満洲帝國新京特別市 駐満アルタラス公使館
― 在満アルタラス公使館二等書記官 ジャスティン・ブラナー(在マオロウリア大使館二等書記官)
昨日の日曜日は我が人生で最も安堵した日であった。夕方のTVニュースで我が国が同盟四ヶ国と休戦協定を締結するニュースが入ってきた。宿舎の自室でテレビを見ていた俺は気の抜けた顔をしていたことだろう。ニュースキャスターが解説する休戦協定の内容を聞いていたが、ロウリア軍隊の武装解除の要求も極めて穏当な形であり、強制的に武器を取り上げられたり、兵士が捕虜として労働に従事させられるような事態にはなっていない。実に破格な待遇であった。
気が大きくなったのであろうか、俺は同僚を連れて夜の街に出かけた。新京の飲み屋街では、休戦記念のビール一杯無料という触れ込みで客引きが行われていた。物価の違いを考慮して、本国やマオ王国の大使館駐在時代よりも多くの月給を得ていたが、それでも安月給であることには変わりない。この客引きに誘われて、同僚とともに入った店でビール数杯と揚げ物を食べて大いに気を良くした。
一夜明けた公使館では、朝礼でジェラール・ジュアン公使の訓示が行われた。休戦協定締結により、満洲国側に軍事的猶予が生まれるはずであり、これは我が国が軍事援助を交渉するに足る前提条件が訪れたことを意味する。政府公表資料や報道では、クワ・トイネやクイラが満日両国から軍事援助を受けて、現代装備を有する部隊の設立を始めている。この流れに我々も遅れてはならない。公使館では、現在中断していた我が国と満洲国との軍事協定についての協議を進めていくべく、調整を行いたいので、職員一同にも業務の割り振りを進めていくのでそのつもりでいるようにとのことであった。
朝礼が終わり、俺は自己の業務を始めた。ここ最近の俺の業務は満洲国の初等教育機関である小学校において使用されている教科書を第三文明圏共通語に翻訳する業務だ。
満洲国の公用語は複数あるが、代表的な言語が協和語だ。最も協和語というのにも系統がある。日系協和語と華系協和語と二種類だ。この内、日系協和語というのは、日本語にほぼ同じであり、日系協和語を習得すれば、それは直ちに日本語の習得に繋がるというお得なものだ。
満洲国の公用語には協和語、日本語、北京語、モンゴル語、ロシア語の五種類がある。満洲国政府が発行している新聞である、政府広報はこの五種類の言語で発行されているとのことだが、一番購読者数が多いのは、協和語のものであり、次いで日本語、北京語のものとなっており、モンゴル語とロシア語がほぼ同数となっている。
話がずれたが、小学校教育では第一公用語を国語として学ぶこととされており、この第一公用語は協和語の選択率が93%に上っている。この国の国土は広い。人口は1億8000万人いるという。そして、その国民は6歳になるとほぼすべてが小学校でこの協和語を学ぶのだという。何というか、世界が違う。我がロウリアでも、赴任地のマオでも全国の6歳になった男女を学校に通わせるというのは理解の外だった。普通は、その年になると商人や職人の子供は家業の手伝いを行うし、農民の子供は農作業に従事する。学問を学ぶというのは、貴族階級の子供くらいのものだ。つまり、この国の国民すべてが貴族階級に在るのだと言ってもよいだろう。
そんなことをつらつらと考えながら、翻訳作業をしていたところ、同じ二等書記官であるベルトランから声を掛けられた。
「なあ、ジャスティン。君は公使のいう軍事援助。可能と思うかい。」
なるほど。そのことか。実は自分も気になっていたことだ。
「さて、なんともだな。援助というのであれば、満洲国側に見返りがないということになる。満洲国はクワ・トイネとクイラの開発はそれなりにやっている。だがそれは、将来的な食料や石油の買い付けのためということが前提にあることは確かだろう。そのことは、テレビのニュースでもときおり解説があるし、この国は今の季節はいいが、冬季は寒いというじゃないか。となれば、暖房を動かすための石油資源の調達のためにこの国の上層部は動いていることは確かだろう。満洲は石油を自給しているとは言うが、もともとは生産調整が行われていた。石油という資源は限りがあるというらしいじゃないか。ならば、自国の資源は温存して、平時は他から買い付けるというのは、確かにありうることだと思う。そう考えるとだ、満洲国にとってクイラなどの開発が先で、我が国のことはその次になるだろうと思う。軍事の援助といっても、クイラのような未開な地をこの国のようにしようと金をかけているときに、我等にまでそれを回すだけの余裕があるとはな。」
