった。しかし、金代議士は在任中に収賄疑惑が発覚し、文部大臣を辞任した。この時も帝大昇格には至らなかった。
これらの帝大昇格を阻止した動きが、帝國大学総長会に在ったと言われている。帝國大学は日本学閥のトップ集団であり、これ以上帝國大学が増加すれば、自分たちの地位が希薄化すると考えていたようだ。これが我が国に帝國大学が増えない原因であり、大学研究の硬直化を招いている原因と言ってもよいだろう。・・・・・
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大日本帝国東京都東京帝國大学本部棟会議室
― 名古屋帝國大学総長 理学博士 廣田健吾
「そろそろ、譲ってもらえないかな、平重さん。」
「いや、まず初めは東大から。これは譲れない。政府もそう考えている。」
平重昇東大総長と根室正成京大総長が議論、いや言い争う声が会議室に広まる。ここ最近の定例総長会の議論は常にこれだ。魔法学講座の設置をどうするか。いうまでもなく、東大が初めに設置することを望み、他の大学が後に続くということを東大は望んでいる。まあ、これはやむを得ないことではある。我が国の学閥のトップは東大だ。そこを差し置いて新しい研究をと言っても、東大の面子が許さない。
「そうは言ってもだ。このままでは我が国の魔法研究は後れを取るばかりではないか。既に満洲国は、建国大学、新京大学、新京医科大学、奉天総合大学、哈爾賓学院で次々と魔導医学、魔法工学の学科を開設して、魔法分野の研究を始めている。今月半ばには、社団法人満洲魔導医学学会、財団法人満洲魔導理学学会、財団法人満洲魔導工学学会を立ち上げ、マオ王国やクワ・トイネ公国などの魔導師に参加を招致し始めている。台北大学のほうで農学分野の魔法使用の研究をはじめたいのだが。」
黄宋玄台大総長が、議論に加わると楊甚太郎北大総長も「トーパから魔導士を招聘して、我等も寒冷地でも使える魔法の研究を始めたいのだが。」と続けた。
「この際、台大の要望は認めるべきでしょう。台大の農学部は、本州では栽培が難しい農作物の研究も扱っていたはずです。温暖な気象条件という東大農学部では対応できない事情がある以上、台大農学部に魔法農学講座開設を認めるべきです。これならば、文部省も嫌とは言わないのでは。」
横山茂一郎東北大総長が、平重東大総長に話しかけると、平重総長はやむを得ないという表情を浮かべ、黄台大総長に台北帝国大学評議会に農学部の講座設置について答申を出すようにと指示した。
「それで、私のところの寒冷地でも使える魔法についてなのだがね。正直に言えば、魔法を工学に利用しようという試みはそれほど有益ではないようには思える。医学分野で魔法を使う試みは、外国人向けというよりも日本国民や旧世界民が対象であり、新世界の魔導師を招聘することができるのであれば、彼らに金銭を落とすことができる。その金が本国に渡れば、それを原資にして、我等の国内に科学を輸出することができる。正直に言えば、魔法を使えない我々が魔法を研究するというのはどうなんだろうね。あまり、費用対効果がよくない気がするのだよ。」
「楊総長の言わんとするところはよくわかる。帝国政府は、新世界の国々が我が国へ輸出することで彼らが外貨を獲得できるようになることを望んでいる。その資本を利用して我々はインフラを彼らに輸出する。そうすれば、彼らはより多くの輸出ができるようになり、更に外貨を稼ぐことができるようになる。その好循環を維持することで共存共栄を図ることを望んでいる。その循環の中核に在るべきは科学であって、魔法ではない。魔法技術が中核となれば、魔法を扱うことができない我々は次第に淘汰されてしまう。科学に魔法を取り入れようとする方向性そのものは慎重であるべきだと思うが。」
瀬之上嘉晴城大総長が彼の持論たる魔法導入慎重論を唱えた。言わんとするところはわからんでもない。だが、魔法技術が科学技術を凌駕するようになるのは当面考えなくてよい。何と言っても、クワ・トイネやクイラなど魔法によって生活が成り立っている国々は我々でいう所の中世国家か近世国家であり、魔法の技術というのはその程度の技術レベルのものしか産み出していないということだ。案の定、平重東大総長からその懸念事項は政府に伝えるが、ここでは扱わないと声が掛かった。
「工業分野は産学連携の観点から九大で始めることも検討していただきたい。今クワ・トイネやクイラにとって必要なものは船だ。貨物船。九大がある福岡は、三菱重工業の一大造船施設がある長崎に近い。九大と三菱の産学連携の観点、クワ・トイネやクイラとの関係といった点からみても、九大に任せてほしい。三菱からも好感触を得ている。」
田川宗助九大総長から新たな提案が飛び出した。東大と京大の争いに食い込もうというのか。企業側ともある程度調整をしているのか。ふむ産学連携か。これはありうるか。
「産学提携という観点、悪くない。だが、政府と海軍の現状の関係を思えば、三菱と帝大が組むのは今はちょっと時期尚早だ。それならば、我が阪大の工学部で引き受けたい。住友グループとの提携が期待できる。」
「いや、それなら、我が名大も近くにトヨタがある。三井グループの二木会所属企業だ。これから、クワ・トイネやクイラには自動車の輸出が期待できる。」
「待たれよ。産学提携は悪くないが、まずは基礎研究が先であろう。産学提携などそこらの工科大学にでも任せておけばよい。我等は帝國大学。基礎研究の分野こそ我等が手を上げるべきだ。」
阪大が魔導工学講座設置に手を挙げたので、私も負けじと手を挙げたが、東大総長から待ったがかかる。基礎研究の重要性は当然に分かるが、産学提携をどうでもよいとでもいうように言えるのは、東大が潤沢な大学予算を持っていくからであろうに。
結局は始めに戻るのだ。東大が講座を担任する教授を用意できないがために、魔導工学の分野の講座の開設ができない。在野の山本吉三という研究者が既に魔法と工学の融合を始めているらしいが、彼は京大出身。東大総長としては彼を東大の教授としては迎え入れることができないらしい。東大総長は彼を教授として迎え入れるのは時期が悪いと言っていたが、彼の出身大学以外の他に彼をはねる理由などないだろうに・・・。