この国はクワ・トイネとクイラの代わりにロウリアを赤子の手をひねるようにいとも簡単に打ち破った。開戦初期から状況をつぶさに見ていた、ジュアン公使にとってみれば、この国の軍備の一端なりとも手に入れたいところだろう。だが、それが可能かと言われると、ちょっと疑問だ。
「なるほどな。やはり、お前もそう思うか。援助をくれというだけじゃな。相手にしてもらえないだろうよ。」
「魔石の取引はどうなんだ。最近では、大学などの研究機関で魔法の研究をこの国は進めているというが。」
「それは俺も思ったが、あくまで入手が研究用の少数だけだからなあ。とてもではないが、貿易品の対価として扱うだけの量はないと思うが。」
最近では作業にも慣れたもので手を停めることなく翻訳が進む。まあ、扱っている書籍が優しい表現ばかりであることもあるがなあと思っていたら、一等書記官から声が掛かる。
「手が空いている者はいるか?・・・ふむ。ブラナー書記官。君、書記をお願いできるか?」
おっと、ご指名か。まあ、我等二等書記官はたいていが今日明日の急ぎの仕事ではないし、かまわないが。
「書記ですか?何か会議で?」
「うむ、あと、一時間ほどでフランス大使がジュアン公使に面会に来る。この書記を君にお願いしたい。録音機は適当に使ってくれ。議事録は今日中にまとめてくれればよい。」
「フランス大使がですか?いったい何が?」
「それは今のところわからない。そして、大使の応対は公使がされるので、詳しいことは知らなくてもいいだろう。両大使の会話をメモして、まとめてくれればよい。」
「わかりました。それでは、口述筆記の準備を致します。」
さて、何が起こるのか、楽しみであるな。
―――――
「アルベール・ルパープ大使のお車。正面玄関に到着しました。」
黒塗りの防弾装備を施した車。重装歩兵の鎧よりも硬い装甲を全周囲にめぐらしてあるというのだからすごい。車のドアが開くと恰幅の良い60代ごろの男が下りてきた。玄関前に立っていたジュアン公使以下俺を含む公使館随員が出迎える。
「わざわざの御出迎え痛み入ります。」
「いえ、こちらから向かわねばならないところ、わざわざのお越しありがとうございます。」
「いやいや、私の方は大使館の業務という業務も今のところはあまりないのでね。そちら様の方がなにかとお忙しいでしょうから私の方が足を運ばせていただきました。」
「恐縮です。大使閣下、応接室へどうぞ。」
ジュアン公使が先導し、ルパープ大使が続く。そのあとを我々アルタラス側とフランス側の随員が歩いていく。公使応接室は、一人掛けのソファーが並んで2つずつ置いてあり、そのわきには随行員が座って作業する作業台がある部屋だ。ソファーに大使と公使が座って、私たちは議事録を取りだした。フランス大使から話し出した。
「急な訪問となり申し訳ない。だが、急ぎお伝えすべきことがありましてな。」
「さて、どのような案件でしょうか。まずは内容をお伺いしましょう。」
「二つあります。まず一点目は、ロデニウス大陸の戦後処理について。このほど、戦争は終局し、講和会議が開かれるとのこと。そして、その講和会議が開催される場所というのが貴国アルタラス王国という事。これについて、貴国の本国は準備をどう進めておられるのか、伺いたい。」
葉巻に火をつけながら、ルパープ大使が話し出した内容は予想通り、アルタラスで開かれる講和会議に関することであった。ただし、予想できたのはそこまでだ。フランス側が何を言いたいのかそこはさっぱりだ。
「さて、それは本国が行う事であって、私ども在外公館側が考えることではないと思うのですが。」
「うむ。常ならば、それでよろしいだろうが、今回は違いますぞ。」
火をつけた葉巻を口に咥えて、一吸いした大使は煙を吐きながら、続きを話し出す。
「昨日休戦協定が結ばれたカルーネスには、満日を始めとしたマスコミ関係者が現地入りをして報道を行ったでしょう。ならば、講和会議の場もマスコミが入ることが予想されます。つまりは、アルタラスに満日の人間が入国許可を求めてくるということです。受け入れの準備はいかがですかな。」
「いや、本国はそのようなことなど考えてはいないでしょう。なにせマスコミというものの存在を本国はあまり知りませぬ。一応、ミリシアルやムーなど報道機関を持っている国が我が国にそのような機関を構えてはおりますが、満日両国のように大規模な会社が複数乱立するような状況ではありませぬ。我が国に滞在するミリシアルやムーの報道機関は、満日両国のように自ら取材するというのを行わずに、王国政府からの発表を支社や本社に渡すのが仕事となっていると聞いています。そうなると、本国は、おそらくそのような連絡員が満日両国から数名から10数人程度入国することは予想しているとは思いますが、それ以上となると・・・」
フランス大使は、さもありなんと言い、煙を吐いた。
「ならば、貴方の出番ではありませぬか。貴方と駐日アルタラス公使は、こちらの状況を御存じのはず。いや、駐日公使の方は就任して日が浅いはずでしたな。貴方が主導となり、本国に働きかけを進めるべきでしょう。満日両国にはミリシアルやムーのような報道機関があり、それらからのアルタラスへの入国申請が相次いでいる。彼らの宿泊施設が大規模に必要だ。粗末な宿に泊まらせるわけにはいかないとね。」
なるほど。確かに報道機関が取材のためにアルタラスに入国申請を行うだろうということは予想できる。カルーネスにも100名以上の報道機関の人間が向かったと聞いている。その中には、目の前にいるフランスの報道機関の満洲支社の人間も向かっていた。どのくらいの人間が向かうのだろうとかと公使が問うと、満洲国側だけでも100人は超えるだろうとのことであった。
「既に、我が国の報道機関「ル・フィガロ」の新京支局の人間が3名特派員として貴国入国を希望している。カメラマン、リポーター、編集だな。アルタラスは電化されていないので最小の人間で行くしかない。ひょっとすれば、報道協定が結ばれて、人数が抑えられる可能性はある。また、機材の持ち運びに難があり、交代の機材の搬出の可能性もある。港湾施設の使用権も必要かもしれぬ。そのあたりの調整も必要であろう。そのあたり今の時点で考えられる様々な問題点を検証して、本国に先に伝えることが必要であると思う。それに満日の外交当局もパソコンの使用について、簡易発電機の設置の希望があるやもしれぬ。この辺りも先に伝えて、準備をさせるべきだと思う。」
「なるほど。確かにそれらについて本国の人間に対して説明ができるのは私か駐日公使のどちらかしかいませんな。貴重な提言ありがとうございました。」
「いやなに、それほどのことでも。それに、これは思いつきの提案に過ぎませんが、アルタラス公使館職員の一部を本国に戻してはどうですかな。機材について知っている人間がいないと準備にも手間が借りましょう。」
「いや、まさしくその通りです。我々と駐日公使館の職員数名を本国に応援として戻すように早急に取り計らいたいと思います。」
大使と公使は一息をいれ、公使は胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。大使は、火のついている葉巻を吸い、煙を吐いた。
「それで、もう一点の件ですがね。貴国、いや貴殿が進めておられる、満洲国政府に対する軍事援助に関連したことなのですがね。」
ジュアン公使の眉がピクリと動き、公使は大使に話の続きを促した。
「どうでしょう。政府との交渉によって軍事物資を得るのではなくて、民間との交渉で必要な物資、まあ、まずは少量からということですが、それを購入する方向でとりあえずは対応してみては。」
ルパープ大使の提案に対してジュアン公使は一瞬眉をひそめて返答した。
「それは、、、私も可能であれば、その方向で考えていきたいとは、思っておりますが、何分、取引の実績がないことと我々にとっては高額な品々ですので、必要な資金の調達が難しいということもありまして、思うようには進んでいないというのが現状でして・・・」
そうなのだ。満洲国とアルタラス王国ではモノの値打ちが違いすぎる。アルタラスが算出する魔石を満洲国側が欲しがっていないが、アルタラスは、満洲国から様々なものを欲しがっている。満洲国の品は日用品から高級品まで高品質な品物であり、満洲国で購入した品々はアルタラス本国では高値で取引をされている。だが、その逆はない。
たとえば、我々が纏う衣服。満洲国内では大量につくられる量産品であり、一般の平民も着ているが、アルタラスに持っていけば、王侯貴族が着る衣服となる。アルタラスの平民が着るような服は、この国の平民には見向きもされないような粗悪品だ。
アルタラスの王侯貴族が着るような服ですら、この国では売れない。かかっている経費を考えると、アルタラスの平民一人が一年間生活できるような金額が掛かるが、満洲国の平民一人が一年間生活できるような金額で売れるわけではない。値段を下げようとすれば、赤字であることから、そうなると初めから売ろうという動機が存在しなくなる。
結果として、アルタラスの貿易赤字となることが目に見えており、それがために政府へ援助を依頼するという形にしかならないのだ。
「それは分かります。故に型落ちの品を購入するということをおすすめします。旧式の品ですと、値段は下がりますし、最近では、逆に廃棄費用が発生することもありますので、捨て値で購入できることがあるかもしれません。まあ、それでも、弾薬代はかかってしまいますが。」
「型落ちの品ですか。それができるのであれば、正直助かります。しかし、我々にはツテがありません。」
「その点は、ご安心を。私が仲介をさせていただきます。」
「なんと!」
俺も驚きだ。アルタラスに武器を売ってくれる人間が現れるとは。
「仲介の手数料としてですが、来るアルタラスでの講和会議に於て我がフランス系満洲人への入国審査を優先して行ってくれればと思います。この状況で、お金を請求するのはやはり言いづらいことです。それよりも、こういったことで便宜を図っていただけると助かります。」
「いや、私どもとしても助かります。本国に送って、使い勝手を試してもらえば、きっとよい返事がもらえます。そうなると更に予算がもらえますので、武器購入が捗るというべきです。して、その売却を行ってくれる相手というのは。」
「さよう。満洲国の民族のなかでも主流民族になります、モンゴル族。この民族は、満洲国の西側に人口が多いのですが、彼らの住む地域は人口に比べて土地が広い。警察の人員も人口に比例して配置されておることもあり、なかなか活動範囲が広いのです。このため、事件が発生しても警察の到着に時間が掛かることもある為、彼らは自警団を組織しております。その自警団の装備をこの度更新することになったそうで、それで、この際型落ちとなる武装をいくらか、売却しようと考えているようなのです。」
「そして、その売却先を我等にご紹介いただけるという事なのですね。」
大使は、その通りと言って頷いた。うーむ。自警団の持つ武器か。どの程度のものなのだろうか。少なくとも弾薬の話をしたということは銃の類はあるという事なのだろう。
「思いもよらぬ幸運です。それで、このような、装備の更新というのは、定期的に行われるものなのでしょうか?」
「さて、どうでしょうか?今回は、臨時収入があるらしいので、それを使って装備の更新を行うようです。これまで、あまり頻繁な更新はしていないようですな。まあ、今後はどうなるかは分かりませんが。」
ふむ、ということは、定期的な調達は難しいという事か。だが、ジュアン公使のいうとおり、満日の装備はアルタラスの防衛強化に役立つ品だ。追加の注文が入り、それが政府間交渉への弾みになるだろうことは間違いなかろうな。
「なるほど。臨時の収入ですか。モンゴル族は、確か騎馬民族の末裔ということでしたな。」
「その通りです。彼らも今は過去のような放浪の生活様式ではなく、集住の都市生活を行っていますが、騎馬民族という事が関係しているのでしょうね、馬車を観光資源として扱っております。今回は、この馬車が輸出の対象となり、その技術も含めて売却の対象となったことから、それなりの報酬が得られたという事なのでしょうな。」
「ほう、馬車が。それはまた珍しい話ですね。そういえば、駐日公使が信任状奉呈式に臨んだ際に馬車での送迎が行われたというのですが、そのような用途でしょうか?」
「え?ああ、いや、違います。輸出先は日本国ではありませんよ。」
「え?いや、しかし、そうでなければ、どこの国が・・・」
ルパープ大使の言葉にジュアン公使は困惑していた。それもそうだ。満洲国や日本国は我々の文化レベルでは再現することができないような品々について、その多くを輸出することを許可していた。しかし、我々の文化レベルで再現可能なもののなかでも、その技術やモノの構造について特殊の利益を有する者がいる場合には、それらに関する技術を含む物の輸出は許可されていなかった。この馬車の構造がそうであり、モンゴル族は揺れが少ない車体や車輪の構造を日夜研究して、彼らの研究結果が満洲国や日本国で使用されている馬車の基本的な構造についての権利を持っているのだという。故に、移動に際しての揺れが少ない快適な馬車については、輸出が許可されていなかった。
「なるほど。ジュアン公使の耳にはまだ入っていなかったという事ですか。まだ公開されていませんが、クイラ王国政府は来月の中旬には、工業所有権の保護に関するパリ条約に加入することを決定したとのことです。」
「なんですと!!」
俺も驚いた。クイラ王国と言えば、土地が瘦せていて、特に優れているところがない国家だった。国内で石油が取れたため、文明外国家ではムー国と付き合いがある数少ない国であったが、それぐらいしか特筆することのない、貧しい国という印象だった。それが、満日と付き合いだしてからあれよあれよという間に発展している国だ。驚いて大声を上げたジュアン公使はハッとしてばつの悪そうな顔をして、咳を一つした。
「驚くのも無理はありませんな。クイラ王国政府は7月1日に工業所有権保護法を布告するということです。これには、木工ギルド、鍛冶ギルドなどの同業者組合を通じてクイラ政府に自己の保有する技術を登録することで、発明者を保護する仕組みを設け、それによって公共の福祉を向上させようという狙いがあるというのがクイラ公使の話です。馬車そのものの保有については、国有のもの以外、この法律の布告に合わせて運送ギルドなる新たな同業者組合が作られ、そこに所属していなければ、この輸出馬車を保有することはできないということです。構造を分解することは修理を許可された木工ギルド所属員のみであり、運送ギルドのものでも禁止事項となっているほどの念の入れようですな。そして、この法の布告と運用を以て、パリ条約に加入する資格を得たと満日両国は判断し、クイラ王国は、工業所有権の保護に関するパリ条約に加入することとなる。そうなれば、満日両国は安心して馬車の輸出が許可できるということです。ですが、まだ当面の間は、馬車を走らせるのは満日共同租界のあるバッスラーから王都バルラートまでの道のりに限定するそうですぞ。」
「・・・、それはなぜです。モンゴル族の馬車は頑丈であり、揺れも少ない。長距離になればなるほど馭者や乗っている人間の負担も減る事でしょう。それは、馬の負担を軽減することにもなる。いいとこずくめではありませんか。」
「クイラ公使の話では、国内改革に利用しようという事らしい。今、クイラ王国は満日両国の民法、刑法、商法、刑民訴訟法を参考にした、近代的な法体系の導入を図ろうとしている。これを導入することで、満日両国国民に安心してクイラに投資ができるように基盤を整えているところらしい。ところが、地方領主の中にはまだまだこれらの導入に否定的な見解を持つ者がいるらしい。バッスラー租界から王都までの間には、暫定的にこれらの法に近いものが施行されている。工業所有権については民法の所有権概念の下地があってこそ初めて成立する概念です。これらの新たな法を導入することによって、新型馬車を導入することができる。それが王国、そして自領を発展されることに繋がるのだという方向に持っていきたい様子ですな。」
なるほど。クイラは猛スピードで、文明化を進めようという訳か。文明圏外国家が文明圏外国家でなくなろうとしている。いや、第四文明圏が誕生しようという事か。
ああ、我が祖国ロウリアよ。あの時道を間違えなければ、祖国も第四文明圏国家として、列強国の地位に近いものを手にしていたかもしれないのに・・・。